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第48話 vsハングリーガール

 新人類王国が誇る喋る黒猫、ミスター・コメット。

 その正体は40代のおっさんで、趣味はパチンコと競馬との噂があるが真相は定かではない。

 そんな彼は今、アキハバラの隅っこで震えていた。

 今回連れてきた戦士のひとり、月村イゾウがあっさりと目の前で血祭りにあげられていたからだ。


 イゾウは直前、ボロボロになりながらも元XXXの六道シデンと渡り合っている。

 その戦いぶりは、決して見劣りする物ではなかった筈だ。寧ろ勝てる予感さえした。直接対決での勝負に関して言えば、イゾウは王国内でもかなり高い成績の持ち主なのである。

 だが、しかし。

 同じXXXのカイトにより、彼は呆気なく吹っ飛ばされ、赤い塊となってアスファルトに叩きつけられた。

 僅かに呼吸音が聞こえる事から死んではいないようだが、それでもこれ以上戦うのは誰がどう見ても無理だろう。


「ゴミネコ、いるんだろ」


 カイトがコメットに呼びかける。


「とっとと回収して帰れ。そして二度と関わるな。でなければ、お前も全身の皮をひん剥かれることになる」


 赤く染まった右手を掲げ、言う。

 それを見たコメットは、思わず頭を抱えて身を隠した。明らかに1週間前と違う。エレノア戦で見せた暴風は一切纏わない、見た事も無い疾走だった。

 あんなものまで見せられ、しかもイゾウすら殆ど瞬殺なのだ。さわらぬ神に祟りなしというが、今目の前にいる魔人がそれに当てはまるのかもしれない。

 だが、びびりまくりのコメットに対して優しく語りかける女の声が響いた。


「お気になさらず」


 シャオランだ。彼女はどこから取り出したのか、赤い折り紙を3枚握ってカイトの目の前に佇んでいる。


「私、勝ちますから」

「へぇ」


 妙に自信満々なその態度に、カイトが僅かに口元を歪ませる。


「お前が俺を壊すのか?」

「いえ」


 首を横に振ると、彼女は宣言する。


「満たさせていただきます」


 直後、3枚の折り紙を口に投げ込んだ。

 それを歯で刻み込み、舌で丸めてからよく味わうようにして飲み込む。


「ヤギかコイツ」


 カイトも思わずそんなコメントを残す始末である。

 だが丸まった紙の塊がシャオランの喉を通った瞬間、カイトはある新人類を思い出していた。

 メラニーである。シンジュクの大使館で戦った彼女は、折り紙の色ごとに様々な超常現象を巻き起こす兵だった。

 もしもあの赤い折り紙が、その紙と同じ物だとすれば。

 

「……んぐ」


 シャオランの視界に映る無数の電子文字が加速する。

 次々と横に流れて表示されるそれは、さながらジェットコースターのようだ。それだけ彼女の演算処理が加速されていることを意味している。普通なら高熱に耐えきれず、オーバーヒートしそうだが、それも赤い折り紙のお陰でなんとかもっているような物だ。


「リミッター解除」


 シャオランに飲み込まれた赤い折り紙が、胃袋の中で輝き始める。

 それに呼応するかのようにして、シャオランの身体もまた赤く輝き始めた。何時か見た、大使館のバトルロイド達と同じ、フルパワーモードである。


「……そういえばあったな、こんなのも」


 赤いオーラを撒き散らしながらも広がる翼と、爛々と輝く目線を受けながらカイトは思う。

 ちょっと面倒くさそうだな、と。


「ゴミネコ。廃棄物を追加してやる。丁寧にゴミ分別するんだな」


 ちょっと皮肉を込めて言ってみる。

 が、シャオランは特に気にしていない様子で身体の感触を確かめていた。

 軽く拳を握り、力加減を確認する。


「問題なし」


 その他にも、視界にリミッター解除による不安要素が次々とテキストになって返ってくる。その殆どは問題なしの解だったが、唯一問題があるのは、


『空腹の危険性、確定』


 警告されるかのように告げられたその文字に対し、シャオランは答えた。


「問題なし」


 機械の目玉がゆっくりとカイトを捉える。

 直後、彼女は動いた。翼を広げ、豪風を撒き散らしつつも突撃する。


「!」


 強風がカイトを襲う。

 大地を抉りながら突撃してくるその様は、さながらドリルである。

 シャオランは破壊をお供に突撃しながらも、右腕を剣に構成した。

 カイトとの距離が詰まる。

 剣が振り降ろされた。

 カイト目指して振り下ろされたソレは、空を切り裂くと同時、彼の背後に備え付けられていた自動販売機を剣圧で押しつぶす。

 だが肝心のカイトは、それを紙一重のタイミングで回避。

 右腕を振り降ろしたシャオランの横に軽くステップを踏んで近づき、爪を伸ばす。


「弾けて」


 刻み込まれようとしたその瞬間、赤く発行した翼に異変が起こる。

 その付け根から生える羽の1枚1枚が、弾け飛んだのだ。羽毛が飛び散り、カイトの視界を覆う。


「そんな目くらましで!」

「それだけで、こんな真似はしません」


 こちらに飛び散ってきた羽ごとシャオランの皮膚を刈り取らんとしていたカイトが、目を見開く。

 羽が一斉にこちらに飛んできたのだ。しかも周囲全体に散らばっていた筈の羽、全てである。


「これは」


 赤く輝くそれが、鋭利な光を帯びているのが見える。

 例えて言えば、それらは鋭利なナイフだった。しかもこちらを追尾してきている。


「くそ!」


 伸ばした爪が、羽の処理に向かう。

 激しい金属音を鳴らしつつも、50枚近くの空飛ぶ刃が次々と捌かれ、地に落ちる。


「捕捉」

「!」


 だがそんな事をしている間に、シャオランの左腕から構成された銃口がこちらを向いていた。赤い光が銃口に集っている。カイトはこの時知らなかったが、エイジと戦っていた時よりもチャージ時間は短くなっていた。


「発射」


 銃口から赤く輝くシャワーが放たれる。

 先程まで戦っていたサイキネルのサイキック・バズーカと若干デジャブを感じる光景だ。


「……んにゃろう」


 やや舌を上げつつ呟くと同時、カイトは突撃する。

 逃げる気など、さらさらなかった。ただ彼がとった選択肢は、再生能力に物を言わせた突撃である。広範囲に広がる破壊のシャワーを躱すのは難しいと判断しての行動だった。


「――――っ!」


 赤い閃光が肩を貫く。

 痛みと共に熱を感じながらも、カイトは前進した。そうする間にも、足を貫かれ、腕を焼かれ、頬に焦げ跡が入っていく。

 だが、急所さえ無事ならカイトは死なない。そういう恵まれた身体構造を活かし、我慢しながらも彼の足は前へと進んでいった。


「しつこい」


 中々倒れないカイトに痺れを切らしたシャオランが、短く呟く。

 それと同時、アスファルトに散らばっていた羽が再び動き始める。


「!?」


 背後から空気を切り裂く気配がする。

 それを察した時、カイトの足は既に穴が開いていた。まともな回避行動ができない。


 背後から羽が突き刺さる。

 50枚もの刃が右腕に集中攻撃を仕掛けてたのだ。一瞬にしてできあがった腕の剣山を前にして、カイトは苦悶の表情を浮かべる。


「……悲鳴をあげないのが、貴方の流儀?」


 左腕のエネルギー砲が止む。

 チャージ分を放射し終え、その分の攻撃を受け切ったカイトをどこか呆れたような表情で見る。


「痛い痛いと騒いだところで、どうしようもないだろ」


 羽がカイトの肉体に深く入り込む。

 激痛を感じつつも、カイトは悲鳴をあげる事は無かった。しかし、身体の方はエネルギー砲を浴びたのもあり、相当堪えている。

 彼を支える足は、膝からゆっくりと崩れ落ちていた。突き刺さった羽が、彼を押し倒すように前進してくる。


「凄いですね」


 恐らく、彼が感じている痛みは想像を絶する筈だ。

 だが、身体が崩れ落ちても悲鳴を上げないその精神は、感銘に値する。

 シャオランはこの時、素直にこの相手が凄い奴なんだと思った。身体がそれに敬意を表し、拍手を送る。


「……嬉しくは、ないな」


 足に空いた穴が徐々に塞がっていく。

 だが、それでもカイトの膝は立ち上がらない。それどころか、ここにきて一番懸念していた事態が起こっていた。


 シャオランの姿がブレ始めたのである。

 

 1週間前、シンジュクでゲイザーの黒い眼差しを受け、そのまま受け取ってしまった病気だった。

 戦いの直前に飲んできた風邪薬は、優しさの効力で1時間くらいカイトの身体を守ってくれたのである。これは素直に感謝したい。


 だが、いかんせんタイミングが悪い。

 何故よりにもよって状況が宜しくない時に限ってこうなるのかと、訴えたい気持ちになった。しかもより悪い事に、相手は視界を遮る技を持っている。羽然り、腕から放たれるエネルギー砲然りだ。

 それで姿をくらまされてみろ。この視界の悪さで相手を発見できるかどうか、怪しい物だ。


「どうかしましたか?」


 カイトの異変を察知したのか、シャオランが問いかける。

 勘付かれまいとカイトは足を整えるが、


「無駄です」


 腕に突き刺さった羽がカイトを押さえつける。

 まるで後ろから抑え込まれるかのようにして圧し掛かってくる力が、小さな羽から伝わってきているとはとても思えない。塵も積もれば山となるというが、僅か50枚近くの羽だけでここまで押し出されるものなのか。


「捕まえました」


 カイトがアスファルトに磔にされる。

 否、正確に言えば右腕が縫い付けられたのだ。何度も引き抜こうと力を入れるが、びくともしない。寧ろ出血が激しくなるだけだ。


 これはちょっとやばい。

 やや焦りの表情を見せ、カイトは縫い付けられた右腕を引き剥がそうと奮闘する。

 だがそんな彼を嘲笑うかのようにして、シャオランは再び剣を向けた。

 赤いオーラを纏った風が、カイトの頬を伝う。


「くっそ!」


 本来なら避けたいところだ。

 先程、剣圧で後ろに設置されていた自販機が破壊されている。そんな一撃をまともに受ければどうなるか、想像するに容易い。

 一瞬にしてカイト産のトマトジュースができあがるのがオチだ。


 左手の爪を伸ばす。

 するとカイトは、躊躇うことなく己の右肩にそれを突き刺した。


「――――っ!」


 嘗てない痛みが襲い掛かる。

 電流のように流れてくる痛みと、吹き出す熱に耐えながらもカイトは肩と腕を接合する骨を断ち、そして腕を切り取った。


「!」


 自由になったカイトが転がり、シャオランの一撃を避ける。

 振り降ろされた一撃が大地を切り裂き、その先にあるビルを切断した。倒壊音と同時に、砕けたコンクリートによる粉塵が巻き起こる。

 間一髪だった。だがその代償は、あまりに大きい。


「ぐっ……くっ……!」


 右肩の切断面から、鮮血が滝のように流れ落ちる。

 少しでも出血を抑える為に左手で覆うが、それでも溢れ出るのが現状だ。


「アタック、不発」


 シャオランが切り落された右手に視線を向ける。

 それを縫い付けている羽が即座に離れ、彼女の背中へと戻って行った。

 翼が再び構成されたシャオランがズタズタになった右手を摘み、持ち上げる。


「……くっつくんですか、これ」

「さあ、試したことないから」


 こうしている間にも血は止まり、切断面が塞がろうとしていた。

 恵まれた身体の構造をしていると今日改めて思ったが、果たして再生しきった後、切断した腕が結合するかは不明だ。それを試す為にも、彼女には腕を返してもらいたいわけなのだが、


「…………」


 当のシャオランは興味深げに腕をぶら下げ、まじまじと見物している。

 そんな面白い物でもないだろう、と言いたい。


 だが彼女は、そんなカイトの思考など知るかとでも言わんばかりにそれを口元へと運んだ。

 そして舌を出し、羽によって流れた血液を舐めとる。


「――――!」


 シャオランの肢体が痙攣した。

 相当な衝撃を受けたようで、彼女の顔は天を仰ぎ、心なしか恍惚とした表情を浮かばせている。

 その光景を見たカイトは思う。ああ、これはまずい奴だ、と。

 イゾウも相当にまずい奴だった。サイキネルも中々の変人で、結構まずい奴だったと記憶している。

 だがこのシャオラン・ソル・エリシャルは、そのふたりが霞むような『まずい奴』だと、カイトは直感的に理解していた。少なくとも、彼はこの時右腕の奪還を諦めている。

 どこか引きつった表情を見せたカイトを余所に、シャオランは再び右腕を口元へと寄せた。


 そして、なぜか緊張しながらも口を開く。


「い、いただきます」


 血を舐めとった時点で、ある程度予測は立てていた。まさか食うんじゃないだろうな、と。

 まさかとは思ったが、しかしカイトの悪い予想は見事に的中してしまったのである。


 食べ始めた。


 まるでフライドチキンに齧り付くかのようにして歯で皮を削ぎ、肉を胃に流し込み、そして骨になるまで残さず貪る。


「うげ……」


 その光景を目の当たりにしたカイトは、絶句していた。

 映像で肉食動物が草食動物を捕え、貪るのを見たことはある。

 そして実際に目の当たりにしたこともある。


 だが、自分の腕が目の前で食べられているという事実に対して、カイトは寒気を感じた。

 否、感じる他無い。

 冷や汗を流しつつも、カイトは数歩後ずさった。

 この時彼が冷静であれば、好機と捉えて一気に攻撃を仕掛けにいっただろう。


 しかしそれができない。

 足がすくみ、喉が詰まる緊張感を味わいながらも視線を逸らすことができない。

 それを加速させたのは、貪る度にどんどん嬉々としていくシャオランの表情の変化だった。


 猛烈に嫌な予感が加速する。

 最後の指の先まで食べつくし、骨と爪を吐き捨てて口の周りが血まみれになったシャオランはこちらに再び視線を向け、呟いた。


「ごちそうさま」


 ご丁寧な事に手を合わせ、食物への感謝の意を口にする。


「貴方は、久々の美味でした」


 爛々と輝いた瞳を向け、シャオランがこちらを見る。

 まるで欲しい物を見つけた子供の様に無邪気に笑いながら、彼女は口の周りについた血を舌で舐めとった。


「今度はどこを食べようかなぁ。頭かな? 足かな? それとも残った腕かな?」


 機械的で、どこか礼儀のなっていた口調が完全に変貌した。恐ろしい事を呟きつつも、笑みを絶やさないのが非常に不気味である。

 サイキネルと言い、どうにも性格が掴めない。


「……負けたら、食われるわけか」


 カイトは思う。

 アクションゲームなんかでは無敵モードは、長くても数分したら切れるもんである。だが自分の場合、イゾウを倒した時点で終了するのか、と。幾らなんでも燃費が悪いんじゃないだろうか。

 というか、気のせいでなければ相手も無敵モードに突入している気がする。自分と言う極上の餌を貪り、再びそれを食う為に身体中のエネルギーが活性化しているようにも見えた。


「冗談じゃない!」


 食われてたまるか。

 これが罪だと言うのなら、まあ仕方がない。過ぎた事だし、甘んじて受け入れよう。だが謝ったばかりで食われては、カッコがつかないと言う話ではない。

 そう言い聞かせつつ、カイトは立ち上がる。


「お前の胃袋、満たしてたまるか」

「次は、お口かな?」


 カイトが一歩踏み込む。

 同時にシャオランの羽も広がり、加速。


 アキハバラの街に、衝突音が響いた。

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