第293話 vsアーマード・ナイツ
ゲイザーが手配した訓練室は、王国でもかなり広い空間だ。
主に部隊戦の訓練の為にこしらえたそれは、野球などで使われるドームの何倍もの面積があると言われている。
そんな広い空間なのだが、見ている観客はたったの3人だけだった。
トルカは緊張の眼差しで、ディンゴは厳しめな目つきで、シラリーは不思議そうな顔で各々の操縦する鎧を注視している。
「ルールの確認だ。戦闘時間は10分。その間、連中は本気で俺を殺しに来る」
鎧がその気になれば、内部から城を崩壊させることなど容易い事だ。
ゲイザーでも止めることは、きっと難しい。
この時間が被害が及ばないギリギリの範囲であると判断していた。
「逆に言えば、それ以外の命令はない。言ってしまえば、アバウトな命令でもある程度は自動で修正を利かせてくるわけだ」
とはいえ、あまりにアバウトすぎると鎧も判断に困る。
断定して『こうしろ』と言わないと、鎧は上手く動けないのだ。
それを意識させたうえでゲイザーは正面に並んでいる3人の甲冑軍団を睨みつける。
黄緑のパスケィド、藍のスカルペア、黒のサジータ。
最強の12の守護神とさえ言われた生体兵器、鎧の生き残りだ。
実力は折り紙つきである。
しかし、彼らと同等の力を持っていた筈の鎧たちは次々と倒されてしまった。
エアリー。
トゥロス。
ジェムニ。
リオール。
リブラ。
カプリコ。
アクエリオ。
各々、戦った相手に傷を負わせてきた。
トゥロスやリブラなどは敵を葬っている。
だが、それでも負けは負けだ。
ゲイザーだってエイジやエレノアを葬ったが、決して完全な勝利をおさめたとは言い辛い。
これは訓練だ。
観客席にいる操縦者達には彼らの特性を理解させ、自分は更なる高みへ上る為に必要なステップである。
ゲイザーは思う。
果たして神鷹カイトなら。
オジリナルなら彼らを相手にして、生き残れるか。
あるいは六道シデンなら。
ブレイカーに乗ったあの少年なら。
正解は想像の中でしか生まれてこない。
それも決して合っているとは言い辛い物だ。
けれども、ゲイザーは結論付けている。
彼らを相手にして、たじろいでいるようでは勝てない、と。
サムタックでの戦いでゲイザーが勝てたのは、ほぼ剣の性能だ。
あれを手放した時、自分は彼らに勝つ事が出来るだろうか。
戦いの内容を知る者が聞けば、恐らく多数が否と答えるだろう。
破壊剣を握ればゲイザーは強い。
けれども、それがなくなれば他の鎧と一緒。
ただの守護者で終わってしまう。
そんなの、まっぴらごめんだ。
ようやくノアの呪縛から解き放たれた。
もう身体の調整に興味を持っている物好きは居ない。
ゲイザーは自由だ。
折角自由を得たのに、今までと同じ位置にいるのは、あまりに虚しい。
「質問はねぇよな」
律儀に問うも、トルカやディンゴからは何もない。
シラリーも同様だ。
無言を了承の意と受け取り、ゲイザーは一斉に命令を出す。
額に人数分の札を貼り付け、怒鳴る。
「かかってこい、ポンコツ共!」
罵声を聞き、3体の鎧が一斉に動き出す。
サジータは後退し、パスケィドは前進。
スカルペアだけは動かないまま、縦一列の隊列を築き上げた。
「隊列を組んだ!」
「まあ、俺のはそういうのが得意だってのは聞いてたけど……」
ギャラリーが一斉に反応を示す。
その中でも彼らが興味を示しているのはスカルペアの立ち位置にある。
パスケィドとサジータの得意分野は既に聞いていたのだが、残るスカルペアとベルガについては情報が全然ないのだ。
「でも、黄緑は奇襲型なんだろ? アイツが中央なのはどういうことだ」
奇襲が得意なパスケィドを前衛におく意味が理解できない。
ディンゴの呟きを聞きつつも、トルカはその動きを注視していた。
扱う鎧がどういう意図をもってあの位置に収まったのか、よく理解しておかなければならない。
「ん?」
すると、だ。
パスケィドが背中から生えた羽に手を伸ばし、それを乱暴に毟り取った。
何枚かの黒い羽をかざし、ゲイザーに向ける。
さながら剣を構えるナイトのような構図だった。
しかしながら、自ら突撃する気配はない。
所謂、迎撃の体勢である。
隊列の動きはまだ続く。
真中に陣取ったスカルペアが走り出したのだ。
パスケィドの背中目掛けてタックルを仕掛け、そのまま翼の中へと埋もれていく。
「消えた!?」
「羽の中が異次元に繋がってるってのは本当らしいな」
そしてスカルペアが羽世界へとダイブすると同時に、サジータが両手を大きく広げた。
背中に装着されている羽のような装飾品が分離し、サジータの手前で交差。
交差点に手を置くと同時、クロスされた装飾品の先端から光の糸が伸びていく。
「なんだあの豪勢な武器」
ディンゴがジト目になって呟く。
傍から見て、サジータが展開したのは巨大な弓だ。
十字に展開された装飾品から糸を引き、交差点に光の矢を生成している。
そのまま糸を引いたら確実に矢が発射されるに違いない。
ディンゴの中に確信に近い何かがあった。
「させるかよ!」
そこまで準備をしたところで、ゲイザーが痺れを切らす。
彼は武器も持たないまま特攻すると、正面に立ち塞がるパスケィドに格闘戦を仕掛けた。
突き出される拳。
捌くようにして振り降ろされた羽。
このふたつが接触した瞬間、ゲイザーの右腕が黒い穴の中に吸い込まれる。
虚空に出現した羽世界への入り口である。
「んっ!?」
吸い込まれた腕を見やり、ゲイザーは違和感を覚える。
何かに掴まれて、ひっこめないのだ。
いや、理由はわかる。
さっきこの穴に通じる世界に飛び込んだ奴が、ひとりだけいた。
「ちぃ!」
舌打ちをしながらも、腕を引っ込めた。
捕まえようとする力が無くなったのだ。
反射的に異次元空間の中から腕を脱させるも、肘から先が綺麗さっぱりなくなっている。
「げ」
持っていかれた。
その事実に直面し、ゲイザーは改めて穴を睨む。
痛覚がないとこういう時に鈍感になってしまうから困る。
痛みを感じないで戦い続けられるのはありがたいが、痛みがないのも時と場合によっては考え物だ。
「ウオオオオオッ!」
穴の中から手が伸び、隙間を広げる。
異次元空間の中からスカルペアが飛び出してきた。
そのままゲイザーに襲い掛かるも、彼も呆けてばかりではない。
「調子に乗るなよ」
姿勢を屈ませ、蹴りを放つ。
直後、スカルペアも右足を繰り出した。
その先端が螺旋状に捻じ曲がり、右足を鋭利な槍へと変貌させる。
爪先がゲイザーの蹴りと衝突した。
肉が弾け、血飛沫が飛び散る。
「うげっ」
まだ見慣れていない血を目の当たりにし、トルカは嫌悪感を露わにした。
それだけではない。
急激に捻じ曲がったスカルペアの足にも、だ。
人間の形をした物が、未知なるものへと姿を変える。
新人類にも様々な人間がいるが、ここまで激変させるのは珍しい方なのだ。
「なるほどな。確かにあれは素直かもしれん」
一方、ある程度免疫をつけていたディンゴは冷静な態度で各々のポテンシャルを観察していた。
「昔、身体をあらゆる武器に変形させる新人類がいたと聞いたことがある」
「アイツはそのクローンなんですか?」
「俺も実物は見たことがない」
ディンゴが新人類軍に勤務して10年近く経っている。
しかし、17年という戦いの歴史は多くの人間を消すには余りある時間を有していた。
「新人類王国の特殊部隊のひとつ、XXXに所属していた少年少女の兵士。現代に至るまで生き残った奴は手で数えられる程だが、落ちた連中にも目を付けられた奴がいたって事だ」
いかに新人類と言えども。
どんなに強大な力を持っていたとしても、持ち主は人間。
銃で撃たれたら死ぬ。
刃物で刺したら死ぬし、爆発に巻き込まれても死んでしまう。
「鎧ってのは、そういう優れた能力を集めた戦士。しかもそこに個人の人格はない。だから裏切る事もなく、迷いもない」
「死んだ連中も、再利用ができる……」
「そうだ。もっとも、もう製作者はこの世に居ないんだがな」
だからこそ、この『訓練』も本当はナンセンスなのではないかとディンゴは思っている。
ゲイザーは不死が売りの戦士だ。
身体を穴だらけにされても死なないと聞いている。
しかし、他の鎧の集中攻撃を受ければ消し飛んで二度と再生できなくなるのではないだろうか。
特にサジータが構える光の矢。
プラズマが激しく唸りをあげている破壊の矛先を受けてしまえば、人間など軽く消し飛んでしまう。
「というか、ここも無事なんだろうな」
額に脂汗を貯め込みながらもそう呟く。
ディンゴの心配事を余所に、ゲイザーはスカルペアとの格闘戦に盛り上がっていた。
抉られた足はほんの少し話をしている間に元通りになっており、腕も手首まで戻りつつあった。
末恐ろしい不死身っぷりである。
更に付け加えれば、スカルペアの攻撃を先程から一撃も受けていない。
最初の二撃を受けたのみで、後は回避に徹しながらも隙を見つけては一撃を与えている。
「ふん!」
今、この瞬間も懐に潜り込んだ掌底が炸裂したばかりだ。
腹部に衝撃を受け、スカルペアの纏う藍色の鎧にひびが入る。
嗚咽。
苦しげによろけながらも、スカルペアは数歩後ずさる。
追撃の一撃を与えようと飛びかかるゲイザーだが、気付く。
後方に控えていたサジータ。
構えている巨大な十字の弓を、ゆっくりと弾き始めたのだ。
「やっべ!」
ゲイザーが知る限りだと、この中で最も殺傷能力が高いのはサジータだった。
ゲイザーの破壊剣が接近しての一撃必殺なら、サジータの弓は遠距離からの一撃必殺である。
触れたら身体に穴が開くどころではすまされない。
「ええい、思ってたよりも面倒くせぇぞこれ!」
他の鎧は交流もできない木偶揃いなのもあり、実際に戦ってみた経験は数少ない。
何ができるのかは知っていても、実際どの程度まで戦えるのかはよく知らないのだ。
ただ、自分と同じ立ち位置の鎧である。
死ぬ気で攻めたら10分でなんとか上手く収まるだろうと考えていたのだが、甘すぎる考えだった。
これも一重に経験不足からくる課題である。
「おい、ちゃんと勝てるんだろうな!」
「そのまま発射されたら大変なことになるんじゃないんですか!?」
「うるせぇ、ギャラリーは黙ってな!」
「おぎゃあおぎゃあ!」
「うるせぇっての! お前は黙って指咥えながら俺の活躍を見てな!」
「主旨ちげぇよ!」
トルカ達も遂にゲイザーの考え無しの行動に焦りを感じ始めていた。
最初は自信満々な態度をとっていた物の、やはり相手は鎧。
武器も無しに勝てる程甘い敵ではなかったのだ。
「いや」
うっかり頭の中に浮かんだマイナスの言葉を拭い捨てる。
弱気になるな。
折角得た自由だぞ。
これは目的を果たす為――――打倒、カイト&スバルを果たすために必要なステップなのだ。
こんなところで躓いていては、本当に勝てなくなる。
クールになるのだ。
冷静に、冷めきった態度でいろ。
アイツらは自分が得た自由の素晴らしさを理解できない可哀想な奴らなのだ。
有意義な場所にいるのは、あくまで自分だ。
学び、更に強くなるチャンスがあるのは自分だけなのだ。
だから信じろ。
ゲイザー・ランブルの持つ可能性を。
「来るって!」
トルカが叫んだ。
サジータの姿がブレ始め、巨大な弓と黒の鎧が消える。
「瞬間移動能力!?」
「あんなデカイ武器を持ったままテレポートできるのか!」
ギャラリーがざわつくも、サジータの行動はゲイザーの予測範囲内だ。
問題はどこからくるか、である。
鎧に与えた命令はあくまで『ゲイザー抹殺』のみ。
それを果たすためならどんな犠牲をもやむを得まいとするのが彼らの理念だ。
とはいえ、そこには制限もついている。
ノアの計らいもあり、彼らは同士討ちができないようにインプットされているのだ。
だから近くにいるスカルペアとパスケィドをまとめて射抜くような真似は、絶対にない。
ならばどこに現れるか。
慣れない思考回路の回転の果てに、ゲイザーは結論を弾きだした。
同時に、予測は確信へとシフトする。
真正面。
殆ど距離がない、目と鼻の先に黒い鎧と十字の弓が瞬時に出現した。
糸が手放される。
ゲイザーの腹に当てがられていた光の矢が、轟音を響かせながら射出された。
次回は火曜の朝更新予定
追記:ごめんなさい、まだちょっと時間がかかりそうです。
そんなわけで水曜の朝に予定変更します。




