第233話 vs新型ブレイカー
御柳エイジは自身の無力さを痛感していた。
眼前に備え付けられたモニターではクリスタルの嵐から逃げ惑うカイトの姿が映されており、映像を通じてこちらに呼びかけてくる。
『おい、アイツの言ってることは本当か!?』
「……本当だ」
あまりに情けない事実を問われ、エイジは身を震わせた。
彼だけではない。
同じように管制室に閉じ込めれられたシデンとアーガスも同様である。
「全員、殆ど一撃でノックアウトされた。すまねぇ、スバルを取られた」
ゼクティスに続き、ゼッペルにも味わった敗北。
だが、前回と比べると状況が全く違う。
ゼクティスは能力の強大さに埋もれた結果と言えるが、ゼッペルの場合は単純な『喧嘩』で負けたのだ。
XXXとして伸ばしてきた自分の得意分野による敗北である。
それは己の磨いてきた武器が一切通用しない証拠でもあった。
「言い訳になるが、アイツは格が違う」
時間にしてたった数分。
短い時間だが、戦ってみた感想がこれだ。
あまりにも強すぎる。
戦いから離れていた時期があったとはいえ、鍛えてきた新人類とまともに戦ってきた。
王国内では鎧の足止めだってやっている。
その自分たちがこれなのだ。
『お前たちは今どこだ!?』
「たぶん、管制室だ。モニターがずらって並んでやがる」
『ウィリアムを追えるか!?』
「そうしたいのは山々なんだが、あいつのクリスタル漬けにされて全く動けねぇ」
まるで毛布でも被せるかのようにして、水晶が身体に圧し掛かっている。
強烈な熱と圧迫感で潰れてしまいそうなのを堪えるのがやっとだった。
「うう、ん!」
「ぬぅ、なんと美しい水晶か。私の花でも傷がつかないとは……」
単純な力以外で破壊しようとしたシデンとアーガスもお手上げである。
ゼッペルの作り出した水晶は信じられない強度を誇っていた。
彼らからしてみればブレイカーを破壊するよりも重労働である。
結果だけ言ってしまえば、動けるのはカイトだけだった。
『なら、ウィリアムがどこにいるかわかるか!?』
趣向としてエイジたちを管制室に閉じ込めているのなら趣味が悪いとしか言えないのだが、逆に言えばそこにいる彼らならば基地全体を見渡せる筈だ。
カイトの提案を聞き、比較的モニターを見渡せる位置に固定されたエイジが画面を見渡す。
「……いる。格納庫だ!」
幸いにも見知った光景だった。
自分たちが搭乗した戦艦、フィティングが収納された地下格納庫である。
壁に書かれたブロック番号を確認し、エイジは言う。
「場所はKブロック」
『地図と照らし合わせて、ナビできるか!?』
「こっちにマップが表示されてるからできなくもないけど……」
障害物がなければそれも可能だった。
だが、今のワシントン基地の廊下はゼッペルによって無数のオブジェが聳え立っている。
最高の強度を誇る彼の水晶を破壊しなければ先には進めない。
「それに、Kブロックに行くためにはゼッペルの向こう側を超える必要がある」
最大の障壁だ。
時間稼ぎが目的だとは分かりつつも、どうしても足踏みしてしまう。
『わかった』
カイトは状況を簡単に確認すると、別の質問を投げた。
『アキナとエミリアはそっちから見えるか?』
各々の状況とウィリアムから聞いた話を照らしあわせると、ここにはヘリオンとアトラス以外のXXX全員が集合しているように思える。
アキナは気性が荒く、少々乱暴なのが傷だがゼクティス戦のことを思えばこちらに協力してくれる気がした。
「アキナはこっちから見えるぜ」
エイジが僅かに首を捻る。
真田アキナは、彼らと同じ場所で拘束されていた。
エイジたちと全く同じ方法で、だ。
ゼクティス戦の見事な再現である。
「だが、こいつもクリスタル漬けにされてて動けない。というか、まだ眠ってる」
『じゃあ戦力としては期待できそうにないな』
本人が聞けば激怒したであろうぼやきを口にし、カイトは俯く。
ハッキリ言って状況はよろしくない。
スバルはウィリアムの術中に嵌り、頼みの綱のエイジたちは既に全滅。
挙句の果てにゼッペルを突破しなければ標的に接触できない。
こちらの戦力はカイトとその中にいるエレノアのみ。
イルマ・クリムゾンは直前のやり取りの手前、協力してくれるとは思えない。
元チームメイトのエミリア・ギルダーも行方知れず。
戦艦フィティングに連絡を入れる手もあるが、スコットはウィリアムが用意した人材だ。
催眠に陥っている人間に頼ってもどうしようもない。
『いや、待て』
「あれ、ちょっと待てよ」
そこまで考えた瞬間、ふたりは同時にある発想に至った。
人間に頼れない状況なら『鳥類』に頼めばいいのではないか、と。
「ねえ、まさか」
後ろからシデンが訝しげな視線を送ってくる。
「まさかと思うけど、あの猛禽類たちにお願いする気!?」
「んな事言っても、もう頼るところはねぇぞ!」
戦艦、フィティングのクルーはアルマガニウムの影響を受けて知能が発達した鳥軍団である。
通信担当のダック・ケルベロス。
操舵士、オウル・パニッシャー。
整備の匠、本田ペン蔵。
砲撃のトサカ野郎、チキンハート・サンサーラ。
その他にも大勢いるが、彼らはあくまでフィティングを私的に動かす為に用意されたクルーだ。
しかし、どれだけ頭がよくて優秀だろうが鳥は鳥。
ウィリアムの催眠は旧人類限定であり、動物には効果がないのだ。
『連中は言いつけを守る優秀なクルーだ。俺たちの言語も理解できる』
「美しい鳥さんだ」
あまり交流がないアーガスとしては、既にカイト達が認めている時点で文句を言うつもりはない。
彼らがそこまで言う猛禽類なのだから、本当に優秀なのだろう。
懸念点があるとすれば、彼らの立ち位置。
「しかし、彼らも旧人類連合のクルー。簡単にエデン君を裏切るような真似をするだろうか」
『自分たちが食われるかもしれない状況で、裏切りもクソもあるか』
それが決め手だった。
不安そうな表情のシデンも、一旦は頷く。
他に選択の余地などない。
「でも、ゼッペルはどうするの」
あの愉快な猛禽類たちにウィリアムの行動阻止やスバルの探索を任せるのはいいとして、だ。
最大の障壁が構えている事実には変わりない。
「ペン蔵さん達でアイツに勝てるとは思えないんだけど」
『俺がやる』
簡単な返答だった。
だが、その答え自体は最初から予想できた物である。
今、戦えるのはカイトとエレノアだけなのだ。
ゼッペルが戦いのエキスパートであるなら、同じように戦える人物が打ち崩さなければならない。
フィティングのクルーは元々非戦闘要員なのだ。
「一度手合せしたらしいな。勝てるのか?」
エイジが問う。
正直に感想を述べれば、相手は格上だ。
幼い頃はカイトもずば抜けた実力だったが、当時と今では話が違う。
相手は正真正銘、旧人類連合が新人類を駆逐する為に準備した鬼だ。
新人類王国の鎧なんか話にならない。
「俺は始めてだよ。鎧が赤子に思えるなんてな」
もしかしたら鎧や優れた新人類が多人数でかかればまだ可能性があるかもしれない。
だがカイトはひとりだ。
エレノアが纏わりついているとはいえ、彼女の活動範囲も周辺5メートルが限界。
超高速戦闘を得意とするカイトとの相性は最悪だった。
事実上、ひとりでの戦闘になる可能性が大きい。
『だが、やるしかないだろう』
幸いにもゼッペルはカイトを標的にしている。
背を向けた事で不機嫌になっているかもしれないが、残る戦闘要員がカイトだけである以上、標的にせざるを得ないのだ。
『なんとか上手くやるしかない。それだけだ』
それだけ言うと、カイトの姿を映していた監視カメラの映像が途切れた。
ゼッペルのクリスタル。
その矛先がレンズを貫いたのだ。
話が纏まったところで、今の課題を簡単に列挙していこう。
一旦ゼッペルのクリスタルが止んだのを確認すると、カイトは身を潜める。
担いでいたイルマを降ろし、思考を働かせた。
「ゼッペル撃破、猛禽類たちへの応援要請、ウィリアムの阻止、スバルの行方、可能ならエミリアも……」
頭痛がしそうな勢いだ。
一番の課題はウィリアムなのだが、これをなんとかするにはゼッペルの足止めがいる。
恐らくは彼も時間稼ぎに用意されたのだろうが、戦闘ジャンキーの気質がある彼が素直に従うとは思えない。
「……確認したいことがある」
横でぐったりとしているイルマに声をかける。
彼女は僅かに視線を動かし、彼の問いかけに答えた。
「なんでしょう」
「ウィリアムはどうしてスバルを狙った。ブレイカーに乗せるのまではわかったが、ゼッペルじゃダメなのか」
「ダメなのでしょう」
意外にもイルマは包み隠さず話してくれた。
負けたことによってウィリアム側につく意思も無くなったのかわからないが、ありがたい話ではある。
「あの方は鬼に並ぶブレイカーを用意したいと考えていたようです。ゼッペルにはそのまま鬼を。新型にはボスを乗せたいと考えていました」
「俺を?」
「はい。新人類の中でも随一の肉体強度と反射神経を持つボスなら、中にいるパイロットへの負担が激しいアレに乗せられると判断したらしいです」
「そんなに危険な物なのか」
「試験運用の段階ですが、パイロットが重症で運ばれたそうです。コックピットにかかるGに肉体が耐えられなかったのでしょう」
なるほど、確かにそれなら自分が抜擢される理由もわかる。
だが、結果としてウィリアムが選んだのはカイトではなくスバルだった。
「アイツも高速戦闘が得意だが、あくまで獄翼やダークストーカーレベルだ。連合のパイロットがそんな有様で、アイツが乗れるとは思えん」
「ウィリアム様は形に拘るお方です。旧人類でありながら女王ペルゼニアを倒した彼をなんとかして使おうと思っているのでしょう。催眠を使えば一時的に肉体の強度は上がり、少しの間は持つはずです」
言っていることはわかる。
理解できるが、催眠で暗示をかけたとしてもスバル本人の身体はそこまで頑丈ではない。
数分程度ならいいかもしれないが、長時間の戦闘になれば身体が潰れて死んでしまう。
「スバルを偶像に使う気か……それとも、新人類王国への挑発か」
「恐らく、両方でしょう」
イルマも実際に本物が試験運用された様子を見たわけではない。
だが聞いた限りのスペックを想定するに、鬼に勝るとも劣らない破天荒ぶりが予想できる。
「もしあの新型に彼が乗り、数分間全力で戦えば一般的なブレイカーはほぼ駆逐できるかと思います。ボスの知っている中で言えば、天動神レベルと言えば想像できるかもしれません」
「あれを駆逐するだと」
アキハバラと王国で現れた高出力ブレイカーの姿を思い出す。
今でもカイトの中では火力トップクラスなのだが、あのブレイカーを駆逐できる性能だと言うのか。
「新型の最大の強みは攻撃力の高さと速度にあります。防御能力はそこまで優秀ではありませんが、彼の相性を考えれば特化すべきと考えられたのでしょう」
「特化され過ぎだ」
あまりに性能が尖がりすぎて、中のパイロットを殺しかねない。
それに乗せるのはマズイ。
「それはどこにある」
「Kブロックの格納庫です」
丁度、ウィリアムがいる場所だ。
新生物も合わせて最終確認でもする気なのだろうか。
「新生物は」
「同じくKブロック格納庫。その近くにある研究室で眠っています。彼がいるとすればそのどちらかではないかと」
「なるほど」
いずれにせよKブロックに到達しなければ話は始まらない。
予定通り、フィティングに連絡をれて猛禽類たちに強力してもらった方が良さそうだ。
カイトはポケットから無線を取り出すと、フィティングに連絡を入れる。
「……もうひとつ聞いていいか」
「なんなりと。拾ってもらった身ですから」
「新型の名前は?」
一旦の間を置き、イルマはゆっくりとその名を紡ぐ。
「エクシィズです」
お仕事の事情で今週は更新が厳しいかもです。
一応目安的には水曜か木曜の朝に更新できればいい方だと考えていますが、3連休でやっとあげられるかも。
(追記)
次回更新は金曜日か土曜日の朝を予定。




