第64話 vsパツキンナルシスト薔薇野郎 ~勇者の宣言編~
蛍石スバルの目覚めは悪い。普段、狭いコックピットで寝泊まりして身体が悲鳴をあげているのが大きな理由なのだが、この日はそれとはまた違う理由があった。
同居人のカイトが見つからないのも理由のひとつなのだが、大きいのは昨日起こったマリリスの異変とゾーラの死にある。
「おはよう、スバル君」
「……アスプル君」
洗面所で顔を洗っていると、背後から話しかけられる。
スバル達は結局、家主がいなくなった家から退散せざるをえなくなった。
そして行き着いた先が、ダートシルヴィー邸である。
本来なら大使館を調べたかったのだが、マリリスの異変を考えると彼女から目を離すべきではないと判断したのだ。
その誘いに最後まで渋い顔をしていたのはシデンだったが、『こうなったら徹底的に調べてやる』と宣言し、ぷんすか怒りながらお泊りした。
恐らく、徹夜で調べ回っていることだろう。昨夜、寝る時に寝室に居なかったし、起きた時も寝室に居なかった。
「よく眠れては……いるわけないか」
「……うん」
我ながら、深く沈んだ物だと思う。
だがそれ以上にショックを受けているのは、マリリス本人の筈だ。
彼女はあの後、自分からアスプルに『牢に入れてくれ』と願い出た。何度か様子を見に行ったが、地下の個室の中で体育座りをして、なにを話しても空返事するだけである。
用意された食事にも、手を付けていない。
「ねえ。マリリスはどうなっちゃうのかな」
目の前にいる国のお偉いさんに問う。
アスプルは顔をしかめ、やや悩んでから答えた。
「恐らく、あのままいけば彼女は死ぬだろう。我々がどうするかではなく、己の意思で」
ある程度予想した答えだった。
だよな、と呟いた後深く溜息をついてしまう。
彼女については、身体に起きた異変も含めて調べる必要があるのが現実だ。このままいけば、数日もしない内に新人類軍に引き渡され、モルモットにされるのは目に見えている。
「心に負った傷は、すぐには癒えない」
「うん」
それは理解している。
スバルの身の回りにも、そんな奴が大勢いた。
だが、このまま黙って引き渡してしまって本当にいいのだろうか。
「それでも、このままじゃあまりにも可哀そうだ」
「スバル君」
マリリスとゾーラの事情は、多少は聞いている。
一晩だけとはいえ、宿泊させてもらった身だ。隅から隅まで知っているわけではないが、互いに必要としていた筈だった。
それなのに、マリリスは殺してしまった。
意図していなかったとはいえ、その手で殺めてしまったのである。
「んで、次期領主様」
そんなことを考えている内に、洗面所に新たな客がやって来た。
エイジだ。彼もあまり眠れなかったようで、目の下にはどす黒い隈ができあがっている。
「マリリスの件は、国の連中にどう説明する気なんだ」
「私は次期領主ではありません」
「かわんねぇだろ。お前しか継ぐ奴がいないんだ。で、どうなんだよ」
アスプルは反論したげにするも、肩を落としてから質問に答える。
「……今日、父が国民の前で発表します。彼女のことと、あの空洞のことを。その上で空洞を立ち入り禁止にします」
マリリスは元々旧人類である。
それがあのような姿に変貌したのは、どう考えても巨大チューリップとそれが繋がっていた空洞に関係があるとしか思えない。
その空洞の立ち入りを禁止にするのは、当然の配慮といえた。
「マリリスのことはどう説明するんだ」
「怖がる必要はない、と言うつもりです。現に彼女には戦意があるわけでもない。ですが問題なのは」
「実際、街の連中がどう思うかは別。だよな」
アスプルの言葉を奪い、エイジは続けた。
「まずいことに、あの現場は大勢が見ちまった。人によっては、あいつを新人類軍より目の敵にしてくる筈だぜ」
「そんなのってないだろ!」
スバルは憤慨する。
それは幾らなんでも、酷い。一番苦しんでいるのはマリリス自身の筈だ。
なのに、どうして彼女をそんなに目の敵にする必要があるのか。
「皆、お前のように物わかりが良い奴だったらいいんだけどな」
どこか落ち着いた目で見られると、スバルは頭に手を乗せられる。
「な、なんだよ!」
「そう思うなら、お前はアイツの味方になってやれ。多分、今アイツに必要なのは怖がらずに手を取ってくれる仲間だ」
「言われるまでもないよ」
その返答に満足したのか、エイジは手を退かした。
ゆっくりと洗面台に近づき、水道を捻る。
「エイジさんは味方になってくれないのか?」
「俺よりお前の方が適任だろ」
水をすくい、顔にかける。
何度か同じ動作を繰り返して水道を締めると、彼は笑顔で少年に振り返る。
「お前はあの時、他の誰よりも早く駆け寄ろうとした。だからきっと、お前の方がいい」
勿論、出来るだけの手助けはするつもりだ。
マリリスは過去に例を見ない変化を遂げている。それに興味を引かれて、よからぬことを考える者は出てくるだろう。
たぶん、スバルにはできないことを誰かがやってあげる必要がある。
「俺やシデンはお前に出来ないことをする。あの野郎もな」
「やってくれるかね、あの人」
絶賛行方不明中の同居人の顔を思い浮かべる。
彼がいなくなってから色んな事件が起こり過ぎた。実際は2日だけだが、体感としては数年近く会っていない気さえする。
彼女たちの事情も知らないあの男が、果たしてマリリスの為に動いてくれるだろうか。
「やってくれるだろ」
タオルで顔を拭いつつ、スバルに向き直る。
「お前が守りたいっていうなら、あいつはきっと力を貸してくれると思うけどな」
時刻は過ぎ、お昼。
ゴルドーが国民に事情を説明する為の集会が開かれる。集会場所は中央区の大樹前。そこに設置された演説台だ。既に住民たちは男女問わず集まっており、中には観光客と見受けられるカバンを背負った男まで見受けられる。
スバル達もやや離れたところからゴルドーの演説場所を見守っていた。
当初は関係者としてアスプルの隣で座ることを勧められたが、万場一致で遠慮した。
必要以上に目立つのを避ける意味もあるが、それ以上に理由がある。
「やっぱり、ゴルドーは信用できない」
シデンがぼそり、と呟く。
彼の苛立ちを代弁するかのように、握られたオレンジジュースが氷菓子になっていく。
「なにか掴めたの?」
「いや、なにも」
証拠もなしで疑うのかよ。
スバルは訝しげに彼を見る。
「でも、気になることはあるかな」
「なんだよ」
「演説の隙を狙って屋敷をもう一度探索しようと思ったんだけどさ。今、屋敷は鍵がかかってるし無人なんだよね」
「それっておかしいことなのか?」
スバルは問う。
ゴルドーが演説を行うのであれば、当然その使用人たちもついてくる筈だ。一旦、地下に閉じ込められたマリリスも今は猛獣が閉じ込められていそうな移送檻の中に入っている。
「ボクがおかしかったら言って欲しいんだけどさ。普通、あんな大きな屋敷を留守にする場合、警備の人くらい残すもんじゃないの?」
「え、それすらなしで誰もいないの!?」
始めてダートシルヴィー邸に来た時のことを思い出す。
確か庭師やメイドたちがいた筈だ。前者は警備の役目を果たしていたし、後者は結構な人数がいたと記憶している。
そんな外と中を守るべき彼らが、全員屋敷を留守にしているというのか。
「そう。まるで、もう屋敷に戻ることがないみたいだよね」
「……引っ越しするようには見えなかったな」
少なくとも、荷物を抱えているようにも見えない。
だが確かなことがあるとすれば、
「アスプルはどうだか知らないけど、ゴルドーはなにかを知っている。しかもボクらに話したくない内容だ」
「なんで話したくないんだよ」
「もちろん、都合が悪いからでしょ」
では、なぜ都合が悪いか。
シデン達を敵に回すことが、デメリットだからだ。
「だから、今は大人しく聞いてようじゃん。この国のトップがなにを考えていて、どうするつもりなのかをさ」
どこから取り出したのか、フォークを振り上げてカップの中で出来上がった氷菓子を砕き始める。
たまりにたまった不満をぶつけているのだろう。
力いっぱい振り上げられたフォークは、氷菓子に深く突き刺さった。
『レディイイイィィィィス、アアアアアアアアアアアアアァァァンド! ジェントルメェン!』
マイクで拾われたノイズ混じりの挨拶に、3人が振り向く。
演説台には何時の間にやら、ゴルドーが立っていた。
彼の横にはボディーガードの如くアスプルが突っ立っている。
だがスバルの視界には、予想に反した者も映っていた。
「アーガスさん!」
「なに!?」
アスプルの反対側。
丁度ゴルドーの右手側に位置する場所で、国の英雄が微笑を浮かべていた。
あの整った顔立ちと綺麗な長い金髪を忘れるわけがない。
「間違いない。アーガス・ダートシルヴィーだ。でも、なんでここに」
「アイツがそうか。思ったより似てねぇな」
「そんなことはどうでもいいよ」
野暮な会話が始まる反逆者一行。
彼らの会話ペースなどお構いなしに、ゴルドーは演説を始めた。
『皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません。既に聞いている者も、見ている者もいらっしゃることでしょう』
それを踏まえたうえで、ゴルドーは先日の出来事を話し始めた。
巨大チューリップの捕食。
地下に存在していた謎の空洞。
取り込まれた娘が、異形の姿に変化していったこと。
そして不幸な事故で国民が死んだこと。
『さて、皆さん疑問に思うことでしょう。なぜ、マリリスは変化したか』
襲われた現場を直接見たスバル達は、ある程度予想できている。
だが、なぜそんなことが行われているのかまではわからない。
そこに関しては調査が必要だろう。
『説明しましょう』
「え!?」
その言葉は、まさに予想外の言葉だった。
思わず面食らうスバル。
「おい、こいつは」
「うん」
彼の横でエイジとシデンが目配せする。
真剣な眼差しで行われるアイコンタクトが、物々しい雰囲気を作り出す。
『新人類軍を代表して、息子――――皆さんには勇者といった方が馴染み深いだろう、アーガス・ダートシルヴィーに説明をお願いします』
押し寄せていた国民から、湧き上がらんばかりの拍手喝采が鳴り響いた。
その歓声に応えるように、勇者は演説台へと向かって行く。
『トラセット国民の諸君。美しくこんにちわ!』
『こんにちわああああああああああああああああああああぁぁぁっ!』
歓声の激しい音波が、びりびりと伝わってくる。
まるで強風を浴びたかのような錯覚が、スバルを襲った。
マリリスの説明から『アイドルみたいな扱いなのかな』と思っていたが、予想以上だ。彼が挨拶をすれば国民も挨拶をし返す。彼の機嫌を損ねないように大声で、元気よく。
「な、なんかの宗教かこれ!?」
圧巻の人気を前に、エイジが呟く。
勇者による説明の場は、その機会だけで国民を沸かせたのだ。
『諸君、マリリス君の変化は一言で説明すれば、美しい細胞の再構築によるものだ』
アーガスの説明はこうだ。
マリリスが運ばれた空洞は、大樹のエネルギーを注入する場であり、それを注入された者は細胞が変化するのだという。
それこそ旧人類から新人類へ変貌するかのように。
だが、マリリスはその注入が不完全なまま引き剥がされてしまった。その為、自分の意思で上手く細胞の組み換えがコントロールできないのだ。
『これはまだ推測だが、彼女が能力を物にし、鍛えあげれば私を超える戦士に成長することだろう』
アーガスの言葉に、国民はざわめいた。
勇者より強くなれる。あの歪な姿になってしまった街娘が、だ。
その光景にはギャップしかない。
更に、もし彼女がアーガスを殺してしまったらどうなってしまうのか、という不安もある。
『美しき祖国の諸君』
だが、アーガスは国民の戸惑いを一言でシャットダウンした。
『案ずるな。彼女は私の――――君たちの敵ではない』
なぜならば、
『彼女こそが我々の美しい反撃の切り札になるのだ!』
アーガスが高らかに叫んだ。
それは、堂々とした独立宣言だった。
『国民諸君。君たちは悔しい思いをしてきたことだろう!』
4年前、エネルギー資源をよこせと『奴ら』はやってきた。
そして容赦のない暴力をしかけてきたのだ。トラセットは可能な限り立ち向かったが、それでも戦力の差は圧倒的だった。
肝心のエネルギー資源である大樹が解析できず、戦力を整えることが出来なかったからだ。
『思い出せ、炎の日を!』
国土を荒らされ。
緑を焼き尽くされ。
住む場所を壊され。
愛する人を失った。
その怒りを。
悲しみを。
憎しみを。
アーガスは大樹に集まった国民たちから、湧き上がらせていく。
大きく振り上げられた右手には、黒い薔薇が握られている。
『既に大使館のギーマと、バトルロイドは私が排除した!』
英雄が帰還を宣言する。
更には逆襲の為の切り札も、彼は用意していた。
『マリリス君だけではない。既に私の配下の者達も大樹のエネルギーを受けている』
勇者を超える人材が育ち始めている。
しかもひとりやふたりではない。それどころか、望めば誰もがその可能性に触れることが出来る。
憧れの勇者と共に、国の為に戦える。
その響きが、国民たちの闘争本能に火をつけた。
「アーガス様! 私もなりますぞ!」
「俺もだ!」
「国の為に!」
「家族の仇を!」
「我々の恨みを!」
国民たちの怒声が、確かな意思となってアーガスに伝わる。
それを聞いたアーガスは思った。
美しい、と。
同時に、醜いとも思った。
目の当たりにした、愛する祖国の国民たちの憎悪。
その怒りは、本来なら守るべきことが出来なかった自分が受けるべきものだった。
しかし、今。自分はどの面を下げて彼らに戦おうなどと言っているのだろう。
アーガスはこの時、始めて己の行動を醜いと恥じた。
そしてこれから、彼は更に『醜い』発言をしなければならない。
そこまでが父との約束だった。
『ありがとう、美しい国民諸君! 君たちの気持ち、この私が確かに受け取った!』
だが、
『大樹がエネルギーを注入する為には、アルマガニウムのエネルギーが必要なのだ! 諸君を覚醒させる為には、今のエネルギーではとても足りないだろう』
そこで、
『強力な新人類を捕まえて、我々の前に美しく差し出すのだ! 既に見当は付けている!』
アーガスが大衆の中を指差す。
その指はいつかの日に日本で出会った気の良さそうな少年にまっすぐ向けられている。
『新人類王国への反逆者達よ。恨むなら私を恨め』
勇者は懺悔する。
異国の少年と、勇気あるXXXの仲間たちに。
『君たちの仲間と同様、大樹の栄養となってくれ』
国民たちが一斉に『反逆者様』に視線を向ける。
直後、彼らは暴徒となって反逆者たちに襲い掛かった。




