第58話 vsミュータント
穏やかな香りが漂う花畑を、突風が襲う。
力を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな風が押し寄せてくるが、カイトはそれを大した脅威とは感じていない。
いかんせん、威力が増していようともあの技(武器と呼べるかもしれない)は一度見ている。
「嘗めるな。それで俺を仕留められると思っているのか」
直後、カイトは突風に向かって一歩、前に出る。
同時に、アーガスの視界から彼の姿が消えた。
「なに?」
消えたこと自体は、特におかしいとは思わない。
彼は視覚不能の超スピードで接近してくる、加速野郎だ。その踏込による爆発力はよく知っている。
だが、その爆発力のある踏込で巻き起こる筈の、強烈な突風が飛んでこない。
寧ろ、心地良ささえ感じる。花畑に相応しい、温かな風がアーガスを包み込んでいく。
「……っ!」
その心地良さに、思わず体を委ねて寝転がってしまいそうになったが、しかし。アーガスは素早く体勢を立て直し、右のレイピアを振るった。
銀の細剣がカイトの左肩を貫き、伸ばしてくる凶器の突進を抑え込む。
心臓目掛けて飛んできた左手からは、忘れもしないあの爪が伸びている。
「あ、危ないな君は……!」
思わず苦笑してしまう。
アーガスの右の小指。その爪が弾け飛んでいなかったら、今頃痛みを感じることなく全身を切り刻まれていただろう。
その光景を思うと、ぞっとする。
「……チョンマゲは今ので倒せたんだがな」
対して、仕掛けたカイトは少々落胆した表情でアーガスを見た。
肩を貫かれたにも関わらず、その表情はなんとも涼しいものである。本当に痛みを感じるのか、この男は。
まあ、いずれにせよ彼を倒す手段はある。
お膳立ても済んだ。
「残念だが山田君」
「山田君じゃない」
本日三度目のやり取りを行い、明らかに不機嫌な表情になるカイト。
肩を貫かれても表情を変えなかったくせに、こういう時は意外と素直になる。
「失礼。だが、美しいことにこの瞬間、私の勝利は確定した」
「なんだと」
直後、カイトの足に何かが絡みつく。
その違和感を瞬時に察知し、飛び退こうと下半身に力を入れるが、
「なんだこれは」
動かない。
足下に生える無数の花々から根っこが生え、それがカイトの足首に絡みついているのだ。
離れようと力を入れても、それに負けじと絞殺せんばかりの勢いで巻き付いてくる。強烈な圧迫感が足首を襲い、思わず苦悶の表情を浮かべた。
「ほう、私の美しき剣で顔色を変えずとも、故郷の仲間による一撃は痛みを感じるようだな」
「故郷の仲間?」
そうだ、とアーガスはいう。
「君もある程度理解している筈だ。私の美しい力を」
そのセリフに、カイトは思わず舌打ちした。
実際、彼のいう通りなのだ。シンジュクで戦った際、アーガスは身体の至る所から植物を急成長させ、こちらの攻撃に対応してきた。
今回もそうだ。彼は基本的に、身体から奇妙な植物を生成し、そこから超常現象を巻き起こす。
だが、それだけではなかった。
「私の美しい力の影響が及ぶ範囲は、半径2キロ」
「2キ……!」
想像以上の力だ。少なくともこの一帯は、アーガスのテリトリーということになる。
しかも足下には、彼の力の影響を受けた無数の花々。
これでは棘の山の上を歩いているようなもんだ、とカイトは思う。
「君の最大の武器は止めた」
「嘗めるなといった筈だ」
カイトの足の爪先から、アルマガニウム製の爪が生える。
その鋭利な刃は、絡みついた根っこをいとも容易く切り裂き、再びカイトを自由にする。
が、
「無駄だよ」
再び足を地面に置いた瞬間に、次の根っこが飛びかかる。
一瞬で絡みつき、今度は胴体や左腕にまで束縛は及んだ。身体の自由が利かず、締め上げられる。
「この大地にいる限り、君に勝ち目はない。諦めたまえ」
「そうはいかない」
締め上げられた左腕に、根っこが食い込む。
棘も生えているそれが皮膚に食い込む様子は、中々にえぐい光景だった。
しかしそれでも、カイトは抵抗をやめない。
「こう見えてもな、死ぬのは怖いんだよ。だから精一杯抵抗しないと、悔いが残るだろ?」
清々しいまでに、苦し紛れの笑みだ。
だがアーガスは思う。
美しい、と。
足掻くことは、生きる者に許されたチャレンジスピリッツである。
今の彼も、報告を受けてる限りのスバル少年もそれを体現している感じた。
その愚直なまでに真っ直ぐな闘志が、なんて羨ましい。
「……最後まで戦い続けようとするその精神。美しい」
右のレイピアが枯れた植物のように崩れ落ち、灰となる。
代わりに握られたのは、白い薔薇だった。
アーガスはそれをカイトに突き付け、呟く。
「叶うのであれば、私も君たちのように強くありたかった」
「お前は英雄だ。強いだろ」
「その通り」
そう、自分は英雄だ。
大地を歩めば花が咲き、触れれば果物は実る。
自然に愛されたこの力を持つ自分は、確かに英雄と呼ぶに相応しい存在なのかもしれない。
「だが、守れなかったのだ」
20年以上培ってきた自信と誇りは、そこで完全に砕かれた。
それがすべてだ。
後にはもう、残っていない。
「私は英雄だ。だが同時に敗者なのだ。例え故郷の人々や家族がなんといおうとも、その事実は変わらない。私が国を守れず、犠牲者を出した」
それゆえに、
「今度こそ、愛する故郷を守り抜いてみせる。例えどんな手段であろうとも」
その表情は、歪んでいた。
少なくともカイトから見て、余裕あるマイペースなアーガスは目の前にはいない。
今、自分に白い薔薇を突き付けているのは、カイトの知る新人類王国のパツキンナルシスト薔薇野郎ではなかった。
「許せ、XXX。君の力、貰い受ける!」
白い薔薇がカイトの胸に突き刺さる。
直後、彼の体内に流れる血液が一斉に沸騰し始めた。
「あっ――――!?」
身体が燃えてしまいそうなほど熱い。
視界に映るアーガスの姿はブレ始め、意識が朦朧としてくる。
ゲイザーの黒い眼に見入られた時と同じ様な、不快な感覚がカイトを襲う。
「その白い薔薇は、君が予想したように突き刺した者のエネルギーを奪う」
アーガスが呟くが、それも耳に入らない。
まるで火がついたように、全身から熱が溢れ出していく。
「そして生体エネルギーが強ければ強いほど、花弁は黒く染まる」
そういう意味では、バトルロイドに使われている欠片ほどしかないエネルギーなど、たかが知れている。
ソレに比べ、目の前にいる男は呆れるくらいに極上だ。
突き刺しただけで花弁は真っ黒に染まってしまっている。墨汁をそのままかけたら、きっとこんな感じになるのだろう、とアーガスは思う。
「XXXよ、私を恨むなとはいわん。だが私は君に最大限の敬意を払い、せめて約束しよう」
今まで幾人もの戦士に付き刺し、生命力を奪い続けた薔薇を引き抜く。その花弁は、黒曜石のように深く染まっていた。
「美しき勝利を、我らに!」
意識を失い、倒れ込んだカイトに向かって黒く染まった薔薇を持ち上げた。彼の性格から考えて、祝福はしてくれないだろう。
しかし、それでいい。
勇者だ、英雄だと持ち上げられたところで、自分がしていることは強盗と変わりはない。
憎んでくれるのであれば、胸の中から込み上げてくる罪悪感も多少は報われるという物だ。
「君ならば、数日もすれば目が覚めるだろう。その間に、私が美しく決着をつける」
意識を失ったカイトに向かって、勇者は呟く。
その背中は、どこか哀愁が漂っていた。
新人類王国、国王の間にて。
王子のディアマットは、この部屋の主に呼び出しを受けて参上していた。
彼は三度、反逆者への制裁に失敗している。
その『おしおき』はサイキネルが受けたとはいえ、気は晴れない物だ。
果たして今度はどういった思い付きを口にして、国を困らせるつもりなのか。
ディアマットにとって、父親との対面は頭痛の種でしかなかった。
「やあやあ、待たせてしまったねディード」
ハンカチで手を拭い、いそいそと玉座に座り込む王。
のんびりとした歩みを見て、ついイラっとしてしまう。
「父上。何用でしょうか」
「いやぁ、そろそろ説明が必要だと思ってね」
ややきつめな口調で問うと、意外なことにリバーラ王は先日の反逆者不問の件を説明し始めた。
これはディアマットにとって、かなり気になっていた点である。
新人類王国は反乱に敏感だ。不穏分子がいれば即座に処分しなければならないという掟がある。例えそれが、この国の最高戦力の一角を担っていたXXXの戦士達だとしても、だ。
「お聞かせいただけるのですか。正直、流石の私も今回は空いた口が塞がりませんでしたよ。まさか、彼らがXXXという理由だけで見逃したというわけではありますまい」
「勿論だよぉ」
へらへらと笑いながら、王はハンカチを仕舞う。
国王がする動作とは思えない。そんなのは普通、使用人にすぐ渡して洗わせるものだろう、とディアマットは思う。
「ディード、君はトラセットという国は知っているかい?」
「無論です。人口や国の大きさは小さいながらも、芸術や植物で賑わう豊かな国です。アルマガニウムの大樹もあり、今でもそれを狙って他国が目を光らせている始末」
「うん、結構」
王は満足したように頷くと、いう。
「その大樹なんだけどさ。ここ最近エネルギーの放射量が活発化してるんだよね」
「大樹の恵みを受けた新人類、アーガスが帰郷したからでは?」
「勿論、それはないとは言い切らないよ。でも、僕の予想はそうじゃあないんだな」
よいしょ、と立ち上がり、玉座にセットされているリモコンを操作する。
直後、ふたりの間に穴が開き、そこから巨大なモニターがゆっくりと登場した。
モニターに光が点滅する。映し出されたのは、先程の話にも出てきたアルマガニウムの大樹だ。
「父上、これとXXXにどういう関係が」
「僕はね、ディード」
問いかけようとするも、王は明後日の方向を向いて一方的に話し始めた。
こうなっては、質問する余地はない。
ただ黙って、彼の説明を気の済むまで聞き続けるだけだ。
「この地上を支配する、所謂ヒエラルキーの頂点っていうのは優秀な生物が立つべきだと思うんだよ」
そんなことはいわれるまでもない。
ディアマットは幼い頃から、この父親に延々と聞かされ続けてきたのだ。
その持論があるがゆえに、新人類王国は新人類を持ち上げ、ヒエラルキーの頂点に君臨しようといしている。
「でも、新人類よりももっと凄い生命体が生まれたとしたら、君はどうする?」
「なんですって?」
「おいディード。質問に疑問符をつけて返すんじゃないよ。それは相手にとってはアンハッピー。無礼な行為さ」
ちょっとしかられてしまった。
だが、そんなことは問題ではない。
目の前にいるこの男は今、新人類王国の根源を覆すことを口にしようとしているのである。
「新人類を更に超えるミュータントが確認されたのですか!?」
もしもそうだとすれば、国の威信に関わるどころの問題ではない。
新人類を超える新種の誕生は、『優秀な奴が支配者になればいい。だから俺達が支配するよ』という新人類王国の主張の意に反するものだ。
旧人類軍との戦争や、反逆者への対応など問題ではない。
国の存在自体を脅かしかねない、そのミュータントをいち早く始末するべきだ。
焦るディアマットは、王に進言しようと一歩前に踏み出す。
「もしもそうであるなら、大至急攻撃するべきです!」
「まだ確認されているわけじゃないよぉ」
だがそんなディアマットの勢いも、王が発するのんびりとした返答の前に削がれてしまう。
「ただ、予兆があるってだけさ」
「それでも十分な脅威です! トラセットにその予兆があるのであれば、全兵力を以てして滅するべきでは」
「落ちつきなよ、ディード。まだ生まれてすらいないんだから」
必要以上に落ち着いている王は、固い椅子に背中を押しつけながらも続ける。
「結論からいうとね。最近、トラセットの大樹から巨大な生命反応が出てるんだ」
「大樹から? 虫ではないのですか」
「解析班の結果を聞くに、大樹の中で眠っているんだそうだ。その全長は約100メートルと推測されている」
「ひゃ、ひゃくメートル!?」
でかい。あまりにもでかすぎるスケールだ。
怪獣映画の世界に放り投げても、違和感なく暴れられる大きさである。
「ただ、ムラが激しいみたいでね。何度か反応も微弱になったかと思えば、急に元気になったりしてる」
「……住民が餌を与えている、と?」
「そう考えるのが自然だろうねぇ。大樹のエネルギーが供給されてないとは思えないし」
大樹の中にいる生命体を相手にどうやって餌を与えているのかは疑問が残る。
それに、相手の正体も不明のままだ。
「その生命体というのは、その……どういった形状をしているので?」
「解析班の資料を見るに」
王がリモコンを操作し、モニターを切り替える。
推測される『ミュータント』の予想図だろう。CGで作成された怪物の姿が、そこには映し出されていた。
その形状は一言で例えるなら、
「芋虫。詰まり、幼虫のように細長い形状である可能性が非常に高い」
「では、こいつは蛹になり、最終的には蝶にでもなるというのですか!?」
「そこまでは知らないよ。もしかすると、もっと違う形かも知れないしね」
ただ、
「少なくとも、このサイズの生命体がトラセットに眠っているのは確かなんだよねー。しかも、アルマガニウムの大樹の中に」
トラセットの名物にもなっているアルマガニウムの大樹は、樹高200メートルを超える、この世界最大の木である。
そんな木の中で、未知の生命体が眠っている。
今はまだ寝ているだけいい。問題はコイツが成長し、外に出た瞬間なにが起こるか、だ。
物が物だけに、全く予想が出来ない。
ただの巨大芋虫ならよし。アルマガニウムの影響をふんだんに受けて生まれた、新たな生命であるなら、新人類王国の威信をかけて排除しなければならない。
「やはり、今の内に焼き払った方がいいのでは?」
「それは無理な話だ。あの大樹は滅多なことじゃ倒せないよ」
「それこそ、鎧を使えばいいのでは」
「はっはっは。過激だねぇ、ディード」
その辺の心配は、特にしていない。
なぜならば、
「君が逃がした反逆者がいるでしょ?」
「んな――――!?」
今度こそディアマットは頭を抱えた。
ハンマーで頭を殴られたかのような頭痛が、重くのしかかる。
「よりにもよって、彼らを手駒にする気なのですか!? だが、彼らは」
「まあ、先ず話を聞きなさい」
珍しく真面目な表情になり、目を細めて息子を見据える。
その鋭い眼光に射抜かれ、ディアマットは身震いした。
「もし、その中にいる生命体が、僕の予想するようなミュータントの一種だとしよう。それはそれで、新たな生物の誕生の瞬間だ。ううん、ハッピー!」
だが、とリバーラは続ける。
優れた生物は必然的に賢いものだ。
ゆえに、生まれてくる彼もすぐに思うことだろう。
「こんな陳腐な連中よりも、私が代わればもっと良い世の中が出来るってね」
だからこそ、すぐに新人類に襲い掛かる。
優秀な新人類を狙い、自分が凄いのだと見せつける。
「確か、彼らが逃げたのはトラセット方面が濃厚なんだろう?」
「……確かに、もし近々生まれるとしたら、ぶつかってもおかしくはないと思います」
「そうだろう、そうだろう。ハッピーなことに、我々は兵を消費しないで様子を見れるんだよ!」
壊れた玩具のように拍手をし始め、笑い始めるリバーラ。
いつもの光景ではあるが、果たしてそう上手くいくのだろうか。
ディアマットは考える。
もしも運よく『虫』が生まれ、XXXと遭遇し、戦ったとしよう。
そしてXXXが虫に負けたとする。
そうなってしまえば、新人類王国にとって十分な脅威と証明されることになる。
ディアマットは王とは違い、楽観的に物事は見ない。
脅威となる物があれば、徹底的に叩き潰すだけだ。
それが例え、生まれる前の化物であったとしても、である。
彼は父が笑い転げる中、ひとりの兵の顔を思い浮かべる。
トラセットを陥落させた王国最強の女、タイラント。
彼女をもう一度、トラセットに向かわる。
例え住民が止めて来ようが、知ったことではない。
あの国は勇者を含め、誰もがタイラントの相手にならなかったのだ。
彼女を止める人材は、あの国にはいない。
そう考えると、ディアマットは無言で決定を下した。




