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エクシィズ ~超人達の晩餐会~  作者: シエン@ひげ
『対決! 超電磁姉妹編』
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第23話 vsお人形さん遊び

『来いよ。次はお前の相手をしてやる』


 つい数分前にカイトがいったセリフである。彼は今、その発言を撤回したくて仕方がなかった。

 理由はただひとつ。目の前で薄気味悪い笑みを浮かべているエレノアが、その言葉をきっかけにしてやけに馴れ馴れしく接してくるからだ。

 もし彼女に尻尾がついていたら、ちぎれんばかりに振り続けていることだろう。少なくとも、6年前はこんなにニコニコとしていなかった筈だ。


 我ながら失言だった、と反省する。まさかエレノアがここまで理解できない思考の持ち主だとは思わなかった。カイトは知らなかったが、エレノアは彼に対してのみ、常に特殊な反応を示してくるのだ。


「……相手したくなくなったから、帰ってくれませんか」


 試しに懇願してみる。だが、エレノアは満面の笑みで首を横に振った。


「いやだ。最後まで相手してよ。後、貴重な敬語を聞けたから録音していい?」

「帰ってくれ。お願いだミスター、連れて帰ってくれ」

「おお、遂に俺にまで会話の砲丸投げが飛んできたか」


 エレノアの横で佇む黒猫が反応する。ちょっと身体がびくり、と震えたところを見ると、自分に話が飛んでくるとは思わなかったようだ。

 しかし、彼の返答は決まっている。


「悪いな。俺は移動係だから、暴れられたらまず勝てない。だからエレノアの意見を尊重するよ」

「使えないゴミネコめ」

「ありがとう、ミスター。後で気に入った人形をプレゼントしてあげよう」


 両者からそれぞれコメントをもらい、黒猫は再び見物モードへ。ただ、少し涙目になっていた。暴言にはあまり慣れていないらしい。


「と、いうわけだ。素直に私で遊んでくれ」

「お前で?」

「うん。私で」


 私と遊んでくれ、ならまだ理解できるが『で』ときたか。どんな意味があるのかは、深く考えてはいけない気がするので気にしない。


「……仕方がないな」


 諦めたように呟いたと同時、カイトの姿がエレノアの視界から消えた。屋上に新たな足跡が作られ、凄まじい突風がエレノアを襲う。

 それを認めた瞬間、彼女は黒い髪をなびかせた。


「あはっ」


 明確な歓喜の言葉が紡がれる。その時の彼女の表情は妖艶で、無邪気で、どこか無機質で、そして悦が入っていた。恐らく人形が表現できる喜びの表情を全てこの場で晒しだしたのだろう、とカイトは思う。第三者目線で見ていればよく作り込んだな、と感心しているところだ。

 しかし、カイトはこれからそれを破壊する。

 遊ばないと退かないなら、さっさと壊すに限る。それが彼の出した結論だった。


 横薙ぎにくりだされた拳が風を切り裂き、烈風となってエレノアを襲う。爪が彼女の首に突き刺さった。その勢いのまま腕をうずめ、刎ね飛ばす。

 しかし首がなくなった後も彼女の身体はまだ動いていた。首を刎ね落としたと同時、殆ど0距離になったカイトの身体を抱きしめ、その後の離脱を許さない。


「つぅかまえたっ!」


 屋上に転がったエレノアの首がご満悦な表情になる。ずっとこの時を待っていた、とでもいわんばかりにテンションが高い。

 その様子を見たカイトは、思わず一言。


「ぐろい。貰い手なくなるぞ。無理するな、おばさん」

「君が貰ってくれるから問題ない」

「いやだよ」


 全く問題なくない。なんでそんな流れになっているのだ。

 可能であるなら、弁護士を雇って法的に訴えたい。


「そんな事いっちゃって、実は年上が好きなんだろう」

「否定はしないが、人形好きなおばさんはボールゾーンだ」


 いいつつ、カイトは筋肉に力を蓄える。その人間離れした握力で人形の腕を掴み、力任せに切り落さんと強引に腕を振るう。


「……っ!?」


 が、その時である。振るった腕がそのまま下に降ろせない。肩や肘の関節に命じて力任せに動かそうとするが、停止した右腕は全くいうことを聞かなかった。

 カイトの表情が困惑する。それに対し、エレノアはどこか納得したようにいった。


「ふぅーん。成程ね」

「貴様、何をした!?」


 身体が引っ張られる。右腕が見えない腕に捕まったかのような錯覚を覚えつつ、カイトはエレノアを睨む。しかし、当の本人は彼を見透かすように答えた。


「君、目がよく見えてないんだね。よかったら、私が目を提供してあげてもいいけど?」

「ふざけるな! そんな物、必要ない!」


 ばれた。何かしらの体調不良だということは黒猫に看破されていたが、こんなにあっさりと現在の症状を見抜かれるとは思いもしなかった。

 人形の胴体が動きだし、人差し指を天に向ける。その動きに合わせてエレノアも説明をし始めた。


「今はいいかもしれないけど、ふたりの将来を考えるとちょっと不安だろ?」

「何の話だ!」


 苛立ちを隠さす、カイトが怒鳴る。


「皆までいわせるのかい? こういうのは男性の甲斐性の見せどころだって聞いてるから、もう少し女心を理解しておくれ」

「……それなら俺は一生独身でいい」


 別に結婚願望ないし。

 そう口にしつつも、カイトの身体は後方へと引っ張られていく。いつの間にか右腕だけではなく、足まで自由がきいていない状態だった。まるで協力な磁石にでも引っ張られているようである。


「君の視力なら、見えていても不思議ではないと思っていたんだけどね」

「やはり貴様が何かしたのか」

「何をしたのか教えてほしい?」


 エレノアが太陽のような眩しい笑顔で問いかけてくる。多分、何も知らない男がいたら一目惚れしていてもおかしくない程の魅力がそこにはあった。女の笑顔と涙はいつの時代でも凄く強いのだ。人形の首だけども。


「……いや、別に」


 しかし、カイトはやはりエレノアに甘えない。

 それをするくらいなら己の身体を切り取ってエレノアの頭に噛みつく選択をとろうと、彼は決意していた。


「今なら『エレノアお姉ちゃん、僕と一緒に暮らそう』というだけ教えてあげるけど」

「ああ、人形を操っていた糸だろ」

「なんですぐにネタばらしするの!?」


 にやにやと笑っていた表情が一瞬にして曇る。とても残念そうだった。

 実のところ、身体が後ろから引っ張られていることで、ある程度予想はついていた。後方には先程カイトが破壊した人形の残骸が散らばっているだけである。


「人形は微塵切りにしたんだ。後、お前が動かせそうなのは糸しかないだろ」

「ちぇっ、残念だ」


 心底つまらなさそうに生首が口をとがらせる。だが、状況がわかったとしても形勢逆転はかなり難しい状況である。

 そもそも、エレノアの人形のストックは、まだかなりの数が残っている。カイトは特に数えてはいなかったが、1万もの人形を出すのであればこの屋上はいささか狭すぎるのだ。

 同時に、カイトの攻撃方法が基本的に身体を動かすことにあるのが問題だった。


 殴る、蹴る、かみつき、手の爪、足の爪、頭突き、etc


 いずれにせよ、動いて相手を捉えなければ意味をなさない。その動きを止められたらどうしようもないのだ。エレノアなりの対カイト用戦術だった。


「無理やり引き千切ろうとは思わないでね」


 カイトの考えを見透かすように、エレノアはいう。


「その糸もアルマガニウム製なんだ。今は私が丁度いい力加減で締めつけてるけど……あ、やばい。いってて興奮してきたかも」

「口閉じてていいけど。むしろ、是非そうしてくれ」

「いやいや、愛しの君が苦しんでいるなら解説はしてあげないとね。これで君の好感度は私が頂いた」


 本気でいってるとしたら大したもんだな、とカイトは思う。むしろだだ下がりだ。

 苦しめてるのはエレノア本人の筈なのだが。

 そんなカイトの考えを知ってか知らずか、彼女は饒舌に語り始めた。


「例えて言うなら、ピアノ線に絡め取られてると思えばいいよ。無理に引き千切ろうとすれば、糸のエネルギーに振れて君の肉が削がれてもおかしくない」

「忠告どうもありがとう」

「ほ、褒めてくれた! やったよミスター・コメット! 私、生まれてはじめて彼から褒められたよ!」


 嫌味でいった筈なのに、生首が妙にはしゃぎ始めた。黒猫は『ああ、うん。良かったね』と、どうでもよさそうに彼女を見守っていた。どこか可哀そうな人を見る目だった。

 ついでに補足すると、彼女が操る胴体は首がない状態で万歳をしていた。結構動作が細かい。


「うぅ、今日はいい日だなぁ。カイト君に再会できるし、褒められるし」


 挙句の果てに、感極まって目尻に涙がにじみ出ている。カイトから見ても少し可哀そうに思えてきた。不憫すぎて。


「……よくわからん奴だ」

「えへっ」

「かわいくない」


 わざとらしく舌を出すエレノアを一瞥し、カイトはいう。

 人形の顔自体はいいかもしれないが、本人の性格が酷く歪んでいるのが彼にとってマイナスだった。


「でもさ。これ、どうする?」


 エレノアの胴体が動き出す。その両腕を覆う服が破け、灼熱色の熱源が露わになった。素体となった新人類の能力である。


「今の私の人形は、両手の温度が溶岩でできてると思ってくれ。そんな状態で君を欲するあまり抱きしめてしまうと、どうなるだろう」

「……どうなっちゃうだろうな」


 もうマトモに会話する気はさらさらなかった。

 だが、両手がマグマになっているといわれて焦らない筈がない。いかにカイトが再生能力を使おうと、身体が消し炭にされれば再生できる保証はないのだ。


「また強がりいっちゃって。君だって怖いだろう」

「まあ、否定はしない」


 今度は怖がる姿でも見て、それを快楽にしようという算段なのだろうか。

 趣味が悪いが、実際に溶岩が前に迫ってくると考えると完全に否定しきれない。


「だから、助けれくれ」


 それゆえにカイトは助けを求めた。突然放たれた言葉にエレノアも黒猫も困惑するが、ただひとりだけ答える人間がいた。


『了解!』


 カイトの後方。ビルの真正面に透明の膜を張っていた鋼の巨人が姿を現す。全身黒。バランスの整った巨大な人型のロボットは、世間ではこう呼ばれている。


「ブレイカーだと!?」


 黒猫が驚き、エレノアの表情が凍りつく。

 突如として現れた黒いブレイカー――――獄翼は腰に装填しているナイフを引き抜いた。


「俺の背後に突き立ててくれ」

『細かいな! 崩れるけど、ちゃんと帰ってきてよ!』


 コックピットでブレイカーを操縦する少年の声がスピーカー越しで響く。

 その声に合わせるようにして、獄翼は指示通りにナイフを振り下ろした。刃渡り2,3メートルはあるであろう巨大なエッジが屋上をくり抜き、ビルの崩壊を引き起こす。


「ナイス」


 身体の拘束が解けたのを確認した後、カイトは跳躍。器用に獄翼が振り下ろした腕に着地し、ビルの崩壊の巻き添えから脱出する。


「いいタイミングだ。それにしても、本当によく聞こえるな、その耳は」

『ステルスオーラを備えたブレイカーは隠密行動もできるんだよ。だからその分、情報収集能力も高いんだ。それこそ、アンタもよく俺が獄翼を引っ張り出したのに気付いたな』

「隠してた方角から何か飛んでくる気配はしてた」


 割とさらっと出てきた発言に、スバルは『本当かよ』と若干戸惑った。

 だが、別にボケてる訳でもないのは知っているので、それはそれで事実であると受け止めておく。あくまで冷静に。


『あ、そう……というか、アンタ最強の兵だったんだろ? 危なすぎやしないか!?』


 カイトが一瞬黙り込む。結構痛い点を突かれていた。

 ゲイザーとの戦いもそうだが、このエレノアとの戦いも押されていたのは事実である。挙句の果てに、守る筈の少年に助けを求めている始末だ。


「……子守しながらは、疲れるんだ」

『それは何か? 要するに俺のせいだと?』

「ごちゃごちゃやかましい。早く離れるぞ」


 黒猫とエレノアがいた場所を一瞥する。生首と胴体は既に消えており、黒猫はこちらを見上げていた。動物の表情はわからない為、何を考えているかは理解できないが、どことなく勝ち誇っている気がした。


「カイト、逃げ切れると思っているのか!?」

「その為に俺がいる」

『そのアンタが今回も前回もやられてるんだけどね!?』

「うるさい。バファリンさえ飲めばこんな連中、指先ひとつでダウンさせてやる」


 どこまで本気なのかわからない発言をして、カイトは黒猫を見る。

 

「確かに遅れはとった。だが、まともな王国兵が動いてこないところを見るに、お前さえやり過ごせれば勝機はある」


 その言葉は、恐らく事実だろうと黒猫は納得する。

 現に鎧持ちであるゲイザーしかまともに彼と戦えていないし、そのゲイザーとの戦いの後遺症が原因でエレノア相手にも苦戦を強いられていた。

 逆にいえば、囚人であるエレノアを出してようやく捕まえられそうか、といったところまで追い込めているのだ。彼女以上の戦力を用意するとなると、かなりの手間がかかる上に人選も重要になってくる。

 

 だが、今回は既に解決していた。


『カイトさん、いいにくいんだけど』


 獄翼越しでスバルが話しかける。彼はかつてない真剣な口調で、静かにいった。


『アンタの元部下がいる』

「何?」


 直後、ビルからビルへと跳躍してくるふたつの影が現れた。

 一人は顔に鉄のマスクを装着し、長すぎる前髪をなびかせながら弾丸のように近づいてきている。もう一人はローラースケートで勢いよく跳躍し、稲妻のような猛烈なスピードで近づいてきていた。

 お揃いのオレンジ髪のふたりを視界に納めた瞬間、カイトの表情が曇った。


「あいつら……!」


 その表情にどんな感情が隠れているのか、スバルにはわからない。まだ彼に対して疑念があるのは事実だし、彼にとってXXXがどんな物であったのかさえ理解できていない。4年間同じ場所で過ごしても、実は彼のことを殆ど知らないのも同然なのを、スバルはここにきて始めて実感していた。

 ただ、もし叶うのであれば彼女たちの言う『裏切り』が間違いであって欲しいと、少年は強く願っていた。

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