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エクシィズ ~超人達の晩餐会~  作者: シエン@ひげ
『EXSTAGE 超人、洗濯ババア編』
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EXTRA4 vsハナオ

 閉じられた瞳に光が戻る。

 『きゅいん』と妙な擬音が響きわたると同時、ババアは覚醒。なぜかバク転を挟んでから飛び起きると、辺りをきょろきょろと見渡した。


「元気だな」

「サンライズ音みたいなのは一体なんなのさ……」


 声に反応し、ババアが振り返る。

 スバルとカイトがいた。彼らはたき火で暖を取りつつ、何かを貪っている。細目で観察してみた。焼きミミズだった。


「ミミズはいいぞ。タンパク質がある」

「俺、慣れる気がしねぇ……」


 愕然と肩を落とすスバル。まさか食生活がこんなにみすぼらしくなるうえ、完全に現地調達なのだとは予想できなかったようだ。


「食べる?」


 余ったミミズを差出し、カイトはババアに勧めてみる。

 ババアがミミズを手に取った。そこから先の表現はスバルの精神に打撃を与える可能性がある為省略させていただくが、受け取った時点でお察しである。


「聞きたいことがある」


 ババアに向かい、カイトが問う。今更聞くのも馬鹿馬鹿しい話なのだが、どうしても本人に確認をとっておかねばならないのだ。


「コイツのパンツを盗んだのは……やはり趣味か?」

「聞き方が悪いだろそれ!」


 どう考えても聞き方が悪い。事情を知らない第三者が見れば変態なのかと疑われてもおかしくない会話だった。


 だがババア。これに頷く。


「うえええええええええええええええええっ!?」


 スバル、驚愕。度肝を抜かし、座っていた石の上から転がり落ちる。


「そうか、趣味か」


 感慨深げに深々と納得し始めるカイト。腕を組み、真顔で頷く様は妙に悟っているように見えなくもない。


「ついでに聞きたいんだが、洗濯以外の使用用途は?」


 この問いに対し、ババアは首を横に振った。

 この瞬間、スバルは不思議な安堵感に身を包まれていく。


「では、本当に洗濯が目的だったと?」


 ババアが深く頷いた。どうやら本当に他意はないらしい。

 だが、それならそれで気になることがある。


「では、なぜパンツを強奪した。そこまでして洗濯する理由があるとは思えん」

「というか、そもそもあんた誰なの」


 もっともすぎる指摘がふたりから飛んだ。ババアはしばし迷うように悩み始め、首を傾けるも、やがて観念したかのようにズボンのポケットから紙切れを取り出した。


「なんだそれ」

「メモ帳だな」


 あれだけ激しく洗剤をぶちまけた癖によく持てた物である。感心していると、ババアがペンを手に取ってすらすらと書き始めた。


『花王』


 見せつけられた文字に対し、ふたりはしばし固まる。

 何を伝えようとしているのか。そもそも何を意味しているのかがよくわからない単語だった。


「もしや、ババアの名前か」

「いや、どう考えても会社の名前だと思うんだけど」


 いずれにせよ、ババアはまともに喋る気配が一向にない。その為、ここは名義上『ハナオ』として進めていくことにする。


「で、ハナオさんはこんな山奥でなにしてるの?」


 ハナオの返答はこうだ。

 昔あった新人類軍の侵攻で家族と家を亡くし、それ以来宛てもなく彷徨い続けた結果、洗濯だけが生き甲斐になったのだという。


「なんでまた洗濯なんだ」

「新人類としての能力だろう。特化されれば、それだけ他のことに意識が向けられなくなってくる。ハナオの場合、それが洗濯だったんだ」


 難儀な事情だった。

 元々は洗濯を極めた主婦だったのに、今では山に住みつく珍獣である。死んでも死にきれない事情だ。スバルは心の底から深く同情した。


「当時に限った話ではないが、新人類軍は昔から人材不足が課題だった。ハナオの能力は戦闘向けではないかもしれんが、目を付けられれば徴兵されていただろう」


 洗剤も使いようによっては十分な兵器になり得る。あの洗剤光線を正面から受ければ窒息死だって可能なのだ。

 それを察したハナオの夫は、別れ際に彼女にこう提案したという。


 逃げろ。

 逃げろ。

 そして地平線の彼方まで人々の為に洗濯をし続けろ。


 夫のいいつけを守り、ハナオは街から姿を消した。新人類軍の目を逃れるべく、なるべく人目のつかない場所へと逃げ続けたのだ。


「なるほど。それでこんな山奥に」


 カイトが納得し、辺り一面を見渡す。この辺は山道しかなく、近くにガソリンスタンドもなければコンビニもない。強いていえば車が横切る程度の場所なのだ。ハナオが隠れるにはもってこいの場所だったといえる。

 だが、そんな静かな場所にとうとう来訪者がやってきたのだ。


「じゃあ、俺たちはハナオさんが隠れてるところに来ちゃったわけ?」

「そういうことになるな。しかもこんな物までこさえてるんだ」


 後ろに佇む獄翼を指差した。この日本でブレイカーなんて物騒な代物を持っているのは軍隊関係者なのが常識だ。新人類軍に占領された手前、ブレイカーに乗ってやってきたのは新人類軍だと思われるのが普通だろう。

 彼らに家を焼かれたハナオが警戒するのも無理はない。


「しかも、丁度汚れ物を洗濯しているところに遭遇してしまった」

「あ」


 ここで場面は最初に戻ってくる。

 何の因果か、来訪者は洗い物をし始めたのだ。しかも洗剤を所持しておらず、石鹸を代わりに扱おうとしているではないか。ここでハナオの本能に火が付いた。長年抑え込んでいた洗濯マスターとしての誇りが一気に爆発してしまったのだ。


「その結果があのジブリに出てくる化物のような走りだ」

「もうちょっとオブラードに包んで話そうよ」

「山の中で逞しく、健康的に過ごした結果ともいえるな」


 まあ、要するに。溜まった鬱憤を晴らす為、新人類軍と思わしき少年のパンツを奪い取り、生き甲斐だった洗濯に勤しみ始めたというわけだ。


「……なんか話だけ聞いてると俺達が悪いような気がする」

「元は勘違いなわけだがな」


 ハナオもなんとなくではあるが、スバル達がただの新人類軍とは少し違うと察してくれているらしい。そもそも、彼らはパイロットスーツですらないのだ。


「さて、ハナオ。なんとなく察してるかもしれんが俺達は新人類軍じゃない。確かに俺は新人類だが、こっちは旧人類だ」


 ここからはただの身の上話だ。スバルのこれまでの事情をカイトが話し、自分のことはオブラードに包んで状況を説明する。これによりハナオも合点が付いたらしく、その後の彼女は攻撃を仕掛けることはなかった。


「それで、ハナオさんはこれからどうするの?」


 仲良く夕食を食べていると、不意にスバルが疑問を投げた。


「俺達、この国から逃げようと思ってる。ハナオさんの事情も、多分俺達と一緒だ」


 言葉を忘れるくらい山の中にいて、寂しかったかもしれない。

 もしも自分が彼女と同じ立場だったら耐えきれるだろうか。友人もおらず、たったひとりだけの空間。想像したら、胸が痛んだ。


「よければ、一緒にいかないか。旅は道ずれっていうし」

「……」


 誘いに対し、ハナオはしばし考え込む。即答しないのは意外だった。もしも自分が彼女なら、きっと喜んでとびついていただろうに。


「…………」


 やがて結論を出したハナオは、ゆっくりとメモ帳に答えを出した。


『気持ちは嬉しい。でも私はいかない』


 何故、と問いかけようとするも文章には続きがあった。下に続くそれを見つけ、スバルは目を走らせる。


『海外逃亡をすれば、もう日本に戻ることはないと思う。私はここを離れるつもりはない』

「なんで」

『ここが好きだから』


 彼女が培ってきた思い出がどれほどの物なのか、スバルは知らない。だがハナオは海外逃亡と日本を天秤にかけ、後者を選んだ。


『貴方達を否定するつもりはない。しかし、私はもう年を取り過ぎた。貴方たちの足手纏いになるだろうし、この日本に長く足をつけすぎている』

「足手纏いになることは絶対にないと思う」


 真顔でいったはいいが、ハナオの意思は変わる気配はない。結局のところ、一番の理由は故郷が恋しいからなのだ。長い間、人と関わる事がなくても居座っているのがいい証拠だった。


「なら、これ以上俺達と関わらない方が身の為だろう」


 ハナオの意思を汲み取り、カイトは提案する。

 いかに隠れる自信があっても彼女を巻き込まないという確証はどこにもないのだ。同じ場所にいたら、それこそお互いの為にならない。


「棲み分けをしよう。俺とスバルは1週間ばかし隣の山で生活をする。ブレイカーと武装も持っていくつもりだ」


 もうこの山には戻らない。足も踏み入れない。お互いに干渉することもない。


「迷惑をかけたな。明日の朝一でここから消える。達者でな」


 いうだけいうと、カイトは立ち上がって獄翼のコックピットへと向かう。後に取り残されたスバルは居心地の悪さを感じながらもハナオに向き直った。


「ごめん。あの人、愛想なくてさ」

『気にすることはない。私は彼の立場でも、きっとそうしている』


 ハナオは理解のいいご婦人だった。ペンを走らせ、スバルに対して最後のメッセージを送る。


『洗濯は基本的なマナー。やってもらって当然のことだとは思わないで。汚れがついた服を着る人の気持ちになってやってみなさい』


 超人、洗濯ババアからの最後のメッセージだった。

 彼女の洗濯に対する熱い情熱と心遣いを受け取り、スバルは思わず目頭が熱くなってくる。


『元気でやりなさい。幸運を祈ってる』

「……うん、ありがとう!」


 目元を拭い、スバルとハナオは固い握手を交わした。

 明日は同居人に頼んで洗濯のやり方を教えてもらおう。スバルはそう考えつつも、ハナオの表情を深く心に刻んだのである。








 そして後日。快適な目覚めを迎え、背伸びをしているスバルに向かってカイトがいった。


「ところでさ」

「なに?」

「お前、結局パンツ返してもらえたのか?」

「あ」


 こうして第二次パンツ争奪戦が幕を開けかけたのだが、それはハナオが洗濯しなおして乾かしたパンツを渡してくれるまでの短い誤解で終わった。

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