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第331話 vs進路相談

 結婚。

 女性とまともにデートしたことがないスバルにとっては漠然としたイメージしかないのだが、とりあえずおめでたいイベントであるという認識だけがあった。

 一時期同じアパートに暮らしていたヘリオンと彼の職場仲間であるレジーナの間にはトラブルがあったが、それを振り切っての婚約である。

 辿り着いた場所がこの教会なのだと思うと、ちょっと落ち着かない。


「どうしたのスバル君? なんかぼけーっとした顔してるけど」

「いや、結婚式ってこんな感じなんだと思って……」


 1年ぶりとなるゲーリマルタアイランド。

 その教会に備え付けられた椅子に腰かけ、スバルは落ち着かない様子で周りを見る。

 隣に座るシデン。

 後ろに着席するアキナとアウラ。

 いずれも新郎新婦の入場を前にして落ち着いている。


「ボクも経験があるわけじゃないけど、ある種の理想だよね」

「シデンさん、結婚したいの?」

「当たり前でしょ? お嫁さんは女の子の夢だって聞かない?」


 アンタ男でしょ、とは誰もツッコまない。

 後ろのアウラとアキナも白い目を向けたまま黙り込んでいた。


「そういうスバル君は願望とかあるわけ?」

「あまり考えたことないや」


 逆に問われるも、スバルは迷うことなく答える。


「そもそも結婚っていうのがあんまりピンとこないんだよ」


 蛍石スバル、18歳。

 他人の恋愛事には疎いし、いい例もあまり見たことが無かった。

 ヘリオンとレジーナにしても噂を聞いたレベルで、実際にふたりが付き合っている現場を目撃したわけではない。

 父母に至っては物心ついた頃に片方が亡くなってしまった。


「本当に幸せなのかな、結婚って」

「式に呼ばれた人間の台詞じゃないね」

「ヘリオンさんが来たら口を閉じるよ」


 とはいえ、物はついでだ。

 折角隣に座っているし、シデンにも人生相談をしてみていいかもしれない。

 共に死線を潜り抜けてきたとはいえ、落ち着いてプライベートな話をする機会は少なかった。


「シデンさんってさ」

「ん?」

「前からアイドルになりたいって思ってたの?」


 六道シデンとは長い付き合いになる。

 期間でいえばそろそろ2年目を迎えるが、アイドルになりたいとは一度も聞いたことがない気がした。


「いきなりどうしたの?」

「ちょっと進路に悩んでて……」


 後ろの席で着席するアウラとアキナの眼光が光った。

 背後から猛烈な寒気を感じ取るも、勇気を振り絞って振り返らない。

 無言の『なぜ私たちに相談しないんだ』オーラに押し潰されそうになりつつも、スバルは続けた。


「退院した後、シデンさんってすぐ行方が分からなくなって、その後CD出してたでしょ。前から計画してたのかなって」

「まさか」


 六道シデンは以前からオシャレに興味を持っていたと聞いたことがある。

 今回の件もその延長なのかと思ったのだが、いかんせん死にかけた直後だ。

 どんな反動でデビューするに至ったのか、興味がある。


「じゃあ、CD出すまではなにしてたの?」

「アキハバラに戻ったよ」


 シデンとエイジが営んでいたカツ丼屋は彼らの家である。

 戦いが終わり、それなりに自由に動けるようになったのだから、家に帰るのは当然だといえた。


「荷物も整理したかったし、気持ちも落ち着かせたかったからね。ぶっちゃけると、ひとりになりたかったんだ」


 気持ちはよくわかる。

 スバルはいまだにひとりになりたいと考えているし、暇さえあればカイトの仏壇に話しかけている始末だ。


「ショックだったなぁ」


 天井を見上げ、シデンが僅かに溜息をつく。

 戦いに赴く前、カイトとキャッチボールをした感触が手に蘇ってきた。


「エイちゃんの時もそうだったけど、ボクらは多分、心のどこかで死ぬわけがないってタカくくってたんだと思う。でも、カノンがやられて、エイちゃんも殺されて、カイちゃんも死んだ」


 気付けばXXXも4人だけになってしまった。

 アウラとアキナは同世代であり、共にスバルの通う予備校へ。

 同期のヘリオンに至っては島国で新しい生活を始めている。

 しかも彼女持ちだ。


「軍に残るのも手かなって考えたけど、どうしても軍服を着る度胸が出なくてね」

「前、ばりばり着こなしてたじゃん」

「ダメだよ。あれ着てるから殺されそうになったし」


 えらい偏見だ。

 後で聞いた話だが、シデンはワシントン基地で3体の鎧と戦ったのだという。

 生き残っただけでも十分凄いのだが、そこで死にかけた理由が『軍服だから』では軍の恰好がつかない。


「まあ、そんなだから、久々に帰って、力一杯おしゃれして、アキハバラの道路を駆け抜けてみたの」

「駆け抜けたんだ」

「うん。こう、両手を広げて。そしたら、名刺を手渡されたの」

「名刺?」

「うん。今のプロデューサー」

「両手を広げて爆走してるシデンさんを?」

「そうだけど?」


 相当勇気の要る行為だ。

 その光景を想像すると、スバルはげんなりとしながら肩を落とす。

 尚、後ろの後輩戦士達もなんてコメントしたらいいのか困り果てた顔で聞き耳を立てていた。


「それで言われたわけだよ。アイドルやってみませんか、って」

「怪しい業者みたいだけど」

「その時はお尻の穴に氷柱を突っ込んであげるつもりだったから」


 相変わらず言動のところどころがえぐい。

 これで何年アイドルをやっていけるのだろうと想像するが、シデンは童顔な上に身長も自分よりひとまわり小さい。

 成長が止まってるのだとしたら、後10年くらいはこのままな気がした。

 恐るべし23歳。


「で、結局アイドルをやってみようと思った理由は?」

「今ので終わりだけど」

「え?」

「誘われた。それだけ」


 結論からいうと、六道シデンにはアイドルになりたいという願望はそんなに強くない。

 ただオシャレを楽しみたかったし、仲間たちの死を忘れて熱中できるなにかが欲しかったのだ。

 力を持て余している時、偶然目を付けられたに過ぎない。


「ダンスはそこまで問題にならなかったかな。ボイストレーニングは滅多にしてこなかったから、一番苦労したのはそこかも」

「本気でアイドルになりたいと思ってる連中が聞いたら泣くよ?」

「かもね。でも、ボクとしてはもうちょっと本気出してみたいと思うかな。折角だからオリコンも上位にいってみたいし、芸能人にコネ売っておくのもいいかも」


 恐ろしい台詞だ。

 稼げるうちに全力を使い、残りの人生をなるべく豊かにしようとしている――――かは疑問だが、少なくとも今の自分よりも建設的に取り組んでいるとスバルは思う。


「こんな理由だから、そこまで進路の相談にはならないかな」


 砕けた笑みを浮かべ、シデンは言う。


「でも、こういうのも理由だよ。あの時のボクにはなにもなかったし、アイドルをやってみてどうにもならなかったら、なんとかするつもりだったし」


 カイトやエイジの後を追うことも何度か考えた。

 だが、エクシィズとキングダムによる決戦を思い出すたびに自殺する考えは急停止する。


「ただ、燻ってたら何の為に戦ってたのかわかんなくなっちゃうから」


 最初は親友の助けになりたいと思って願い出た戦いだ。

 気付いた時には友人は殺され、彼が繋いできた少年が隣にいる。

 死ぬならせめて彼らがもう少し立派になってから報告にいきたいところだ。

 今回のヘリオンの式もその一環である。


「寿命で向こうに行く前に、土産話を貯めておくのも悪くないって思った。それだけだよ」

「……寿命、か」


 そういえば、『彼ら』は自分を追い返した際、もっと土産話を用意してから来いと言っていた気がする。

 シデン並に濃い人生を謳歌できたら話題には困らないだろう。


「いいなぁ」


 知らず知らずのうちに呟いたこの一言を聞き、彼の周りに座っていた人間は訝しげに視線を向ける。

 重苦しい沈黙は、新郎新婦が入場するまで続いた。

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