第265話 vs大っ嫌い
戦闘が始まったのはすぐに理解できた。
ゲイル・コラーゲン中佐による鎧襲来のアナウンス。
その後すぐに基地に響き渡った振動。
慌てふためきながら自分の持ち場に移動しはじめる兵士達。
だが、そのどれもがアキナにとって意味を持たない話だった。
別に鎧がきたところで噛みつくだけだし、旧人類連合の兵士が拷問をしかけてきたところでやはり噛みつくだけである。
アキナの周りは常に敵だらけだ。
味方と呼べる人間はいない。
「……ったく」
手錠と足枷を嵌められ、部屋の隅っこで悪態をつく。
別に誰に向かって文句を言ったわけでもない。
こんな仕打ちは今に始まった事ではないのだ。
大人しくしているように言われるのは慣れっこである。
真田アキナは問題児だった。
XXXというチームの中で珍しく素直ではなく、捻くれている。
素直すぎるメンバーが揃っていた第二期XXXにおいて、彼女の存在は異質だった。
その分、性格は比較的さっさりしているとも言える。
アトラスのように旧人類抹殺に執着しているわけでもないし、カノンとアキナのように元先輩たちに尽力しようという発想はない。
あるのは常に楽しいか楽しくないか、だ。
叩きのめしたいと思う奴が出てくれば躊躇なく裏切るし、ひとりで戦い切って見せる。
「ちっ」
そう、ひとりで戦い切る自信はある。
その結果、最後に倒れたとしてもきっと後悔はない筈だ。
生まれた時からそういう人生なのだ。
捨て子だった彼女は物心ついた頃から、誰かと殴り合って奪い、生きていくことしか頭になかった。
そういう生き方が嫌いじゃなかったし、XXXもそこまで変わりはしない。
ゆえに、自分は最初から最後まで戦い、最後にはひとりで戦い切って壮絶な死を遂げるのだと勝手に人生のシナリオを考えていたのだ。
しかし、最近はそのシナリオも危うくなってきている気がする。
具体的になにがダメになりつつあるのかはよくわかっていない。
ただ、胸に残る苛立ちがどんどん増しており、それが自分の考えを変えつつあるのは何となく理解できた。
その中心にいるのは多分、カノンだ。
ゲーリマルタアイランドで彼女に敗れ、この基地で大人しくしているように言われた時、無性に腹が立った。
自分よりも弱いくせに、とか。
弱虫の癖に生意気だとか。
そういった相手を侮辱する言葉ばかりが喉にやってくる。
だが、それをぶつける相手が目の前にいるわけでもない。
だからアキナは待つ事にした。
アレは弱いくせに結構しぶとい奴だ。
成績でも下から数えた方が早いくせに、差を付けられまいと必死になってついてきたのはよく覚えている。
それに、前に戦った時もそうだ。
「ああ、もう!」
屈辱の大敗北のシーンを思いだし、アキナが頭をくしゃくしゃとかき乱す。
思えば、あれから碌な目に会っていない。
強い相手を見つけたと思っても相手にされず、最近だと空気みたいな扱いにされた。
すべて格下に負けてから始まった転落のように思える。
あってはならない。
というか、どうしてあんなことになってしまったのかが理解できずにいる。
どう考えても自分に負ける要素は無かった。
だからあれは、何かの間違いだ。
「アタシ、負けてないもん!」
「は?」
自動ドアが開かれるのと、アキナが叫んだのはほぼ同時だった。
「え?」
アキナにとって予想だにしない訪問者である。
ここに来たのはXXXの先輩や同期でなければ旧人類連合の人間でもない。
冴えない顔の少年と、妙に派手な出で立ちの金髪ロンゲだった。
確か、カノンの師匠と元新人類軍のふたりだっただろうか。
組み合わせとしてはそれなりに異質である。
「な、何か用?」
独り言を聞かれた恥ずかしさから、ややそっぽを向いて話しかける。
スバルは突然の対応に戸惑いながらも、意見を求めるようにアーガスに顔を向けた。
「君の好きなようにするといい。その為に来たのだろう」
「だよね」
溜息をつき、少年がアキナへと近寄る。
警戒心を露わにアキナは後ずさるが、スバルは彼女に触れようとはしなかった。
代わりに手を付けたのは足枷である。
手に持った小さな鍵を錠にはめ込み、ロックを解除。
「……何のつもり」
当然、アキナにとって想定外の出来事だった。
そもそも足枷をかけられたのがついさっきの出来事である。
そんなに時間が経っていないのに、外される理由がわからなかった。
「大人しくしてろって言われた気がするんだけど」
「知ってると思うけど、鎧が来たんだ。ここは危険だ」
「それで?」
「どこか安全な所まで逃げてほしい。君がここにいる理由なんてないだろ?」
随分な上から目線だとアキナは思う。
そういえば、この少年はカノンのブレイカーにおける師匠だったか。
師弟揃って似たような口を叩く連中である。
「わざわざ尻尾巻いて逃げろってわけ?」
だから犬歯を剥いた。
丁度苛立っていたのだ。
ちょっと脅してびびらせ、すっきりしよう。
そんな軽い気持ちでスバルに近寄ってみる。
「アンタだって知ってるでしょ。アタシ、あんまり背中向けるのが好きじゃないの」
「逃げたくないって事?」
「当たり前じゃない」
憤慨し、人差し指をスバルの額に当ててやる。
たぶん、このまま鋼鉄化してデコピンでもやればそのまま彼の頭蓋骨は深刻なダメージを負う事になるだろう。
しかしそれではリアクションが楽しめない。
アキナは挑発するように、彼に近しい人物の名前をあげる。
「やられっぱなしは性に合わないのよね。だから最低でもカノンをボコるまではここを離れるつもりはないわ」
「じゃあ早く離れてくれ」
その名が出た瞬間、スバルの表情が鋭い刃の様に変貌する。
妙な迫力があった。
変な意味ではない。
少年から溢れ出す激情が、そのままアキナに向かって流れ始めているのだ。
「な、なによ。そんなマジになっちゃって。いいでしょ、別に。きちんと決着つけるくらい」
「もう君の言う決着はつかない。カノンは死んだ」
どこか責めるような物言いを受け、アキナはぽかんと口を開けた。
少年の口から投げられた言葉が、上手く処理できない。
「……なんて?」
「なにが」
「何て言ったのかって聞いてるのよ!」
押し倒すようにしてスバルの身体を壁に叩きつける。
アーガスが薔薇を取り出すが、スバルがそれを手で制した。
アキナは金髪の新人類の存在など眼中になく、震える拳をスバルの真横に叩きつけた。
「カノンが死んだ。ついさっき、鎧に殺された」
「ついさっきって……」
それこそ、ほんのちょっと前。
ここで話したばかりだ。
それなのに、死んだ?
「嘘でしょ? だって、まだ」
「まだ?」
「まだアタシ、アイツと決着つけてない!」
「決着ならつけただろ」
それこそ、ゲーリマルタアイランドでの戦いがそれだ。
彼女にとっては不本意な結果かもしれない。
しかし、結果は出たのだ。
カノンと、彼女の助けを借りた自分たちがアキナとそのブレイカーを打ち倒した。
それが全てである。
少なくとも、スバルの中ではそういう結論が出ていた。
たぶん、アキナ以外の全員が同じ感想を抱いている。
「まだついていない!」
だが、本人は頑なに認めようとしない。
アキナはスバルの胸倉を掴み、そのまま強靭なパワーで持ち上げる。
襟が締まり、少年の呼吸が荒くなった。
「よせ、殺す気か!?」
アーガスが間に割って入り、止めようとする。
しかしアキナは力を緩めることはせず、スバルに至っては目で闘志を訴えている始末だ。
「これまではずっとアタシが勝った! アイツなんか、お前たちがいなかったらそのまま踏み潰されて死んでた程度の奴じゃない!」
「黙れ!」
そこでスバルは噛みついた。
アキナの口から怒涛の勢いで飛び出す言葉に対し、少年も心の赴くままに吼える。
「なにが戦いが大好きだ」
拘り方が中途半端だ。
自分の勝利しか考えられていない。
負け戦を敗北と認めることができず、戦いの中にカウントしようとしていない。
たぶん、アキナはずっと勝ち続ける戦いしかしてこなかったのだろう。
格下とやりあっていれば、自然と勝ち星だけがついてくる。
だが、その考え方自体がスバルの怒りに火をつけた。
彼女の言う戦い。
自分が勝利することが戦いであるならば、『戦い』の中で消えていった人間の立場はどうなる。
月村イゾウは消える前に言った。
戦いに魅入られた者の末路である、と。
その最期を見届けることはできなかったが、最後に見た背中はしっかりと目に焼き付けていた。
彼だけではない。
カノンだって、己の死を覚悟して戦いに臨んだ。
人によっては自殺だと嘲笑うかもしれない。
もしもそんな奴がいるなら、全力で殴ってやる。
例え鋼の塊みたいな奴だろうと。
彼らの生き様を否定するような奴を、許せない。
「ただ自分が負けるのが怖いだけじゃないか!」
「――――っ!」
アキナの顔面が真っ赤に染まる。
決して照れとか、そういう感情の色でないのは一目瞭然だった。
「ぶっこ――――」
「そこまでだ!」
両者の間に薔薇が割って入る。
そこでようやく、ふたりはアーガスの存在を再確認した。
「それ以上は施設に迷惑がかかる。それは美しくない。わかるね?」
鎧による第二の襲撃は目と鼻の先まで迫っている。
内部でいざこざを抱えている場合ではないのだ。
「……ごめん」
「うむ」
スバルが俯き、謝るとアーガスは納得する様に頷いた。
一方のアキナは、抗議する様に睨みつけるだけである。
「君の楽しみを奪う真似をしたのは悪かったね」
視線に込められた感情を読みとり、アーガスは言う。
「しかし、我々としても君に構っている余裕はないのだ。誰にでも噛みつくような者を中で抱える余裕も、ね」
ゆえに、言い方は悪くなるが彼女にはこれ以上ここにいてもらいたくない。
状況次第で簡単に裏切るような者は、強者であっても置いておきたいとは思わなかった。
「手錠の鍵は此処に置いておこう」
床に鍵を置くと、アーガスはスバルの肩をとって無理やりドアへと移動する。
アキナは追う事もせず、ただ拳を震わせるだけだった。
自動ドアが閉じる。
静寂が訪れる中、アキナは鍵を取る事も無く突っ立ったままだった。
「なに勝手に死んでるのよ」
代わりに吐き出されたのは、恨み言にも近い小さな言葉。
壁に背を預け、そのままゆっくりと座り込む。
ここにいる理由は殆ど成り行きであり、道中で強い奴と戦い、勝つことができればそれでいいと考えていた。
思えば自分が思い描いていた壮絶な最期も結果的には自分が勝利し、そのまま朽ち果てていくものだった気がする。
アキナの行動は常に楽しいか楽しくないかで決定される。
勝てば楽しい。
当たり前だ。
勝つからこそ戦うのだ。
例え格上だろうと、最後には勝つ。
それが己の成長と生の実感へと昇華されるのだ。
だが、それが始めて覆された。
自分に打ち勝った、あの忌々しいチームメイトは勝手に逝ってしまった。
気に入らない奴だったが、益々そう思えてくる。
やっぱりアイツは大っ嫌いだ。
心の中でそう結論付けるも、アキナは俯いたまま動こうとしなかった。




