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第189話 vsヘリオン・ノックバーン ~あるアナコンダ志望者の相談~

 新種のアナコンダとして生きていこう。

 そう決心してリーダーに伝えると、当時はまだ小さかった少年兵は目を細めてこう言った。


『お前、アホなのか』

『馬鹿を言うな。僕は真面目に言っている』

『どこの世界に二本脚で腕のあるアナコンダがいると言うんだ』


 百歩譲ってヘリオンが爬虫類に分類できるとしよう。

 彼が授かった能力を考えても爬虫類よりである。

 誰もが認める事実だ。

 しかし、だからってアナコンダは無いだろう。


『貴様は人間だ。なら、人間として生きる以外にあるのか?』

『僕は化物だ』


 リーダーの疑問に、ヘリオンは俯きながら答える。


『君も知っているだろう。僕が何て呼ばれているのか』

『テイルマン、だったか』

『そうだ。尻尾が生えた化物さ』


 少年にはヘリオン・ノックバーンという名前があった。

 だが、その名で呼んでくれる者はXXXに在籍している人間しかいない。

 有名人であるが故の苦悩だった。


『偶にわからなくなるんだ』

『なにが』

『僕が本当に人間なのか』

『馬鹿を言うな。お前が人間でなくなったら新人類の殆どが人間でなくなる』

『言っておくが、外見の話ではないよ』

『わかっている。お前が陰口を叩かれている事もな』


 無愛想に見えて、このリーダーは中々周りを見ている。

 ヘリオンの周辺で起きているトラブルもお見通しだった。

 だからと言って彼は大きく動くつもりはない。


『言わせておけばいい。そいつ等の為にどうしてお前がアナコンダにならなければならんのだ』

『だが、僕は君たちに比べて能力の扱いも上手くない』

『これから上手くなれ』


 なんとも無茶な注文だ。

 目の前の少年兵は所謂エリートって奴である。

 訓練でも好成績を叩きだし、実戦でもばりばり活躍している。

 そんな彼に自分の悩みなど理解できるのか。

 相談しておいてなんだが、どんどん疑問に思えてきてしまう。

 ゆえに、逆に聞いてみたくなった。

 彼が自分と同じ悩みを抱いているのか否かを。


『……ちょっと気になったんだが』

『どうした』

『君は自分の居場所を見失ったとき、どうする』

『先ず、場所を見出す』


 予想とは裏腹に、彼の返答はあっさりと返ってきた。


『自分が何の為に生きているのかを再確認して、それで全部なくなったらきっと死ぬんだと思う』


 少年兵にしては妙に達観した物言いだ。

 前から大人びしている少年だと思っていたが、まさかここまで自分の考えを持っていたとは意外である。

 ヘリオンもそう年が変わらないが、この時ばかりは尊敬の眼差しでリーダーを見ていた。


『俺はエリーゼがいたらそれでいいと思っている』

『え』


 ヘリオンの想像以上に彼はピュアだった。

 傍から見てぞっこんだとは思っていたが、ここまでストレートに言われるとは。


『だからエリーゼが俺を不要としたら、その時に俺の世界は崩壊するんだと思う。逆に言えば、彼女が喜んでくれればそれが俺の全てだ』

『そ、そうか』


 マジ顔で喋る少年兵に若干口元を引きつらせつつも、ヘリオンは答える。

 解答としてはそれで十分だと判断したリーダーは、咳払いをしてから話題を元に戻す。


『要するに、お前はここにいたくないわけか』

『……君の例を辿ると、そういうことになるな』


 鋭い目つきに睨まれ、身体が固まる。

 蛇に睨まれた蛙とはこのことか。

 アナコンダとして生活しようと考えていたのが馬鹿らしく思えてくる。

 今更ではあるのだが。


『お前に足りないのは人生の楽しみだ』

『楽しみ?』

『そうだ』


 仏頂面の男に人生の楽しみを諭されるとは思わなかった。

 少なくともこの男よりはまともな道徳感を持っていると自負していただけあって、ちょっとショックである。


『何を持って日々努力するのかはお前次第だ。それがない環境だと生き甲斐がない』

『それは確かにそうだが』


 言ってることは正論だ。

 何の楽しみも無く、言われるままに訓練をこなして暴れるだけの毎日。

 戦果を称賛されることはあれど、それで満たされることはない。

 新人類軍の侵攻の先陣を切ったと称されるテイルマンは、そういう物に喜びを見出す男ではなかった。


『エリーゼには俺から言っておこう。少しの間、お前は戦場に出さない』


 始めてみるリーダーなりの優しさだった。

 ヘリオンを気遣った少年兵は肩をすくめ、席を立ちあがる。


『第二期XXXがくるそうだ』

『第二期?』

『後輩だな』


 それは初耳だ。

 だが、冷静に考えたら妥当かもしれない判断だった。

 XXXは当初、多くの少年兵が所属していたが、現在生き残っているのはヘリオンを含めてたったの6人。

 補充が必要だと判断されてもおかしくない人数である。

 寧ろ遅かったくらいだ。


『これからは連中を中心に使う。お前が抜けた穴はなんとかするつもりだ』

『年端もいかない子をいきなり戦場で使うつもりか!?』

『そうだ』


 情け容赦のない台詞である。

 この男ならそうするだろうとは思っていたが、いざその言葉を受け取ると憤りを感じてしまう。


『忘れたのか。俺達もそうだった。訓練なんて後付けで、結局は適応力が物をいう』

『しかし、XXXは既に組織として確立している。僕等の時と比べて激しい戦場に送られることになるぞ』

『構わない。最初の内は俺が実技演習を行う。後は第二期のやる気と適応力次第だ』


 涼しい顔で返答された。

 まるでそれが当然だと言わんばかりに、彼は少年少女を戦場に送り出そうとしている。


『何か言いたそうだな』

『……彼らにやらせるよりだったら、僕が』

『お前のメンタルでこれ以上戦場に出すのは危険だ。今は休養を命ずる』


 遂には命令を出されてしまった。

 XXXの監督はエリーゼに一任されているとはいえ、現場の判断と指揮権はカイトにある。

 彼が判断し、正当な理由があればどんなに無茶な命令でもまかり通るのだ。

 そして今回の場合、言っていることは正論だった。


『後日、改めてプリントを渡す。何か質問はあるか?』

『……ちょっとだけ話題は変わるが、ある』


 深呼吸をしてからヘリオンはカイトを見つめる。


『君は僕をどう思う』

『お前はヘリオン・ノックバーンだ。それ以上でも以下でもない』


 シンプルな回答だった。

 ある程度予想したとおりである。

 彼とも長い付き合いだ。

 今更『テイルマン』でびびるようなことない。


『お前の目下の課題は幼少期に引き受けてしまったテイルマンの後処理。それとメンタル面の強化だ。多少何を言われようが気にする必要はない。お前が死ぬわけじゃないんだ。寧ろ、それだけお前がいい成績を出した証になる』


 勿論、それは兵士としては誉なのだろう。

 だが、ヘリオンはそれが嫌いだった。

 外に自由に出かける事も許されず、ただ訓練と戦いを繰り返すだけの毎日。

 何の意味があるのだろう。

 常々そう考えてしまう。

 率直に言ってしまうと、ここから逃げ出してしまいたかった。

 可能であれば、XXXの仲間全員で。

 彼らはヘリオンにとって数少ない友人である。

 無愛想であっても、このリーダーもその中に含まれていた。


『君は、外に興味はないのか』

『エリーゼがここにいる』


 だが、彼の場合はそれがすべてだった。

 他の仲間には何度か相談したことがある。

 それぞれ悩むことはあったようだが、皆ヘリオンに同調してくれた。

 反旧人類思想を持っているウィリアムも同意してくれたのには正直驚いているが、それだけ鬱憤がたまっている証拠でもあった。

 後はリーダーだけなのだが、返答はこの通りである。


『外に出たいのか』

『……うん』


 内部――――特にその一部に執着しているカイトにそこを看破されると、脱走罪に課せられる可能性もあった。

 彼に嘘は通じない。

 心を射抜くような鋭い視線が、ヘリオンに向けられる。

 だが、この時ばかりはあくまで興味を持っている程度の認識に留まった。


『XXXとしてここにいる以上、常に仕事漬けだ。脱走したらどうなるかはお前も知ってるだろう』

『ああ。勿論だとも』

『なら、我慢しろ』


 肩を叩き、リーダーは出口へと向かう。

 これ以上語る事はない、とでも言わんばかりにだ。

 しかし、自動ドアが開いた瞬間に彼はふと気づいた。

 ヘリオンに振り返り、口を開く。


『お前、やっぱりアナコンダには向かないな』

『うるさい。足が生えてて悪かったな』

『そうじゃない』


 彼は真顔のまま言う。


『お前は肉食獣になれない。餌も襲えないアナコンダじゃ生き残れんぞ』


 それだけ言うと、リーダーは出て言った。

 個室に残されたヘリオンはしばしソファーに座ったまま、言われた言葉を受け止める。


『……わかってるんだよ。だから、こんなところから消えたいんだ』


 震えながら紡がれた言葉には、誰も気付かなかった。


 そして数年後。

 リーダーの少年兵の世界は崩壊し、ヘリオンは耐えきれずに脱走した。

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