第339話 vsバグ
CPUの強さ設定は最弱になっている。
最弱は初心者が練習する為のサンドバックみたいなものだ。
常に棒立ちでプレイヤーの前に立ちはだかり、機体のポテンシャルを確認させてくれる。
なので、実際に動いている機体を想定した戦いではない。
「……ひっでぇ」
そんな棒立ちのCPUにエクシィズをぶつけてみた感想がこれである。
「それはどういう意味で言ってる?」
「勿論、ゲームバランスでだよ」
スバルが知るどの機体をも上回る速度。
棒立ちで防御してこないとはいえ、アーマータイプをデストロイ・フィンガーの一撃で破壊できる破壊力。
どちらも規格外だ。
通常、アーマータイプの体力は他の種類に比べて高めに設定されている。
実際のブレイカーでもアーマータイプは破壊されにくい方だ。
以前までのスバルがこの手の機体を倒す場合、手を忙しく動かしてコンボを決めることでなんとかなった。
ところが、この機体は一撃で仕留めてしまう。
「普通、機動性のあるキャラって火力は低めに設定されてるんだよ」
「まあ、そうしないと一気に有利になるもんね」
そう考えると鬼やエクシィズがどれだけ狂った性能だったのかがよくわかる。
獄翼も刀やカイトの爪といった武器を使って仕留めることが多かったが、この辺はゲームなのでご愛嬌だ。
「ただ、コイツは忠実に再現してるね」
下手に武器を追加しても火力が下がるだけだ。
このまま戦えと言っているようなものである。
「例のシステムは搭載されてるんですか?」
気になったことをアウラが問う。
超火力と圧倒的な機動力がエクシィズの売りだが、それ以外にもXXXの能力をフル活用する特性がある。
「あれを使えたら大分有利に戦えるとは思いますけど」
「どうだろう」
ブレイカーズ・オンラインにおいて、同調機能は使えない。
新人類の個性に左右される上、再現するとなるとなにを基準にするかが明確でないからだ。
一言で言ってしまうとデータにしにくいのである。
「その辺、どうなってるのシャオラン」
『ある程度は再現しています』
ゲーム画面の横に別のウィンドウが表示された。
シャオランの顔だけが映し出されたカメラのような枠だ。
普通に話しかけた上に、それに反応した双方に対して僅かにどよめきが湧き上がった。
『話しかけたら出ますと言ったのですが』
「本当に出るとは思わないわよ!」
「というか、スバル君もよく話したな!?」
「だって、出るっていったしねぇ?」
『そうですね』
互いに頷き合い、なぞの意思疎通を見せるふたり。
妙な信頼関係が構築されていた。
『例の機能ですが、キングダムとグングニールの戦いで見られた能力は一通り備えています』
「マジで!?」
「ていうか、君はそれでいいの!?」
シャオラン側からすれば、あまりに不利な条件だ。
スバル達から見ればエクシィズは完璧に近い状態で渡されたようなものだ。
『構いません』
渡した張本人がきっぱりと言い放つ。
『勝てば問題ないわけですから』
「……それでも勝てる自信があるってわけか」
『……こちらが長い間見物するのもフェアではないでしょう。通信はこれで閉じます。例のシステムを使う場合は特殊コマンドからどうぞ』
言い終えるとシャオランが表示されているウィンドウが閉じられた。
彼女の助言に従い、特定の機体が扱えるコマンドを入力してみる。
エクシィズの関節部が輝き始めた。
「いけるっぽいね」
「特殊コマンドって?」
「シデンさん、前に俺のダークヒュドラ見たよね」
ゲーリマルタアイランドで一度だけ起動したスバルのブレイカー、ダークヒュドラ・マスカレイド。
オリジナルは蛇楼と呼ばれる機体なのだが、この機体には特殊なシステムが存在していた。
出力を限界まで引き出すリミッター解除である。
「ブレイカーの中には特殊な機能が再現されている機体があるんだ」
「エクシィズもそういう機体なわけだね」
「うん、そうみたい」
実際に使ってみた。
GPUの機体がテイルマンの尻尾で叩きつけられては宙を舞っている。
後ろで見守るヘリオンが複雑そうな顔で口元を引きつらせた。
「あ、これいいな。ヘリオンさんが敵を引き込めるよ」
「あんまり嬉しくないな」
「性能いいけど?」
「だからどうした」
軽く睨まれたので、口を閉じる。
もう一度特殊コマンドを入力してみると、今度は掌から青い光を放った。
命中した相手が動かなくなる。
どうやら氷漬けになったらしい。
「……仮に5分限定だとして」
武器が増えたのは確認できた。
デストロイ・フィンガー、拡散ビーム砲、頭部エネルギー機関銃。
そして各XXXの能力とカイトの爪。
心強い武装が揃っているものだ。
だが、シャオランはそれらを渡しても本当に問題ないのだろうか。
彼らが束になって襲い掛かったらどれだけ恐ろしいのか、戦った彼女自身がよく知っている筈である。
なのに、用意していた。
しかも勝てば問題ないとまで言ってのけている。
自信があるのだ。
ほぼ完全に再現されたエクシィズを前にして勝つ自信が。
ホテル前に現れたシャオランのブレイカーを思い出す。
飛行ユニットから砲身が飛び出していた。
破壊の痕跡を見る限り、かなりの威力がありそうだ。
また、機体のフォルムや全長から考えてもミラージュタイプなのは間違いない。
どれだけの装甲なのかは不明だが、カイトの爪を受け止められるのだろうか。
「耐えれる自信があるわけだな」
「自然とそうなるな」
シャオランを良く知るタイラントが静かに頷いた。
「アイツはジェノサイドスコールの戦いを目撃していた。あの戦いにおける性能を目の当たりにして、まだ勝てると判断している」
「カイトさんと戦った時もそうなの?」
「いや」
首が横に振られた。
当時のことを思い出しつつもタイラントは語り始める。
「あの時、用意された資料は当時の物だ。だからあまり参考にはならない」
「ほぼまっさらな状態でやってたってこと?」
「そうだ。シンジュクで残っていたカメラの映像を渡したが、あれだけではすべてを知っているとは言えない」
「じゃあ、今度は完璧なわけだ」
「恐らく」
エクシィズに勝利する自信がある。
しかもシャオランの性格を信じるなら、イカサマなしで、だ。
スバルもこれまで様々な兵器を見てきたが、いまだにエクシィズを超える化物マシンを見たことがない。
「個人の感想ですが」
どんな手で攻略する気かと考えていると、後ろからイルマがぽつりと漏らした。
「あのダーインスレイヴというブレイカーを、ブレイカーの枠組みで考えない方がいいのではないでしょうか」
「どういう意味?」
「そのままの意味です。先に戦闘したおふたりの話を伺う限りでは、あの機体はミス・シャオランが具現化させた機体です」
つまり、機械の集合でもなければただのデータでもない。
化物の目玉を使うことで始めて産み落とされた、ブレイカーの姿をしたなにかなのだ。
「星喰いや新生物に近いのではないでしょうか」
「……確かに、アイツらならエクシィズをなんとかできるかもしれないけど」
どちらも未知の領域からいまだにはみ出している生命体だ。
なにをしでかしてくるか、まったく予測できない。
「それに、彼女が取り入れたのは本来星喰いのものだったふたつの目玉。そして、少なくとも鎧を何体か食らっている筈」
ゆえに、これまで戦った新生物や鎧に比べても大きなパワーをぶつけてくる筈だ。
「ブレイカーと戦っているわけではなく、バグとやりあうつもりでいた方がいいかもしれません」
「バグ、ねぇ」
スバルにしてみればエクシィズも立派なバグだ。
だが、今回の敵はそれすらも上回るバグなのかもしれない。
そうだとすれば、今ある武装では太刀打ちできないのではないだろうか。
「だとしたら、戦い方を考えないと」
その辺の武器を付けただけでは邪魔になるだけだ。
エクシィズの出力と連結させ、上手く扱える武装が必要になってくる。
バグの火力がどれほどのものかはわからないが、やるしかない。
「やるだけやるさ」
心は死を望んでいる実感がある。
しかし、目の前に敵が現われたなら、全力で戦わないといけない気になる。
もしかすると、戦いに調教されてしまったのかもしれない。
いやな習慣だと思いながらも、スバルはエクシィズの最適な組み合わせを探し始めた。
次回は日曜のお昼か夜に投稿予定




