第309話 vs忠誠
新人類王国が誇る喋る黒猫、ミスター・コメット。
空間転移術のスペシャリストである彼は王国における攻守の要であり、なくてはならない人物だ。
カイト達がエクシィズで空間の穴を飛び越えなければならなかったのも一重に彼の能力を隠れ蓑にしたお陰であると言える。
そんなコメットの正体は40代のおっさんで、趣味は競馬と麻雀とパチンコとの噂があるが、遂にその正体を見ることができた。
カイトの指示に従って城のある空間へと忍び込んだイルマは、巨大な培養カプセルの中に閉じ込められた肥満気味のおっさんを目撃する。
以前、エミリアを閉じ込めていたのと同じサイズのカプセルだ。
ホルマリン漬けにでも使われそうな液体が満たされており、天井から伸びるチューブが鼻と口に繋がることで呼吸を維持させている。
要は体のいい発電機なのだ。
コメットを能力を使うだけの機械同然の状態にして、閉じ込めている。
栄養はコードから補給されて、城はコメットが展開する異空間の中で安泰というわけだ。
この生え際が後退しはじめているおっさんがコメットであることはイルマには見当がついている。
なにせ彼が浸かっているカプセルの隣には擬態スーツがあるのだ。
名札には『君も黒猫! 魔法少女マスコット専用擬態スーツ』などと書かれている。
なにを思ってこれを着用したのかは知らないが、中身が100キロくらいありそうなおっさんでは苦笑いしかできないマスコットだ。
愛嬌を求めるならせめて綺麗にしてほしい。
なにがとは言わないが。
それはさておき、今は仕事だ。
標的は見つけた。
見苦しい格好だが、とりあえず良しとしよう。
後はコメットをコードから引き剥がし、城の安定感を不安定にさせた後でイルマ自身がコメットに変身する。
最終的にはイルマの力で城を外に出せば、この戦いはかなり有利になる筈だ。
既に周囲を守る兵器はクリスタル・ディザスターによって壊滅している。
外はまだ戦闘中だろうが、そんな状態で傷ついた本拠地を晒し出せば王国は窮地に立たされることだろう。
「今再び、力を貸してください」
腕を交差し、イルマが変身する。
かつての同僚の姿を借りた後、彼女は無差別に機械を破壊し始めた。
光っていたモニターはモザイクに埋め尽くされ、コード類は焼かれていく。
やがて機能が完全に停止したと判断すると、イルマはカプセルの中に手を突っ込んではコメットの頭を掴む。
「もう少し可愛く見せたいなら、擬態スーツは止めた方がいいですよ。正体が判明した瞬間に幻滅しますから」
聞こえているかもわからないアドバイスをあげた後、イルマはカプセルの中からコメットを引っ張り出した。
乱暴に放り出された後、コメットは頭から床に転がっていく。
起きないところを見るに、意識はまだ覚醒していないのだろう。
外に解放されたことでいびきまでかきはじめている始末だ。
黒猫との姿のギャップが激しすぎる。
だが、これで電池は外れた。
自然と国は均衡を保てず、空間の波に沈んでいくことだろう。
後はそのタイミングを見計らってコメットに変身し、城を外に出せばミッション完了だ。
とはいえ、イルマには追加での任務がある。
リバーラ王の抹殺と、カイトの応援だ。
ここまで来る間、王を見つけることはできなかった。
どこかに避難したのだろうか。
彼を倒さなければこの戦争は終わらない。
リバーラが仕掛けた戦争なのだ。
戦いを続ける意思も、世論よりは彼の意思の方が強い。
だがそれ以上に気がかりなのはカイトの方だ。
変わり果てたゲイザーと、あの破壊剣。
どちらも普通じゃない。
カイトも普通じゃないが、あっちは既に異常という言葉で許容できる範囲を超えている。
化物の目玉を植え付け、理想の姿に進化した結果なのだろう。
だがその理想はあまりに歪で凶暴だ。
噛みつかれてしまったら消し飛んでしまう。
実際、既に何人かは消し飛ばされた。
「……お許しください、ボス。イルマはあなたの命令を無視します」
これまでも何度か無視することはあった。
寧ろ無視することの方が多かったが、今回は2度目に忠誠を誓った後、始めて意識的にやることだ。
これまでの非礼とはわけが違う。
城が揺れた。
ボロボロの城壁が、徐々に崩れていくのが判る。
外の戦闘が激化したのだ。
どちらかが倒れそうになっている。
いかねばならない。
例え足手纏いでも、黙って消し飛ばされるのを見守るよりかはずっと有益なはずだ。
ゆえにイルマは走る。
せめて手遅れにならないことを祈りながら、必死に走った。
「いやぁ、素晴らしいねこれは」
リバーラ王が見ている光景はまさに惨状と表現するに相応しい状況だ。
ゲイザーによって用意された無数の魔剣が集結し、巨大な蛇となって城に食らいついている。
正確に言えばカイトを押し倒しただけなのだが、結果的に見てしまえば城を食らったも同然だろう。
なにせあの剣は触れた物を破壊してしまうのだ。
「一本一本は微弱なものだから時間はかかるだろうが、間違いなく壊せるね」
リバーラはゲイザーの背後に立って城を見守っている。
長年居座ってきた居城が木端微塵になるまで後どのくらい時間がかかるかはわからないが、その時を見守るのも悪い瞬間ではない筈だ。
なにせ新人類王国にとって大事な場面を間近で見ることができるのだから。
「おめでとう、ゲイザー・ランブル」
拍手を送りながらも王は獣へと近寄っていく。
彼を止める者はもういない。
本来、そういう役割を持つ大臣はエクシィズの攻撃で瓦礫の中に埋もれてしまい、衛兵たちも潰されるか逃げてしまった。
彼の元に残ったのはゲイザー・ランブルだけである。
言葉をマトモに交わすことはできないが、残念に思う気持ちはない。
あるのは勝利に対する祝福だけだ。
「君は宿敵に勝利した。悲願達成、おめでとう! 正にハッピーデイ!」
手を広げ、心からゲイザーを祝福する。
幸せな日の到来だ。
「僕は最強の人間が誰なのか、ずっと知りたかった。だからこそエリーゼとノアの研究に協力しようと思ったし、資金援助も惜しまなかったよ」
これまでの出来事を思い返し、リバーラはひとりで喋り始める。
ゲイザーは振り返りもせず、じっと城の方を見つめていた。
「新人類王国では優れた人間が勝者となる。これは我が国だけではなく、世界中で行われるべきだと思わないかい。資本主義の究極の形だよ」
うんうん、と頷いては盛り上がるリバーラ。
だが、いい加減合の手が欲しくなるところである。
彼は訝しげにゲイザーを見やると不満げに口を開く。
「ゲイザー、少しは喜びなよ」
「ぐるるるるる……」
催促の言葉を投げるも、ゲイザーは唸るだけだ。
まるで警戒するかのようにして城門を睨み、そして身構えている。
そこに脅威があるかのように、だ。
「あれぇ?」
城門から黒いオーラが滲み出る。
直後、城に突進していた破壊剣の大蛇がふっとんだ。
破壊剣は周囲に飛び散り、刀身は砕け散る。
「おっほほ!」
興奮気味にリバーラが城門を見つめる。
瓦礫の煙の中からゆっくりとひとつの影が浮かび上がった。
影は煙を突き抜け、姿を現したかと思うと歩いてくる。
「生きていたのかい、カイト君」
「お前の声が耳障りでな。何年経っても不愉快な目覚まし時計だ」
「これは手厳しい」
残念がる様子もなくリバーラが天を見上げる。
悲しみよりも喜びの満ち溢れている表情を見て、カイトは問う。
「なにが面白い」
「はっはっは! この素晴らしい時間が続くかと思うと、ゾクゾクしてきてね! 君は本当に僕を楽しませてくれるよ!」
「俺は貴様の為に生きているわけじゃない」
「じゃあ、今日から君を名誉国民として迎え入れよう」
突然真顔になってリバーラがカイトを見つめる。
「神鷹カイト君。正直に言って、さっきの一撃で勝負は決したかと思った。けど、君は生きている。ゲイザーも生きている。たぶん、力は殆ど互角なんだろうね」
カイトの顔面を改めて観察する。
左目の眼球から漏れるようにして黒色が皮膚を覆い始めており、顔の左半分は黒で塗り潰されていた。
まるで半分だけゲイザーになったかのような光景である。
「このままいけば、君はゲイザーと同じところに辿り着くだろう。そこで提案なんだが」
人差し指を上に向け、王は笑顔のまま提案した。
「戻ってくる気はないかな? きっともっと強くなって、ゲイザーと共に国を守ってくれると思うんだけど」
「俺は品性まで化物に売り渡す気はない」
それに、
「お前に忠誠を誓ったことなんかない」
「へぇ」
「俺が戦ったのはエリーゼの為だ。そして今は――――」
これ以上語るのは野暮だろう。
相手も相手だ。
喋るだけ無駄というものである。
「残念だよ、カイト君。僕は君のことを気に入ってたのに」
「気安く君をつけるな」
「そうかい。じゃあ、そのままゲイザーに殺されるといいだろう」
品性を売り渡す気がないという台詞はつまり、ゲイザーと同じ高みへと登らないことを意味する。
傍から見て今のゲイザーと渡り合うには目玉の力は必要不可欠だ。
出力が違うし、なにより肉体の強化具合が違う。
このまま戦ってもカイトに勝ちはない。
なんとか攻撃をいなしても、結果的には目玉の力に飲まれるのがオチだろう。
それにしても、なんとも奴隷根性の染みついた男だ。
子供の頃はエリーゼの為に戦い続け、今では旧人類の子供の為にたてつくと言う。
カイトほどの力があればもっと満足な生活や我儘を言ってもどうにかなるだろうに。
まったく面白くない。
実力がある人間が、それよりも下に位置する人間の為に働いているのが奇妙過ぎて理解できない。
だからこそリバーラは皮肉を込めて言う。
「消費されるだけの、つまらない人生だったね」
せめて来世では面白い人生になることを祈ってあげよう。
きっとエリーゼもそうなることを望んでいる。
リバーラが背を向けた瞬間、怒声が轟いた。
「俺の人生はつまらなくなんかない!」
暴風のように勢いのある言葉だった。
リバーラは反射的に振りかえり、ゲイザーは興奮のあまり涎を垂らしている。
「お前にとってはなんの価値もない一生だろう。けど、俺たちにとってはたった一度の人生だ」
辛いことがなかったわけではない。
だけど、簡単に否定されたくなかった。
つまらないの一言で片づけるには、あまりに重すぎる。
「旧人類の子供の奴隷。どこがつまらなくないんだ」
「幸せが、そこにあった」
リバーラには到底理解できないだろう。
あの男は昔から自分の価値観でしか物事を図ろうとしないし、歩み寄ることもしなかった。
よくもまあ、ディアマットやペルゼニアがこいつ経由で生まれたもんである。
「お前たちにもわかるなら教えてやりたいよ。幸せすぎて、できることなら時間が止まって欲しいと思う感覚を!」
「それは素晴らしい!」
両手を広げて幸せを歓迎するが、目が笑っていない。
きっとリバーラには気が狂っていると思われているんだろうと思いながらも、カイトは残された力を振り絞る。
破壊剣の大群を押し退けるのに目の力を使い過ぎてしまった。
もう、幸せな時間には戻れそうにない。
身体から力を抜けていくのを感じながらも、カイトはそんなことを考える。
「ゲイザー、待たせたね。殺すといい。僕も彼に未練はないからね」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
無言の待機から解き放たれ、ゲイザーが吼える。
言葉や品性を投げ捨ててまで力を手に入れた魔獣を視界に入れて、カイトは不敵に笑った。
もう、幸せな時間には戻れない。
だが、少しだけ時間を手に入れる手段はある。
どうなってしまうかわからないが、これ以上の作戦は思い浮かばない。
「スバル、エリーゼ……俺、勝つよ」
ゲイザーが突進する。
風圧を肌に受け、カイトもまた走り出した。
次回、ゲイザー戦決着!




