第298話 vs怨霊
タイラントはいまだに病室で眠り続けている。
半年ほど前の反逆者脱走の騒動でアーガスとエイジのふたりに倒され、それから一度も目覚めていない。
新人類で構成された医療班をもってしても回復は絶望的であると診断されていた。
目覚めるのは明日かもしれないし、一生目覚めないかもしれないという、植物人間同然の扱いを受けてしまっているのだ。
そんなタイラントの額に、鎧の札が張られている。
鎧の名はベルガ。
何の因果か、タイラントがもっとも毛嫌いしているXXXの主力、アトラス・ゼミルガーの鎧である。
「タイラント様の様子はどう?」
「容態に変わりはないわ。ただ――――」
なにかあった時の為に待機していたナースがこれまで観察して気付いた点を口にする。
「時々、呼吸が荒くなるようなことがあるの。ほんの少しだから、たぶんこれの影響だと思うんだけど」
「鎧のお札、ね。本当にタイラント様に動かせるのかしら?」
他意はない。
彼女はブレイカーの操縦だってできるほどに優秀なのだ。
鎧の操作など、わけなくこなすことだろう。
問題はタイラント本人の意識が闇の中にあることだ。
植物人間だと判断されたタイラントは、果たして眼前に迫るであろう敵を攻撃できるのか。
そもそもにして見つけることができるのかさえも疑問だった。
戦果が見込めない場合はナースか、責任を取ってレオパルド部隊の誰かが交代をする手筈なのだが、今のところ連絡はない。
「動かせているんでしょうね。そうでないと、今頃私達がこれを張り付けているわ」
「でも、植物人間の脳で動かせるものなの?」
「私は鎧について詳しいわけじゃないから、確信を持って言えるわけじゃないけど」
恐らく、本能だけで戦っているのだろう。
今や彼女の精神は闇の中だ。
果てしない黒だけの世界で、敵を見つけたら新人類王国の誇る女傑はどんな行動に走るのか。
「きっと、倒したいと思う敵と戦っておられるのだと思うの」
「あのタイラント様にそう思わせるほどの敵がいたっていうの?」
「それだけじゃないわ。きっとメラニー様やシャオラン様が、タイラント様を突き動かしているんじゃないかしら」
もしそうだとすれば、まるで怨霊だ。
動かないタイラントの意思を、メラニーとシャオランが引き上げて戦えと叫んでいるようで、気分が悪い。
問うたナースはタイラントのファンだ。
タイラントがそういったマイナスイメージに引きずられるのは、あまり快く思えない。
「シャオラン様はまだ行方不明だと聞いたけれど」
「敵地に赴いて音信不通でしょう。もう帰ってこないわよ」
精一杯の抵抗も、あっさりと砕け散った。
看病ナースは冷めた表情でタイラントを見下ろし、ぼそりと呟く。
「もしそうだとしたら、こうして眠ったまま戦わされるのと、死んでるのとどっちが幸せなのかしらね」
どこか自嘲的にナースが言う。
ファンナースからすれば激昂しかねない発言ではあるが、言わんとしている意味は理解できた。
「……そう、ね」
ファンの目から見ても、今のタイラントはあまりに不憫だ。
利用できるだけ利用されているその姿は、まるで虫に限界まで蜜を吸われている花のようにも見える。
確かにレオパルド部隊とタイラントはネームバリューも強いし、本人の実力も高い。
彼女の力を有効活用しようとする王国の方針も理解できなくはないが、それにしたってここまでやるものか。
タイラントの代わりに出撃したメラニーは死亡し、後を引き継いだシャオランも身に纏うオーラを不気味なものにしたまま帰ってこない。
どちらもタイラントが特に可愛がってきた妹分だ。
使われるだけ使われ、目覚めたとしても彼女の可愛い部下はいない。
タイラントにとってこの世界はどう映るのだろう。
どれほどの価値が残るのだろう。
ファンナースは思う。
きっと彼女にとって最悪であろうこの世界でも、戦いから目を背けることなどできないのだ、と。
戦闘は続行中。
今、こうしている間にも怨霊たちは旧人類連合と戦っている筈だ。
空から赤い直線が伸びていく。
それは大地に辿り着く前に霧散するも、途中で幾つもの爆発を生みながら猛進していた。
恐るべき威力である。
「カイちゃん。みんな……」
地上からそれを見上げていた六道シデンも、そんな感想しか出てこなかった。
見間違えでなければ、ビームが放たれた穴にはエクシィズや獄翼、鬼が突入している。
実際に穴の奥にいくのはエクシィズだけで他の2機は護衛を兼ねた付き添いなのだが、それにしたって不安になるものだ。
そんな不安を察すると、シデンは自らの頬を思いっきり叩いた。
気合を入れ直し、己の任務を遂行しようと基地内を走り出す。
シデンの役割は地上を単体で出て、小回りの利くバトルロイドを迎撃する役目だ。
彼女たちはブレイカーに纏わりついて直接コックピットを狙ってくる殺人兵器である。
普通の銃弾を平気で弾く鋼鉄の皮膚を凍らせ、向こうの思う通りに動かせないようにするのがシデンの仕事だ。
とはいえ、そのバトルロイドも今は数が少ない。
恐らくだが、最初にエクシィズが殆ど破壊してしまったのだろう。
第二陣は紅孔雀が主体のブレイカーの大群が多かった。
バトルロイドではなく、紅孔雀を凍らせていこうかと考え始める。
「ん?」
そんな時だ。
流れ弾が着弾して黒煙が昇る倉庫の中から、ゆっくりと人影が現われる。
最初は怪我人かと思ったが、違う。
「出たね」
鎧だ。
しかも、ここにきて見たことのない色の鎧である。
「藍色、か」
甲冑以外は装備らしき装備を持たぬ藍色の鎧。
その名をスカルペアと言った。
スカルペアは腰を落とし、周囲を見渡す内にシデンを発見する。
ふたりの視線が絡み合った。
「……」
無言のままシデンが銃を抜く。
彼の足に装填されていた6つの銃器は取り外されており、動きやすさを重視した結果スカートも脱いでいる。
パイロットスーツに身を包み、殺意剥き出しの瞳で銃を抜くその姿は獰猛な肉食獣を連想させた。
殺意が空気を伝い、スカルペアへと届いていく。
ノアが死んだ今、誰が操作しているのかは知らないが、その誰かでさえも凍てつかせるような視線だ。
シデンとしてもスカルペアの向こうにいるであろう操縦者を威圧している自覚がある。
湧き上がる苛立ちと敵意を抑えるつもりなんて、これっぽっちもなかった。
殺意は操縦者にダイレクトに伝わっていく。
スカルペアの札を張り付けられた赤子、シラリーは敏感な子供だった。
冷え切った視線を受け取り、泣き始めるも、彼女はあるひとつの感情をスカルペアへと送りつけた。
――――あいつは嫌いだ、と。
それだけで十分だった。
スカルペアは六道シデンをターゲットにすると、まっすぐ走り出す。
一歩を蹴り出すたびに金属音が鳴り響き、体勢を低くして身体がしなる。
自分に向かって突撃してくるのを見て、反射的にシデンは引き金を引いた。
氷で生成された弾丸が何発か射出され、スカルペアへと牙を剥く。
ところが、スカルペアはこれを避けることもしないまま猛突進。
弾丸をすべて鎧で受け止め、加速していく。
「ちぃっ!」
やはり鎧は冷気の弾丸を通そうとしない。
ゲイザーとの戦いで理解していたことだが、他の鎧も同様なのだ。
理解すると、シデンは迷いもなく銃を投げ捨てた。
六道シデンの主力武器は銃器である。
自身の能力を活かし、弾丸を射出する道具を探した結果がこれだ。
だから銃が通用しない相手に立ち向かう場合、手段は必然的に狭まっていく。
距離が0になった。
スカルペアが手刀を振りかざし、シデンの顔面目掛けて突き出した。
シデンはそれを受け流すようにして手で弾くも、
「いづっ!」
掌に切り傷が入った。
見れば、スカルペアの右手が剣になっている。
さっきまで腕だった物が、すべて刃になって襲い掛かってきていたのだ。
「君は……」
シデンはそういう能力者に心当たりがある。
シャオランもそうだが、XXX時代に全身を武器に変化させることができる少女がいたことを思いだす。
戦いの中で彼女は死んでしまったわけだが、その遺伝子はこうして再利用されている。
その事実に直面すると、胸の中から冷めきった感情が広がっていった。
「かぁっ!」
スカルペアが吼える。
藍色の塊は跳躍すると、アクロバティックに回転しながら足を突き出した。
いわゆるドロップキックである。
もっとも、その足も一瞬で巨大な斧に変形しているのだが。
「冗談じゃないよ、ホント!」
後方にさがり、斧のドロップキックを回避する。
氷の弾丸が鎧を貫通できない以上、シデンに残された手段は格闘戦しかない。
それも直接触れて、中身を氷漬けにして砕く戦法だ。
ゲイザーに対して効果はあったので、他に鎧でも通用するとは思う。
ところが、スカルペアは全身武器である。
下手に触れば手足は刻まれ、出血どころでは済まされない。
相性が悪い。
ほんの少しのやり取りでそれを察知すると、シデンは下がっていく。
見ていると、スカルペアは接近戦に特化された鎧のように見える。
シャオランのように銃に変形しないのがその証拠だ。
恐らく、変身できるのは刃が主流なのだろう。
だとすれば、距離を取ってなんとかやりすごしている内に冷気を貯める。
そしてこれ以上ないって程に凝縮されたそれをぎりぎりの距離でぶつけて、氷漬けにしてやろう。
そのプランが現状、一番ベストだ。
頭の中で整理すると、シデンは右手を握りしめる。
指の中で冷気を凝縮する作業に入るが、途中でなにかに触れた。
「え?」
やわらかい感触だった。
まるでマタタビかなにかで撫でられたかのような錯覚が、背中から胴体にかけて流れ込んでいく。
ちらり、と振り返った。
黄緑色の鎧が、カラスのような漆黒の羽をはばたかせ、シデンに羽毛を送り込んでいる。
「お前は!」
あの鎧は見たことがある。
忘れる筈がない。
御柳エイジはあいつとゲイザーによって殺されたのだ。
羽に触れて異次元空間に飛ばされる寸前、シデンは吼える。
「今度こそ、ボクが殺してやる!」
六道シデンの身体が羽世界の中へと消えていく。
雪のように一面に降り注ぐ黒い羽の中に消えた彼を追いかけ、スカルペアも突入。
見届け終えると、パスケィドも自らの世界の中へとダイブしていった。
次回は金曜か土曜の朝更新予定




