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エクシィズ ~超人達の晩餐会~  作者: シエン@ひげ
『LastWeek ~終わりの始まり編~』
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第244話 vsエキスパート

 エミリアから話を聞かされた後、スバルは言葉を発することができずにいた。

 なんと声をかけたらいいのか迷っていたのだ。


『……XXXはあの日、崩壊した』


 スバルの言葉を待つ事も無く、エミリアは続ける。


『精神操作を受けた人間の力は、私の想像以上だった。抗う事も出来ないまま、私は取り押さえられたの』

「じゃあ、その後は」

『エリーゼと彼が接触するのを眺めているだけ』


 そして、彼女が恐れたことが起きてしまった。

 本来なら暴言を吐くだけあった筈のエリーゼは凶弾を放ち、カイトは心を砕かれてしまった。

 全部嫉妬に溺れた自分が引き起こしたことだ。


「なんでウィリアムさんはそんなことを」

『……邪魔だったのよ、彼女が』


 言いつつも、ウィリアムから直接確認したわけではない。

 普段の彼の言動と思考パターンから推測し、それを何年もシミュレートしていく内に確信へとシフトしていった予想を口にしているだけだ。


『XXXの資料はエリーゼが管理していた。逃げるのであれば、彼女をなんとかしなきゃいけない』

「一緒に逃げるっていう選択肢は……」

『あるわけないじゃない。あそこは彼女にとって楽園だった筈よ』

「楽園?」

『ええ』


 考えてもみてほしい。

 自分の夢の為に熱中できる場所があり、素材もある。

 資金的援助も問題ないのだ。

 研究者にとって、まさに楽園。

 夢の国である。


『自分の夢見ていた物を実現できる場所。そんな場所から逃げたいと思うかしら』


 自分ならそうは思わない。

 きっと誰に聞いても同じ筈だ。


『……それに、ウィリアムは旧人類を毛嫌いしている』

「どうして」


 スバルは疑問を口にする。

 以前から伺っていた事だが、ウィリアム・エデンやアトラス・ゼミルガーは本質的に旧人類を嫌悪しているように思えた。

 前者はあくまで過去の出来事や思想を聞いたからそう思うのだが、そこに至るまでになにがあったのかがわからない。


「旧人類って、そんなに嫌な奴なのかな」


 アトラスとのやり取りを思い出す。

 彼の信仰心はスバルが理解できない領域にまで届いてたが、元からああだったとは思えなかった。

 人がなにか行動を起こす時には必ず理由があると言うが、果たして彼らがそこまで旧人類を駆逐しに行こうとする理由はなんなのか。

 スバルには想像もつかない。


『人それぞれよ』


 エミリアは簡素に答える。


『他人に対する意識ってそんなものでしょう。あなただって、特定の誰かを嫌いになったことがある筈よ。あれのスケールを大きくしたのが彼らなんでしょうね』


 とは言え、過去に何があったのかなんて知らない。

 興味本位で聞くべきことではないし、それでトラブルが起きたら目も当てられないのだ。

 彼らは不安定だった。


『人種差別だって言葉にするのは簡単よ。でも、そこに至るまでの道のりは各々の複雑な事情があるの』

「俺にもあるよ。複雑な事情は」


 蛍石スバル、17歳。

 客観的に見ても、決して平坦な人生を歩んでいない。

 もしも自分の人生を本にして出版し、内容を嘲笑う奴がいたら全力で殴ってやる。

 そう思うくらいには、彼の抱える事情も複雑だった。


「でも、だからこそ思うんだ。きっとみんな、苦しみを経験していくんだって」


 昨夜、カイトと話したことを思いだす。

 

「俺だけじゃないんだ。怖いのは」


 元気づけてくれたカイトも。

 他の面子もきっと同じだ。

 明日にも殺されてしまうかもしれない未来に抗う為に、懸命になって生きている。

 自分を崩壊させたくないから生きるしかない。


「きっと新人類王国の連中や、新生物や星喰いも同じだ。アンタだってそうだろ」

『……そうね。私も怖い』


 エミリアは否定できなかった。

 これまでのスバルの人生になにがあったのかなど知らないし、彼が接触してきた様々なドラマの詳細など知る由もない。

 だが恐怖という感情は理解できる。

 他者を拒み、ある時は妬み、そして強く突き放す。

 それらは恐怖から来る行為だった。


「カイトさんもそうだった」

『彼が?』


 エミリアは脱走の後のチームメイトの事情を知らない。

 道中でカイトが仲直りをし、ひとりの少年の為に命をかけたなど、昔のことしか知らない彼女には想像がつかないだろう。

 そもそも彼とこの少年がつるんでいること自体、どういう事情なのかと想像していたのだ。


「あの人、チームメイトに土下座したよ。許してほしいって言って」

『ええっ!?』


 その行為は、エミリアにとって衝撃以外の何物でもなかった。

 あの唯我独尊を素でいく神鷹カイトが、土下座をして許しを請うたというのだ。

 もう随分と昔の話とはいえ、想像ができない。


『う、嘘。あのカイトが謝ったっていうの!? あの超がつくほど他人に無関心なカイトが!』

「アンタその無関心野郎に告白したんだよね!?」


 どこに惹かれたのだと改めて問いたい気持ちになった。

 正直、顔だけ見ればまだあり得るかもしれないが、本人の性格を知っているのならあり得ないとしか言いようがない。


『……そう、彼が』


 程々時間が経過し、エミリアは落ち着きを取り戻す。


『背伸びしてただけだったのに、何時の間にか中身も大人になってたかぁ』

「……本当に告ったんだよな、あんた」

『大人になったら色々と落ち着くのよ』


 しかし、大人になったエミリアとて思う事がないわけではない。

 今でこそ当時のときめきは失ってしまったが、もしかすると彼が一段とかっこよくなっているのかもしれないと思い始めた。

 ちょっと興味がある。

 だが、会う事は許されない。

 例え彼が求めてくれたとしても、それだけは絶対にできないのだ。


『その話を聞いたら少し楽になったわ。ありがとう』

「そりゃあどうも」


 水槽の中にいるエミリアは未だに目視することができずにいる。

 ただ淡い輝きだけを放ち、気泡をブクブクと鳴らしているだけの何かでしかなかった。


『彼にまた会えたら伝えておいてちょうだい。ごめんって』

「自分でいいなよ、そういうのは」

『本当はそうしたいんだけど、それはできないの』

「どうして。さっきの件なら、俺もフォローするからさ」

『そういうのじゃなくて』


 なんと説明すればいいのか。

 エミリアは自らが置かれた状況を詳しく知っているわけではない。

 ただ、自分が最近よくわからない何かになりつつあるのだけは理解している。

 定期的に投下される『栄養剤』の量も今日は多い。

 たぶん、自分が自分でなくなる時も近いのだろう。

 上手く説明できずに口籠るエミリアの沈黙を断ったのは、スピーカーからの音声だった。


『仲良くしてもらっているようで結構』


 ノイズ混じりに聞こえる男の声。

 スバルはこの声に聴き覚えがある。


「ウィリアムさん」







 ウィリアム・エデンは発進していった鬼の背中を見届けた後、自身のスマートフォンを見下ろす。

 鬼の緊急発進など、彼の計画にはなかったものだ。

 あれを動かすことができるのはゼッペルしかいない。

 考えられる可能性としては、ゼッペルが裏切ったか、負けて呼び出し機を奪われたかのどちらかだろう。

 いずれにせよ、戦う準備が必要だ。

 新生物の方はまだ準備に時間がかかる。

 早める手段がなくもないが、それを使うにはリスクが伴う。

 なるべく本来の手順通りに進めておきたかった。

 だからこそイレギュラーには緊急で用意した戦士をぶつけなければならない。


「蛍石スバル君。悪いが、至急Kブロックに来て出撃してほしい。急いできてくれよ」

『なんかあったの――――』


 抗議したげなスバルの表情が一瞬で真顔になる。

 彼は瞳に光を宿さぬままダッシュし始め、部屋の中から退出していった。


『悪趣味ね』


 残されたエミリアが毒づいた。


『年端もいかない子を使って人質にでもする気かしら』

「まさか。君は知らないだろうが、彼はブレイカーに乗せれば戦果を挙げる子だよ。アトラスも彼に負けた」

『アトラスが?』

「そうだよ。彼がわざわざ用意させた専用機を、彼はサシで倒してみせた」

『……何者なの?』


 少しの間話したが、ちっともそんな風に見えない。

 エミリアの目から見ても、少年はカイトの付き添い以外の何物でもなかった。


「ただの旧人類の少年だよ」


 ウィリアム・エデンの評価は彼の本心だった。

 これまで新人類兵顔負けの戦績を残してきたスバル少年だが、彼の本質はどこまでも平凡である。

 ウィリアムが望むような『英雄像』には程遠く、リバーラ王が求める『優れた人間』とも違う。

 だが、そんな少年が勝利を掴んできたのも事実だった。

 だからこそウィリアムは評価を変えないまま、彼を利用したいと思う。


「ブレイカーが来る。恐らく、彼だ」

『……』


 エミリアの沈黙を受け取り、ウィリアムは不敵に笑う。


「僕は無敵の駒が欲しいと常々考えていた。例えば、チェスや将棋で縦横無尽に動き回って、一回の行動で全ての駒を倒せる存在があったとする。その駒は最強だと思わないか?」

『ルールを逸脱した不正は関心しないわね』

「安心してくれ。これは夢物語じゃない」


 振り返り、残されたブレイカーを見上げる。

 黒と深紅に染められた鋼の肉体。

 その輝きを目の当たりにすると、どんな宝石すら霞んでみえる。


「これが負けるなんてことは万が一にもありえないだろうね。稼働時間に制限が付いているのが問題だけども」

『それに彼を乗せるつもりなの?』

「折角の得意分野なんだ。有効活用しないと、彼の人生も損って奴だ」

『そういう他人を見下した態度、気に入らないわ』

「割と気を使ってるつもりなんだけど」


 人間には得意不得意というものがある。

 長所を活かした仕事に就かせた方が効率がいいのは常識だ。

 蛍石スバルはその辺がはっきりしている少年だった。

 だからこそ彼に与えるべき役割もあっさりと決まる。


「例え鬼が相手でも、このエクシィズにスバル君を乗せればどうしようようもない。ブレイカーでの直接対決で彼に勝てる人間はこの世界に居ない」

『カイトは適応できるわ。反射神経で彼に勝てる奴なんて……』

「甘い」


 エミリアの反論に対し、ウィリアムはちっちっ、と指を振る。


「エクシィズにはとっておきを搭載している。アレがあれば負けることなどありえない」


 我ながら大した自信だと思う。

 だが、現実問題。

 この組み合わせで対決させれば、エクシィズが負ける光景など考えられないのだ。


「なぜなら、あれは――――」


 得意げに語りかけるウィリアムの言葉を轟音が遮る。

 鬼が出撃していった方角から、なにかが格納庫に突撃してきたのだ。


「来たか」


 案外早い到着だ。

 とはいえ、同じ基地内で人間を迎えに行っただけ。

 そんなに時間がかからないのも当然かもしれない。

 ウィリアムは来訪したであろう鬼の姿とパイロットの正体を確認する為、ゆっくりと振り返る。


「む?」


 しかし、そこにいたのはウィリアムの想像するブレイカーではなかった。

 黒で塗装されたボディ。

 赤く輝く右腕。

 背中に背負ったランドセルのような飛行ユニット。

 頭部から伸びる二本の角。

 以前見た時と比べて妙な改造がされているが、間違いない。

 ウィリアムは突如現れたブレイカーの名を静かに呟く。


「獄翼だと……?」


 イルマから回収したという報告は受けている。

 ペルゼニアによって修復され、大破したそれは現在改修中だとも聞いた。

 ゆえにあの機体がここにいてもおかしくない。

 おかしくないが、一体誰が動かしているというのだ。

 動ける新人類はゼッペルとカイトのみ。

 そのふたりも鬼が迎えに行った。

 旧人類も全員催眠にかけている。

 今更獄翼を動かしてこんな場所に突撃してくる奴なんて、誰もいない筈なのだ。


「誰だ!」


 獄翼に向かって訴える。

 こうしている間にも脳は回転しているが、答えが出てくる気配は一向にない。

 誰か見逃した新人類でもいるのかと第三の可能性を考え始めた瞬間、獄翼から声が響く。


『クァ!』

「くぁ?」


 想定外の返事を耳に収め、ウィリアムは苦悩する。

 今のは鳥の鳴き声ではないか。

 しかも、どこかで聞き覚えがある気がする。


「ま、まさか」


 予想をはるかに超える事態。

 その対応に追いつけず、ウィリアムの脳は悲鳴をあげる。

 考えてみてほしい。

 相手は鳥だ。

 手羽先と鉤爪と嘴しかない鳥なのだ。

 それがどうやって獄翼を動かしていると言うのだ。


『クァ、クァー!』


 苦悩するウィリアムを嘲笑うかのようにペンギンは言う。

 では、彼の発言を翻訳してお送りしよう。


『よう、ウィリアム・エデン。ウチの艦長が大分世話になったらしいじゃねぇか』


 コックピット。

 本来ならパイロットが座り、操縦桿を握りしめているメインシートでペンギンが踏ん反り返る。

 右の操縦桿にはフクロウが。

 左の操縦桿にはニワトリがそれぞれ嘴を加えることで獄翼を器用に動かすことに成功していた。

 尚、アヒルは後部座席で周囲の状況を確認している。


『どうした。随分と驚いた顔をしてるじゃねぇか』


 そりゃあそうだ。

 いかに彼らが選ばれたエキスパートとはいえ、ぶっつけ本番で起動兵器を動かすなんて始めての経験なのだ。

 この土壇場で兵器に乗って参戦するなど、想像できるはずがない。


『予想外って感じだな。良い面してるじゃねぇの』


 満足げに見下ろし、ペン蔵は吼える。


『いいか、この世界にはお前の知らない物がある。それは、』


 オウルとチキンハートが同時に操縦桿のスイッチを押下する。

 獄翼の頭部にセットされていたエネルギー機関銃がウィリアムをロックし、一斉に火を噴いた。


『この俺だ!』


 

次回は木曜の朝に更新予定


追記:仕事の都合と体調不良で次回は金曜か土曜に更新とさせてください。


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