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第184話 vs口先

 赤猿は困惑しつつも校庭で手を挙げていた。

 万歳をしているのではない。

 無抵抗のお手上げと言う奴だった。


「最悪だ」


 今の気分は正にこれである。

 学校に残った連中も、避難してきた連中も全員そう思っているだろう。

 いかにゲーリマルタ国際学園が災害時の避難場所に指定されていても、戦争となれば話は別だ。

 真っ先に学園に攻め込まれれば占拠されるのがオチである。

 現に、あっという間に攻め込まれて学園の外壁はボロボロだ。

 バトルロイドが数体集まっただけでこの様なのだ。

 校庭に集められた人間にエネルギーランチャーの銃口を向けるブレイカーが、その引き金を引いただけでどれほどの被害が出るのか計り知れない。


「怖がる気持ちもわかりますが、落ち着いてください」


 演説台に上がり、司令官と思われる女がマイクで話す。

 綺麗な金髪に燃えるような深紅の双眸。

 しかし顔についた切り傷が、彼女の歪さを鮮明に表現していた。

 宥めるような発言も、あの顔から言われてしまっては脅しのようにしか聞こえない。

 

「私は新人類軍のアトラス・ゼミルガーです。ご覧のとおり、我が国はゲーリマルタアイランドに対して宣戦布告を行いました」


 宣戦布告。

 その言葉を聞き、赤猿は苦笑するしかなかった。

 軍事施設が別の島にあるような場所に対して、空間転移を行っての先制攻撃は宣戦布告と呼べるのか、と思う。

 赤猿が知る限りだが、一番近い旧人類基地からここに来るまでに時間はかかる。

 蹂躙なんかそれだけの間に終わってしまう。

 赤いブレイカーに装備された代物はそういう物だ。

 この校庭に集められた人間の何割がそれを理解しているのかは知らないが、赤猿はそれを察するだけの知識を備えている。


「真っ先にここを狙ったのには2つほど理由がありましてね。ひとつは大きな避難場所を先に落とすことで、降伏を勧告する事」


 何処に対してかは言わない。国に対してであるのなら、サムタックが国土に突き刺さった時点で決着はついているような物だ。

 アトラスの本命は他にある。


「もうひとつはある生徒を差し出す事です」

「ある生徒?」


 校庭に集められた教師のひとりが呟く。


「どういう意味ですかね。ウチの生徒を王国のルールに従って徴兵しようと?」

「あ、そういえばそんなのもありましたね。まあ、それはおいおい適性を見極めてから考えるとして、」


 演説台から避難民たちを見下し、アトラスは続けた。


「蛍石スバルを出せ」

「スバル? それは日本人か」


 アトラスの言葉に対し、避難民がざわつき始める。

 赤猿はこの状況を見て、やばいと理解する。

 この学園に蛍石スバルなんて名前の生徒はひとりもいない。

 だが、日本人の生徒は限られる。

 年齢や容姿などの特徴を言ってしまえば、すぐにばれるようなものだ。


「そ、それを知ってどうするんだ!」


 反射的に赤猿が挙手し、質問する。

 張り上げた大声に反応し、アトラスが赤猿を睨んだ。

 あまりの迫力に数歩後ずさりつつも、赤猿はアトラスの視線から目を離さない。


「……もちろん、殺す為ですよ」


 赤猿はこの時、明確な殺意と言う物を始めて目の当たりにした。

 何度かカイトから威圧的な視線を受けたことがある。

 だが、目の前にいる新人類軍の司令官はそれと比べても圧倒的に異質であった。

 得体の知れない恐怖と、喉元に刃を突き付けられたかのような圧迫感が同時に襲い掛かる。

 赤猿は表情が青ざめ、尻餅をつきそうになるのを堪えるのが精一杯だった。


「その様子だと、貴方はご存知なのでしょうね」


 演説台から降り立ち、アトラスがにこにこと微笑みながら赤猿へ歩み寄っていく。

 普段なら喜んでデートのお誘いでもしたいところだが、人の顔を被った悪鬼となれば話は別だ。


「いやぁ、ボーイフレンドでも追っかけてるのかと思っただけだよ。アンタみたいな美人を置いて逃げる奴がいるのは許せないよな」

「そうですね。確かに許せません」


 アトラスが赤猿に近づいてくる。

 周りの避難民は全員、この司令官を恐れて近寄らない。

 みんな分かっているのだ。

 コイツが異常な奴なのだと。

 変な正義感を振りかざし、勝算も無しに立ち向かおうものなら殺されるだけだ。

 赤猿とてそれは理解している。

 だからきっと、自分が一番それに近い位置にいる。


「なので、教えてくれると嬉しいなぁ」


 悪鬼がすぐそばまで迫ってくる。

 本能が逃げろと告げた。

 可能ならそうしたい。

 しかし、今逃げたら後ろから殺される。

 司令官の向こう側にバトルロイドが控えているのだ。

 背中を見せた瞬間、撃ちぬかれるのは目に見えている。

 友人と共に生き残るなら、ここで堪えるしかない。


「悪いけど、この学園にスバルなんて奴は居ないぜ」

「へぇ」


 事実だ。

 これを盾にすることでなんとか耐えていくしかない。

 その間に奇跡よ起これ。

 算段なんかない。

 今更抗議するように発言したことを後悔しても遅いのだ。

 だから時間を稼いで祈るしかない。


「じゃあ、他の人に聞きますので消えてください」

「ちょ!?」


 ところが、目の前にいる魔人はそれを良しとしない。

 目の前にいる同世代の少年に利用価値がないと判断すれば、即座に灰にする。

 特に考えているわけではない。

 ただ、これであの旧人類のガキが怒って出てくるのなら都合がいい。

 その程度だ。


「さよなら」


 アトラスが指で輪を作る。

 指先から僅かに火花が漏れるのを目の当たりにして、赤猿は反射的に目を伏せた。

 直後、学園内から轟音が鳴り響く。


「うわっ!?」


 窓ガラスが飛び散り、壁が粉砕する。

 外壁が吹き飛ぶと同時、小さな影が校庭に転がった。

 赤猿の真横を影が通り過ぎる。

 彼を含め、殆どの者が視線をやった。

 バトルロイドの首だ。


「ひっ――――」


 居残りをしていた女子生徒が悲鳴を上げる。

 校庭に吹き飛んできたのは首だけではない。

 切断された胴体と下半身も一緒になって校庭に飛んできた。

 機械のパーツが雨となり、校庭に降り注いでいく。

 避難民たちはパニックとなった。


「……まさか」


 だが、アトラスは後ろを振り向いたままである。

 彼の視線は学園に釘づけだ。

 あの瓦礫の奥に、バトルロイドを木端微塵に粉砕した何かがある。

 赤猿の処分よりも、そっちに興味が湧いた。

 アトラスが知る中だと、そんな真似ができるのはXXXかアーガスのどちらかしかない。


「リーダーか、アーガスさんか」


 スパイロボの映像を見る限り、学園にいるのは彼らのどちらかである可能性は高い。

 特にカイトは教師として働き始めていると聞いている。

 例え休日でも学園に来ている可能性は十分あった。

 もし、カイトだとすると厄介だ。

 アトラスの望みはスバルを倒し、カイトを改めて迎え入れることにある。

 ここで彼に捕まってしまっては、目的に達成は難しい。


 ところが、校舎の中に潜む魔物はカイトではなかった。


「……おや」


 瓦礫の奥。

 その中から僅かに人の姿が見えた。

 アトラスは見る。

 バトルロイドを葬った超人の正体を。

 金髪の巨躯と、長い尻尾。

 恐らくは教師なのだろう。

 破けたスーツ姿は生徒とは思えない。


「あなたは」

「アトラス・ゼミルガー。そうか、君か」


 男性教師は静かに呟く。

 小さく紡がれた言葉は独白だった。


「何時かこんな日が来るとは覚悟していた。どんなに平和な土地に逃れたとしても、僕達の周りは戦場で塗り替えられる」


 だから覚悟はとっくの昔にできている。

 きっと、ここで戦えば失う物はたくさん出てくるだろう。

 だが、それ以上にたくさんの物をここで手に入れたのは事実だ。


 ゆえに、ヘリオン・ノックバーンは宣戦布告する。


「生徒に手を出そうとしたな」


 歯と歯の間から吐息が漏れた。

 綺麗に揃った白の歯が、犬歯のように剥き出しになる。


「出ていけ。さもなければ、僕が相手になる」


 皮膚が鱗に覆われていく。

 スーツが破け、緑色の鱗で覆われた醜い上半身が剥き出しになった。

 身体中から湧き上がる力を解き放ち、ヘリオンは雄叫びを上げる。


「まさか、あなたがここにいたとは」


 咆哮を耳にした瞬間、アトラスは冷や汗をかいたのを自覚した。

 なぜならば、眼前にいる先輩戦士は第一期XXXの中でも最も畏怖すべき存在である。

 何が恐ろしいかと言えば、その外見。

 変わり果てた今の姿は、優しいヘリオンとは思えない程に歪である。

 アトラスの心を代弁するかのように、避難民の誰かが言った。


「恐竜だ……」


 呆然とする彼らの目の前に、尻尾を振りかざす爬虫類の姿が出現する。

 その姿は正に太古の覇者。

 図鑑の中にしか存在しない筈の、ティラノザウルスの姿であった。

次回更新は金曜日の夜か土曜日の朝を予定

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