第35話 vs昔の縁
シデンとエイジの顔色が変わる。彼らは周辺に気を配りだすと、すぐさま部屋の戸締りを確認し、外部からの接触を避けるようにしてカーテンを閉めだした。
「どうしたの?」
明らかな態度の変化に戸惑いながらも、スバルは声をかける。その問いかけに答えたのは、先程まで笑顔を絶やさなかったシデンだった。目つきは鋭くなり、厳しい表情でスバルに視線を向ける。あまりの冷酷な視線に、スバルは思わず怯んだ。
「誰かが見てる」
「誰か?」
「わかんねぇが、多分やばい奴だな」
そういうとエイジは台所へと向かい、そちらの確認を行う。サイキネルによって発信された挑戦状は力のある新人類にしか届いていなかった。その為、スバルには聞こえなくても彼らにはバッチリ聞こえている。そんなふたりが真っ先に考えたのが、新人類軍の追手が『今になって』やって来たことだった。
「頭に直接喋ってきやがった。XXX時代でもあんな奴は見たことがねぇ」
数分経った後、台所から再び顔を出したエイジが呟く。その言葉に反応して頷くのはシデンだった。先程まで話の主導権を握ってきたスバルは殆ど蚊帳の外である。
「今になってボクらを見つけたのかな?」
「その辺は本人に聞いてみないとわかんねぇが、多分目的はコイツだろうな」
ふたりが同時に視線をスバルに向けた。その張本人は全く会話についていけず、頭の上にハテナマークを浮かばせた状態で己に指を向ける。
「俺?」
「正確に言えば、カイトだな。恐らく新人類軍は逃げたXXXを回収していて、カイトの奴を追っていた。そしたら俺達も見つけたってところだろうな」
カイトも先程の宣戦布告を聞いた筈だ。スバルを置いて来ている以上、こちらに戻ってきている最中だと思いたい。いずれにせよ、脱走している時点で既に敵だ。彼らは一切容赦せず襲い掛かってくる事だろう。エイジはそう考えていた。シデンも同様である。
しかしそこまで聞いて、スバルは理解した。次の追手がやって来たのだ。しかも今度の相手はカイトの同僚を真剣にさせるほどの能力者である。彼は状況を理解し始めると同時、ポケットに入れてあるスイッチに手を伸ばす。だがスイッチを入れようとした正にその瞬間、玄関から扉を叩く音が響いた。一斉に玄関の方を見る。
「スバル、いるか!?」
カイトだ。彼は用件を済ませた後、サイキネルの宣戦布告を受けて真っ直ぐスバルを回収しに来ていた。今、状況を最も理解しているのはこの男だった。
「カイトさん!」
「カイちゃん!」
スバルが乱暴に扉を叩く同居人の登場に気付いたと同時、シデンが玄関の鍵を開ける。ボロっちいドアが今にも壊れそうなところを、寸でのところで止める事に成功した瞬間だった。しかしカイトは出迎えたシデンを突き飛ばすと、速足で一軒家の中に突撃する。
「スバル、やばいのが来た! 逃げるぞ!」
「おい、カイト!」
だがそんな彼の前に、エイジが立ちはだかった。彼は昔のチームメイトに怒鳴ると同時、胸倉を掴んで一喝する。
「オメェ、何のつもりだ!? 苛立ってるのかは知らねぇけど、シデンに当たるんじゃねぇよ!」
「今はそんな状況じゃない!」
カイトが目を逸らす。エイジの手を払いのけつつも、彼はチームメイトの顔を直視できなかった。9年前につけてしまった傷跡が、見えない重圧を覆い被せてくる。カイトはそれを振り払うかのようにして、エイジをやり過ごした。
「来い」
「ちょ、ちょっと!」
スバルの手を掴み、有無を言わさず連れ出す。そんなカイトに対し、エイジが叫んだ。
「カイト! お前だけの問題じゃねぇだろ、これは!」
「俺とコイツの問題だ! 何を勘違いしてるか知らんが、お前等は隠れてればいい!」
「隠れてやり過ごせる相手だと思うか、あれが!」
カイトの息が詰まる。エイジの言う通りだ。千里眼でも持っているのか知らないが、今回の相手はどこにいるのかもわからないカイトたちの居場所を見抜いたうえで、頭の中に直接語りかけてくるという離れ業をやってのけている。そんな相手に対し、隠れてやりすごせるのか。答えはNOだった。
「一緒に戦おう。あの時みたいに」
動きが止まったカイトの肩にエイジが手をかける。その瞬間、カイトの身体が震えたのをスバルは見逃さなかった。
「カイトさん?」
カイトの様子を見て、スバルが首を傾げる。彼とエイジの間に起こった事件は大体聞いている。その上で多分、気まずくて意地を張っているんだろうな、という予想もあった。しかし彼の様子は、どう見ても意地を張っているという物ではない。まるで何かを酷く恐れているかのように、彼の表情は歪んでいた。そんな彼の様子を知らないエイジが、後ろから続けて発言する。
「カイト。俺もシデンも逃げ出した身だ。お前と同じ立場なんだ」
「違う……」
「何も違わねぇよ!」
「違うんだ!」
再びカイトがエイジの手を振り払う。だがソレと同時に、手はエイジを突き飛ばしていた。
「あ……」
カイトが呆然とする。エイジは転倒し、食卓に頭をぶつけていた。当の本人は『いてて……』と言いながら頭を擦っているところを見るに、大してダメージは無さそうである。
だが、しかし。
突き飛ばし、尻餅をついたエイジの姿が9年前の感触とダブる。それはカイトの掌からじんわりと染み込んでいき、彼の身体を一瞬にして覆い尽くした。カイトの目には、顔から大量の血を流して蹲る友人の姿が映っている。
「エイジ……」
「あん?」
名を呼ばれたエイジが顔を上げる。だがそれを見た瞬間、カイトは再び目を背けた。そんな彼の前に、もうひとりのチームメイトが立ち塞がって彼の行く手を阻む。
「……どけよ」
「本当ならそうしてあげたいけどね」
玄関先で突き飛ばされたシデンは、少し溜息をついてからカイトを見上げる。
「多分、今君を行かせたら二度と会えない気がする」
「それでいいだろう」
「いやだよ。ボクもエイちゃんも、また君と一緒にキャッチボールがしたいんだ」
両手を広げ、シデンは続ける。
「仲直りしようよ。ボクたちに非があるなら謝る。でも君が、ただ昔を毛嫌いしているだけだったとしたら、水に流してほしい」
彼なりに考えた、誠意の見せ方だった。多分、ここで彼を行かせたら二度と戻っては来ないだろう。ここはシデンとエイジの家であっても、カイトの家ではないのだ。そこに戻ってくる通りは無い。二度と会えなくなり、後悔し続けるくらいであれば、ここで全員が小さな戦争に巻き込まれてもいいとシデンは思っていた。
「……どいつもこいつも」
苛立った口調でシデンに詰め寄る。そのままエプロンを掴むと、力任せに壁へと叩きつけた。
「うわっ!?」
「カイトさん、アンタ何してんだよ!」
ソレに対して非難の声を浴びせるのはスバルである。だが、それ以上の問答をカイトは許さなかった。
「じゃあな」
背後で起き上がるエイジと、苦悶の表情を浮かばせたシデンに向けてそう呟き、スバルを連れてカツ丼屋から出て行った。彼は最後まで振り返ることはしなかった。
「……カイト」
一瞬にして家の中から消えたカイトの姿を前にして、エイジが小さく呟いた。
「そんなに昔の縁が嫌いなのかよ、オメェは」
明確な拒絶の意を受けた。先程シデンに対して行った行動は、そうとしか言いようがない。ずっと友達だと思っていた。例え今は気まずくて声をかけてくれなくても、何時の日かまた一緒に笑いあえると信じてきたのだ。少し前まで、今日再会できたのは幸運だったと思った。
だが、それは全部幻想だったのだろうか。
スバルが言っていた『誠意』というのは、まだよくわからない。だがそれは全て、共通の友達であるシデンが身を挺してやってくれた。それでも、彼には届かなかったようだ。
「……ばっか野郎が」
思わず、そう呟いていた。それ以外、何も言葉がでてこない。そんなに縁を切りたきゃ勝手にしろと、半ばやけくそになって怒鳴り散らしたい気分だ。
「まだだよ」
だがそれに対して待ったの声がかかる。メイド服に付いた埃を払いつつも立ち上がったシデンである。
「まだボクは、彼にありがとうも言えていない。縁を切るなら、ずっと守ってくれた恩を全部返してからにしたいな」
彼はそう言うと、食卓へと戻ってくる。そのまま奥の方へと歩を進めると、掃除用具が入っている押入れの扉を開けた。
「まあ、それでも少しはイラつくからさ。ついでに大暴れしてもいいんじゃない?」
そこから雪かきにでも使いそうな柄の長いスコップを取り出し、エイジへと放り投げる。床に落ちたスコップを見て、エイジはにやりと笑みを浮かべた。
「自分で言うのも何だけどよ、つくづくお人よしだよな。俺らも」
言いつつ、エイジは倒れたテーブルを元に戻す。そして転倒した際に床に落ちた丼や割れた茶碗を拾い始めた。それらに紛れて、崩れ落ちた本や新聞紙の束がある。その中でも割と新しめの新聞紙には、『黒いブレイカー、シンジュクを襲撃』という見出しと共にバッチリ撮影されているスバルの姿があった。
「ん?」
エイジがソレに気付く。そしてやや首を傾げて考え込んだ。新聞に映っているこの少年、なんかどっかで見た気がする。というか、つい最近まで見ていた気がする。
「……あ!」
ぽん、と両手を叩く。この瞬間、エイジの中で全てが繋がった気がした。気分は名探偵。じっちゃんの名に懸けて、何故カイトがあんなにも焦っていたのかを理解した。




