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第333話 vs電子人間

『結論に至った理由についてですが、実はひとり思い当たる人物がいるのです』


 落とした携帯を慌てて拾い直すと、シデンは受話器から聞こえるイルマの声を拾う。

 近くにいたアキナとアウラは聞き耳を立て、漏らすまいと密着していた。

 傍から見れば3人がかりで電話をする異様な光景である。

 この様子を見たホテル関係者は『通話会議すればいいのに』とぼやいていた。


『顛末から説明しますが、1年ほど前からちょっとした事件があったのです』

「事件?」

「グングニールのことじゃなくて?」

『いいえ。まだ未解決の案件です』


 始まりはサムタックの襲来だった。

 5体もの鎧による襲撃と、アトラス、シャオランの奇襲。

 大きな犠牲を払って撃退に成功した物の、影ながらちょっとした事件が起きていた。


『鎧の遺体なのですが、実はまだ見つかっていないのです』

「鎧が?」


 新人類王国の守護神にして最強の生体兵器、鎧。

 シデンたちは過去の戦いでこれらをすべて撃退してきたが、全員を木端微塵にしたわけではない。


『はい。少なくとも獄翼の機内で死亡したと思われる金の鎧と、グングニールを受けたとの報告がある黄緑の鎧はまだ遺体が発見されていません』


 それだけではない。

 王国内で殺されたジェムニも死体が消え、シデンが氷漬けにしたというサジータとスカルペアもまだ発見できていないとのことだ。

 リオールのように爆発に飲み込まれたというのなら納得できるが、彼らの死体が揃って消えたとなると不気味である。

 特に鎧に埋め込まれた目玉は、人類にとって未知のエネルギー源だ。

 死んだ後、想像を超えるかたちで復活したと言われても驚けない。


「じゃあ、鎧が生きていて、コンピュータウィルスになったとでもいうの?」

『まだあります』


 イルマは勿体ぶりながらも、話の続きを再開させる。


『死体が消えたのは鎧だけではないのです。ミス・シャオランとリバーラ王、更にはボスの遺体も消えてしまいました』

「カイちゃんの死体が消えた!?」

「そんなゾンビ映画じゃないんだから!」


 オカルトに発展したところでアキナが否定的な態度をとるが、その横でアウラが僅かに肩を震わせた。

 ホラーに耐性のない彼女は、嫌な予感を感じつつも改めてイルマに問う。


「も、もしかして、リーダーの死体がひとりでに歩き出したとか?」

『残念ながらそれは確認されていません』


 残念なんだ。

 死体が動き出すのに。

 イルマの感性に疑問を抱きながらも、アウラは改めて考える。

 そういえば、あの戦いが終わった後、カイトやリバーラの遺体はどうなってしまったのだろうか。

 すぐに入院することになったので、細かく聞いていなかった気がする。


「ねえ、そもそもあの戦いが終わった後、リーダーたちの遺体はどうなったの?」

『ボスと王の遺体は発見された後、検査をすることになっていました』

「過去形なんだ」

『その間に消えてしまいましたからね』


 それだけではない。

 まだわからないことはある。


『ただ、リバーラ王についてですが、頭部を撃ち抜かれて死亡していました』

「頭部を?」

「コックピットごと潰されたわけじゃないの?」


 エクシィズとキングダムの戦いは全員が目撃している。

 最後の交差があった際、エクシィズの手刀がキングダムのコックピット付近に命中し、一気に腰まで抉りぬいた。

 あの一撃が決め手で死んだとばかり思っていたが、どうやら事実は違うらしい。


「まあ、そもそもあれで死んでたら遺体の回収なんて難しかっただろうしね」

『その通りです。王はあの後、キングダムの付近で遺体となって発見されました。ミス・タイラントに確認を取りましたが、あの時生き残った新人類軍で彼を殺した人物はいないそうです』

「待ってよ」


 そこでアキナが一旦区切る。


「ちょっと話が脱線してる気がするんだけど、整理させて。要は鎧やアホリーダー、王の遺体を盗んだ奴がいるってことよね?」

『その通りです』

「そして、その話をするってことは、アンタは死体を盗んだ犯人が衛星をジャックしたと判断してるんでしょ?」

『はい。仰る通りです』

「なんでそうなるわけ? アタシとしては死体を盗むメリットなんて考えつかないし、素直にリターンマッチしたいならさっさとミサイルを撃つべきだと思うんだけど」


 新型ミサイルとやらがどの程度の威力を持っているのかは知らない。

 だが、標的が自分たちならば、さっさと使えばいいではないか。

 向こうは衛星を使って自分たちの現在位置を割り出している。

 いつでも攻撃できるじゃないか。


『敵の目的はそこにあります』

「は?」

『つまり、ミサイルをちらつけること。いつ、どこでなにをしていても見えるんだぞ、と脅すことが目的なのです』

「だから、その理由はなんなのって聞いてるの!」

『先程も仰ったではないですか』


 言われ、アキナたちは気づく。

 リターンマッチ。

 先程アキナが口走った言葉だ。


「……まさか、またアタシたちと戦う為に?」

『恐らく。その為に『餌』を集め、力を蓄えたのだと思います。最終的には目玉も複数取り込み、かつての新生物や星喰いのように進化したのでしょう。我々の手の届かない場所が、彼女の住む世界となったのではないでしょうか』


 消えた遺体。

 その中に犯人がいると仮定するなら、もっとも可能性が高いのは彼女であるとイルマは考える。


『シャオラン・ソル・エリシャル。サムタックの決戦で彼女はボスと戦い、敗れました』


 だが、遺体は発見されていない。

 新人類王国に帰投したという報告もない。

 彼女は星喰いの目玉を移植し、己の肉体を霧化させる術を身に着けていた。

 カイトと同じ原理だとすれば、傷付いたダメージもすぐに戻るのではないだろうか。


『また、彼女はもともと機械人間です。パイゼル共和国に存在するデータベースによれば、頭部に脳とは別のAIが埋め込まれており、インターネットを介して様々な情報を取得。同時に高速演算を可能にするのだとか』


 イルマはシャオランに変身することはできない。

 だからこの先の言葉は完全に想像だ。


『もし、機械人間である彼女が鎧やボスの目玉を取り込んだのだとしたら、どうなると思いますか?』


 星喰いや新生物の辿った進化の過程を思い出す。

 3人は各々進化した機械人間を思い浮かべ、戦慄した。

 しかもシャオランはカニバリズム至上主義という、極めて厄介な性格である。


『……その結論が、コンピュータウィルスです。彼女はボスとみなさんにリベンジする為、自らを進化させたのではないでしょうか』

「本当にシャオランだって言い切れるの?」

『あくまで可能性の話です。しかし、衛星の制御が完全に把握されており、しかも各国で同時にウィルス感染したと考えると、一番現実的かと』


 それに、こう考えたら死体の行方もはっきりしてくる。

 すべて都合よく考えたシナリオではあるが、まったく無視できる内容ではない。

 むしろ、現実だとすれば一番危惧しなければならない可能性だ。


『現在、ミス・タイラントやアーガス様を迎えています。彼らが到着次第、本格的な対応とコンタクトを試みるつもりです』

「じゃあ、ボクらはその間どうするの?」

『彼女が犯人であるかはさておき、視界に捉えられているのは事実です。なにかしらのアクションがあるかも――――』


 ノイズが走った。

 イルマの言葉がかき消され、耳障りな電子音が受話器を支配していく。


「もしもし?」


 電波障害にしては珍しい反応だ。

 そう思いながら携帯を耳から放す。

 するとどうだろう。

 携帯画面の中から突起物が伸びてきていた。


「え!?」


 画面を顔に向けた瞬間、突起物が突き出される。

 まるでプールの中から飛び出すように電子画面から出現したそれは、空気を切り裂きながらシデンの顔面へと飛んでいった。


「うっ」


 ぎりぎりで顔を横に向け、携帯を放り投げる。

 アキナとアウラが警戒しながら地面に転がる携帯を取り囲む。


「シデンさん、大丈夫ですか!?」

「うん、なんとか……」


 僅かに傷付いた頬を拭い、シデンは自分の携帯を睨みつける。

 画面から伸びる銀の剣を目にし、呟いた。


「コンピュータウィルス、ねぇ」


 電子世界から直接攻撃を仕掛けてくるコンピュータウィルスなんて聞いたことがない。

 だが、相手が元機械人間だとしたら、確かにそんな進化の仕方もありだろう。

 進化のイメージとしてはまだ納得できる。

 納得できるが、神出鬼没すぎる。

 他人の携帯まで傍受し、しかもネットワークから移動してこれるとでもいうのか。


「……一応聞いておくよ。何の用?」


 携帯電話が揺れる。

 バイブレーションではない。

 画面から伸びている剣がかたかたと揺れているのだ。

 あの携帯電話の中に潜んでいる誰かが、動いている。

 揺れが収まった。

 同時に、小さな画面の中から光が漏れてくる。

 光は一瞬で宙に集ったかと思うと、塊を形成。

 水飛沫のように中が破裂し、ひとりの人間が姿を現した。

 布きれで全身を覆っているが、間違いない。

 アキハバラで見たことがある機械人間だ。

 真っ白な肌に髪。

 死んだ魚のような生気のない目。

 すらっとした長身。

 そして背中から生えた羽が、彼女をシャオラン・ソル・エリシャルであると断定させた。

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