第20話 vs黒猫と囚人と勧誘話
手早くブレイカーのコックピットに荷物を仕舞ったカイトは、再びシンジュクの街へと戻ってきていた。この時、時刻は午後三時。スバルと別れてから30分程経過していた。
「……さて」
大使館の時と同じようにスバルの匂いを辿って探そうかと思っていたが、彼はそれをしなかった。どうにも先程から誰かの視線を感じる。しかも敵意をひしひしと感じた。彼はそういう所には敏感に反応するのである。
「…………」
一旦、沈黙。
その後、静かに視線のする方向へと向かって睨みつけてみる。威嚇だった。
すると、ビルとビルの隙間から小さな黒い影が飛び出してきた。黒猫である。首輪もつけていない小さな猫は、傍から見れば野生の子かと思われがちだが、それは大きな間違いだと彼は知っていた。
「ミスター・コメット」
「覚えていたか。大きくなったな、XXXリーダー」
喋る黒猫(実際は人間らしいが、その姿は見たことが無い)がカイトに向かって返答する。実に6年振りの対面だった。昔は彼に連れられ、色んな戦いの場に招待された物である。
しかし、昔を懐かしんでいる場合ではない。
様々な戦士たちの移動を一身に担うこの男がいるという事は、誰がこの街に来てもおかしくない事を意味するのだ。
「元だよ。今では代わりのリーダーか、チームが解散されてるかだろ?」
「残念だが、XXXは今でも残ってる上にリーダーは名義上、君のままさ」
「意外だな。逃亡した奴にリーダー任せたまんまとは」
「彼等の強い希望だよ。それが通る辺り、王も適当だがね。今は一人かい? 旧人類の少年と行動していると聞いたが」
「さあ。どこかでブレイカーを構えてるかもしれないぞ」
黒猫はあくまでカイトしか見つけていないようだった。
スバルがゲームセンターで『大事な儀式』を行っていることなど知る由も無いようである。
「まあ、いい。君しかいないのなら、それで構わん」
「俺に用か?」
「勿論だ。用も無く日本に来るわけがないだろう」
黒猫はそう言うと、数歩カイトの元へと歩み寄った。
「君を倒せと、王子はご命令だ」
「王ではなく、王子か」
その言葉の意味を、カイトは理解している。新人類王国はなるべくリバーラにカイト達の存在を知らせたくないのだ。恐らく、大使館で鎧持ちを出したのも王子の判断だろう。中々豪快な命令を出すな、とカイトは思う。
「嫌でもニュースになると思うが、誤魔化せるのか?」
「王に届かなければ問題ないよ。彼は興味を待たなければ面倒な事を言わない」
「そりゃ、こもっともで」
リバーラ王の気まぐれすぎる性格はカイトも知っていた。XXXは王自らの提案で発足したチームだけあって、何度か会った事もある。その度に無理難題を言われて、雑技団のような扱いを受けたものだ。
「王に知られれば、何を言ってくるか分からんからね。この大敗北は」
「お前等にとって敗北になったか。このシンジュクは」
「勿論だ。君は知らないだろうが、日本国内の反王国派がこれを機に動いて来ている。新人類軍もその対応に追われて、日本に向かっている」
「どうでもいいが、それを俺に教えていいのか?」
「君はそれとは別の理由で動いているだろう」
「確かに」
否定する要素は無いので、素直に頷く。
黒猫はそれを見て『コイツ天然だな』と思っていた。
「で、ミスター。お前が俺を壊すのか?」
「まさか」
黒猫は首を横に振る。何かで聞いたが、猫と人間を檻に入れて戦う場合、人間は日本刀を所持していないと互角の勝負にはなりえないのだそうだ。
しかし、相手は日本刀よりも鋭い爪を持っており、動きも猫以上だと黒猫は認識していた。フェアじゃない戦いにしかならない。
「君を倒す場合、相応の怪物を用意しなきゃならない」
「ゴジラでも用意したか?」
「この大都市で大暴れする要素を出す気はないよ」
黒猫はただでさえ麻痺している交通都市を、これ以上崩壊させるつもりは無かった。寧ろそれを危惧している。
可能であればシンジュクから離れた場所で見つける事を期待していたが、それが叶わなかった以上、彼を前にして何をしでかすか分からないシルヴェリア姉妹に頼るのは諦めた方がいいと判断した。
「だから、君を静かに倒せる囚人に来ていただいた」
直後、黒猫の背後から無数の銀色の線が伸びる。
それを視界に入れたと同時、カイトは飛び退いた。殆ど反射的に行動していた。
「ちぃっ!」
囚人、という言葉にカイトは舌打ちする。
新人類王国の囚人はカイトが知る限り手強い者が多い。その強さのベクトルは人それぞれだが、才能が特化された集団の中で悪さを働き、脅威と認識されて捕えられる程の連中なのだ。間違いなくその辺の新人類兵よりも面倒である、と確信する。
「仕方がない。来い!」
黒猫と、伸びてくる銀色の線に向かってカイトは言う。
不本意だが、黒猫の言う通り場所を変えなければ戦うのは難しそうだ。少なくとも、今頃ゲームセンターで戦っているであろう少年を迎えに行く余裕は無かった。
ゲームセンターでの私闘を制したスバルは、姉妹に誘われてカフェに移動していた。これで引退するわけだが、最後のデスマスクとの一戦は中々緊張感があったとスバルは思う。後一回でも彼女にコンボを決められていれば、敗北しただろう。
自分の引退試合はこれで悪くない、と思っていた。
『はぁ……』
当のデスマスクは、機械音声で溜息をついていた。
今時の機械ってこんなことができるんだな、と呑気に思う。
「しかし、何で二人がシンジュクに? 普段は新人類王国で学生をしてるって聞いてたけど」
運ばれてきたココアを口に付け、二人に質問する。
姉の方はまだ敗北のショックから立ち直っておらず、答えられる状態ではなかったので妹が説明をし始めた。
「あーっと、何ていえばいいんでしょうね……アルバイトみたいな」
「アルバイトで国境越えちゃうんだ!?」
凄まじいアルバイトだ。学生に国を超えさせるなんて田舎じゃ考えられない。
勿論、それもアウラが今考えた大嘘なのだが、新人類王国の内部に疎いスバルはそれが本当だと信じてしまった。
「それで、仮面狼さん引退の記事を見た姉さんがゲーセン回って探してみようって」
「すげーな……色んな意味で」
そこまで聞くと、空いた口が塞がらなかった。
どこのゲームセンターで引退試合をするか書いているわけでもないのに、それを探すか普通。
結局見つかってしまったので、結果オーライではあるのだが。
「そういえばさっきから気になってたんだけど、妹さんは何でローラースケート履いてるの?」
「これが仕事着なんです」
「ローラースケートが?」
「はい」
益々もって何のアルバイトなんだろう、とスバルは首を傾げる。
その頭の上にハテナマークが飛び出しているのが姉妹の目から見ても明らかだった。結構わかりやすい。
「まあ、私達の事は良いです。仮面狼さんはどうするつもりなんですか?」
「俺は……ブログに書いた通りだよ」
記事には学校を中退して父の仕事を引き継ぐと書いたが、これも大嘘である。
実際はこれからカイトと合流して、海外へ逃亡するつもりだ。
倒れた父は、既に他界している。
『……師匠』
そこで、ようやく敗北のショックから現実に帰還したカノンが顔を上げてきた。
『もしよろしければ、私の貯金を使ってください』
「え!?」
目の前に通帳を差し出される。
しかし、一般的に考えて一人の人間が持つには貴重品過ぎる。スバルはそれを本人へ押し戻した。
「いやいやいや! 受け取れないよそんなの!」
『じゃあ、何が必要ですか!? クレカですか!?』
「益々受け取れねーよ! というか、何でそんな未成年が作れなさそうなの持ってるんだよ!?」
「姉さん、落ち着いて!」
今にも暴れだしかねない姉を押さえつけ、妹は再び席に座る。
弟子の意外なテンションの高さを知り、スバルは呆気にとられていた。
「すみません、姉さんが正気ではなくて」
「あ、これ素じゃないんだ」
「多分、仮面狼さんか……あの人が関わらないと、こうはならないです」
言い辛そうに呟いた後、アウラはパフェをスプーンで削ぎ始める。
芸術品のように積み上げられたクリームやチョコレートが呆気なく崩され、彼女の口へと運ばれていった。傍から見ると結構豪快である。
「俺、そんな大層なことしてないけど」
『そんな事はありません!』
ばしん、とテーブルを叩き、カノンが立ち上がる。
長すぎる前髪が揺れ、少しだけ瞳が見えた。海のように深い青の双眸が涙で潤っている。
『師匠は旧人類という立場でも、新人類の名のあるプレイヤーを相手に頑張ってきたのを私は知っています! 動画も全部保存してますから!』
「は、はあ……」
『貴方が先陣を切って活躍したお陰で、今のブレイカーズ・オンラインがあるんです! 旧人類のプレイヤー層も取り込めたことが、どれだけ会社に感謝されているか……賞状送りなさい制作会社!』
「姉さん落ち着いて! 勢いに身を任せて喋ってたら、衝撃の事実に気付いたのは分かるけど!」
放っておいたら今にもテーブルをひっくり返しそうである。
スバルは自らのグラスを手に取り、引っくり返らない事を祈りながら彼女に言う。
「でもまあ、家庭の事情だから」
カノンの動きが止まる。
わなわなと震えていた。これは何かの地雷を踏んだかな、とスバルは身構える。
『勝手に何処かに行って、迷惑かけるような家庭の事情なんか知るかあああああああああああああああああああああ!!』
テーブルがひっくり返された。
まるで『巨人の星』で有名な卓袱台返しの再現である。尚、テーブルの上に乗っていたアウラのパフェは、テーブルと共に宙に飛び、最終的には営業帰りであろうサラリーマンの禿げ頭の上に着地した。おっさんに一時的なクリームの髪の毛ができあがる。ちょっと嬉しそうだった。
『師匠! 本物のブレイカーに興味はありませんか!?』
テーブルを豪快に吹っ飛ばした後、カノンは少年に詰め寄る。既に本物に乗った身ではあるが、それでも興味が無いかと問われれば答えは決まっていた。
「そりゃあ、あるけど」
『なら、私達と一緒に王国で働きませんか!?』
スバルとアウラの顔色が変わる。
「姉さん、本気!?」
『本気だよ。アトラスもアキナも、師匠には興味を持っているし。あそこなら師匠のお父さんの治療だって上手く行く可能性が高いよ!』
「そうじゃなくて、私達とリーダーの関係に彼を巻き込むつもり!?」
これから、彼女達はカイトとの戦いに赴く。
彼女達が知る限り、最強の新人類だ。この6年間でどれだけ変わったかは知らないが、それを相手にして生き残る保証はない。部下だと言って、情けで見逃すなんて以ての外だ。彼は既に彼女達を捨てている。
『なら、チーム方針を変えればいいんだよ。私達XXXは、これからブレイカーのテストパイロットとしての特別部隊になればいい!』
「アトラスはまだしも、アキナは納得しませんよそんなの!」
姉妹の言い争いは続く。
だが、そんな姉妹の論争とは余所に、スバルの表情は凍りついていた。
「とりぷる、えっくす?」
XXX。彼の同居人が過去に所属していたチーム。
少年少女で構成された、身体能力と異能の力を特化させた殲滅部隊。泣く子も黙る、暴力の執行者。
今、彼女はそれの一員だと言った。そして彼女達は新人類王国に滞在している、と聞いている。
スバルはここで一つの結論に辿り着いた。
彼女達は敵だ。自分とカイトを抹殺する為に送り込まれた新たな刺客なのだ。
身体の芯から広がってくる緊張の熱と、冷たくなるような恐怖が自分を支配していく。
実感しつつも、少年はポケットに入れた『ブレイカー呼び出し機』に手をつけた。




