第334話 vs再挑戦
「なんの用か……?」
シャオランが首を傾げ、消えてしまいそうなほど小さな声で呟いた。
布きれの奥から見える瞳が、黒く濁っていく。
「さっき話してたから、ある程度知ってると思うけど?」
瞼から黒が溢れ出す。
眼球から涙のように流れ出る黒い滴がシャオランの頬を伝い、白い髪を黒へと染めた。
ただならぬ存在感を放つシャオランに向かい、アキナは言う。
「じゃあ、本当にリベンジってわけ?」
「……うん」
素直に頷いた。
フードのように被っていた布きれを捲る。
さっきまで純白で染まっていた髪が完全に黒一色になり、変色は翼まで及んでいた。
以前までの彼女とは明らかに別物である。
意識しつつも、アウラは思い切って聞いている。
「もうリーダーはいないのに、ですか?」
「……うん」
シャオラン・ソル・エリシャルがカイトに拘る理由。
レオパルド部隊とカイトの因縁と、アキハバラでのカイトとの戦いが起因しているのだろう。
星喰いとの戦いではカイトの毛に拘っていたほどだ。
あまり理解したい拘りではない。
「でも、私の戦いはまだ終わっていない」
「それって、いわゆる復讐なわけ?」
「……そうともいうかも」
このゲーリマルタアイランドの地で、彼女の妹分が責任感に押し潰されて死んだ。
悪意があって殺されたわけではない。
だが、シャオランは思う。
戦わなければならない、と。
一時的にタイラントから部隊を預かっていた身として、ちゃんとメラニーのメンタル管理をしなければならなかったのだ。
シャオランは当時のことを思いだし、拳を握る。
「まだ、終われない」
埋め込まれた怪物の目玉により、自己修復が働いたのは幸いだった。
満足に動けるようになり、さあ復讐だと気合を入れて羽ばたくと、そこには地獄が展開されていたのである。
「新人類王国は潰れた。でも、そんなのどうでもいい。私の中にあるのはひとつだけ」
ゆえに、リバーラ王に引き金を引くのも躊躇わなかった。
タイラントやレオパルド部隊の仲間たちを傷つけた奴だ。
死んで当然だと思う。
「じゃあ、王を殺したのは君なんだ」
「うん。でも、それはあくまでついで。ムカついたし、逃げたから」
本命はキングダムを倒した後のエクシィズだ。
スバルとリバーラの戦いはシャオランも見ていた。
最後の決め手になったのはカイトの爪なのも目撃している。
だからあの機体の後部座席には当然カイトがいるものだと信じて疑わなかった。
都合がいいことに、エクシィズはキングダムを倒したすぐ直後に機能を停止してしまった。
打倒、カイトを果たすなら今しかない。
意気込んで霧化し、コックピット内へと侵入したシャオランがなにを目撃したのかは、説明するまでもないだろう。
「……ショックだったよ。それなりにね」
なにせこれから復讐すべき相手が、死体となっていたのだ。
彼の能力と埋め込まれた目玉の存在を考えると、笑えない。
「少なくとも、戦って死ぬことはないんだって私はインプットしていた」
なのに、戦いの最中に彼は死んでしまった。
感情の整理がつかず、顔を覆ったのはよく覚えている。
「私が食べるまで、誰にも殺せないんだと思っていた」
あんまりだ。
なんの為に時間を割いてきたのだ。
打倒カイト。
打倒反逆者。
これらの願いをかなえるために時間を使い、挙句メラニーを失ってまで勝利を求めたのに。
一番倒したい相手は既に死んでしまった。
「そのまま帰ればよかったのに」
「それ、考えた」
もう自分には何も残っていない。
幸運なのはタイラントが目覚め、仲間たちも何人か生き残ったことくらいだろう。
シャオランにはタイラントの下に戻る選択肢があった。
「でも、もう戻れない」
恩人であるタイラントは怪物を気味悪がっていた。
同時に、鎧を毛嫌いしていたのも知っている。
部下の管理もせずに勝利のみを追求した自分が、今更どの顔を下げて帰れるというのだろう。
「お姉様の元には帰れない。私は勝利する為にすべてを棄てた。メラニーも半分は私が殺したようなもの」
言われ、シデンはとんがり帽子を被った少女の最期を思い出した。
彼女はマリリスを悍ましい怪物に変貌させた怨敵である。
しかし、その執念はシデンの理解の及ばない場所に辿り着いていた。
心ここに非ず。
最初から殺される為にゲーリマルタアイランドに来ていた気さえする。
「だから考えた」
「なにを」
「これからどうするのかを」
戦い以外になにかしたいことはあるかと、ひとりで考えてみた。
ある時は雨に打たれながらも、シャオランは直立不動でずっと思考回路をフル回転させたのである。
その結果、出た答えこそが、
「なにもなかった」
答えは出てこなかった。
グルメを堪能しようと思っても、不思議と食欲は湧かない。
食べることはあんなに素晴らしい儀式なのに、まったくそそらなかったのだ。
「だから原点に帰った。それだけ」
打倒カイトはもう果たせない。
だったら、残っている反逆者を倒そう。
思考を回した結果、シャオランは答えに辿り着いた。
あの神鷹カイトが命がけで守った連中を、残さず食らい尽くす。
想像してみたらとても愉快で、とても興奮した。
新たな目標を達成した時に味わえるであろう高揚感をイメージし、シャオランは恍惚とした笑顔で言う。
「楽しみだな。たのしみだな。タノシミダナ」
赤い光彩と黒の眼がXXXを捉える。
黒に染まりきった翼が大きく広がった。
「なんだ?」
「仮装大会かな?」
ホテルに戻ってきた旅行者や関係者がシャオランを見て、興味本位で視線を向けていく。
翼から羽が抜け落ちた。
宙に舞う黒い羽は瞬時に硬質化すると、刃物のような鋭利さを身に纏って周囲に飛び散っていく。
「やばい!」
まっさきに反応したのはシデンだった。
彼は話の最中に掌に凝縮させていた冷気を解放し、シャオランに放り投げる。
空気が凍結し、シャオランとその周辺に漂っていた羽が凍り付いた。
「きゃ、なに!?」
「なんか、冷えるぞ」
気温も一気に低下していく。
ホテルに集まっていく野次馬を見て、シデンは一喝した。
「死にたくないならさっさと消えて!」
真剣。
それでいて明らかな怒気を孕んだ声だった。
なにもそこまで言わなくてもいいだろうと思うかもしれないが、彼の表情を見れば只事ではないことくらい誰もが理解できる。
集まってきたギャラリーが急ぎ足で逃げ始め、後にはオロオロとするホテル従業員とXXXメンバーだけが残された。
「ボーイさん、念の為ホテルのみんなを避難させておいて! 電子機器を絶対につけないように!」
「は、はい!」
「アウラは式場に言って! ヘリオンやスバル君たちを安全なところに――――」
そこまで言って、シデンは気づく。
安全な場所ってどこだ。
ゲーリマルタアイランドは島国だ。
イルマが言ったように、シャオランがカイト達を食らって強大な存在に進化したのであれば、この島くらい消し飛ばすことなど容易なのでは。
「どこに、も。ニガ、サナ、イ!」
氷像から声が漏れた。
振り返り、シャオランを睨む。
笑っていた。
シャオランを覆っている氷の塊に亀裂が走る。
僅かに生じたその隙間から黒い霧が漏れ出したかと思うと、氷の中に閉じ込められていたシャオランが黒い靄となって消失した。
亀裂から噴き出した霧が再び一か所に集まっていく。
「アウラ、早く!」
「は、はい!」
もう場所など考えている余裕はない。
相手は国家の持つ衛星すら掌握する人間コンピュータウィルス。
今までの敵と比べて、完全に未知の領域へと辿り着いた存在だ。
だから確実に勝てるとは言い辛い。
それこそ、彼女は新型ミサイルのスイッチだって押せる状況なのだ。
状況は圧倒的に悪い。
「アキナ、ボクらは飛ばしていくよ」
「オーケー!」
不安や怖れといった感情を抱かず、アキナは腕を組む。
「ここ最近、勉強ばかりで運動不足だったのよ。大暴れしてやろうじゃない!」
「私も戻り次第参加します! 無理はしないで!」
高価なハイヒールを脱ぎ捨て、裸足になったアウラが駆けだした。
カイトを抜かせば、XXXでもトップクラスのスピードである。
ヘリオンへの通達はすぐに終わることだろう。
後はどうやってコイツを倒すかだ。
なにができて、なにを不得意とするのか。
見極めたうえで最善の策を尽くさなければならない。
でなければ折角の友人の結婚式が水の泡だ。
それだけは阻止しなければ。
「最初はどっちかな? どっちかな? どっちかな?」
シャオランの眼球がぐるぐる回る。
右手を剣。
左手を銃口に変貌させると、彼女は行動に移る。
「両方纏めていただきます」
追記:次回のエクシィズは9日の0時更新予定!




