第291話 vsキャッチボール
「作戦ってもんじゃないわね、それ」
コラーゲン中佐の提案した迎撃作戦の概要を聞いたアキナの第一声がこれである。
気持ちはわからなくもない。
エクシィズだけに負担がかかり過ぎている上に、性能頼りなのだ。
彼女が知る『作戦』とはちょっと違うかもしれない。
「要するに、エクシィズが壊れたら全部終わりってことでしょ」
「しかも、突入するのはリーダーとイルマなんでしょう?」
「うん」
修理が進む獄翼のコックピットで、アウラとアキナのふたりに挟まれながらスバルは空返事をした。
傍から見れば女子と仲良くしているように見えるかもしれないが、当のスバルはどこか上の空である。
「……仮面狼さん、どうかしたんですか?」
「うん」
「元気ないわよ。何か言われたわけ?」
「うん」
「だあぁっ! もう、ちゃんと顔上げて喋りなさいよね!」
「どわぁ!?」
遂にはアキナに襟を掴まれ、無理やり立たされてしまった。
痛い。
顔が近くてドキドキするとかそういった物は一切なく、ただ痛かった。
「え、何!? なんで俺締め上げられてるの?」
「アンタが心の籠ってない返事をするからでしょうが!」
「え……? もしかして、喋ってた?」
「ぶっ殺す!」
「まあまあ」
本当に殴り殺しかねないアキナの拳を掴み、アウラが優しく降ろしてくれた。
深呼吸をして新鮮な空気を取り入れて、スバルは申し訳なさげに口を開く。
「ごめん。ちょっと、考え事してて」
「それ、アタシの質問より重いんでしょうね」
「アキナよりは確実に重いよ」
真田アキナはさも当然のようにスバルの横にいることが多くなった。
トゥロスと戦ってからはこのポジションが気に入ったようで、次回の出撃も彼のサブパイロットとして付いてくる気らしい。
尚、それを面白くなさそうな目で見るアウラもその横に常時くっついている。
フィティングではすっかりトリオとして認識されている3人だった。
「話してみなさいよ。言ってみたら楽になるかもしれないわよ」
「さっきぶっ殺すとか言ってなかったっけ?」
「あれは挨拶みたいなもんだから気にしないでいいのよ」
物騒な挨拶である。
とは言え、それだけ自分のことを認めてくれた証拠なのだろう。
スバルは悩むと延々と悩み続けるタイプだ。
これまでも誰かに背中を押してもらう事で、なんとかしてきた。
脳筋のアキナにそれを求めるのもどうかと思うが、好意は素直に受け取っておくに限る。
「まあ、カイトさんのことなんだけどさ」
「出撃させたくないって?」
「どうしてわかったの?」
「何となく、そんな気がした」
交流は3日程度しかないのだが、どういうわけか呆れ顔で悩みを看破されてしまった。
以前、分かりやすいと言われたことがあるが、そこまで顔に出ていたのだろうか。
訝しげに自分の顔を触り始めるスバルを余所に、後ろでアウラが『ぐぬぬ』と歯ぎしりしはじめる。
「なんでそう思うのよ。あの馬鹿リーダーがトンデモなのは、アンタが一番よく知ってると思うけど」
溜息をつきながらもアキナは横に座る。
彼女は獄翼の隣でパーツを分解されているダークストーカーの姿を見守りつつも、問うた。
出力の上がった獄翼を使う為に、ダークストーカーから足りない部品を回収しているのだ。
地面に叩きつけられても大破しない耐久性の高さもあり、スバル達は獄翼に乗るのが無難だと判断された結果でもある。
「……そうだね。カイトさん、強いからあんまり心配してこなかったけど」
「けど?」
「この前、カノンたちが死んじゃったから、なんか不安で」
俯き、力なく答えるスバルの反応を見てアウラは『しまった』と言わんばかりに気まずそうな顔になる。
急ぎアキナを小突くと、耳元で話し始めた。
「いい? 仮面狼さん、私たちと比べて切り替えてる訳じゃないんだから」
「切り替えどうこうの問題じゃないでしょ」
「じゃあ、どういう問題なのよ」
「単純に信じられるか、信じられないかの違いなんじゃないの? 最近はあのアホもボロボロになることが多かったし、それで不安になってるってことでしょ」
確かにカノンやエイジ、エレノアと言った面々は死んだ。
けれども、悔やんだところで彼らは戻ってこない。
交流は浅いが、蛍石スバルと言う少年が異様に敏感なのはよく理解しているつもりだ。
「けど、リーダー以外適任がいないんでしょ? だったらアタシたちは自分たちの持ち場で死なないように頑張るだけだと思うんだけど」
「それは……そうだけど」
「てか、そのリーダー何処よ。不安なら直接話した方が手っ取り早いんじゃない?」
「話が終わった後、シデンさんが連れだしてるよ」
スバルと同じく、彼にも思う事があるのだろう。
アキハバラ以来の気まずさだった。
ふたりの共通の友人であり、恩人でもある御柳エイジの死。
間近で見たシデンには、相当ショックだった筈だ。
今でも信じられない。
どこまでも頼りになって、場のムードをいいタイミングで掴んでくれて、時々は悩みの相談に乗ってくれたエイジが殺された事実が、スバルにも受け入れられない。
彼だけではない。
エレノアの死だって、直接見たわけではないスバルには衝撃的だった。
へらへらと笑い、カイトに付き纏って、空気も読めなかった変人。
けれども、その感情はどこまでも愚直だったと思う。
殺されかけた経験はあれど、どこか憎めない女だった。
いなくなったと思うと、寂しくてたまらない。
直接その場を見た彼らはどうなのだろう。
涙は枯れ果てたと言ったXXXのあのふたりは、きっとスバルより辛い思いをした筈だ。
どんな気持ちで、心に整理をつけるのだろうか。
自分も少なからず影響を受けていても、今は張本人である彼らの方が、スバルから見て心配に思えた。
白球が収まる。
中から取り出すと、カイトは遠投。
少し距離を置いたところに構えるシデンのミットの中にすっぽりと収まった。
「何年振りかな、こうしてキャッチボールするの」
「確か、13の時だ」
エイジの顔を引っ掻いて、それ以来遊ばなくなった。
今は当時の様に仲良くしてると思うが、大人になるとこうしてボール遊びに興じる機会も中々ない。
「相変わらず、コントロールがいいな」
「そっちこそ」
ばしん、ばしん、と白球がミットの中へと叩きつけられる。
何度目かのボール投げが行われた後、シデンから口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
「ボクに譲る気、ない?」
「何度も言わせるな。エクシィズは俺が適任だ。だから俺がやる」
「けど、カイちゃんはもう再生できない」
「再構成することはできる」
「屁理屈だね」
「そうだな」
自分でも頑固になっている自覚は、カイトにもある。
いや、元々頑固だったか。
変に意地を張ったせいで、こういったキャッチボールも長い間できずにいた。
10年前にはキャッチャーミットを用意して屈み、自ら捕手の役目を買っていた男は、もういない。
子供の頃楽しみにしていた、3人の小さなベースボールはもう実現しないのだ。
「お前こそ、どうして俺の役目をとりたい?」
「それ、言わせる?」
「エイジか」
「そうだよ。ボクは仇をとりたいって思ってる」
笑顔で言うセリフではない。
けれども、変わり果てた親友の出で立ちを見れば嫌でも覚悟は伝わってくる。
六道シデンはこの戦いで、刺し違えてでもゲイザーを殺すつもりでいた。
球を受け、僅かに伝わった掌の痛みを認識すると、カイトは目を細める。
「ボクなら城ごと氷漬けにして、王国を氷河期にすることができる」
「だが、それをやるとお前が無事ではすまない」
嘗て、能力を極限にまで極めた男がいた。
兵士の仕事に興味はなく、お洒落や女装、メイクにばかり気を使っていた童顔の男は、その気になれば南極大陸をもうひとつ作る事ができるとさえ言わしめた程の力を秘めている。
けれでも、彼だって人間だ。
放出する冷気に耐えられる限度というものがある。
「本望だよ。みんなの為に死ねるなら」
「それはお前ひとりの願望だろ」
「じゃあ、カイちゃんはどうなの?」
問われ、カイトは言葉に詰まる。
それが答えなのだ。
シデンは呆れ顔で溜息をつくと、白球を受け取る。
「そんなので人の事いえるの?」
「少なくとも、お前よりは現実的だ」
「どうしてどういえるのさ」
「俺には目玉がある」
「それが不安なんだよ!」
シデンから剛速球が放たれた。
ミットに収まるも、白球はその中でまだ回転を続けている。
焼き焦げた匂いがし始め、煙が上がった。
「その目玉を埋め込まれてから、君は変わった」
「失礼な。そこまで変な奴になってない」
「力は、もう完全に停止してるのに近いんじゃないの?」
サムタックでの戦闘において、カイトの再生は殆ど進んでいない。
それどころか目の力で身体を再生成している数の方が遥かに多かった。
「ボクはね。怖いんだ」
構えることなく腕をおろし、シデンが俯く。
「スバル君には偉そうなこと言ってたけど、心のどこかではボクたちが死ぬわけないって、タカをくくってたんだと思う」
「だが、エイジは死んだ」
「うん」
カイトからゆっくりと白球が放られる。
シデンはミットを構え、数歩後ずさる事でこれをキャッチした。
「カイちゃん。君は何回死んでると思う?」
「再生が無かったら死んでたと思われる数の事か?」
「うん」
「さあ、思えてないな」
それだけ無茶をしてきたのだ。
今更死にかけた数なんて覚えていない。
「今までそうしてきた人間が、この無茶な特攻で生きて帰れるとは思えないよ。それなら、ボクが」
「なあ、シデン」
何度目かのやり取りが行われるよりも前に、カイトが口を開く。
「最強の人間って、なんだろうな」
「なにそれ」
「エリーゼが提唱してた、XXXの理想だ」
「それは知ってるけど、何で今それを出すのさ」
「俺は今の時点で、答えが見つかっていない」
最強の人間。
何度か言われている言葉だ。
カイトはスバルこそがそれに近い人間だと考えているが、あの少年も正確に言えば何かが違う気がする。
かといって、ゼッペルの様にただ強いだけの人間も何か違う。
「ヒントは頭の中にある。けど、明確な答えはまだない」
「出るわけないよ」
「そうだな。確認する術はもうない」
けれども、彼女の理想の形を創造した結果が自分であるなら。
「きっとこんな時、ソイツは何とかしてくれるんだと思う」
「カイちゃん」
「俺は、それになりたい」
エリーゼの理想の為ではない。
神鷹カイトには守るべき物が出来た。
世話になった田舎町で託された、口喧しい少年だ。
そして気付けば、ひとりだけの世界に色んなものが入り込んできていた。
「俺は死ににいくわけじゃない。作戦とも呼べない特攻を成功させる為に出るんだ」
「……」
「だから、今もお前にこうは言わない。もしも俺に何かあったらスバルを頼むって」
「何それ。カッコつけてるの?」
「こんな時はそう言う物だ」
スバルが好んで見ていたDVDには、死地に向かう奴が決まってこんな台詞を吐いている。
だから現実でも、覚悟を決めた奴はこんな感じで託すのだろうと勝手に考えていた。
「少なくとも、後を追おうとする奴に任せておけん」
「はは、手厳しいや……」
力なく笑いながら、シデンはボールを投げる。
カイトはそれを素手で掴むと、ミットに入れることなくそのままシデンへと返答した。
「シデン」
「なに?」
「生きろ」
ボールは届かない。
シデンはミットを動かすことなく棒立ちのまま、カイトの言葉を聞いていた。
「確かにエイジはもういない。だが、それで後を追ったところでどうする」
「けど……!」
「アイツに託されたんだろう」
御柳エイジはそういう奴だ。
人の心に、何かしら残していく。
良い思い出も、悪い思い出も。
「俺達が求められたのはなんだ」
「……勝利、だね」
「そうだ。なら、俺達が取るべき勝利はどういうものなのかは理解できるだろう」
転がっていくボールを取る事も無く、ふたりは立ったまま話し続ける。
「勝って帰ろう。それで、ヘリオン辺りに泣きつけばいい」
「タイプじゃないね」
「泣くぞアイツ」
「ふふ……」
小さく笑みを浮かべ、シデンは肩を落とす。
背負っていた重みが、少しだけ軽くなったのを感じた。
「ちょっと気負い過ぎてたかも。ごめんね」
「いや、いい。俺も同じだ」
次の戦いはきっとこれまでの物に比べて激化する。
突入するにしても、残るにしろ、激しい戦いが待っているのだ。
お互いに無事でいられる保証など、どこにもない。
けれども、そういう願いを固めておくのも悪くないだろう。
きっと、そういうのがこの戦いでは大事になる筈なのだから。
10年ぶりのキャッチボールは、夕方になるまで続けられた。
次回は月曜日に投稿予定




