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第200話 vs実家

 蛍石スバル、17歳。

 1年ぶりに故郷の大地に足をつけた瞬間、彼は緊張の糸に縛られてしまった。

 ここ最近は夢にまで出てきた故郷である。

 バトルロイドに連れて行かれてからどうなったのか、気になっていた。

 だが、実際に故郷へ帰るとなると緊張してしまう。

 何分、随分と迷惑をかけた自覚がある。

 故郷の現状は気になるが、それと同時に今更どんな顔であそこに行けばいいのだろうという躊躇いもあった。


「おい、さっさといけ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 山の中を先行するカイトが振り向く。

 結局、彼は覆面ではなく伊達メガネをかけることで誤魔化すことにしたようだが、それだけならバレる気がする。


「足震えてるよ」

「武者震いだ!」

「さっきまでロボットみたいな歩き方だったけどな」

「五月蠅いよ!」


 先導するシデンとエイジに至ってもこんな調子である。

 彼らはヒメヅルに対し、なんの抵抗感も持っていない。

 今だけは気軽な彼らの立ち位置が羨ましくなる。


「……妙だな」


 そんなスバルの憤りを余所に、カイトは訝しげに森を見渡す。

 彼は五感をフルに使い、山に響く違和感を感じ取っていた。


「どうした」

「静か過ぎる。人の気配がない」

「この山って、誰か通るわけ?」

「街にはキノコ狩りが趣味の人間も多い。実際、俺もそれで拾われた」


 今となっては懐かしい思い出になるが、浸かっている余裕はない。

 1年という月日が経っているとはいえ、あまりにも様変わりした雰囲気にカイトは戸惑いを隠せなかった。


「時期外れなんじゃねーのか?」

「いや。それでも趣味で山に入る人間は多い」


 これまた昔の話になるが、カイトは一時期山の中で獣同然の生活をしていた人間だ。

 ゆえに、どれだけの人間が1年を通して山の中を通っているかを知っている。

 元々娯楽が少ないのだ。

 必然的に近くにある自然に足を運ぶ羽目になる。


「たぶん、この山に俺たち以外の人間は居ない」

「それ、珍しい事なの?」

「考えられる可能性としては、住民がいないか……」


 言いかけた瞬間、カイトは口を閉じた。

 そのまま木々の間へと入っていくと、枝に引っかかっている紙をキャッチする。

 風で飛ばされたのだろう。

 記入された日付が昨日のものだった。


「町内新聞だな」


 その呟きを聞き、スバルがそそくさと近寄っていく。

 カイトの背中から町内新聞を覗き込んだ。

 表紙にはこう書かれている。

 町長、殺害される、と。


「え?」

「引き籠ってるようだな」


 驚きの余り、目が点になるスバル。

 一方、カイトは厳しい目つきで木々の間を睨む。

 後もう少し歩けばヒメヅルが見えてくる距離だ。


「殺された!? 町長が!?」


 カイトから町内新聞を受け取ると、スバルは記事の詳細を黙読し始めた。

 彼の後ろからエイジとシデンも記事を覗き込み、詳細に目を走らせる。


 内容はこうだ。


 今から2日前の夕方、市役所からの帰宅途中で何者かに襲われたと思われている。

 町長は道端で血塗れになって倒れており、発見された時には既に事切れていたのだそうだ。

 死因は出血死。

 鋭い刃物のような物で腹を切られており、それが直接の原因ではないかと警察では調べている。

 現在、町長の人間関係と最近のトラブルを洗い直している、ということだ。


「……嫌な時期に来ちゃったみたいだね」

「ああ。ヒメヅルはどちらかと言えば閉鎖的な空間だ」


 品物を取り寄せることはあれど、ほぼ老人の街なのだ。

 気軽に長距離旅行にいくこともあまりなく、他県からわざわざここを観光しに来る物好きもいない。

 自然と顔見知りが多くなる街で起きた殺人事件。

 隣人が殺人犯かもしれないと思えば、引きこもりがちになるのだろう。


「だが、こちらにとっては都合がいい」


 町長には悪いが、周りの目をあまり気にする必要がないのは素直にありがたかった。

 彼はスバルの襟首を掴むと、クレーンのように持ち上げる。

 抵抗する少年を余所に、カイトは速足で山を移動していった。


「お、おい! なにするのさ!」

「イルマと合流する前に、お前にやっておいてもらいたいことがある」

「俺に?」

「ああ」


 珍しいこともあるもんだ、とスバルは思う。

 周りにふたりの新人類がいるにも関わらず、スバルに頼みがあると言うのだ。

 何をするのかは分からないが、あまり役に立つ自信はない。

 いかに人気が少なくなっている可能性があるとはいえ、緊張は止まらないのだ。


「何させる気だよ!?」


 若干、身構えつつも尋ねる。

 すると、カイトは表情を見せることなく呟いた。


「マサキの墓参りだ。お前はあれを見る義務がある」








 街で唯一のパン屋、ベーカリー・ホタル。

 1年前まではオンリーワンの需要を誇っていたこの店も、今ではパンの熱気もなければ人気も無い。

 なんとも寂れた空気である。

 そんなパン屋だった民家の裏には、小さな棒が立てられた墓地があった。

 とても墓地とはいえない簡素なものだったが、幾つか置かれた花束が人の死を印象付けさせる。


「時間が無かったから、簡単に済ませた。すまない」

「……いや、ありがとう」


 この小さな棒の真下にマサキの亡骸が埋まっている。

 今頃はきっと骨だけになっているのだろう。

 本当なら母と同じ墓地に入れてあげたかったのだが、最後に看取ったカイトはその場所を知らないのだ。


「しかし、誰かがお参りに来てくれてるんだな」


 供え物の花を見やり、エイジが言う。


「街の誰かだろ、これ」

「だろうな。しかもごく最近だ」


 誰が供えてくれたのかはわからないが、素直に嬉しく思う。

 去年の大トラブルを引き起こした一家なのだ。

 疎まれても文句は言えない。

 それでも誰かが花を添えてくれている事実が嬉しかった。


「家も清掃されてるみたいだね」


 シデンが窓を覗き込み、中の様子を観察する。

 1年間留守にしていた割には埃が目立たなかった。


「イルマとの合流まで時間がある。家の中で時間を潰すぞ」


 しっかりと鍵を常備していたカイトが提案すると、残りの3人も頷いた。

 彼らはここでは不審者でしかないのだ。

 周囲から視線がないことを確認しつつ、彼らは蛍石家にお邪魔する。

 スバルとカイトにとっては1年ぶりとなる我が家だった。


「なっつかしいなぁ」


 玄関に上がり込むと、妙な感慨深さがスバルを包み込んでいく。

 少し前までは嫌でも見ていた家が、今では立派な観光名所にも見えた。


「やっぱり埃は無いな。靴箱も整頓されてる」


 最後にこの家を利用したカイトが玄関を見渡し、呟く。

 あれから誰かが入り込み、家の面倒を見てくれたのは間違いなさそうだ。

 蛍石マサキが持つ人望の偉大さを改めて認識すると、カイトはパンの売り場へと向かう。

 流石に置いてきたパンはひとつも残っていなかった。

 その代わりに彼らを出迎えたのは、当時と変わらない設備である。


「ははっ」


 それを見て真っ先に表情を崩したのはスバルだった。

 彼は嬉しそうにレンジに近寄ると、指をさす。


「懐かしいな。これ、昔カイトさんがぶっ壊した奴だろ」

「五月蠅い。黙れ」

「お前、レンジ壊したのか……」

「カイちゃん……」


 幼馴染の不器用さを見せつけられ、苦笑するシデンとエイジ。

 彼らは周辺の設備に興味を抱きつつ、家の中を徘徊しはじめた。


「明かりはつけるな。この家に誰かがいると知られたら面倒なことになるかもしれない」

「わかってるよ」


 カイトの注意を受け入れつつも、パン工房の設備を触りまくるスバル。

 昔は手伝いをするのも面倒だったのだが、しばらく見ないと恋しくなる物だ。

 頬ずりまでやっているその姿は、傍から見れば危ない人である。


「しかし、本当に綺麗になってるな」


 ある程度パン工房を見学し、エイジが呟く。


「俺も昔は食い物を作ってたけどよ。こういうのって、結構ゴミとか溜まるだろ。それすらないぜ」

「そうだな。恐らく、定期的にやってくれているんだろう」


 心当たりは何人かいる。

 マサキの知り合い。

 常連客。

 スバルの同級生。

 見送りにそれだけの人間がやってきたことを考えると、そのまま彼らがやってくれたと考えていい。

 流石に全員がやったとは考えにくいが、あの中の何人かがやってくれたのだろう。


 そんなことを考えていた時である。

 玄関から鍵がかかる音が聞こえた。


 とっさの出来事に、その場にいる全員が凍り付く。

 玄関から鍵をもう一度回す音が響き渡った。

 音に反応し、慌て始めるスバルの口を封じ込め、カイト達は耳を澄ます。


「柏木さーん、もう来てるんですか?」


 若い男の声だ。

 エイジとシデンは顔をしかめ、カイトの反応を伺う。

 するとどうだろう。

 彼は納得したとでも言わんばかりに頷いていた。

 カイトは眼を見開いたままモゴモゴと口籠るスバルを手放し、背中を押す。

 その行為に若干の戸惑いを覚えつつも、スバルは玄関へと走る。

 派手な足音が蛍石家に響き渡った。

 非難するような視線がカイトに突き刺さる。

 親友からのそれを浴びつつも、カイトは言う。


「いいんだ。あいつはちょっと特別だ」

「どんな事情なのさ」

「スバルはあいつを庇ったがために、こんな目にあってる」


 天井を見上げ、カイトは思い出す。

 確かこの家の2階であの騒動を叱ったんだっけ、と。


「親友なんだ」

「ほぅ」


 カイトの簡単な答えに納得すると、エイジは廊下の方を見やる。

 ややあってから、玄関から少年たちの再会を喜ぶ声が聞こえた。


「スバル! お前スバルじゃねぇか! なんでここに!」

「ケンゴ! ケンゴだ。ははっ!」


 柴崎ケンゴ、17歳。

 現在のヒメヅルの住人の中で最年少の少年であり、蛍石家の清掃を定期的に行ってきた張本人だった。

 蛍石家を間接的に破滅へと誘ってしまった少年は、帰ってきた親友と抱擁をかわしながらも笑みを絶やさずにいた。

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