第336話 vs悪意の理由
深紅の破壊光線を受けて、ゲーリマルタアイランドの街が吹っ飛んだ。
ホテルは爆散し、周囲の建物もその被害を被っている。
破壊の余波を受けて、避難する人間たちが倒れているのが見えた。
だが、シャオランはそれを見ても心を痛めることなく周辺を見渡す。
彼女がいるのは自身が電脳世界で構築したブレイカー、ダーインスレイヴのコックピットの中である。
「どこ?」
真田アキナの方はエネルギーキャノンをまともに受けても消し飛ばなかった。
恐らく、鋼鉄化した際にある程度ビームを無力化できるのだろう。
近くに居た六道シデンも無事でいる可能性が高い。
相手はブレイカーではなく、生身の肉体だ。
それでも生きているであろうという確信がシャオランにはあった。
「あれで死なないよね。死なないよね?」
首を傾げ、二度問うてみる。
スピーカーをオンにして、わざわざ聞こえるように言ってみた。
返事を期待してみるが、返ってこない。
「ん……」
視界に電子文字が走る。
危険だと訴えてきた。
『エネルギー残量僅か。帰還をおススメします』
もうこんな時間なのか。
化物の目玉を取り込み、電子世界に住みつけるようになったシャオランは以前までの機械人間ではない。
あらゆる電子端末にアクセスしてはハッキングを仕掛け、思うがままに操作できるようになったのはある意味進化と言えるだろう。
特に情報社会においては強力な生命体である。
シャオラン自身も、それは自負している。
だがその分、肉体を維持できる時間が極端に短くなってしまった。
たぶん、どんなに頑張っても10分が限界だろう。
しかし、それでも諦められない。
彼らと戦うには肉体が必要不可欠だ。
電子世界から直接攻撃する手段はなくはない。
実際、既にミサイルの発射システムも掌握している。
やろうと思えばいつでも攻撃できるのだ。
とはいえ、それで勝ったところで充実感を得ることはできないだろう。
彼らが自分を倒すのも同じだ。
電子世界にはシャオランしかいない。
シデンたちではインターネットの深い海の中で生息するシャオランに手が届かないのだ。
考えようによっては、確実に勝てる勝負ではある。
しかし、100パーセント勝てる状態での勝利などいらない。
シャオランの望みは死闘の末での勝利だ。
太古の時代の恐竜や厳しい環境で生きる野生動物がそうしてきたように、戦って勝利した上で強敵を食らわなければこの戦いに意味などない。
ただ勝つことなら誰だってできる。
しかし、そんなことでは自分の復讐は果たせない。
神鷹カイトをもっと追い詰めて、苦しくて切なくさせ、地獄の底で泣き叫ぶような光景を作り出そう。
同時に、最高の興奮と歓喜を求める。
それこそがシャオラン・ソル・エリシャルがカイトに抱いた感情だ。
彼女自身は、一種の敬意と愛情だと感じていた。
そこにメラニーの復讐を重ねれば、感情に悪意と憎悪がプラスされる。
「大丈夫」
想像してみた。
カイトが止めろと叫んでいる。
懸命な表情で訴えてくるであろう彼の顔をイメージして、シャオランはお腹を擦った。
取り込んだ左目がより一層赤く輝く。
「大丈夫、だいじょうぶ、ダイジョウブ!」
視界に表示された警告が消えた。
シャオランは背中を前に突き出し、鼻先をモニターに押し付けながらも囁いた。
「みんな、みんな、みんな! みんな同じところに落ちる!」
大勢の命が消えた。
六道シデンや真田アキナ、アウラ・シルヴェリアにヘリオン・ノックバーン。
彼らXXXの手にかかって死んだ人間は多い。
蛍石スバルでさえも同様だ。
だから案ずるな。
すぐに会える。
「私もいっしょ! どうせみんな、最後は地獄に落ちる!」
どうせ人を殺したろくでなしだ。
背景にどんな理由があれど、外道が行きつく場所などひとつしかない。
ゆえに、悲しむな血肉。
お前が愛した仲間たちも私がこの手で送り届けてあげる。
「だから出て来よう?」
モニターを舐めた。
爛々と輝く双眸が画面に映る街並みを凝視する。
「どこにいっても変わらないから、私と一緒に落ちようよ!」
『なら、遠慮なく』
「え?」
街の炎をかき消し、煙の奥から青白い発光体が飛んでくる。
ブレイカーが持っているライフルの弾丸のような光だ。
だが、シデンやアキナは武器を持っていないしこういう能力者ではない。
疑問と同時に不意をつかれ、シャオランは僅かに反応が遅れた。
弾丸がダーインスレイヴの肩を擦る。
触れた個所が蒸発し、一瞬で消し飛んだ。
操縦席が揺れる。
バランスを整えた後、シャオランは画面を見やった。
「まさか」
『そうだシャオラン』
爆炎を切り裂き、人影がモニターに映る。
アキナとシデンを守るようにして、タイラントとアーガス、そしてイルマが立っていた。
『間一髪でしたね。衛星が位置を捉えてくれていたお陰でぎりぎりテレポートが間に合いました』
『ふっ、久々の同窓会。そして美しき戦友の式に無粋な真似をするものだ。もう少し礼儀をわきまえた方がいいのではないかね?』
『アーガスって確か出席してなかったよね』
シデンが白い目で言ってきた。
アーガスは無言のまま薔薇を手に取り、周囲に撒き散らす。
水色の花弁が炎に触れた瞬間、火は沈黙した。
『シャオラン、久しぶりだな。生きていてくれて私は嬉しいぞ』
「……お姉様」
タイラントがダーインスレイブを見上げ、睨む。
明らかに怒気を孕んだ声だ。
理由は察している。
『なぜ戻ってこなかった。化物に成り果てたことなら気に病む必要はない。私がそれほど器の小さな人間に見えたか!?』
「……いいえ」
『だったら、どうして戻ってこない! どうしてこんなことをする!』
周囲を指差し、惨状を突き付けたうえでシャオランに訴える。
『我々レオパルド部隊の復讐の為だけに、お前はその身を作り変えたとでも言うのか!?』
「それは理由のひとつに過ぎません」
そう。
レオパルド部隊の怨念だけなら話はまた違ったのだろう。
しかし、タイラントが眠っている間に色々とありすぎた。
「メラニーが死にました。私が殺したも同然です」
『それなら私も同罪だ』
「そして、私の宿敵も消えた」
思い返せば、これこそが一番根深い理由なのかもしれない。
神鷹カイト。
レオパルド部隊の宿敵にして、XXXのリーダー。
そして新人類王国を破滅へと導いたひとり。
「私は最後まで彼に勝てませんでした。悍ましい力を取り入れ、メラニーたちを放ったらかしにしておいて!」
だがそれ以上に、
「味が、忘れられない」
『味?』
アキハバラで、一度彼を味わってしまった。
今まで食らったどの獲物よりも美味で、至高の一時だったと記憶している。
「そうです。だからこそ私は、彼の死体を奪い、食べました」
『お前……!』
『やはり、そうでしたか』
驚愕するタイラント。
その横でイルマは静かに、それでいて敵意を含めた眼差しを送ってきた。
『ボスの遺体だけでなく、鎧も回収したのですね。そして自らを更に進化させた。その結果が、今のあなた』
「そう」
もっとも、進化してしまったと言った方がいい。
気付けば自然と体は変質し、電脳世界に住みつかないとどうしようもなくなってしまった。
「だけど、まだ足りない!」
悪意。
愛情。
敬意。
憎悪。
それらの感情をすべて向けることができた宿敵はもういない。
スリリングでハード。
それでいて脳に電流が走るような甘美な衝撃。
せめてもう一度。
納得できる形で、決着を付けさせてくれないだろうか。
「……残念ですが、もう時間です」
『時間?』
タイムリミットが近づいてきた。
見れば、海の方からアウラとヘリオン、スバルも駆け付けてきている。
役者は大体揃った。
たぶん、この後は自分の話題で持ちきりになる。
「お互い、まだ話したいこともたくさんあるでしょう。誰かスマートフォンを持っているのなら開いておいてください。また、こちらから連絡します」
『お、おい待て!』
「また会いましょう」
言うだけ言うと、ダーインスレイヴは発光し、再び霧散していった。
情報だけに分解されていく最中、シャオランは僅かに視線をずらす。
スバルの顔を見た。
「……彼なら、時間を気にしないでいけるかも」
呟きは本人に聞こえることもなく、光と共に消えていく。




