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第194話 vs寄生虫

 マリリス・キュロは新生物である。

 下半身は蜘蛛の如く膨れ上がり、腕は人体を切断する鋭利な鎌。

 挙句の果てには背中から蝶の羽が生えている。

 あらゆる虫を合体させ、人のサイズにしたらきっとこんな合成獣になるんだろうとカイトは勝手に納得していた。

 本人は嫌がるだろうが。


「よせ! アイツはマリリスだぞ!」

「だからここで止める」


 後ろのエイジが懸命に静止の声を送るが、カイトは聞く耳持たず。

 それ以上に、譲れない理由がある。


「ここでこいつを止めれなかったら、後ろの避難所になっている学園に突入することになる。もしそうなったら、どうなると思う」

「それは」


 想像するに容易い。

 今のマリリスはグロテスクな姿をしたダンプカーのような物だ。

 進撃していけば後に残るのは荒野だけである。

 足止めをしていたエイジが一番よく理解していた。


「殺すつもりでやらないと、コイツは止まらん」


 楽観視はできない。

 唯一希望を持てるとしたら、その生命力だ。


「賭けよう。アイツの生命力に」

「脳に爪ぶちこんで生きてるってのか」

「いや」


 常識で言えば、それはありえない。

 ありえないがしかし、相手は新生物だ。

 常識なんて通用しない。

 それに賭ける。


「頭はカチ割ることになる。校庭から学生が出てきたら全力で止めてくれ。ヘリオンの頼みだ」


 エイジが何か言う前にカイトは一歩を踏み出す。

 アスファルトが砕け散り、突風がリブラに襲い掛かる。


「!」


 眼前から姿を返し、リブラが僅かに狼狽えた。

 一瞬ながら動きが止まったその隙をカイトは逃さない。

 異形の足が切断された。

 下半身から伸びる八つの足が同時に切断され、断面から緑色の液体が噴出する。


「――――ッ」


 リブラが悲鳴を上げた。

 だが、それも一瞬である。

 下半身が溶け、新たな足が生成され始めた。

 リブラの体液を身体に浴びつつも、カイトは反転。

 下半身が固まるよりも前に胴体に飛び乗った。

 背後から襲い掛かる襲撃者を迎撃せんと羽が尖る。


「来るぞ!」

「わかってる」


 見た目は蝶のように繊細そうな羽だが、一度尖ったそれは生半可な鈍器よりも強力な武器になるのだ。

 だがそれも当たった場合の話である。

 カイトは羽の付け根に手を伸ばすと、爪を背中に突き刺した。

 指から生える刃が付け根を両断し、背中から毟り取る。

 これで背中に飛び乗ってきた敵への迎撃武器は消えた。

 しかし、適応力が売りである以上、次から次へと回答は飛び出してくる。

 ゆえに、リブラが次の解答を出す前にこちらも次の行動に出る。

 ここからが本命だ。


「ほっ!」


 リブラの頭部を掴む。

 そのまま両腕の力で己の身体を支え、前へと回り込んだ。

 そのまま手の力をフルに使い、頭部を締め付ける。

 頭蓋骨を刺激しつつも、彼の左手はマスクを掴んだ。

 そちらの握力もフルパワーで剥がしにかかる。


「んんんんっ――――!」


 くぐもった悲鳴が聞こえた。

 仮面の奥にいる少女の声だ。

 声を出そうとしても出せない。

 そんな感じの悲鳴である。

 もしかして、彼女の意識は残っているのだろうか。

 そんな疑問が頭の中によぎる。


「うお……!」


 めきり、と嫌な音が鳴る。

 同時に、マスクの上半分がマリリスの顔から離れた。

 確かな手ごたえを確認した直後、カイトはマリリスへと問いかける。


「マリリス、聞こえるか!?」


 返事はない。

 代わりにやってきたのは、左右の大鎌。


「くっ!」


 フルスイングされた緑の鎌が空を切る。

 カイトは左手はマスクを掴んだ体勢のまま、再び背中へと回り込むことでこれを回避した。


「カイト、そのまま腕を抑えろ!」


 エイジが吼える。

 彼は素早く立ち上がると、リブラに向かって猛ダッシュを始めた。

 指示に従い、両腕を掴む。

 鎌を触れないのを確認すると、エイジはリブラの顔面に手を伸ばした。

 10本の指がマスクを捕える。

 指をひっかけた直後、彼は思いっきり引っ張った。


「ふんぬりゃぁっ!」


 力任せに剥がしにかかっているのがよくわかる掛け声だ。

 エイジはアスファルトを蹴り上げると、その勢いで一気に引き剥がしにかかる。

 カイトによって上だけ剥がれていたマスクが、徐々に剥がれていった。


 その感触が顎にまで行き渡った直後、リブラのマスクがマリリスの顔面から引き剥がされる。


「のわぁ!」


 勢い余って転倒するエイジ。

 からん、と音を立てて道端に転がるリブラのマスク。


「おおおおおおおおおおおおおおっ!」


 もがき苦しむリブラ。

 カイトは爪を伸ばし、両腕に突き刺すと瞬時に回り込んだ。


「あれは」

「ん?」


 起き上がったエイジと共にマリリスの表情を確認する。

 額に小さな点がついていた。

 一見すると黒子のようにも見える、小さな模様である。


「あいつに黒子なんかあったか?」

「いや」


 記憶を遡ってみるが、あんな目立つ位置に黒子なんて見たことがない。

 最初に出会った時から今朝に至るまで、彼女の額は一点の黒子さえもなかったのだ。


「もしかして」


 エイジが剥ぎ取ったマスクを拾い上げる。

 額の部分に針のような突起物が存在していた。

 先端には小さな穴がある。


「なるほど。ここから寄生虫を送り込んだってっわけかい」


 舌打ちし、再びマリリスの顔を確認する。

 マスクを剥がされ、両腕が傷付いたことで激しくのたうちまわっていた。


「……そうだ」


 その時、カイトは閃く。

 途中からマスクを剥がすことに集中しはじめてしまったが、ここから寄生虫を送り込んだと言うことはつまり、マリリスの額の点はマスクの傷跡ということになる。

 ではその傷跡を辿れば、そこにいるのは――――


「エイジ、奴の動きを止めろ! ラストチャンスだ!」

「は?」


 脳内で考えを纏めると、カイトは包帯を取り外す。

 左目に埋め込まれた黒の眼球と赤い瞳孔が不気味な輝きを放ち、彼の身体を霧状に変えていった。


「奴の頭についた傷に糸を挿入する! 動き回られると面倒だ!」

「だ、大丈夫なのかそれ!?」


 カイトの意図することに気付いたエイジが叫ぶ。

 彼の不安ももっともだ。

 一般的に、脳は生物の身体の中でも特にデリケートな部分である。

 そんな場所に糸を差し込む。

 今やカイトの相方とも呼べるエレノアなら可能かもしれない。

 しかし、そんなことをして無事で済むのか。

 カイトの身体がエレノアへと構成されるのを見守りつつも、エイジは疑問に思う。

 そんな彼の疑問に対し、カイトは霧の中でこう答えた。


「俺達が掘り出すよりマシだ」

「確かに」


 納得できる回答である。

 先程まで顔面にへばりついていただけあり、マリリスの額には寄生虫へと繋がる道筋ができあがっていた。

 持ち前の回復力で塞がりつつあるが、そんな狭い場所に差し込めるようなものは糸しかない。

 少なくとも、爪や拳、銃なんかでやるよりはずっと現実的に思えた。


「エレノア、聞いた通りだ。不本意だが、お前に任せる」

『私、彼女にそんなに思い入れないけど』

「失敗したら眼球くり抜いて焼却炉にぶちこむ」

『痛いね!?』

「嫌ならこの場でアイツと心中してもらう!」


 どちらにせよ、時間がない。

 あの額の穴が塞ぎきってしまったら、その瞬間に寄生虫を引きずり降ろす算段も無くなるのだ。

 エレノアとてそれを理解しているし、誰が一番適任なのかも理解している。

 魂が溜息をつくと、エレノアはカイトに代わり表に出た。


「心中したい相手は君だから、本気でやるしかないね」


 不気味な台詞を吐いて出てくる女である。

 黒い霧が収まり、カイトだった生命体がエレノアへと再構築された瞬間だった。

 どす黒い隈。

 不健康そうな白い肌。

 指先から伸びる銀の光。

 それらの要素が、彼女をエレノア・ガーリッシュであると証明している。


「よっしゃ!」


 エイジがリブラへと突撃する。

 向かってくる敵に気付くと、リブラは腕を再生成し始めた。


「ふんぬ!」


 だが腕が固まるよりも前に、エイジはリブラの身体を取り押さえる。

 新人類の中でも特に強烈な握力がリブラの肩と頭部に圧し掛かった。


「おら、大人しくしてな!」

「じゃあ、早速」


 実に鮮やかな取り押さえである。

 とはいえ、リブラは既にエイジへの解答を出した生物だ。

 下半身を含め、もう一度あの形態になってしまえば取り押さえるのは難しいだろう。

 それよりも前に、虫を取り除く。


 エレノアの指から糸が伸びた。

 細い銀の直線がまっすぐリブラの付けた額の傷へと吸い込まれていく。

 先端が頭部へと侵入した。


「入った」

『よし』


 取りあえず、最初の難関はクリアだ。

 後はマリリスにつけられた傷口を辿り、奥にいるであろうリブラ本体を引きずり降ろすだけである。


 だが、リブラとて黙ってやられるわけにはいかない。

 下半身が膨れ上がる。

 カイトに切断されたのと全く同じ八本の足が生え始め、背中が蠢く。


「やべぇ!」


 自分がパワー負けした姿の再現だ。

 エイジは慌てつつも、力づくで取り押さえる事を選択する。

 今更慌てたところで状況が悪くなるのは目に見えていた。

 その代わりに吐き出されるのは、催促の言葉だ。


「まだか!?」

「もうちょっと待ってよ! こっちだって細心の注意を払ってるんだ!」

「んなこと言っても、あんまり長くはもたねぇぞ!」

「そこをなんとかするのが君の仕事だろう」


 まったくその通りなのでぐうの音も出ない。

 だが、今回に関して言えば取り押さえる相手が悪すぎる。

 単純な力勝負なら兎も角、新生物は相当な技巧派だ。

 身体を変化し、想定外の動きをしてくる。

 

「暴れんなよ!」


 言ってみたところで、リブラにしてみれば最大の危機なのだ。

 大人しくしている筈がない。

 膨れ上がった下半身が爆発した。

 八本の足がアスファルトを蹴り上げ、力任せにエイジを振り解こうとする。

 それだけではない。

 背中から翼が生え、抑え込むエイジの顔面に直撃した。

 尖った先端が顔面に直撃する。

 エイジの顔が跳ね上がった。


「がっ――――!」


 だが、エイジは手の力を緩めない。

 今にもふるい落とされそうな姿勢だが、腕の力だけは決して緩めなかった。


「そろそろ。そろそろ来る筈……」


 エレノアも額から汗を流し始めた。

 限界が近いことを彼女も理解しているのだ。

 そもそも、エイジひとりであの化物を取り押さえるのには無理がある。

 一度パワー負けしている彼にそこまで求めるのは酷と言う物だ。

 だが、それでも彼しかいない。

 だから彼に頑張ってもらうしかない。


「――――!」


 そんな彼らの意思を嘲笑うかのようにして、リブラが進化を催促する。

 その影響が出た個所は、背部。

 尖った翼がさらに勢いよく噴出し始めた。

 まるで噴水のように飛び出してくる堅い羽。

 それが背後を抑えているエイジを流し始める。


「のわぁっ!」


 めきめきとエイジの身体が悲鳴を上げた。

 腕の力が抜けてくる。


「ま、まだか!?」

「も、もうちょっと!」


 エレノアの声からも余裕がなくなってくる。

 御柳エイジのフォローを失っては、力任せに糸を引き千切られるのが目に見えている。

 そうなってしまえば全てがパーだ。


「とう!」


 そんな彼らの間に、聞き覚えのある声が響く。

 声の主はリブラの横に立ったかと思えば、何故か口に咥えている薔薇をリブラの身体に押し付けた。


「あ、アーガス!」

「足止めなら任せたまえ。得意分野だ」


 白い歯をきらりと輝かせつつ、アーガスは言う。

 直後、薔薇の根が一斉に伸びた。

 縦横無尽に伸びる根はリブラの膨らんだ胴体を包み込み、自由を束縛する。


「いい感じ!」


 援護を受け、エレノアの口元が吊り上る。

 伸ばした糸に手ごたえがあった。

 動き回る何かを捕えたのだ。

 ソイツは糸から逃れんと懸命になって暴れ回る。


「逃がさないよ! ここまで手間かけさせたんだ。ちゃんと顔をお見せよ」


 マリリスの額から糸が引き抜かれた。

 赤い液体が噴出する。

 同時に、その中から小さな生命体が飛び出した。

 全長、僅かに2センチ。

 アスファルトへと打ち上げられた小さな生命体は、魚のようにのた打ち回る。


「知ってたけど、可愛くない顔」


 エレノアが冷めた笑みを浮かべた。

 黒の眼球が輝く。

 糸を介して黒い霧が寄生生物へ襲い掛かる。

 まるで爆弾の導火線のようにじっくりと、確実に向かっていく。

 黒の霧がリブラ本体と接触した。

 小さな寄生生物の身体が膨れ上がり、木端微塵に砕け散る。


「倒したよ」


 満足げな笑みを浮かべると同時、エイジが力なく倒れ込んだ。

 彼が大の字になって転がると、マリリスの身体もその場に倒れ込む。


「ま、マリリスはどうなった?」


 マリリスの身を案じ、エイジが確認を求める。

 近くにいたアーガスが近寄り、容態を確認した。

 額から開いた穴は、塞がる気配を見せなかった。

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