第335話 vs黒いブレイカー
悲しい気持ちを吐き出した後、スバルは式場へと戻ってきていた。
知り合いはほとんどいない。
仲の良かった赤猿は故郷に帰った関係で出席しておらず、ヘリオンとレジーナはこの式の主役で引っ張りだこ。
シデンたちは先にホテルに帰ったのか、どこにも見当たらない。
スバルは未成年だ。
夜の二次会で出てくるお酒を飲める年齢ではない。
飲んでみたい気分だったが、後で仲間たちになにを言われるのかわからなかったので、ぐっと堪えることにした。
「……んー」
周りを見渡してみる。
どこを見ても大人ばかり。
生徒たちは帰ってしまって残っていなかった。
腕時計をみて時間を確認する。
もう夜の21時になろうとしているではないか。
予定では明日の飛行機で日本に帰ることになっている。
自分も、そろそろホテルに戻っておくべきかもしれない。
ただ、その前に挨拶くらいはしておくべきだろう。
結局電話でもまともに祝福の言葉を送れなかったのだ。
せめて少しでも言っておかないと気まずい。
そう思ってヘリオンのもとへと近づいていく。
だがスバルよりも前にヘリオンに接触した人間がいた。
「ヘリオンさん!」
「ん?」
職場の仲間たちと談笑しているのを中断し、ヘリオンは振り返る。
アウラだ。
息を切らし、慌てた様子で駆け寄ってくる。
見ればハイヒールも脱ぎ捨てているではないか。
「どうしたんだ。なにかあったのか?」
周りの教師たちや、遠くで見ているスバルも、彼女を見て只事ではない事態を察したらしい。
緊張を孕んだ表情で見守っていると、アウラは口を開く。
「避難してください!」
結論から先に飛んできた。
その理由はアウラが言う前に全員が察する。
彼女が来た方向にあったホテルが爆発し、火が上がったのである。
誰かが悲鳴をあげた。
信じられない、と叫びながら式場に集まっていた人間がホテルとは逆方向に逃げ始める。
「アウラ、なにがあった!?」
「新人類軍の――――いえ、リーダーの敵です!」
シャオランをどうカテゴライズすべきか僅かに迷った後、アウラは結論付けた。
「詳しく話してる時間はありません。私も戻ってシデンさんとアキナの応援に向かいます!」
「僕も行こう」
「ダメです! レジーナさんを放ったらかしにする気ですか!?」
必死の訴えを聞き、ヘリオンは考える。
後輩がここまで断言するということはつまり、相手はシデンやアキナだけでは抑えきれない程の強敵なのだろう。
しかも、今は亡きカイトの敵ときた。
ただの新人類軍ではなさそうだ。
だが、彼には恩がある。
それにシデンたちが殺されるかもしれない状況で、自分だけ逃げる気になれなかった。
「レジーナ」
「なに?」
隣でヘリオンの腕を握りしめていた女性教師が反応する。
「少し、行ってくる」
「私、結婚して1日で未亡人になるのはゴメンよ」
「させないさ」
互いに笑顔で向き合うと、妻は夫の背中を押した。
「案内してくれ」
「でも!」
「彼らを式に呼んだのは僕だ。招待した為に殺されるなんてまっぴらだね」
「……もう、知りませんよ!」
半ばヤケクソ気味に振り返る。
アウラは背を向け、そのまま一直線に走りだそうとしていた。
「待って!」
「え!?」
静止の声がかかる。
よく聞いたことがある声だ。
だが、いくらなんでも彼を連れていくわけにはいかない。
「カイトさんの敵って、どういうこと?」
「それは……」
蛍石スバルが問いかけてくる。
今のスバルがシャオランの存在と、彼女がしでかしたことを知ったらどうするのだろう。
取り返しのつかないことが起きるような気がした。
もしかすると、シャオランもそれを狙っての行動かも知れない。
いずれにせよ、ブレイカーもないスバルでは足手纏いだ。
「後で戻ったら話します! 仮面狼さんはレジーナさんと避難してください!」
ゆえに、今は伏せる。
無理やりスバルを振り切ろうとアウラは一歩踏み出した。
だがその瞬間、目的地の前に黒い影が出現する。
ホテルから立ち昇る黒い煙に紛れ、ゆっくりと顔が見えた。
巨大な顔だ。
人を思わせる造形と、深紅に輝くデュアルアイ。
ホテルの大きさから推測するに、大きさは20メートル前後といったところだろう。
だが、どうしてあんなところに。
「ブレイカーだ」
突如出現した存在の名を口にすると、スバルは足を動かした。
「あ、待って!」
「アウラ、我々も行こう! なにかヤバいぞ!」
アウラの静止も聞かず、スバルは走る。
すぐに腹が苦しくなったが、知ったことか。
あそこにはなにかがある。
神鷹カイトが残してしまったなにかが、あのブレイカーにはある。
今はただそれだけが知りたかった。
時間を少し巻き戻そう。
アウラが離れたのと同時、シャオランは飛翔を開始。
残ったシデンとアキナに向けて剣と銃を向けた。
近くにいたアキナに飛びかかり、剣を。
遠くに離れたシデンには銃を向け、発砲する。
「ぐっ!」
銃口の向きを予測してシデンは回避。
アキナは鋼鉄化し、そのまま右腕を立てて剣を受け止めた。
金属同士の接触で火花が散る。
「だりゃあああああああああああああああああああっ!」
左手で手刀をくりだし、剣を叩きつける。
衝撃で亀裂が走った。
ぼろぼろになった剣が砕け散り、再びシャオランの腕が構成される。
「かったい」
一言感想を漏らした後、シャオランは腕を伸ばす。
アキナの手を掴み、そのまま羽ばたいた。
空中で何度か回転しながら銃を乱発。
周辺にあるあらゆる物を破壊する。
「うわっ!」
不規則な弾丸の雨嵐がコンクリートの大地を激しく揺らす。
足下に火花が散って、シデンはまともに動くことができない。
「この!」
自分の身体を軸として扱われたことに憤りを感じ、アキナは空を思いっきり蹴り上げた。
当然、シャオランは手を離す。
勢いのまま宙を一回転した後、アキナは再び地面に着地。
空を飛んで射程外になってしまったシャオランを睨みつけた。
「こんなことなら武器をきちんと持ってくるんだったわ!」
「言わないの。ボクらの武器は空港の検査で引っかかるんだから!」
だが、代わりに生まれついての武器がある。
それがあるだけでもマシだと考えよう。
「ちぇっ」
毒づき、アキナは横に聳え立つホテルを見やる。
シャオランが飛んでいるのはこのホテルの真横だ。
ここで浮遊し、ふたりまとめて倒す機会を伺っている。
すぐに仕掛けてこないのは、多分シデンの凍結能力を警戒してのことだろう。
中から砕けても、まともに命中するのはなるだけ避けたいようである。
だが、面白くない。
飛んでいたらそれだけで真田アキナは脅威でなくなると考えられているかと思うと、苛立ちが止まらない。
「調子乗るんじゃないわよ!」
アキナが疾走する。
彼女はそのままホテルの壁を蹴りだすと、重量に逆らって一気に壁を走り、昇っていく。
シャオランが僅かに驚き、銃口をアキナに向けた。
この動作を見てシデンは両手を構える。
両拳に冷気を凝縮させ、周囲の気温をどんどん低下させていった。
「ターゲット、ロック」
シャオランの視界がアキナを捕捉する。
銃口に赤い光が集い始めた。
発射される直前、シデンは集った冷気を一気に放出する。
冷気がシャオランに命中した。
命中箇所を中心に、氷の糸が張り巡らされる。
気付けば蜘蛛の巣のように張り巡らされており、コンクリートや看板、建物の壁が氷の糸を伝ってシャオランを締め上げている。
「……脱出」
『10秒以内の破壊、不可能』
力を込めて内部破壊を試みるが、今度の冷気はさっき受けたものよりも更に強力らしい。
片手と両手でこれだけ差が出るのか、と呑気に考えながらもシャオランは周囲を見渡す。
アキナと目が合った。
壁を走る彼女は僅かに笑みを浮かべると、握り拳を作り出す。
だがシャオランはその奥。
アキナが伝っていく壁の窓ガラスを見ていた。
宿泊客が置いて行ったと思われるノートパソコンがある。
シャオランは僅かに笑った。
「なにがおかしいのよ!」
「別に」
直後、シャオランの身体が黄緑色に輝きだした。
不気味な輝きを放ちながらも彼女の身体が霧散していく。
「なに!?」
霧化じゃない。
再び集う気配もないし、光も一瞬で消えてしまった。
シャオランを形成したと思われる物体は輝きと共に消え去ってしまったのだ。
「どこいったの!?」
同じくシャオランを見失ったアキナが戸惑いを隠さないまま辺りを見渡す。
高い場所から外をくまなく探してみるが、やはりいない。
「逃げた?」
瞬時にそんな考えが頭をよぎる。
後ろから強烈なフラッシュが身を包んだ。
「え?」
振り返る。
ホテルの一室。
そこに配置されていたケーブルの中から、光となってシャオランが再構築されていた。
光り輝く銃口はそのまま向けられ、アキナを補足している。
「発射」
赤い閃光が窓を貫いた。
一直線の光の柱が真横に伸びる。
「う――――」
「アキナ!」
避ける間もなく、アキナは光の中に飲み込まれた。
ホテルが爆発する。
火と爆炎を撒き散らしながらもシャオランは黒い羽をはばたかせた。
宙に浮き、地面に叩きつけられたアキナを見ながら言う。
「堅いんだね」
エネルギーキャノンをまともに浴びて、まだ手が動いている。
彼女の皮膚はこちらの想像を超えて堅いようだ。
それに、早ければアウラも戻ってくる。
時間をかけたら勝てるだろうが、どうにもすぐさま撤退するのは難しいらしい。
急がなければ。
電子生命体になった今、シャオランには常に制限時間がかけられている。
溶け始めた肉体を見やりつつも、彼女はひとつの結論を出した。
「全員纏めて処理します」
脳内に収められた人工知能が問う。
ダーインスレイヴを使いますか、と。
「イエス」
躊躇うことなく言うと、再びシャオランの身体はLANの中へと消えていった。
電子世界へとダイブした後、シャオランは自らの肉体を分解。
光の中で己の身体を相応の物へと作り変え、適当な電子画面を通じて再び外へと飛び出した。
「うわっ!?」
アキナに駆け寄っていたシデンが衝撃で膝をつく。
突然現れた光。
それはやがて黄緑から黒へと変色し、禍々しいオーラを醸し出しながらもゆっくりとこちらを見下ろしていく。
巨人だった。
ホテルの中から突如として姿を現した黒い巨人。
赤い瞳に、背中からは機械の翼を生やした黒い魔人。
「ブレイカーまで出せるっていうの!?」
どこから出した、とは言わない。
もはやシャオラン・ソル・エリシャルはなんでもありの超人だ。
自身の身体を作り変えることなど造作もないことなのだろう。
だからといって特撮番組みたいに巨大化するとは思わなかったのだが。
「あ、いつ」
拳を支えにして、アキナもゆっくり起き上がる。
現れた黒いブレイカーを見上げ、ぽつりと呟いた。
「ブレイカーになれる人間ってわけ?」
「みたいだね」
左右の翼が並列になって折りたたまれる。
付け根から砲身が飛び出したかと思うと、そこから赤い光が集い始めた。
「そこから出すの!?」
「ああいうのアニメで見たことある!」
いずれにせよ、今度のをまともに受けたらヤバい。
ふたりは慌てて逃げ始めた。
『フェザー・ブラスター、発射』
羽から飛び出したエネルギー粒子が発射される。
コンクリートの大地が深くえぐられ、ホテルが吹っ飛んだ。




