第310話 vs超人達の晩餐会
神鷹カイトは幼い頃から教育者に言われてきた。
お前は最強の人間になる、だ。
大人からはそんな期待の目で見られたし、憧れの女性もそういうつもりで自分を育てているのだという。
だから、将来的にはなっているんだろうと漠然に思っていた。
しかし、最強の人間とはなんだろう。
世間一般的に大人と呼ばれるような年齢になってようやく気付いたが、エリーゼ達の目指していた物はあまりにも漠然としている。
ただ、XXXと鎧の違いから察するに、彼女たちの終着点は異なっていた筈だ。
だから最強の人間は、万人共通のものではない。
だったらエリーゼの求めた終着点とはなんだろう。
生前、彼女とふたりの時間を作った時、映画鑑賞に誘われることが多かった。
テーマはエミリアが好きそうなベタベタな恋愛物ではなく、SFが中心だったのはよく覚えている。
最初に部屋に招かれた際、一緒に鑑賞した映画は不屈の名作とされる作品だった。
スーツを着た男が一瞬にして着替え、マントを羽ばたかせながら空を飛ぶシーンを見ながらもカイトは疑問に思う。
『これ、面白いの?』
『私、もう100回は見てると思うな』
100回か。
映画一本を2時間と仮定して、200時間この作品を見たわけか。
よくもまあ、飽きないもんである。
だが、飽きるどころかエリーゼの表情はどこか活き活きとしているように見えた。
XXXの指導中でも、こんなに楽しそうな表情を見たことがない。
一抹の悔しさを覚えると同時に、これがエリーゼの求めるものなのだとカイトは考えた。
『他にはどんなのを見るの?』
『見る? なんなら貸そうか!?』
興奮気味に食いついてくると、エリーゼは押し入れにしまってあった大量の映像作品を解放した。
その数には流石のカイトも退いた。
上から下、右から左に至るまで全部映像作品で埋まっていたのである。
これらすべて借りるのは気が引けたので、第一話が収録されているものだけ借りた。
俗にいうアメコミヒーローや日本の特撮ヒーローといった作品をこの時目にし、カイトは理解する。
彼らのように敵を倒せば、エリーゼの望む人間になれるのだ。
平和を脅かす敵がいて、それを排除することが最強の人間なのだと。
そう認識した。
だが、敵とは誰だ。
物心ついた時には始まっていた戦争だろうか。
では、この戦いが集結した時はどうなる。
敵がいなくなったとき、自分はエリーゼの求める最強の人間ではなくなってしまうのではないか。
漠然とした不安を胸に抱えながらも、カイトは続きを見る。
きっと山のように積まれた作品を全部見終わったら、疑問にすべて決着がつくのだろう。
時間はまだある。
だから焦る必要はない。
自分はそれまでの間、力を伸ばせばいいのだ。
だが、それから暫くして。
カイトは時間が有限であることを思い知る。
エリーゼは消えてしまった。
彼女の中にしかなかった答えは、結局得られずに終わってしまったのだ。
彼女が消えて7年も経った今でもわからない。
エリーゼはXXXになにを求めたのだろう。
無茶な訓練を課して、犠牲も払った。
そこまでして最強の人間が欲しかったのだろうか。
今となってはもうわからない。
しかし、あくまで勝手なイメージではあるのだが。
彼女が夢見た最強の人間とは、こんな状況でも諦めずに勝利をもぎ取る人間ではないだろうか。
少なくとも、エリーゼに勧められた映像に映っていたヒーローたちは、こんな時諦めない。
決めなきゃいけない場面でしっかりと決めるのだ。
もしここでゲイザーに負けたら、俺は大馬鹿野郎だ。
マサキに託され。
同級生からは散々感謝されておいて。
部下からも持ち上げられて。
大勢の敵を作っては大事な物を奪っておきながら。
一番大事なところで、負けてどうする。
「俺は強いか!?」
時々、自信を無くす時がある。
できる限りのことをやってきた自負はあるが、必ずしもプラスを生んだわけではないのだ。
失敗だってある。
親友の目を引っ掻いた。
慕ってくれた部下と仲違いもした。
信じてくれた少女を殺してしまった。
自分を守る為に、嫌いだった女も消えた。
自問する。
本当は弱いんじゃないかって、落ち込みそうになってしまう。
『勝つだろうさ!』
だけども、背中を押してくれた少年がいた。
『ああ、負ける要素ないよ!』
弱さを見せても、受け入れてくれた。
『滅茶苦茶だしバリアをマジで切り裂くし、』
認めてくれた。
それが嬉しくて、感謝してもし足りない。
『アンタが最強だよ!』
だったら負けられない。
お前が認めてくれた最強の人間だ。
マサキとエリーゼが繋いで、お前が認めた最強の人間なのだ。
お前の為に。
お前たちの為に勝利してみせる。
「そうか……いい答えだ」
理想の果てには届かなかったのかもしれない。
だけど、今ある現実の自分を認めてくれた連中がいる。
色んなものを托したり託されたりして、回り道しながらも辿り着いた。
誇れ、今を。
ここまで己を構築してきたのは間違いなく神鷹カイト自身なのだ。
ひとりの少年に認められた最強の人間が、最強の兵器を倒せない道理などない。
「ぐらああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
お互いに目と鼻の先。
そのまま頭突きでもしでかしそうな距離にまで詰め寄った瞬間、遂にカイトとゲイザーは交差した。
「目障りなんだよ、お前の存在すべてが!」
拳が振り降ろされる。
黒い電流を身に纏った一撃だ。
カイトは右手でゲイザーの肩を抑えると、そこを軸として一気にゲイザーを駆けあがる。
スピードに物を言わせた人間登山だ。
拳が空振りに終わり、ゲイザーはカイトを見上げる。
「ぐるるるるるっ!」
「ワンパターンな奴め!」
左の爪でゲイザーの頭部を刺し貫く。
身体が僅かに震えるも、彼の動きはまだ止まらない。
全身の黒い炎が一気に噴出したかと思うと、衝撃となってカイトに襲い掛かってきた。
だが、カイトは懸命に堪える。
「知ってるよ。お前がこれで死なないことくらい」
もう4回も戦っているのだ。
元から持っている武器では、ゲイザーを処理できないくらい理解している。
狙うのはやたらと強化された目の方だ。
脳天に突き刺した爪が、ゲイザーから黒いオーラを吸い上げていく。
「ぐるお、あああああああああああああああああああああああああああっ!」
獣が苦痛の叫びをあげた。
全身を覆う黒が爪を介してカイトの左目に吸収されていく。
まるで掃除機で埃を吸うかのようにして黒が消えていき、元のゲイザーの皮膚が露わになった。
「が、あ!」
「やっとその顔を見れた」
闘争本能のみに身を任せていたゲイザーの顔が、ようやく剥がされる。
苦痛に歪んだ己自身の顔を見て、カイトは満足げに笑った。
「ク、ソ野郎が!」
言語機能が復活し、ゲイザーが悪態をつきながらも両手を広げる。
真上に向けて放たれた掌底を見て、カイトは無言で頭上から降りていく。
そのまま背後に着地すると、息を整えないままゲイザーの背中に爪を差し込んだ。
「がっ!」
ゲイザーの神経に激痛が走る。
痛覚遮断という能力が、さっきの脳への一撃で麻痺したのだ。
始めて襲い掛かってくる痛覚をその身に受け、ゲイザーは悶えて吐血する。
「か、か……くくく」
「なにがおかしい」
刺し貫かれ、始めて経験する痛みに刺激され、ゲイザーは笑いはじめていた。
尋ねると、ゲイザーはちらりと振り返りながらも答える。
「無様だなぁ。オメェが頑張って俺から力の一部と痛覚遮断を麻痺させても、超再生能力までは奪えねぇ」
刺された傷口が塞がっていく。
カイトの爪ごと、肉の中に取り込まんばかりの勢いだ。
「テメェ自身の力だ。これがある限り俺は死なない! テメェがどんなに頑張って皮を剥いでも、俺は不死身だ!」
「知ってるよ」
元は自分の力だ。
そんなことは知っている。
「お前を倒すには、もっと根本的なところからぶっ壊す必要がある。知ってるんだ、そういうのは」
アキハバラでシャオランに右手をやられ、復活できなかったことを思いだす。
ゲイザーの再生は確かに凄い。
オリジナルであるカイトのそれよりも遥かに優れ、永遠に戦い続ける最強の兵器に相応しい力だ。
まともに戦っていたら勝ち目はない。
「けど、勝つのは俺だ」
「試してみるか? 一度やってコツは掴んだ。今度は変身に使ったパワーを全部剣につぎ込んで貴様を消し飛ばしてやる」
「じゃあ、訂正しよう」
あくまで己の勝利を信じ込むゲイザーに向かってカイトは静かに、それでいて冷たく言い放つ。
「お前の負けだ」
「あ?」
短く紡がれた断定的な言い方に、ゲイザーは僅かに戸惑った。
「ヒントはお前がくれたよ。お前のお陰で俺は勝てた」
「なに言ってやがる……!?」
勝ち誇った笑みを浮かべるカイトを尻目に入れつつも、ゲイザーは気づく。
今、自分の背中を突き刺している手はどっちなのだ、と。
視界に僅かに入ってくる情報を辿り、答えを見る。
右手だ。
右手から伸びる爪で、刺している。
「そ、その爪は……!」
獣となっている間の記憶は残っていた。
最初の激突の際、カイトの右爪は破壊剣と衝突して砕けている。
その後はずっと左の爪か、周囲に突き刺さっていた破壊剣を利用しての戦闘だった。
「いつの間に再生成を」
「再生成なんかしてないさ。ただ、結合しただけだ」
「結合?」
「お前から貰った刃先だ」
瞬間、ゲイザーの身体が跳ね上がった。
突き刺さった爪先からばちん、と弾ける音が聞こえる。
「最初に砕いた刃先を自分にくっ付けたってのか!?」
「肉ごと消し飛んだら、不死身のお前はどうなるのかな!」
「テメェ!」
爪先から流れる青白い電流がゲイザーの身体を駆け巡る。
肉体が沸騰していくのを感じ、ゲイザーはただ叫んだ。
「クソ! クソ! ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「悔しがるなよ。俺も悔しいんだ」
結局、最後にすがるのはこれだ。
エイジやエレノアを消し飛ばした、忌むべき力である。
できることなら自分の力で始末を付けたかった。
「強かったよ、お前は。どうしようもなく強かった。残ってる力を全部吐き出さないとどうしようもなかった!」
だからこそ、刃先と爪の結合の為にゲイザーの力を吸いだして己に足す必要があった。
多分、破裂させるインパクトもそのまま右腕に返ってくる。
文字通り、最後の一撃という奴だ。
「ふざけんな!」
だが、ゲイザーは我慢ならない。
自分の技。
自分の力の結晶が己を殺そうとしている。
せめてカイトを道連れにしないと腹の虫がおさまらない。
ゆえに、ゲイザーも残っている力を振り絞る。
無念とカイトへの執念を込めて具現化したのは、剣だった。
己の胸に突きたて、深く刺す。
「なっ!?」
肉を貫いた刀身はそのままカイトの胸に命中。
背中を突き破り、刃先が顔を見せる。
「テメェも地獄に送ってやる……俺だけ負けるなんてありえねぇ!」
「寝言は、寝て言えよ」
痛みを堪えながらも右手を捻る。
次の瞬間、ゲイザーが砕け散った。
彼を構成していた肉片が消滅し、血液だけが飛び散っていく。
正面からそれを浴びたカイトは、不快な生暖かさを実感しながらも膝をついた。
剣は突き刺さったまま残っている。
なんとか引き抜こうと手を動かそうとした。
左手が動かない。
右手は腕その物が無くなっていた。
どうやら予想通り、ゲイザーと一緒に消し飛んでしまったらしい。
だが、こっちはまだいい。
元々エレノアから貰った義手だ。
返したと思えば、あまり痛くない。
問題は胸を貫いている剣の方だ。
こっちは早く引き抜いて肉体を再構成しないと不味い。
どんどん身体の力が抜けていく。
それに、もしかすると当たり所が悪いかもしれない。
「あ」
視界がぼやける。
最初にゲイザーと戦ったときと同じような眩暈が襲い掛かり、カイトのバランス感覚を崩壊させた。
膝が折れる。
肩から地面に崩れると、カイトは残された左手を伸ばす。
「……あれ?」
引き抜く柄が見えない。
代わりに視界を覆ったのは闇だった。
草木も土も城門も無く、ゲイザーの血痕も残っていない闇の世界。
黒一色に染められた空間を見て、カイトはぼんやりと考える。
そうか、俺は死ぬのか。
理解すると、不思議なくらいあっさりと飲み込めてしまった。
痛みも退いていく。
いよいよお迎えが来たらしい。
不死身の戦士の終わりだ。
「やってくれるな、あいつめ」
本当に道連れにしやがった。
ムカつくと同時に、変に穏やかな気持ちになってしまう。
これも死が間近に迫っているからだろうか。
だが、この暖かさはどこかで感じたことがある物だ。
はて、どこだったろう。
呑気にそんなことを考え始めた時。
声が聞こえた。
「カイト」
自分を呼ぶ声だ。
暖かくて、聞いているだけで喜びの感情が湧き上がってくる。
もう一度呼んでくれと思った。
「カイト」
願いが通じた。
呼びかけられた声の在り処を探ろうとして、手を伸ばす。
すると、手が何かに捕まった。
優しい手だった。
握るだけで安心して、そのまま眠ってしまいそうになってしまう。
そんな魔性の力を持った暖かさを、カイトは知っていた。
「エリーゼ?」
「うん」
黒の世界に光が灯る。
目の前に輝きが結集するかと思うと、ひとりの人間の姿を産み落とした。
もう二度と会うことがないと思っていた、恩人である。
「どうして」
「迎えに来たの。よく、頑張ったね」
頭を撫でられた。
昔はよくこうして結果を出したら頭を撫でて貰っていたのだ。
今では自分の方が身長は上。
彼女が背伸びして頭を撫でてくれるのは嬉しいが、その光景が新鮮でちょっとだけむずかゆい。
「ずっと見てたの。あの後、ずっと」
「エリーゼ……っ」
聞きたいことや言いたいこと。
謝らないといけないことが沢山あった。
けれども、こうして7年ぶりにその姿を見ると言葉が出ない。
なにを喋ったらいいのか、わからなくなってしまう。
「大丈夫。私はもうどこにもいかないから」
戸惑っている様子を見抜かれ、優しく抱きしめられる。
「ごめんね。あなたをずっと苦しめちゃった」
「ううん。俺こそ、ごめん」
カイトは理解する。
これからはエリーゼと一緒なのだ。
自分が望んだ世界に連れて行ってくれる。
嬉しくて、頬が緩んだ。
「ずっと一緒なんだよね。もう、ひとりにしないんだよね?」
「ええ、もちろんよ」
抱擁から解放し、エリーゼが涙ぐみながら見上げてくる。
彼女はゆっくりと手を引くと、カイトを案内し始めた。
「さあ、行きましょう。みんな待ってるわ」
「みんな?」
「ええ。先にきたXXXのみんなよ。エレノアさんもついて来たがってたけど、道案内役は私が勝ち取ったの」
どこか勝ち誇った風に言うと、カイトは思わず苦笑してしまう。
あいつめ、相変わらずか。
「話したいことがいっぱいあるの。あなたに伝えきれなかったことが、たくさん」
「うん。俺もエリーゼに聞きたいことがいっぱいあるんだ」
「それじゃあ、行きましょうか。焦らなくていいわ。時間は、限りなくあるんだから」
手を引かれ、カイトはついていく。
少し歩いた後、先導するエリーゼが振り返らないまま口を開いた。
「辛い思いをさせちゃったわね」
「どうしたの?」
「だって、あなたにはまだやり残したことがあるでしょう?」
「うん、そうだね」
俯き、残した者達の顔を思い浮かべる。
嘘つきになってしまった。
あれだけ生きて帰るとタカをくくっておきながら、結果はこれだ。
「きっと色んな罵声を浴びせられると思う」
その先陣を切るのは、たぶんシデンとアキナだろう。
あのふたりは感情的だ。
だが、それゆえに純粋でもある。
色々と回り道をしてきたが、最後には同じ仲間として戦えてよかったと思う。
アウラだってそうだ。
カノンを亡くした後で申し訳ないが、いつまでもお漏らしをしていた頃とは違う。
いつかきっと立ち直って、自分の幸せを掴んでくれることだろう。
よく働いてくれた。
せめて労いの言葉をもう少し懸けてやるべきだったと反省している。
残ったのは不安定な仲間たちばっかりだ。
だが、そんなに心配していない。
アーガス・ダートシルヴィーがいる。
性格はちょっとアレだが、立派な大人だ。
調子に乗るから言わなかったが、頼りになる戦士である。
味方に付いて来てくれてありがたかった。
イルマもそうだ。
かなり頑固な娘だったが、ウィリアムのお墨付きなだけあって優秀な奴である。
次はもっといい上司に出会えることを心から祈っておこう。
「大丈夫さ。俺がいなくても、あいつらならきっと――――」
言いかけたところで、カイトの脳裏に少年の言葉が駆け巡る。
『また、やろうよ』
なにをだろう。
おぼろげながら大事なことをし忘れている気がする。
『死んだんだろ!? 父さんはアンタの前で! なのに、どうしてこんなところで、そんな顔して俺に死んだなんて言えるんだよ!』
時々、衝突することがあった気がする。
『俺の勝利は、アンタの勝利とは違う!』
生意気で、理想だけは一人前だった。
『カイトさんも後悔した人だ。だからこの人も、やり直せる!』
他人の事情にもよく首を突っ込みたがる。
『まだ俺達友達になったばかりだろ!? 一緒にゲームしようぜ。カイトさんや、アーガスさん達も誘ってさ』
余計な回り道をして、強く傷つくこともある。
『しかしもへったくれもあるか馬鹿! 大体、今更アンタ等を放ったらかしにして、どっか行けるわけないだろ!』
だが、頑固だ。
『短い間だけど、この人も一緒に戦った仲間なんだ! 助けてやってよ!』
諦めの悪さもピカイチである。
ある種、芯のある奴だ。
『そうまで言うなら、勝負しようじゃねぇか』
けれども、折れやすい心を持っている。
『マリリス?』
見ていてこっちが辛いと思うくらい、傷だらけになった。
『イゾウさん。それは……そんなの、悲しすぎるよ』
ボロボロになって、限界まで削がれて。
『逃げるな! 此処で俺と戦え!』
それでも尚、戦わなければならなかった。
あまりに不憫な少年だった。
最初から戦いに身を投じなければ、もっと良い人生を送れた筈なのに。
だが、それゆえにある未来を理想とした。
『ゲーリマルタアイランドやヒメヅルみたいに、みんなで一緒に暮らしたい。それさえ叶えれば、きっと俺は幸せだと思う』
そう。
きっとそれは幸せな世界だ。
みんながいる。
ただそれだけが彼の願いであり、自分の願いだった。
だというのに、これから理想の届かないところに行かねばならない。
それがたまらなく悔しくて、辛くて、悲しい。
「……いやだ。行きたくない」
震え、ふり絞るように呟いた。
「俺は……死にたく……ないっ」
声が上手く出せない。
顔が熱くなり、視界がぼろぼろになる。
どんどん湧き出る感情の波がカイトを押し出し、決壊させた。
「エリー、ゼ……俺、まだ……いきたくないよ」
いっぱい話したいことがある。
沢山謝りたいことがある。
しかしそれ以上に、心残りが多すぎた。
せめて5分でいい。
島国で始めて本気を出してぶつかった時と同じだけ、遊ばせてくれ。
たったそれだけでいいんだ。
帰らせてくれ。
死にたくない。
みんなと一緒に、あの田舎町に戻りたいんだ。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
「死に……たく……ないよ」
「カイト……!」
エリーゼが振り返り、泣きながら歩み寄る。
「エリ、ゼ。なんで、泣いてるの?」
「だって、だって……」
胸に飛び込んできた彼女の肩に、水滴が零れているのが見えた。
「ごめんなさい……私じゃどうにもならないの。ごめんなさい……!」
「いやだ……一緒に、戻ろう」
そうだ、一緒に戻ろう。
今ならまだ帰れるはずだ。
このまま腕を引っ張って行けば、きっと戻れる。
足が速いのが取柄なんだから、簡単じゃないか。
「紹介、したい奴が……いるんだ」
「うん」
「友達、できたんだ」
「うん……!」
「約、そく……した、んだ。帰らなきゃ、いけない」
帰してくれ。
俺は不死身の戦士なんだろう。
化物の目玉くらいなんだ。
そんなものを付けられただけで、こんな簡単に死んでしまうのか。
帰してくれ。
帰してくれ。
帰してくれ――――
「俺まで、消えた、ら……アイツ、どう……なるか」
だから頼む。
ほんのちょっとの時間だけでいい。
話す時間をくれ。
悪いことをしてきた自覚はある。
後で絶対に、その分の償いをする。
だから頼む。
時間をくれ。
この一度だけでいい。
俺に奇跡をくれ。
「辛かったね……本当に、辛かったんだね」
背中を優しく撫でる感触がある。
震えはまだ止まらない。
「……後は、あなたのお友達を信じましょう」
だから、もうおやすみなさい。
言葉を受け止め、カイトは崩れ落ちた。
血塗れになった男がいる。
右腕は吹っ飛び、顔の左半分は黒一色。
胸には剣が突き刺さっていた。
一目見れば誰もが亡骸だと思うであろうその身体は、剣を引き抜こうと懸命に左手を伸ばし、やがて力尽きるようにして地面に伏す。
男は泣いていた。
痛みによるものなのか、無念さを表しているのかは、わからない。
男の身体が自分から動くことはなかった。
神鷹カイトの時間が、静かに停止する――――




