第327話 vs生還者
轟音が空気を切り裂き、肌を痛めつける。
アウラは目を擦り、ゆっくりと起き上がった。
「う、ん」
「気が付きましたか」
声をかけられた。
振り返ってみると、蝶のような透き通った羽を伸ばすマリリス・キュロがいた。
しかし、この突き放すような淡々とした口調。
マリリスにしては冷めきった声だ。
どうやらあの世から迎えに来てくれたわけではないらしい。
「イルマって、起きた時に変身してたらドッキリできそう」
「寝起きでいうのがそれですか」
「だって現実味ないし……」
気絶するまでの出来事を思い出す。
スバルをエクシィズに乗せるため囮になり、結果的にグングニールで貫かれたのだ。
確か両足の機動力を奪われ、腹を刺されて倒れた。
死んだかと思っていたのだが、どうやら助けてもらったらしい。
「仮面狼さんは!?」
「あそこです」
イルマが指差す方向を見つめ、アウラは絶句する。
エクシィズがキングダムの股間を蹴り上げているのだ。
しかも、見間違いでなければ紫の電流を流している。
「え!? え!?」
そんな馬鹿な。
あの能力は自分の力の筈だろう。
いつの間にエクシィズの後部座席に新人類を乗せていたのだという驚きと、誰が自分と同じ能力者なのかという興味が湧き上がった。
「言っておくけど、アンタだけじゃないわよ」
混乱するアウラのもとに再び女が声をかける。
聞き慣れた声だった。
「アキナ!」
「なによ。そんな幽霊でも見たかのような顔して」
「だって、あんな死亡フラグたっぷりでコックピットごと潰されてたじゃない!」
「アタシをあれくらいで殺せると思わないでよね。まあ、流石にちょっと砕けて死ぬかと思ったけど」
「おふたりとも、治療が遅ければ手遅れになっていました」
穴だらけになった服で会話するふたりに向かい、イルマが肩を落とす。
「あなたが私たちを助けたの?」
「はい。王の間でグングニールに貼り付けられたのですが、ボスに変身していたのが幸いでした」
床に固定され、穴だらけになったイルマを救ったのは主君である神鷹カイトだった。
彼に変身している間、常時発動している超再生能力が出血を抑え、命を繋ぎとめていたのである。
王はカイトに拘ったのが敗因だと語っていたが、そんなことはない。
拘ったからこそ、イルマはここにいる。
「駆けつけた時、すでにエクシィズは稼働していました。なにが起きているのか、私にもわかりません」
ウィリアムがエクシィズという機体を作り上げた時、イルマは簡単に説明を受けた。
だが、あの機体に秘められた本性については聞かされていない。
彼女の役目はあくまでカイトの部品であり、エクシィズの可能性を広げるためのものだったからだ。
「ただ、これだけは言えます」
エクシィズは今、間違いなく最大のポテンシャルを発揮している。
これでキングダムを倒せなかったら今度こそ終わりだ。
誰もリバーラを止めれる人間はいなくなる。
「私たちの命運は、彼に委ねられました」
正しくは委ねた、と言った方がいいのかもしれない。
XXXの力を次々と使ってグングニールの塔を破壊し、今もキングダムに猛攻を仕掛けている黒い巨人を見て思う。
蛍石スバルは彼らの人生を知った少年だ。
近くで感じ、傍で共に悩み、衝突して理解してきた。
だからこそ彼らは委ねたのかもしれない。
目の前のふたりの少女は言わずもがな、アトラス・ゼミルガーやウィリアム・エデンまで協力したのかと思うと違和感を感じるが、仮に彼らが生きていたとしてもこうなっていたのだろう。
「……おや」
ポケットに入れていた携帯電話が鳴り始めた。
イルマは素早く取り出すと、送信先の名を見つめる。
「誰からですか?」
「……美しき美の狩人様と書かれています」
「アイツ生きてたの!?」
登録名よりも先に生死に対してのツッコミが入った。
ゾディアックとの戦いを経て反応が消えて以来、アーガスは行方がわからなかったのだが、まさか生身でグングニールをやりすごしたというのだろうか。
「もしもし。アーガス様でしょうか」
『おお、イルマ君。その通り、私こそが天と地と海の狭間から蘇った美しき美の狩人!』
電話越しでも絶好調だった。
途端に嫌そうな顔をすると、イルマは敢えて問う。
「……生きていらしたのですね」
『うむ! 一度は死を覚悟したが、幸いにも時空の狭間の中に落ちてね。美しきタイミングで地に足をつけたわけだよ』
「それは残念です」
『え』
反射的な毒舌を受けてアーガスは絶句。
しまった、本音で喋りすぎたか。
イルマは己の失敗を省みると、改めて口を開く。
「それで、何の御用でしょう」
『う、うむ。すまないが手を貸してくれまいか。脱出しようとしているのだが、いかんせん場所が悪くてね』
「私の力を借りずとも、あなたならなんとでもなるのでは?」
『それが、そうもいかなくてね。私以外にも助けたい者がいるのだよ』
「そもそも、アーガス様は今どちらにいらっしゃるのでしょう」
『感じないかね。私の美しき存在感を』
「ゴミに興味を持てないので」
『ふっ、これが価値観の違いか……山田君も苦労をかけるわけだ』
好き勝手にほざくアーガス。
コイツに付きまとわれてはボスも迷惑だっただろう、と己のことを棚に置き、イルマは苛立ちを抑え込んだ。
「それで、結局どちらに?」
『うむ。フィティングのブリッジになるのだが』
戦艦フィティングの方角に視線を向ける。
グングニールによって潰されたブリッジから、どういうわけか緑が溢れかえっていた。
「い、生きてます……」
「ああ。俺たちは生きているぞ」
極寒地獄となった羽世界から穴が開く。
パスケィドによって閉じ込められたトルカとディンゴは10分ぶりの太陽の光をありがたく浴び、生還を喜んだ。
周りを見渡せば一面槍。
槍。
槍。
槍だらけだ。
その下は赤で染まっており、隙間から見える手足を見て思わず目を逸らす。
「子供に見せるものじゃないな」
「そもそも、子供を巻き込むことでもありませんでしたよ」
シラリーを抱きかかえ、トルカは札をおでこに貼り付ける。
戻って来い、と念じてみた。
「どうだ?」
「……ダメですね。反応がありません」
「じゃあ、穴が開いたのはやっぱりパスケィドが死んだからか」
グングニールによるスコールが降り注いだ際、トルカ達はパスケィドを使って羽世界へと避難した。
その世界が溶けたということはつまり、パスケィドが異空間を維持できなくなったことに繋がる。
「まだどこかで転がってるかもしれねぇ。見つけて墓くらい立ててやりたいところだな」
「そうです――――」
ね、と言い切ることはなかった。
トルカの口が最後まで言葉を紡ぐよりも前に、なにかが落ちる音が響いたのだ。
振り返ると、見たことがある男が倒れている。
「あれは!」
「サジータとスカルペアを倒した奴だ!」
要するに自分たちを倒した男でもある。
だが、彼は自らが作り出した氷の中に閉じ込められてしまったのではないのか。
氷塊ごと飛んできたのならまだしも、どうして生身のまま。
疑問に思っていると、戦士の指先が僅かに震えた。
「ん?」
異変に気付いたのは視力に自信のあるディンゴだった。
ほんの少し。
白く染まった指先が小さく引きずられると、両手で握り拳を作ろうとしている。
「アイツ、生きてるぞ!」
「ええ!?」
トルカが驚くのも無理はない。
優れた凍結能力者だったが、パスケィドの作り出した羽世界を丸ごと凍らせたのだ。
冷え切った空気をその身に浴びて、どうして生きていられるのか。
やはり発信源はある程度寒さに抵抗があるのか。
そんなことを考えるトルカを余所に、ディンゴはシデンの元へと駆け寄っていく。
「おい、お前! 生きてるか!?」
「デ、ディンゴさん!」
敵に近寄るディンゴを見て、トルカはひっくり返りそうになってしまう。
さっきまで敵同士だったのだ。
自分たちは殺す気で襲い掛かったし、彼もそうだった筈だ。
なのにどうして助けようとする。
「起き上がって凍らされたらどうするんですか!?」
「どうせ俺たちだってバレやしねぇよ。それに、もう旧人類連合とか新人類軍だとか言ってられる状況か?」
そうだ。
時代は変わる。
良い方向か嫌な方向かはわからないが、リバーラが倒れるか否かで自分たちの有り方は変わってくる筈だ。
否、変えなければならない。
あんな地獄のスコールを振らせてたまるか。
「今は生きてる奴を少しでもかき集めるんだよ! 見殺しにしたら気分悪いだろうが」
「それがスナイパーの言うことですか」
「その前にひとりの人間だよ! お前はどうなんだ!」
言われ、トルカは言葉に詰まった。
確かに見殺しは居心地が悪い。
同時に、彼をよってたかって殺そうとしたのは自分たちだ。
見捨てたことによって死んだとして、化けて出られたら文句も出ない。
「シラリーはコイツのこと嫌ってますよ!」
とか言いつつ、トルカはディンゴの後を追いかける。
腕に抱えられた赤ん坊は、言い訳にされたことに憤るかのごとく泣き始めた。
「つめた! おい、トルカ。シラリーのタオルをよこせ。予想以上に冷えてるぞ!」
「本当に生きてるんですか、彼!?」
「手は動いてるし呼吸もある。信じられんがマジだぞ」
「冗談だろ……」
死闘を演じたのはついさっきなのだが、シデンの能力の強大さは嫌という程思い知らされた。
新人類王国で最強と呼ばれた3体の鎧を相手に怯まず立ち向かい、己を巻き込んでの同士討ち。
それでもまだ倒れず、懸命に身体を動かそうとしている。
「そんなに無理してどこに行く気なんですか、あんたは」
タオルをディンゴにやると思わずそう口にしてしまった。
シデンが首を曲げ、トルカを見る。
僅かに口元が動くと、か細い声で呟いた。
「……見……とどけ、に」
「なにを?」
「けっ、ちゃ……く」
そこまで言うと、シデンは瞼を広げて目前の光景を見る。
エクシィズがキングダムと戦っていた。
凍傷で感覚が殆ど麻痺しており、周りの人間の顔もぼやけているというのに、はっきりと見える。
始めて一緒に戦った時のように、懸命になって戦う蛍石スバルの姿が。
その隣で背中を支えるようにして寄り添う、嘗てのチームメイト達の姿が。
「ボクの、も。あげる」
だから勝て。
勝ってくれ。
もうこんな戦いはこりごりだ。
「みんな……で、かえ、ろ」
エクシィズの右手が発光する。
蹴りあげられ、電流を流しこまれたキングダムは直立不動。
棒立ちしている白いボディに、高出力エネルギーの掌底が叩きつけられた。




