第19話 vsブレイカーズ・オンライン
蛍石スバルこと『マスカレイド・ウルフ(通称、仮面狼)』はつい先日までブログを経営していた。
掲載内容は対戦ゲーム、ブレイカーズ・オンラインにおける自身の活動の宣伝と考察である。
旧人類が新人類を相手にしている為か、その考察は参考になると非常に多くのプレイヤーから重宝されていた。もしも新人類が居なかったら彼が最強のブレイカー乗りだろうと、ギャラリーから何度もささやかれている。
そんな仮面狼にはよく雑談するネット上の仲間がいる。
一人は大会の常連であり、よく試合する『赤猿』。
一人は同じく大会常連であり、同時に司会・解説も務める事が多い『ライブラリアン』。
そして最後の一人が仮面狼を師事する『デスマスク』である。
彼等三人は仮面狼の引退をそれぞれ嘆いていたが、特に酷いのはデスマスクだった。彼を師事していただけに、余程ショックだったのだろう。
父親が倒れて、仕事を引き継ぐと言う師匠の言葉を完全に無視してコメントで大暴れしていた。
その一部始終をご覧いただこう。
赤猿『おいおいおいおい、マジかよ。前に親父さんが自営業してるとは聞いていたが、倒れるってのは相当だな。てか、勝ち逃げかよ!』
ライブラリアン『正直、付き合いも長いだけに今回の件は非常に残念ですが事情が事情ですからね。もしも経営が上手く行き、戻れる余裕があったらまたお会いしましょう』
デスマスク『何でですか!? なんでマスカレイド・ウルフさんはそんな簡単に引退だなんて言えるんですか!?』
カラシ大王『なんか弟子がヒステリック起こしてる件。引退に関しては超乙。楽しかったよ』
ヒロ『長い間楽しませていただきました。お父さんの件は残念ですが、気落ちせず頑張ってください』
デスマスク『皆おかしい。何で引退に関してそんなドライなの? 皆マスカレイド・ウルフさんが嫌いなの?』
昆布鉄平『突然の引退、残念です。もう戻ってくるおつもりもないのでしょうか? マスカレイドさんの接近戦は、見ていてとても爽快感があって好きだっただけに残念です』
赤猿『また戻ってこいよ! 今度こそ俺が勝つからな』
ライブラリアン『>デスマスクさん 荒らしはまだ来てないから中傷的な発言は無いけど、このコメント欄見てどうしてそう思うのかな? 皆、仮面狼さんに頑張って欲しいんだよ。今は彼にとって大変な時期なんだから、ここは応援してあげるのが筋ってもんじゃないの?』
デスマスク『>ライブラリアンさん いいえ、私はそうは思いません。彼の事を思えば、寧ろ皆で募金して治療費を集めるくらいの事はしていいと思います』
カラシ大王『本人がやる、って言ってるんだしいいんじゃね?』
デスマスク『>カラシ大王さん 突然起こる不幸を貴方は経験したことがありますか? 理不尽に何かを捨てるのを見てるくらいなら、私は保護しても構わないと思います』
ライブラリアン『>デスマスクさん 問題は金銭的な物ではなく、お店の信用的なところではないのでしょうかね? 私はデスマスクさんが何をしている方かは知りませんが、お金だけの問題ではないと思います』
デスマスク『>司書野郎 それじゃあマスカレイド・ウルフさんに二度とゲームするな、というのですか? それはあんまりです。ゲスいです。新人類のクズですね』
カラシ大王『なんか狂気を感じるんだけど……』
赤猿『今更だが、デスマスクは仮面狼をフルネームで呼ぶのな』
ライブラリアン『>デスマスクさん 誰もそこまで言っていません。ただ、彼の事を想うのであれば信じて待つ、という我慢も必要だと思うんですよ』
昆布鉄平『ライブラリアンさんがゲス呼ばわりされても紳士的態度で泣ける』
ライブラリアン『>昆布鉄平さん 大人ですから』
赤猿『まだ学生じゃん。何言ってんの?』
ライブラリアン『少なくとも君に比べたら大人だよ』
だいふく『何時の間にかただの喧嘩になりつつある件。仮面狼さんは本当にお疲れ様でした。新生活でも負けないでください!』
この後は延々とデスマスクがコメント欄で喧嘩を売り、ライブラリアンがそれ宥めては赤猿が空気を読まないコメントをしていた。
スバルの引退に関しては途中まで騒がれていたが、それ以降は殆ど触れられていない。ただ罵詈雑言の嵐だった。
「……こんな子じゃなかったと思うんだけどな」
「人間、内心何を思ってるか分からんもんだ」
コインロッカーに詰まっていた荷物をすべて回収した後、整理したカイトが言う。スバルとしては彼も内心何を考えているのかよく分からないので不気味だったが、今だけはその言葉に納得できる。
「で、どうするんだ」
「どうするって、何が?」
「これ仕舞ったら出発するぞ。プレイしていかないのか?」
大量の買い物袋を抱え、カイトは言う。まるでバーゲンを制覇した主婦みたいな恰好だったが、彼一人で2人分の旅支度を全て整えたのだからそうもなる。
だが、スバルにとっては予想外の言葉だった。
「……プレイしていっていいの? その荷物、俺も運ぶと思ってたのに」
「先に運んでおく。流石にこれでゲームセンターは目立つ」
確かに、旅行鞄ならともかく現地調達の代物が多かったら嫌でも目立つ。
何が悲しくてゲームセンターに黒タイツが混じった買い物袋をもっていかないとならないのか。
「俺一人になるけど、大丈夫か?」
「あまり大丈夫じゃない。何かあれば大声出せ。すぐ駆けつける」
「でも、普段より人が少ないと言ってもシンジュクは都市だぜ? ソレに音がやたらでかいゲーセンじゃあ……」
「問題ない。意識を集中すれば何とかなる」
本気で言っていた。この男、ゲームセンターの音量を侮っているのではないだろうか。
「不安だ……」
「どうしても不安だと言うなら、これを持っていけ」
手に収まるサイズのレバーのような棒と、小さな銃を手渡された。
棒の先端には赤いボタンがある。
「獄翼の中にあった代物だ。これを押せば、勝手に獄翼はお前の所に飛んでいく」
「ああ、そういえばブレイカーの特機は何時でも操縦者の所に駆けつけれるんだっけ」
いかんせん、ブレイカーのパイロットは殆ど新人類である以上、生身での戦闘は決して少なくない。緊急でブレイカーが必要になった時、呼び出す道具が必要不可欠なのだ。その為に呼び出しスイッチがある。
これはカイトよりも、生身で戦えないスバルが持っておいた方がいいだろう。そこは理解できる。
「……で、この銃の中身は素人が使える物なの?」
やや緊張感の籠った顔で、スバルは言う。
周囲に気を配りながら銃を受け取ると、彼は同居人に仕様説明を求めた。
「安心しろ。モデルガンだ」
「モデルガンかよおおおおおおおおお!? 俺の緊張返せ! 使う事になったら、と思ってすっごい怖くなったんだぞこの野郎!」
「馬鹿。カマキリを倒した時の緊張が抜けてない奴に、本物を渡せるか」
その言葉で、スバルは気づく。
彼は気づいていたのだ。スバルがまだ巨大カマキリと、そのパイロット殺した実感に戸惑っていることに。
「気付いてたのか?」
「直接やったのは俺だが、あの時僅かに緊張感が走った。俺は慣れているから、多分同調したお前のだと思ったよ」
妙な所は天然でボケてくる癖に、意外としっかり見ていた。
これも4年間の同居生活の賜物だろうか。
「悩むな、とは言わない。お前の人生だ。だが、覚えておけよ」
カイトは真剣な表情で少年を見つめ、言った。
「お前が悩んでいても、敵は待ってくれない。早めに決着をつけるんだな」
「……どうするか決めたつもりなんだけどな」
「言葉だけで納得できたら苦労はしない。お前は16年間、それとは無縁で過ごしてきた。身体がそれを受け入れるかは別の話だ」
言い終えたと同時、カイトは100円玉をスバルに手渡して回れ右。
獄翼のコックピットへ荷物を運ぶためにシンジュクから少し離れた『隠れ蓑』に移動する。
「金、払わないんじゃないの?」
「気が変わった。俺からの餞別だ」
「それはどうも」
素直じゃないんだから。
本人が聞いたらすぐさま否定するであろう言葉は、スバルの喉元で抑えられた。
カイトの背中を見守った後、スバルはゲーセン探しに直行する。
シンジュクでブレイカーズ・オンラインをプレイできる筐体を置いている店は決して少なくは無い。幾つかのゲームセンターは深夜の戦いの影響で休業しているが、幸いにも稼働している店が1店空いていた。
今日に限って言えば、この店は大繁盛だった。普段散らばるプレイヤーの多くが結集している。ブレイカーズ・オンラインも同様だ。
筐体の順番待ちをしてからスバルは同居人からの餞別を使い、筐体のスタートボタンを押す。カードの読み込み機が愛機のデータを読み取り、画面上に黒い狼頭のブレイカーを映し出した。
スバルの愛機、『ダークフェンリル・マスカレイド』である。二本の刀を背負い、接近戦に特化されたスピード重視の機体だ。
基本的に装備自体は変更できるのだが、スバルはコンボ重視で最後に大ダメージを与える事が出来る『刀』を愛用していた。見た目もカッコいい。
機体の選択画面がスキップされると、反対側で連勝中のブレイカーが映し出された。こちらはダークフェンリルよりも巨大な鎧の巨人だ。恐らく、アーマータイプだろう。ダークフェンリルと鎧の巨人の頭部がズームアップされ、間に『VS』の文字が入る。
やや経ってから画面が切り替わり、広大な仮想空間の街中に二体の巨人が降り立った。画面に『BATTLE!』の文字が出現する。
そこからはスバルと、対戦相手の仁義なき一騎打ちが始まる。
鋼の巨人は肩に背負った大砲を構えながらも、ダークフェンリルに向けて牽制の機関砲を発射する。
だが基本的な牽制武器でも、そこに僅かながらの硬直が存在することをスバルは知っていた。この手の立体格闘ゲームはダッシュで行動をキャンセルして回避行動を取れるのだが、相手は防御力の高いアーマータイプだ。基本的には避けるというより、防御力で耐えながら戦う機体と言った方が正しい。
武装の硬直時間とベースとなる機体のスペックを知り尽くした上で、その隙を突き、連続攻撃を入れるダークフェンリルにとっては相性のいい相手となる。
様子見もせず、ダークフェンリルは牽制を避けて巨人に突撃した。
巨人が行動キャンセルを行い、回避に入る。だができる事は回避だけだ。背中の巨大な大砲は、威力は凄まじいがボタン長押しで使用できる武器である。対戦開始直後に発射できる代物ではないのだ。牽制用の機関銃も、ダークフェンリルの電磁シールドで弾かれる。
回避行動をとった後の硬直時間を、スバルは見逃さなかった。
巨体がずしん、と大地に着陸した瞬間だけは完全にブレイカーは無防備になる。ダークフェンリルはその体に刀を叩きつけた。
そこから次の刀で切りつけ、連続攻撃(3割ダメージ)を完璧に決める。後はこれを続けるだけだ。
ほぼノーダメージ。十数秒後に出る『YOU WIN!』の文字が表示されるまで、スバルは集中して巨人の隙を狙って切りつけていった。
「先ずは1勝、と」
対戦結果が表示される中、スバルは一息つく。
可能であれば、今日一日中ここで暴れたい気分ではあるが、何時までもそうしているわけにはいかない。
これはケジメなのだ。彼なりに、愛する機体と決別する為の儀式なのである。適当に切りのいいタイミングを見つけて、その後カードをへし折るつもりだった。
恐らくカイトが迎えに来るか、強敵と戦って緊張感溢れる戦いをするかが時間的に良いだろう。前者の場合は急かされそうだが。
「お、次来たか」
筐体画面に『挑戦者現る!』と表示される。
向こう側の筐体に新たな挑戦者が現れた証だった。表示されたライバルの機体名は『ダークストーカー・マスカレイド』。パイロット名は『デスマスク』と表示されている。
「……え?」
知っている名前が表示されて。思わず間抜けな声を出してしまう。
スバルを師事し、ついさっきまでブログで大暴れしていたデスマスク。彼女がこの筐体の向こう側に構えている。
思わず立ち上がり、向こう側の様子を背伸びして見てみる。
「あ、やっほ!」
交流会で会ったことがある彼女の妹と目があった。思わず苦笑いしてしまう。
その様子に気づいた姉が立ち上がり、無機質な機械音声で話しかけてきた。
『お久しぶりです。マスカレイド・ウルフ師匠』
「ど、どうも……」
予想だにしない再会に、思わずお辞儀してしまう。
筐体は挑戦者側さえスタートボタンを押せば、対戦がスタートする状態だった。
『……引退すると言うお話は、本当ですか?』
「マジだよ。だから今日、最後にやりにきたんだ」
前髪で隠れているその瞳は、何も映さない。
だが、唇を噛み締めて俯いているところから察するに、何かしらの葛藤があるのは事実だろう。何時の間に人に影響を与えるプレイヤーになったんだろう、と自分で思う。
『では、私が勝ったら引退を撤回してもらいます』
「え?」
「ちょ、姉さん!?」
スバルとアウラが戸惑うのを余所に、カノンは筐体の席に座る。
有無を言わさずスタートボタンを押し、対戦の意向を示した。ソレと同時、スバルの画面も対戦画面へと遷移する。
「え!? うわ、狡い!」
ダークフェンリルの影響を受けて作られた『ダークストーカー・マスカレイド』の囚人のような鋼のマスクが光る。その頭部と、スバルのダークフェンリルの間に『VS』の文字が表示されたのはそれから間もない事だった。




