第22話 vsお人形さん包囲網と101回目のラブコール
腕が刃になっただけの人形が一斉に飛びかかってくる。
カイトは無数に降り注いでくる人形を躱すと、一気に距離を詰めて1体ずつ手刀を突き刺していった。
「……そんな悠長に構えてていいのかな?」
様子を眺めているエレノアが笑みを浮かべて言う。
ソレと同時、カイトの足元に穴が開いた。その穴の中から人形の手が伸び、カイトの足を掴む。
「げっ!?」
穴の中から女の人形が怪しく蠢く。
これでは蟻の巣から這い出てくる兵隊アリだ。どれも顔やボディのデザインは秀逸とは言え、群がられている上に全員笑っているのだから気味が悪い。
「1万の兵といったね。ごめん、もっといるかも」
全く悪びれた様子も無く、エレノアは言った。
穴から這い出てきた人形がカイトに飛びつき、手足を絡ませてホールドする。俗にいう『だいしゅきホールド』がこれに近い形だが、羨ましいと思える要素が全く無い。少なくともカイトにとっては、だが。
「こいつら!」
振り解く為に力を入れ、抱き着いてきた人形との間に隙間を作る。
その隙間を通じて腕を引き抜き、人形の頭に手刀を突き刺した。
「中々疲れるだろう。私の人形たちは」
「いい素材使ってるのは認めてやる!」
眩暈がするのも相まって厄介なのが、人形たち1体1体の堅さだった。何度かやりあってみて確信したが、恐らくアルマガニウムの爪でないと彼女達を破壊することができない。蹴りを食らわせても、ケロリとしている。同じ人形でも、蹴り一発で大破したバトルロイドとは雲泥の差だった。
「こう見えても素材には拘るんだ。君もアルマガニウムの大樹の話は聞いたことがあるだろう」
「実際に見たことは無いがな」
「君が抜けた後、その大樹を有する国が新人類軍の手に堕ちてね。ちょっと素材を使わせてもらう事にしたんだ」
聞いただけで面倒くさそうな木材だ。巨大ロボットも作れるエネルギーを発し続けるアルマガニウム。それの大樹。エレノアの人形はそのトンデモ木材をふんだんに使用した特別製なのだ。
通常の石の欠片しか使っていないバトルロイドに比べて、遥かに可能性の大きい人形であることにも納得する。
「だが、よく王国が許可したもんだ。アレは確か、完全に処理できないから王国も所有物にするのを諦めたとニュースで聞いたぞ」
「勿論、勝手に使ったのさ。それで今は囚人になったんだけどね」
それでか。カイトは静かに納得しつつも、人形の群れに視線を向ける。
それにしたって多すぎる。確かその国が王国に屈したのは3年前の筈だ。たった3年間で1万以上の人形を作り上げ、それを全て操作する技術があるというのか。
「新人類は、やろうと思えばどんどん特技を特化できる。別に驚くこともないよ」
カイトの考えを見透かしたかのようにエレノアが補足し始めるが、それにしたって特化し過ぎである。
人形の制作技術とその操作にどれだけの人生を賭けたのだろうか。少なくともカイトは真似できるとは思わなかった。
「結構暇な人生を送ってるな」
「その人形をぶっ壊してる君に言われるのも心外だね」
エレノアはやや不快そうな表情を浮かべ、カイトと戯れる人形たちを見る。実をいえば、相当な赤字なのだ。彼を倒す為にかなりの数の人形を投入している。その人形一つ一つは決して安易に作れるものではない。いずれも貴重なアルマガニウムと『貴重なモデル』を素材にした大事な人形である。特に後者は唯一無二の存在である以上、2度と作れる代物ではないのだ。
本来なら、牢屋に入っている時間を削ってもらえる、という条件で出すような量ではない。しかし、そんな貴重な人形を出し惜しみせずに使うのには、それ相応の理由があった。
「とにかく、なんでもいいからさっさと捕まって私の物になっておくれよ!」
「いやだ」
10年以上前と同じラブコールが送られ、拒否される。
エレノアはくすり、と笑う。その笑顔は子供のように純粋で無邪気だった。
「いいねぇ。変わらないなぁ。成長したんだろうなぁ。益々欲しいな、その身体」
エレノアは文字通り、彼の肉体を欲していた。
彼が子供の頃から鍛え上げたズバ抜けた身体能力と再生能力に目をつけており、交渉を行ってきた。だが、保護者のエリーゼは勿論、本人にもフラれ続けている。これで100連敗はいったんじゃないかな、と彼女は思う。
「懲りないな、お前も」
人形を組み伏し、次に襲い掛かってくる人形を抉りながらもカイトはエレノアを睨む。彼は一途なのだ。身体目当ての女に靡くほどチョロくは無いのである。
「……!」
しかし、それも強がりになりつつある。
視界が安定しない。襲い掛かってくる人形が分裂し始め、正確に何処を狙ってくるのか掴めなくなりつつある。
「ちっ!」
空を切り裂きながら接近する気配を頼りに、人形を切り裂いていく。
しかし叩き斬られた人形は、身体を切り裂かれても糸がある限り何度でも立ち上がってカイトに襲い掛かる。アメーバでも相手にしている気分だった。
「……仕方がないな」
「ん?」
周囲360度を、人形に囲まれる。
ある人形は手に刃物を構え、ある人形は銃を構える。あるいは何も構えずに不思議な動きを続けている者さえいた。そんな中、エレノアとミスター・コメットは目が点になった。
カイトが靴を脱ぎ始めたのである。ご丁寧に、靴下まで脱ぎ始める。
「何だ、それを私にプレゼントしてくれるのかい? 本命の異性からだなんて緊張しちゃうな」
「何でクネクネし始めるんだお前」
横で黒猫が半目でいう。結構危ない発言も多いが、エレノアは男性経験が殆ど0に近いようである。
これだけ人形作りに没頭してたらそれも納得できるのだが、それにしたって照れ過ぎだろう。赤面までしてる。
「誰がやるか。買ったばかりなんだぞコレ」
革靴を履き捨て、カイトは言う。
履きなれない靴は、無茶な動きには窮屈だった。ちょっとだけ足にダメージがくる。
「それじゃあ、裸足を見せてくれるの? 出来れば自分の手で掴んでみたいんだけどな」
「今日はよく晴れてるな」
エレノアの発言を無視して、カイトは空を見上げる。
太陽がやけに屋上を照らしていた。さんさんと照り輝く、とはこのことだろう。
「ところで、お前等。晴れた日は外に出て遊びなさいといわれたことがあるか?」
「ないよ。家族公認引き籠りだったんでね」
「寂しいカミングアウトありがとう」
「それで、どうかした?」
「外に出て遊ぶのは別にかまわんのだが、ある時期からひとりになりたいと思うことが多くなってな。靴がダメになるまで走り回るのが、ちょっとしたマイブームだった時期がある」
コイツも寂しい奴だな、と黒猫は思う。
「ただ。靴がダメになると走り辛いんだ。給料からも引かれるし」
だが、カイトは不敵な笑みを浮かべ続けていた。
「実は俺、そんな事情で裸足の方が良く走れたりする」
「何?」
直後、風が吹いた。竜巻のような突風がカイトの周囲を包み、彼の周辺360度に爆散した。強烈な烈風がエレノアと黒猫を襲う。
「くっ!」
「うわ!?」
思わず吹っ飛ばされそうになるのを堪えながら、ふたりは屋上で持ち応える。まるで台風だ。人間の巻き起こす天然災害である。
「……げっ!?」
そんな中、エレノアは見た。
風に飛ばされ、人形の残骸が宙を舞っている。1体や2体どころではない。彼の周辺を囲んでいたであろう人形たちの全てが、胴体と頭部、四肢の全てを切り裂かれて宙に舞っていたのである。
「なんだ!? 何があった!」
強風に襲われながらも、黒猫は叫ぶ。彼は何が起こったのか理解していなかった。常識で考えられない男だとは理解していたが、それにしたって限度があるだろう。
「1万か、それ以上っていったな」
突風の勢いが収まっていくのに比例して、カイトの動きが止まる。
それを見た瞬間、エレノアは理解した。先程の突風は彼が走って起こったものだということに、だ。屋上には砂場の様に彼の足跡が残っていた。所々、穴も開いている。踏込の強さに耐えられなかったコンクリートの馴れの果てだった。
呆れた足腰の強さと脚力に呆然としながらも、次の言葉を聞く。
「幾つでも相手してやるよ。10万でも、100万でも、1億でも、1兆でも。全部ぶっ壊す」
腕を組み、その場で佇んでいる。
周囲を囲んでいる筈の人形は、全て木材のゴミと化していた。
「……あまり体調不良に期待しすぎない方が良さそうだねぇ」
「例え意識を失っても最後まで戦う自信があるよ。身体が覚えている」
右手を彼女達に向け、ちょいちょい、と手招きして見せる。
「来いよ。次はお前の相手をしてやる」
「ダンスのお誘いとは嬉しいね」
「やめろ」
呆れた表情をしながらも、エレノアは嬉しそうだ。何が楽しいのかはわからない。だが、その態度に酷く寒気がすることは確かだ。
ハッキリいうと、カイトはエレノアが嫌いである。人形を作っているというのがまず不気味だし、身体をよこせというのも不気味だ。大体、よこせと言われて『はい、どうぞ』といえるような代物ではない。
「つれないなぁ。いいじゃないか、たまには私に合わせてくれても」
「黙れ。俺はお前が嫌いだ」
このやり取りも今日だけで何度やっているか覚えていない。実際は数回程度なのだが、それだけでも彼にとっては長い年月をかけて積み上げてきた嫌な思い出に等しい。10年以上前から同じことを言われ続ければ、尚更だろう。
しかし、このようにハッキリと拒絶の意を示してもエレノアはニコニコと笑っている。何がそんなにおかしいのか。同じ動作しかできない人形の様に、10年前と変わらない笑顔を送り続けてくる。
「私は君が好きだよ」
「身体目当てのおばさんのラブコールは嬉しくない、と毎回もいってきた筈だが」
「でも、好きなんだからしょうがないでしょ?」
曰く、一目惚れだったらしい。王国内でも希有な再生能力を保持しながらも、回避や防御に優れる特化された肉体。彼女にとって、それは価値のある素体以外の何者でもなかった。もっとも、それを説明したところでカイトは理解をしなければ、する気すらなかったのだが。
「せめてなぁ。エリーゼが納得してくれればね」
「黙れ」
その名前が出た瞬間、カイトの顔色が変わったのをエレノアは見逃さなかった。酷く歪んでいる。彼の視線が『黙ってないとぶっ殺すぞ』と語っているのが手に取るようにわかった。
「どうした。君は彼女が大好きだったろう。私も嫉妬してたんだ」
「うるさい」
「君は何をするにしても彼女から離れなかった。こういうのを金魚の糞っていうらしいけど、ちょっと汚い例えだと思わない?」
「黙れといっているっ!」
カイトが威嚇するように吼える。しかし、エレノアは全く恐れる様子も無く、ただ楽しそうに笑っていた。彼女はカイトが怒る表情を見たことが無かった。新たな一面を垣間見れたことに、歓喜の笑みを隠せない。
「何がおかしい!」
「いや、ごめん。気を悪くしたなら謝るよ」
全然そんな風には見えない上に、エレノアは笑みを止めなかった。隣にいる味方の黒猫も、真正面から苛立ちを隠さないカイトも、何が彼女をそこまで楽しませているのか理解できずにいた。
エレノア・ガーリッシュは己の肉体を不要とする新人類だった。彼女の意思は肉体から離れ、アルマガニウムのエネルギーを発するあらゆる物に寄生することができる。そのホラーチックな能力から、彼女の力は『憑依』と呼ばれた。
人間の肉体は何時か滅ぶ物である。年を取れば身体もそれに比例して朽ち果てていくし、酸をかければ大火傷を負う。そんな身体に縛られる事をエレノアは嫌ったのだ。それならば、自分の満足する肉体で一生を過ごしたい。それが彼女の願いだった。
満足する肉体として目に留まったのがカイトである。彼の肉体は傷ついても修復し、運動も苦ではない。自分が持っていない物を持った、宝箱のような素材だった。
彼が欲しい、と強く思った。
それから彼女は、ラブコールを送り続けた。
自分の身体は人形の素体とする為に弄ってしまったから、話す時は何時も人形を使っていた。会話するという行為においてそれは無礼なのではと思いつつも、彼女は出来栄えのいい人形で少年を迎える選択肢しかなかったのだ。人形の方が顔も綺麗だし、不出来な自分を見てマイナスイメージを持たれるよりもこちらの方がマシだと考えたのである。
そんな彼女にとって、今のこの時間は至福だった。6年前、カイトが死亡したと聞いた時は非常に悲しんだ物である。人形作りに精が出ない1ヶ月間、延々と彼が来客した時の事を思い出していた。
これが恋か、と最初は思った。
彼女が欲しかったのはカイトの身体だ。それが何時の間にか彼個人まで入っているのには驚いたが、どちらかと言えばマトモに話してくれる『知り合い』を求めていたに過ぎない事に気付いたのである。
今も変わりはしないが、彼は思った事を素直に口に出す少年だ。この世に生を受けて何十年経ったか覚えていないが、魂だけになって延々と人形を作り続ける自分にとって、少年はマトモに喋れる間柄の知り合いだった。
ぶっちゃけた話をすると、一緒に居たいとは思うけど結婚したいとまでは思わない。彼女の望みは、彼の身体を手に入れたうえで、彼の意思と共存する事だった。
「君が怒ったのを見るのは、初めてだね」
「貴様がそうさせてるんだろう」
「まぁね」
こうして相対し、今まで無関心な表情しか向けてこなかった宝物が始めて見せた怒り、挑発、そして明確な敵意。それらが自分に向けられたと思うと、人形の中に宿るエレノアの魂が歓喜した。
「こうしてると、なんか気を許し合った友達みたいだね。私、友達いないから嬉しいなぁ」
「ふざけるな」
「その通りだ」
カイトどころか、黒猫まで訝しげな視線を送ってきた。
ちょっと興奮を覚えた辺り、自分は少し危ない性癖を持っているのではないかと思う。
「何を考えてるんだ、エレノア。彼を殺すのがお前の仕事だ。物量も通用しなかった以上、逃げた方が得策ではないのか?」
「いやいや、そんなことはないよ」
手を横に振り、にこにこと受け答えする。
確かに当初のプランでは万の人形で彼を包囲し、物量で捕まえてしまうつもりだった。後は黒猫印の空間転移術で自分の工房にでも移動すれば全てが丸く収まる。
しかし、そう上手くいくとは思っていない。最初から赤字覚悟でここにいる。それだけ彼との触れ合いを楽しみにしてきたのだ。
「だって、私は最初からサシでやるつもりだもの」
「何だと?」
エレノアの指から銀の光が走る。それがカイトによってバラバラにされた人形に繋がっている糸なのは、誰の目から見ても明らかだった。
「ごめんね、ミスター。実を言うと、彼を倒す気はあっても殺す気は無いんだよ」
数歩前に出る。彼女の姿勢は最初から変わらない。
当初の目的を果たす為に、彼女は1対1の戦いをカイトに臨む。
「久しぶりの外出だから、ちょっと張り切って準備運動してみたんだ。付きあわせてごめんね」
「どっちにいってるんだ、それは」
「両方だよ」
悪びれた様子も見せず、エレノアはいう。可能であれば彼に好みの人形を見つけてもらい、それに憑依しようと思ったのだが、ああも躊躇いなくバラバラにされてはそれも叶いそうもない。
「……何が狙いだ」
「簡単だよ。というか、君にはわかってほしいんだけどな」
ちょっと頬を膨らませて、不機嫌をアピールしてからエレノアは宣言する。
「私と思いっきり遊ぼう、カイト君! 昔は私が一方的に話してたけど、今日はお互いフェアで行こうじゃないか。再会を祝して、お友達になろう」
「帰れ」
101回目のラブコールは、取り付く暇も無く惨敗した。




