第337話 vs挑戦状
「やはり、彼女でしたか」
ダーインスレイヴが消えたのを確認すると、イルマは小さく呟いた。
振り返り、駆け付けたスバル達を見る。
「彼女の新たな力、どの程度まで理解できていますか?」
「携帯から出てきたり、パソコンから出てきたりするみたいね。大凡、アンタの想像通りよ」
機械人間から電子生命体へ。
直前までイルマが話していた予想は、ほぼ的中していた。
予想にしてはかなり正確な的中具合だったので、多少気味の悪さすら感じる。
「ではミス・タイラント。あなたの報告書に嘘偽りはなかったわけですね。これで多少は信頼が取り戻せるのではないでしょうか」
「どゆこと?」
突拍子もなくタイラントに投げられた言葉に対し、スバルが不思議そうに首を傾げる。
だが、直前まで会話していたシデン達にはある程度状況を察することができた。
「各国の衛星のジャック。パイゼルに疑いの目が向けられていたんだね」
「ああ。少なくとも、連中は新人類でなければ不可能だと考えたらしい」
髪を掻き上げ、タイラントはどこか自虐的に笑った。
「衛星だけではない。国家機密の漏洩、個人の情報端末からの不正アクセス、企業の情報。恐らく、今の情報社会を司るあらゆるものがシャオランの手に落ちている」
「そ、そんなことできるの!?」
「実際にやってのけたのだ。君のパソコンも、既に彼女が潜んでいることだろう」
想像してみる。
自宅に帰ってパソコンを起動し、デスクトップが表示されたと思ったらカニバリズム至上主義の危ない女とこんにちわ。
状況次第だが、夢に出てきそうだ。
「で、今後どうする気なのだね」
アーガスが問う。
現状、スバル達が置かれた状況は危機的なものであると考えていい。
すべてはシャオランの掌の上。
彼女が癇癪を起こしただけで新型ミサイルが発射され、スバル達は消し飛んでしまう。
「バラバラに行動するのは危険でしょう」
特性を聞く限り、シャオランは神出鬼没。
油断していたら即座に噛みつかれ、そのまま胃の中に放り込まれてしまう。
「一番の対策は、次に現れた際、全員でかかることだと思いますが」
「まあ、難しいだろうな」
実際に戦いを見たわけではないヘリオンですら、現実性のなさを指摘する。
「恐らく、そのシャオランとやらはこうしている間にも我々の会話を聞いている筈だ。そんな人間が、自分から危険地域に突撃してくるとは思えない」
「同感です」
ゆえに、次のチャンスがあるとしたら個人で動いたときだ。
「ミサイルを先に発射するってオチはありえます?」
「いや、シャオランはあくまで脅しの為にあれを用意していた筈だ」
長年付き添ったタイラントが、俯いたまま静かに言う。
「奴はあくまで戦闘を望んでいる。アイツは正直すぎて嘘がつけん」
ゆえに、消える前に彼女が言った言葉は本物なのだろう。
複雑すぎる感情だ。
優先したいのはXXXへの復讐なのか、空腹への満足感か、神鷹カイトへのリベンジなのかもわからず、すべてをごちゃまぜにしている。
「自分がやりたいことしか頭にない奴だ。だから、次は向こうから連絡が来る」
「携帯、開いておいた方がいいかもね。できれば襲われないように地面に置くとか」
シデンから提案が上がると、全員が一斉に電話を地面に置き始めた。
今のところ、繋がる様子はない。
「シャオランは会話を傍受してきた」
全員が自分の携帯を注視する中、シデンは言う。
「そこから即座に攻撃を仕掛けてこれることも踏まえると、次に着信がきた人間がターゲットになると考えていいと思う」
「まるでホラー映画ね」
「や、やややややめましょうよ、そういうこと言うの!」
ホラーで例えられ、耐性のないアウラが取り乱し始めた。
そんな彼女を嘲り笑うようにして、バイブレーションが鳴り響く。
「ひ!?」
飛び上がるアウラ。
全員はそれを無視。
揺れる携帯が誰のものなのかを確認した。
「……俺、か」
スバルが息を飲んだ。
彼はゆっくりと近づき、自分の携帯を手に取る。
「もしもし」
『こんにちわ。話すのは、これが二度目ですね』
「アンタ、人によって話し方変えるよね」
『すみません。勢いに忠実なので』
と、いうことは今は落ち着いているということだろうか。
先程ちらっと聞こえたシャオランの叫びを思うと、声から漂う冷静さに違和感を感じてしまう。
「それで、俺にかけて来たってことは」
『はい。可能なら、最初にあなたを仕留めたいと思っています』
直球な発言だった。
ある程度予想していたとはいえ、こう言われると少し心が痛む。
だが、それ以上に堪えるのは彼女の所業だ。
「……ひとつ、確認させてほしい」
『なんでしょう』
「カイトさんを喰ったのか?」
『はい』
瞬間、眩暈がした。
目の前が真っ暗になって、足が僅かにふらつく。
倒れそうになったところをアウラに支えてもらいながらも、スバルは電話を続けた。
「……わかった。それだけ聞けたら十分だ」
『なら、よかったです』
良いわけがない。
なにをどう聞いたらいいと思うのだ。
コイツの頭の中に詰まった人工知能は、どんなに錆びついている。
「シャオ――――」
タイラントが言いかけたところを、スバルは手で制した。
この時、スバルは自分でどんな顔をしていたのかはわからない。
ただ、いつかの黒い感情だけが己の中にあるのだけは認識できた。
自分でも驚くほど低い声で、電脳世界の住民に話しかける。
「仕留めるって言ったな。俺をこのまま殺すのか?」
『いいえ。先程も少しお話しましたが、ただ殺すだけならこんな回りくどい真似はしません』
「最終的に俺も食おうって?」
『ええ。そうすれば寂しくないでしょう?』
「……見てたのか?」
『この身体になって以来、私はずっとあなた方を見てきましたから』
一旦間を置いたのち、シャオランは提案した。
『勝負、しませんか』
「俺とアンタじゃ勝負にすらならないだろう」
『勿論です。単純に身体を動かすなら、大人しく他の方を指名しています』
勝手にチャレンジャーになった気分でいる。
まるでお遊び感覚だ。
シャオランの口調に怒りを覚えつつも、スバルは聞き返した。
「……だったら、俺となにで勝負するつもりだ」
『ひとつしかないでしょう』
そうだ。
スバルが新人類の――――それもきわめて身体能力が高い連中と戦うなら、武器はひとつしかない。
スバルだけでなく、この場にいる全員が知っていることだ。
全員が巨大兵器同士での戦いを覚悟した瞬間、シャオランの口から勝負方法が紡がれる。
『ブレイカーズ・オンラインで勝負です』
「ブレイカーズ・オンライン……?」
意外だった。
てっきりさっき出てきた黒いブレイカーと戦えというのかと思ったが、まさかのゲーム勝負である。
『ただし』
疑問に思っていると、相手から追加要望が飛んできた。
『私が用意したデータで戦ってほしいのです』
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
提案を聞き、アキナがずいっと詰め寄ってきた。
彼女はスバルから携帯をふんだくると、そのまま受話器に向かって唾が飛びそうな勢いで口を開く。
「人間コンピュータウィルスが用意したデータなんかおいそれと使えるわけないでしょ! なに考えてんのアンタ、馬鹿なんじゃない!?」
『用意したのはキングダムを倒した機体の複製です』
「エクシィズの!?」
アキナから携帯を取り上げると、スバルは改めて問う。
「どういうつもりだ」
『あれからあらゆる情報を整理し、あなたの戦績や対戦情報をすべて洗い出しましたが、もっとも戦闘能力が高いのはあの機体であると判断しました。その方があなたも動きやすいですし、私も歯ごたえがあります』
それに、
『既にあの機体は破棄されたと聞きました』
キングダムとの決戦が終わった後、エクシィズは爆破された。
スバルとXXXメンバー、イルマの意思によるものである。
少し勿体ない気はしたが、あれは人が持つには余りあるマシンだ。
だから早めに処分しなければならない。
『私はもうリアルの世界では長い時間活動できません。そして、あの機体も同様の筈』
「……だからお互いに思いっきりできる環境でやろうっていうのか」
『その通りです』
どちらも現実世界では長い時間戦えない。
それなら、電脳世界で直接勝負すればいい。
『私のダーインスレイヴは電脳世界でも構築できます。同様にゲームの世界で新たなデータを作り出すことなど容易いこと』
「ちょっと待ってよ! それじゃあ、アンタが用意した機体でやれってこと!?」
「そんな!」
いかになんでも危険すぎるし、不利だ。
大幅に機体性能を落とした物を送りつけてくる可能性も高い。
『もちろん、私は用意するだけで勝負以外に手出しをする気はありません。調整が必要なら時間も用意しましょう』
どちらにせよ、信じるか信じないかはスバル次第だ。
確かに条件はすべてシャオランが一方的に押し付けているに過ぎない。
しかし、シャオランには確信がある。
この少年は絶対に拒まない。
「……わかった」
蛍石スバルは自分と同じだ。
居場所を見つけられず、己の中にある感情を整理できない。
ただ目の前にある障害を排除することだけしか目に入らない、簡単な人間なのだ。
「その勝負、受ける」
「仮面狼さん!?」
「ちょっと、アンタ正気なの!?」
仲間たちの声を無視し、少年は真剣な表情で問いかけた。
「日程は?」
『データは既に用意しています。旧人類連合の基地で、私が用意したブレイカーズ・オンラインのアプリがある筈です。それを使ってください。ツールはそちらで用意していただいて構いません。準備期間は……そうですね。1週間としておきましょう』
1週間。
いつかのゲーリマルタアイランドでの戦いを髣髴とさせる日程だ。
『それだけの時間があれば、感覚を取り戻せそうですか?』
「……ああ。お前をぶっ倒してやる」
『それは楽しみです。では、私は調整をかけたいのでこれで失礼します。なにか質問があれば、連合のコンピュータから呼びかけてください』
言うだけ言うと、電源は切れた。
携帯を強く握りしめ、スバルはモニターを睨む。
「ああ、俺も楽しみだよ。カイトさんを食った奴をぶっ倒せるなんてな」
スバルが笑った。
敵意と悪意。
それらが入り混じった歪んだ表情を見て、彼を取り巻く面々は何も言えずにいた。
 




