第296話 vsバイキン
日本にはシンジュクと呼ばれる都市がある。
柴崎ケンゴは避難場所としてここに来るのは渋ったのだが、知り合いが大勢この場所を選んだのだ。
ひとりで生き切る自信がない以上、ついて行くしか選択肢がない。
先に避難した学友たちは、ペルゼニアに殺された。
同じような目に会わない確証はどこにもなかったので、なるべく外に出るのは控えている。
同じ部屋で暮らしている豚肉夫人も同様だった。
「ケンゴちゃん、ご飯の準備手伝ってちょうだい」
「はい、今行きます!」
田舎で育った柴崎一家は、都会でば貧乏一家に位置づけられる。
そんな彼らと同じ部屋で住むことを条件に資金援助を申し出たのは他ならぬ豚肉夫人だった。
旦那を殺されて、まともに葬式をあげる暇すらなかった彼女に気を使わせてしまったのは申し訳ないのだが、その好意は素直にありがたい。
彼女がいなかったら、今頃柴崎一家の家計は火の車だ。
「ケンゴちゃん、勉強はどう?」
「……まだ、迷ってますよ。こんな状態で進学なんかできそうにないし」
柴崎ケンゴは今、両親のように外に出て働くことはできない。
反逆者と繋がりの深い彼は、カイト達から厳重に注意を受けた身だった。
だからと言って、なにかできることがあるわけではない。
家に閉じこもってやることは内職か、勉強するかだ。
ゲームなんか買うお金はないし、豚肉夫人の睨みも凄いので真面目にやる時間は必然的に増える。
「それに」
ちらり、と外の景色を見やる。
1年前、このマンションから見える景色は黒い機体が駆け巡って大暴れしたのだそうだ。
今では復興もそれなりに進んでいるが、当時のトラブルっぷりは凄まじかったらしい。
「なんか、集中できないっていうか」
「またあの子達?」
「そりゃあ、まあ」
机に向かってなにかしようとすれば、必ず彼らの顔が思い浮かぶ。
今頃、どこでなにをしているのだろう。
17年も続いた戦いに決着をつけるといって旅立ったカイトとスバルは、無事なのだろうか。
それだけが気がかりで、どうにも集中できない。
「夫人はどうなんです? 結構カイトさんとは交流あったと思いますけど」
「アタシに新人類の話題持ちかけるのかい?」
「新人類じゃなくて、ひとりの人間の話だと俺は思いますけど」
「……口だけは達者だねぇ」
「結果はどうあれ、俺たちはあの人に助けられましたから」
ヒメヅルは老人の街だ。
先人たちが戦いで受けた傷は深い。
同じ人種であるだけで敵視してしまう人間は決して珍しくなかった。
豚肉夫人もそのひとりだ。
ひとりなのだが、しかし。
新人類と知って尚、彼を呼び寄せてパンの注文をしてきた夫人である。
気持ちの整理はある程度付いているのだと思いたい。
『――――臨時ニュースをお送りします』
「ん?」
答えを待っていると、点けっぱなしだったテレビから緊迫した声が届けられた。
『本日12時、新人類王国のリバーラ王様が旧人類連合との最終決戦を発表しました!』
「はぁ!?」
『リバーラ様は本日の出撃で旧人類連合とそれに属する国を打ち倒す考えを示し、既に出撃準備も整っているとのことです』
「え?」
ゲーリマルタアイランドのとある病室。
生徒代表で教師のお見舞いにやってきた『赤猿』の愛称で慕われている少年が、病院のテレビを見て愕然とした。
彼だけではない。
突然の知らせは病院全体を静寂させ、彼らに言葉を発させることを許さなかった。
そんな彼らに追い打ちをかけるようにしてテレビの映像が切り替わる。
リバーラがメディアに向けて録画した映像だ。
『世界中の君たち、こんばんわ』
どこまでもヘラヘラとした笑顔である。
宣戦布告から一貫して彼の態度は不変であり、同時に寒気のするなにかがあった。
今回も同じだ。
緊張感のない笑みの筈なのに、その顔を見ると鳥肌が立ってしまう。
テレビ越しでも、赤猿は震えが止まらなかった。
『今回の件なんだけどさ。急だって話を聞くけど、僕としてはそうは思わないわけだよ。だって、本当ならとっくの昔に僕達が勝ってるんだから』
それを旧人類連合が認めないだけだ。
リバーラの主張はあくまで動かず、自らの優位性を信じて疑っていない。
どこからそんな自信が来るのか、不思議だった。
『でも、皆知ってるよね。ペルゼニアが負けたことを』
否、彼女だけではない。
赤猿は知っている。
この小さな島国に攻め込んできた機械の龍が、反逆者たちに落とされたことを、だ。
『だから、向こうも調子に乗ってるよね。そういうの、よくないと思うんだ』
だから、
『ここでバイキンは根絶やしにするよ。今日、この日で』
改めて行われた宣戦布告。
自信に満ち溢れたあの表情に、どんな意図があるかはわからない。
ただ、危険だと感じた。
獣に睨まれたわけでもなく、ただ大勢に対して宣言しているだけの光景に、赤猿は心底恐怖した。
「きゃっ!」
「お、おい。ここ病院だぞ!」
気付けば走りだし、待合室からまっすぐ元来た場所へと戻っていた。
途中で病院の関係者に呼び止められたりしたが、構うもんか。
美人以外の呼び止めは基本的にノーサンキューなのである。
そうやって静止の声を振り切って辿り着いた先は、さっきまでいた病室だった。
扉を乱暴に開け放ち、ベットの上で眠ったままになっている青年の頬を思いっきり叩く。
ヘリオン・ノックバーンはつい先日、何者かに襲撃を受けて深い傷を受けてしまった。
そのダメージ量は尋常ではなく、1週間ほど眠り続けている。
「止めなさい! そんなことをしてもノックバーンさんは目覚めませんよ!」
後ろからナースに叱られた。
何人かの男たちに羽交い絞めにされるも、赤猿は止まらない。
「おい、アンタ仲間なんだろ!」
赤猿は知っていた。
ヘリオン・ノックバーンはテイルマンだ。
嘗て世界中に衝撃的なシーンを送った、尻尾の生えた新人類。
けれども、彼は学校と仲間を救う為に身を挺して新人類軍に立ち向かってくれた。
このまま眠らせていたら、きっとヘリオンは強い後悔に蝕まれることになる。
そんな気がした。
「起きろよ! アイツら今度こそやばいかもしれねぇんだぞ。こんなところで寝てる場合じゃないだろうが!」
「止めんか、この!」
後から病院にやってきた大柄な男が赤猿の首根っこを掴み、そのまま床へ押し倒した。
顎を思いっきり打ち付けるも、こんな痛みは重要ではない。
『まず手始めに、病原菌の元を排除しようと思う。ワシントン基地だ。そこに僕達を困らせてきた反逆者がいる。ペルゼニアも彼らにやられた』
「殺されるぞ、本当に!」
ゲームセンターでお祭り騒ぎを起こしたり、学校で変な兄弟設定を持ち出してきたあの反逆者達を、赤猿は好んでいた。
彼らは強い。
けれども、身の奥から湧き上がる寒気が、嫌な光景を想像させる。
「起きてくれ! 少しでも抵抗できる力があった方がいいだろ! なぁ!?」
赤猿の叫びも虚しく、ヘリオンは瞼を閉じたまま動かない。
その間にも、王は淡々と演説を続けていく。
『総力戦だ。旧人類連合に属する諸君は、気に入らなければいつでも我が国を攻めるといい。もっとも、攻め入ることができるのなら、ね』
だから、今はしばし攻められるのを待つといい。
我らは新人類。
常に君たちよりも優れ、先を行く存在なのだ。
先制パンチが来るのを恐れながら今を過ごすといい。
ワシントン基地にミサイルを送って殲滅するというのならそれでも構わない。
『新人類王国を滅ぼせるならやってみたまえ。その時は君たちの勇気に敬意を表し、優先的に攻め入ってあげようじゃあないか』
テレビの中でリバーラが笑い転げる。
返り討ちにあうことなど、微塵にも考えられない様子だ。
事実、17年間あらゆる戦いを制し続けてきたのだ。
王国の自信は、揺るがない。
ワシントン基地の上空に穴が開く。
比喩ではない。
文字通り、空に巨大な穴が開いたのだ。
新人類王国お得意の空間転移術だ。
穴が開いた瞬間、無数の戦闘マシンが一斉に押し寄せてくる。
その数たるやシンジュクやトラセットに現われた機体の数の比ではない。
『転移完了』
その場に現れたブレイカーとバトルロイドのモニターに、統一された電子文字が表示された。
各機の機体状況が表示される。
異常なし。
空間転移で戦闘に支障をきたすような軟な機体をセレクトするような環境ではないのだが、一通り確認し終えたらそれこそが戦闘の合図となる。
『転移状況問題なし。これより戦闘体勢に移行する』
紅孔雀に乗ったパイロットが機械的に報告を送ると、彼に続いて他の者達も続いていく。
同時に、転移した座標にずれが無いかの確認も行われた。
ワシントン基地までの距離は殆どなく、もう目と鼻の先だ。
転移した新人類軍の機体は基地を囲むようにして陣を敷いており、敵を逃すまいと銃を構えている。
周辺に敵機は確認できない。
『基地の守りがないだと?』
防衛装置が作動していない。
先日のサムタック襲来で基地としての機能が失われたのだろうが、それにしたって1機のブレイカーすら出てこないのはおかしな話だ。
パイロットは用心深くレーダーを見ながらも、引き金に指を合わせる。
『各機、警戒を怠るな。これより攻撃を開始する』
『隊長、前を!』
『ん!?』
ワシントン基地上空の空の景色が歪んだ。
ほんの少しぐにゃり、と捻じ曲がったかと思えば、なにもない空に1機のブレイカーが出現する。
あれは空間転移術などではなく、ステルスオーラの解除による出現だ。
反応を見ると、あれは敵機である。
どうやらたった1機で迎撃に出てきたらしい。
隊長はそう判断すると、部下たちに通信を入れる。
『戦闘開始。目標、敵ブレ』
言葉が最後まで紡がれることは無かった。
黒と赤でカラーリングされた機体が、まっすぐ突撃してきたのだ。
隊長は反応することもできないまま、紅孔雀の顔面を掴まれる。
『うおおっ!?』
背中から噴き出す黄金の羽を羽ばたかせ、黒のマシンが――――エクシィズが掌底を輝かせた。
溢れ出す光は紅孔雀に多大な熱量を加え、装甲の中から一気に破壊していく。
焼き切れたコードが引火し、紅孔雀が大破した。
爆風を切り裂き、エクシィズは上空へと飛翔。
「敵の数は60機。それとは別にバトルロイドが40機ほど確認できます」
後部座席に座るイルマがタッチパネルを開き、カイトへ伝える。
これまで出てきたことのない数を前にし、カイトは驚くことなく淡々とした口調で操縦桿を握りしめた。
「問題ない。すべて処理する」
「ではボス。お好みの新人類をセレクトなさってください。どの子もお安くしますよ」
「貴様、金を取る気か」
「こうすればボスが喜ぶとキャプテンが仰っていたのですが、どうやら違っていたようですね。しょんぼりです」
わざとらしく肩を落とすも、イルマは常にカイトの指示待ちだ。
伏せられた目は前の席を捉えて動かず、彼の唇が自分を呼ぶのを待ち続けている。
「……エクシィズとは言え、数が多いと面倒だ。増援も控えてると判断していいだろう」
手順としてはこうだ。
最初に現れた機体をエクシィズが一気に殲滅させ、その隙にスバル達が出撃。
敵の増援が来るタイミングでエクシィズが転移する。
ゆえに、最初のこの戦闘が大事だ。
彼らを最短の時間で始末するのが、カイト達に与えられた最初の課題である。
勿論、スバル達からは反対の声があがった作戦内容だ。
しかしながら、ワシントン基地に残された戦力は実際問題少ない。
できるだけ彼らの負担を抑えるためにも、最初の陣営はエクシィズのみでなんとかするのが好ましい。
ウィリアムもそれを見越してこの機体を作った筈だ。
そしてイルマを用意したのも。
「一気にカタを付ける。サイキネルだ。いけるな?」
「もちろんです」
後部座席のイルマの姿がブレ始めた。
同時に、彼女の頭上目掛けてコードに繋がれたヘルメットが落下する。
カイトにも同じものが収まった瞬間、コックピットに機械的な音声が響き渡った。
『SYSTEM X、起動』
赤で塗られた関節部が輝きだす。
青白い光が一瞬だけ噴出したかと思えば、その色は即座に赤へと変色していった。
『ふぁっきん』
エクシィズから妙にローテンションな声が響き渡る。
中にいるカイトはずっこけそうになるのを堪えながらも、イルマに激を飛ばした。
「おい、もう少しやる気を出せ。サイキックパワーはテンションを上げていかないと威力を発揮しないぞ。見ていたなら知っているだろう」
イルマ・クリムゾンは性質の悪い追っかけである。
出会うよりも前にずっとカイト達の戦いを見ていたのだ。
だからサイキネルがこういう場面に真価を発揮し、うるさくしないと使い物にならないことくらい十分承知している筈である。
変身できるのであれば、尚更だ。
『ボス、確認なのですが』
「短めに済ませろ」
『確か、技は叫ばなければいけないのでしたね』
「そうだな。原理は知らんが、そういうルールらしい」
『一緒に叫んでいただけますか?』
「なぬ」
『一緒に叫びましょう』
好意的な返事を返したつもりはないのだが、割と断定系で話しを進ませようとしている。
イルマ・クリムゾン。
相変わらずボスと呼んでおきながらこちらの意見を無視してくる押しかけ秘書である。
「俺が叫ぶことでなにかメリットがあるのか?」
『私の気分が高揚します。これにより、コピーサイキックパワーはオリジナルよりも高みを見せると確信しております』
「なぜそう言える」
『腹の奥からテンションが沸き立つとは、そういうことでしょう?』
言いたいことはなんとなく理解できるが、ちょっと会話になっていない。
付け加えるのなら、カイトはサイキネルにいい思い出がなかった。
処刑されたと聞いているが、彼の死後もその亡霊は様々な形で登場し、嫌がらせしてきたように思える。
そんなサイキネルの真似をイルマと一緒にやる。
想像すると、げんなりとした。
「……一度だけだ。その後は他のに交代する」
『イエス、ボス。ありがたき幸せです』
エクシィズが右拳を引っ込める。
胴体から立ち込める赤い光が拳へと伝わり、破壊のエネルギーを生成していった。
「いくぞ!」
拳が突き出される。
躊躇いつつも、カイトは腹の奥から必殺の技を叫んだ。
「さ、サイキックバズーカ!」
『サイキックバズーカ』
一緒に叫んだ筈のイルマは、相変わらずのローテンション。
しかしながら、解き放たれた赤い閃光は野太い柱となって一直線に解き放たれ、多くのブレイカーを巻き込んでは爆発させていった。
『いい感じです。私、テンション凄く高まってますボス』
「……ああ、そう」
別に俺が叫ばなくてもあれくらい放出できたんじゃないだろうか。
疑念の眼差しを送りつつも、エクシィズは次の敵を破壊する為に羽ばたいていく。
 




