第346話 vsとんび
気付いた時には、隣に彼がいた。
山で拾い、食べ物を与えてみたところ、帰る場所がないのだという。
人がいい父は、なんの疑問を抱かないまま彼を迎え入れた。
自分もそうだ。
困っている人がいるのだから、助けないと。
そんな気持ちで彼に住処と生活を提供した。
自分たちにとっては当たり前のことだ。
困った時は助け合うのが当然だと信じていたから。
では、彼にとってはどうだったのだろう。
後から知ったのだが、彼は人付き合いがとにかく下手糞だった。
もちろん、環境もある。
ヒメヅルに住む人間の過半数は新人類である彼を快く思わなかった。
だがそれ以上に、彼は闇を抱えていたのだ。
仲違い、裏切り。
ほんの少し垣間見た彼の絶望に触れて、スバルは心を大きく揺さぶられてしまった。
蛍石スバルの生活に神鷹カイトは欠かせないパズルのピースだ。
受験勉強でも面倒を見てくれたし、死ぬか生きるかの戦いに巻き込まれた時も見捨てないでくれた。
一心同体なのだ。
彼がどう思っていたのかわからないが、スバルはそう思っている。
では、彼にとってはどうなのだろう。
彼の壮絶な人生において、蛍石スバルはどれほどの価値があるのか。
「まだだぁ!」
エクシィズの身体が水になって弾け、光の剣を通りすぎる。
水は再び集まったかと思うと瞬時にエクシィズの身体を構築し、再びダーインスレイヴに突進していった。
破壊された腕も、今ので元通りになっている。
『ふん』
が、カイトも予想していたのか、あまり大きなリアクションはない。
フルスイングが完了した後、剣を解除。
掌に淡い緑の輝きを浮かべると、そのまま前方に突き出した。
光が球体の形状で射出され、エクシィズ目掛けて襲い掛かる。
それも連射だ。
右の光球を投げつけたかと思うと、今度は左。
そしてまた右と次々に投げつけてくる。
「このっ!」
旋回し、光球の嵐を突き抜けていく。
通りすぎていった光の弾丸が荒野に着弾し、大爆発を生んだ。
まるでミサイルが着弾したかのような光景である。
「なんて威力よ!」
「おい、いくらなんでもこれは反則なんじゃないのか!?」
『デストロイ・フィンガーだって同じだ。俺たちはお互いにバグみたいなものだよ』
「そうだよ。だから神経質になるんだ!」
カイトが放つ技は基本的に尋常じゃない破壊力を見せつけている。白羊神との戦いがそうだ。
あの時、目玉の力に耐えきれず、獄翼はオーバーヒート寸前だった。
強力なバリアを展開する白羊神も消し飛んだ始末である。
バリア展開装置は役に立たない。
エクシィズ自体も電磁バリアを展開することはできるが、ついさっき破壊された始末だ。
防御は意味がない。
だったら攻める。
受身にならず、攻め続けろ。
そうでなければ、あの攻撃の鬼には勝てない。元の生活には戻れない。
「いくぞ!」
バリア展開装置を起動させ、前方に投げつける。
光の球がぶつかった。
爆発。
シールドと破壊の弾丸が爆ぜ、そこに一瞬の隙間が生まれる。
「そこだ」
手を前に押し出した。
青白い光が放たれ、隙間を通りすぎていく。
『くっ!』
それがなんなのか、カイトにも理解が及んでいるのだろう。
ダーインスレイヴは跳躍。
直後、黒い機体が立っていた場所に光が命中。
きらきらと輝く氷像ができあがっていく。
「まだだ、まだ!」
だが、向こうの攻め手をひとつ躱しただけでは意味がない。
ダーインスレイヴは飛行ユニットがない状態だ。
このまま空を飛ぶ心配はない。
狙いは着地の寸前だ。
スロットを切り替える。
指で輪を作り、弾いた。
『おおっ!?』
荒野に足を付けた途端、爆発が起きる。
ダーインスレイヴの体力が削られ、黒の巨人が揺らぐ。
その隙を逃がさない。
スバルはスロットを切り替え、エクシィズは手を伸ばして爆炎を操り始める。
炎は蛇のようにダーインスレイヴの絡みつき、全身に炎を纏わせていく。
相手の体力が、毒のようにじわじわと削られていった。
が、カイトには再生能力がある。
火傷と再生がプラマイされ、これでようやく五分になったといったところだろうか。
「本来のブレイカーズ・オンラインじゃここまでやる必要はないんだろうけどさ……!」
勿論、スバルは長いプレイヤー歴の中でここまで爆発を駆使して戦ったことはない。
だが、この世界ではそれがまかり通る。
ここは普通の筐体世界ではないのだ。
「あるもん全部使わないと、アンタに勝てない」
『まだ戦いは終わってないぞ』
再度、光の球が左手から射出される。
横っ飛びでそれを躱すと、エクシィズは素早くライフルを抜いた。
引き金を引く。
銃口からエネルギー弾が飛んでいった。
光球はエクシィズを通りすぎ、遠くで爆発。
一方のエネルギー弾はダーインスレイヴに届く前に、爪によって弾かれてしまう。
再確認する。
やはり遠距離はカイトに有利だ。
というよりも、普通の遠距離攻撃がまるで通用しない。
ライフルは平然と弾かれ、拡散ビーム砲も簡単に避けられる。
唯一手がありそうなのはアトラスとシデンの能力だが、これもカイトには馴染み深い能力だ。
同じ手は二度と通用しないだろう。
が、それはこちらも同様だ。
光球に胸部エネルギーキャノン。
どちらも直線で向かってくる手前、もう食らわない。
注意するのはチャージが短いエネルギーキャノンの落差くらいだ。
ならば、必然的に接近戦で決める流れになってくる。
元々スバルとカイトはそっちが得意なのだ。
決め手は当然、激突である。
「……よし」
頭の中で簡単にシュミレートした後、スバルはライフルを放り捨てた。
その行動を見て、ダーインスレイヴが左手を向ける。
光球が発射されたと同時、エクシィズが飛び立った。
恐らく、次が最後の勝負になる。
接近戦で勝負を決めるのなら、回復関係なく仕留められるデストロイ・フィンガーしかない。
だが、向こうの光の剣に比べるとリーチ差がありすぎる。
その差を埋めるためには、エクシィズに残されたすべてを使うしかないだろう。
覚悟を決めろ、蛍石スバル。
決着の時だ。
「勝負だ、カイトさん!」
気付けば、操縦桿を強く握りしめながらもそう言ってた。
今の自分はどんな顔をしているだろう。
勝手にいなくなったカイトたちへの憎悪か。
あるいは悲しみか。
それとも、真剣勝負に全神経を使って集中している喜びか。
どれでも構わないが、自覚していることがある。
この瞬間が終わる寂しさだけが、胸に残っていることだ。
結末はどうあれ、次の一撃が勝敗を決める。
今度こそ、戦いが終わる。
その先になにがあるのかは、スバルにはわからない。
だが、きっとひとつの答えに辿り着く筈だ。
誰にもわからない、自分だけの答えが。
『……いいだろう』
カイトが了承の意を伝えると、ランダムステージが切り替わった。
荒野がモザイクになり、瞬時に海と砂浜、そして街が構築されていく。
ステージ、島国。
目立った障害物は無く、行動範囲が他のステージと比べて狭いのが特徴的な戦場だ。
「おあつらえ向きだね」
『そうだな』
どちらからでもなく失笑する。
きっと、お互いに考えていることは一緒なのだ。
決着の時が来ている。
この狭い島国なら、きっと簡単に決着がついてしまうだろう。
『お別れだ』
「勝つのは俺だよ」
『だったら証明してみろ』
「もちろんだとも!」
刺々しさはない戦いの合図だ。
飛び回るエクシィズ。
その加速が一層激しくなり、目まぐるしい速度で島国を駆け抜けていく。
『ふん』
どこか嬉しそうに鼻で笑った後、カイトは構えを取る。
右手だけを突き出すと、掌が淡く輝きだした。
黄緑の光が発生し、指先からゆっくりと伸びていく。
ぐんぐん、ぐんぐん、ぐんぐんと伸びていく。
やがて雲をも突き抜けるのではないかと思うくらいに伸びた後、ダーインスレイヴは姿勢を低くした。
『来い!』
「よぉし!」
エクシィズが急降下する。
その動きに合わせ、光の剣が振り降ろされた。
寸でのところで避けた後、海面下で踏み止まる。
そのまま直角に曲がり、ダーインスレイヴに向かって突進。
『おおおおおおおおおぉっ!』
が、一度避けただけではダーインスレイヴは止まらない。
強靭な足腰で踏み止まると、腰を捻る。
そのまま腕を一閃させ、今度は真横に薙いだ。
「ぐぅっ!」
急上昇すれば避けるのは簡単だ。
が、それではすぐに体勢を整えられる。
だからスバルは横に逃げる選択をとった。
さながら蚊取り線香のようにぐるぐると円を描きながらも、確実に中心地点に飛んでいく。
残りの距離はあと僅か。
殆ど目と鼻の先という距離まで近づいた瞬間、エクシィズの右手が輝き始めた。
が、
「反応してるぞ!」
カイトは左手を準備している。
掌から突き出されるのは球か剣か。
どちらにせよ、残されたエクシィズの体力なら一気に削り取られるだろう。
「知ってるさ!」
この程度、カイトなら簡単についてくる。
後は突き出されるよりも前に、ダーインスレイヴの動きを封じ込めるだけだ。
腰に装填されているナイフ。
その刃先をダーインスレイヴに向けて射出する。
それだけではない。
もう残りのナイフも手に取り、デストロイ・フィンガーをキャンセルした。
これで正面から別のなにかが飛んできても対応できる。
来なかったらそのままナイフで突き刺し、デストロイ・フィンガーを炸裂させるだけだ。
飛ばしたナイフに、手に取ったナイフ。
どちらかが命中しさえすれば、勝機はある。
『甘い』
「!?」
スバルの耳に現実を突きつける声が響く。
射出されたナイフが弾かれた。
輝く掌をそのままに、左手から爪が伸びている。
同時にエクシィズが激しく揺れ、体勢を崩した。
「え!?」
光が背中に命中している。
カメラを切り替え、背後を確認した。
黒い浮遊物体が浮いている。
先端に銃口が付いたそれは、間違いなくエクシィズを狙い撃ちにしたものだった。
「フェアリー……?」
いったいいつの間に。
ダーインスレイヴからはそんな素振り、少しもなかったじゃないか。
あるとしたら事前に射出しているくらいだが、今までの戦いでもそれらしき動作はない。
「まさか!?」
『そうだ。俺が切り離したユニットから出した』
カイトが出てきた瞬間に切り離した飛行ユニット。
ランダムステージによって気付かなかったが、あれもまたダーインスレイヴの一部だ。
ステージが切り替わっても、場には残る。
そしてフェアリーの発射台としての役割を果たした。
『お前に勝つ為には、最後まで奥の手を隠すしかなかった』
右手の光が迫る。
防御を取ろうにも、もう身を守る物はない。
スロットを切り替えようにも、すぐ目の前にあっては間に合わない。
野太いレーザーブレードがエクシィズに叩きつけられる。
胸から腰に掛けて切り裂かれ、激しい火花が散った。
真っ二つに切り裂かれた胴体が爆発する。
次回は本日19時に投稿予定




