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エクシィズ ~超人達の晩餐会~  作者: シエン@ひげ
『対決! 超電磁姉妹編』
18/366

スバル、涙の別れ! ~さようなら、僕のブレイカー~

 時刻は深夜を過ぎ、午前5時。

 獄翼はステルスオーラを纏い、山の中に隠れていた。

 透明な膜に包まれた鋼の巨人は、今やレーダーにも引っかからない優秀なカメレオンであると言える。

 同時に、その中にいる事であらゆる外敵から見つからずに済む。その間は全ての武器が使用不可能となるが、逃げるだけならこれ程便利な機能は無い。


「お湯湧いたよ」

「ん」


 そんな獄翼のコックピットの中で、二人のパイロットは遅めの夜食を食べる。

 メイン操縦席には蛍石スバル、16歳。2日前までは故郷のド田舎で学校に通う生活を送っていたのだが、この1日だけで色んなことがあり過ぎてすっかり疲れ切っていた。

 父親の死。規格外過ぎた同居人。その同居人と同じ顔をしたゾンビ鎧の出現。憧れだった巨大ロボの操縦。同居人と巨大ロボの融合。敵とはいえ、人間が死ぬ光景を目の当たりにしたこと。更には『SYSTEM X』によって見せられた同居人の過去。

 全て受け入れるには、重すぎる。


「なあ、今の内に聞いといていい?」

「なんだ」


 シーフードヌードルを啜りながら後部座席に座るカイトに問いかける。

 彼に聞きたいことが山ほどあるのだが、今最も聞いておきたい質問は一つだ。


「何で王国からヒメヅルに?」

 

 元々疑問だったのが、彼の過去を覗いたことで更に深まった。

 彼が今まで持っていた物を全て捨ててまで日本のド田舎に移り住んだ理由が、スバルには全く理解できずにいたのだ。


「どこまで知っている?」

XXXトリプルエックスの元リーダー。6年前、爆発事件に巻き込まれて死亡扱いだったってメラニーさんが言ってた」

「てるてる女か」


 いちいち人の名前を憶えないで外見的特徴で物を言う男である。

 名前でその愛称が出てくるくらいなら最初から名前で呼んであげろよ、と言いたい。

 しかし、今話をややこしくするとはぐらかされそうな気がしたので敢えて沈黙する。


「……事実だ。俺は6年前まで新人類軍に居てXXXと呼ばれるチームのリーダーを務めていた」


 何処か観念したように、カイトは言う。

 彼はカップヌードルをモニターの横に置き、何処か遠い目をしながら語り始めた。


「6年前、ちょっとした事件があってな。あそこに居れなくなったんだ。それで日本に逃げた」

「何したんだよ」

「爆発事件。後は言いたくない」


 ここでそのセリフは狡いんじゃないか、とスバルは思う。

 しかし彼は今のスバルの立場になっても『そうか』の3文字で返答して、それ以上は聞かないでくれた。

 それで彼に助けられたことも、4年間の共同生活で何度もあった。

 

「……分かった。それは聞かない」

「すまない」


 後部座席に座る彼の表情はこちらからでは見えない。

 ただ、声のトーンは重くなった気はする。


「じゃあ少し質問を変えるよ。あの時『SYSTEM X』で俺が見たのは……」

「多分、俺の記憶だ」


 地雷に足を突っ込んだ自覚はあるが、案外素直な返答が帰ってきた。

 一応、最大の地雷である16歳の記憶は彼に話していない。


「あの時、俺は13歳だった。訓練中にチームメイトと本気でやりあったんだ」

「それで相手の目を潰しちゃったの?」

「正確に言えば、爪を出して顔を思いっきり引っ掻いた」


 その光景を想像した瞬間、思わず鳥肌が立った。

 もしも自分がそれを受けたとすると、顔面の半分が綺麗さっぱり無くなっているんじゃないかと恐怖する。


「なんで訓練中にそんな事したのさ」

「本気の戦いだったからだ」


 彼にとって切っ掛けは些細な事だったのかもしれないが、その後の出来事が重大だった。


「エリーゼは、俺達の保護者だった。お前にわかりやすく言うと、保育園の先生みたいな感じだ」


 スバルは真っ先に動物園のライオンを相手にする飼育員を思い浮かべた。

 保育園よりはこっちの方が彼には似合っている気がする。


「……あれ?」

「?」

「その後は?」

「それだけ」


 飼育員をイメージした後、割と呆気なくその話は終わった。

 映像の中のカイト少年は泣きながらエリーゼに駆け寄っていた筈だ。あの光景を見るに、懐き度が低かったとは思えない。寧ろ愛情すらあったのではないかと邪推してしまう。


「何を期待してるんだ、お前」

「いや、てっきり好きなのかと思ってた。美人だったし」

「好きだったよ」


 これまたあっさりと返答してきた。

 どうにも彼の会話のリズムが掴めない。何が彼にとって禁句で、何が大丈夫なのかは共に暮らしてある程度理解したつもりだったが、この1日で余計に分からなくなった。


「少なくとも、あの当時は彼女さえいれば他に何もいらないと思った」

「……13歳だよな?」

「ああ。我ながら視野が狭いとは思う」


 見方によっては、相当なピュアだ。

 未成熟な13歳だからこそ、その思考に辿り着いた可能性も十分ある。


「じゃあ、今は?」

「死んだ人間の事は、あまり意識できない」


 そこでスバルは言葉を詰まらせた。

 やはりエリーゼは死んでいたのだ。最後に見たカイト16歳の記憶。血塗れの彼と、殺された彼女の光景。

 やはり彼が殺したのだろうか、と考えてしまう。


「何で死んだのか、聞いていい?」

「……どうした。今日はやけに踏み込んでくるな」

「一杯あったからさ。俺も、アンタも」


 我ながら上手い言い訳だと思う。

 実際その通りだ。可能であれば、今日起こった出来事をきちんと受け止める時間が欲しい。


「……悪いが、それを話す時間は終了だ」

「言いたくないって事?」

「ああ」

「分かった。ならいいや」


 これでスバルは大量にある『彼への貸し』を1つ返却した。

 だが、同時に踏み込んではいけない領域から足を退けたといえるだろう。


「それで、結局どうするの?」

「当初の予定通り、アメリカに向かう。あそこならお前も保護してもらえる筈だ。俺は知らんがな」


 自嘲気味に言うと、カイトは正面モニターに地図を映し出す。

 今いる場所(トウキョウ郊外)が赤く点滅していた。彼等の現在位置である。


「先ずは一旦シンジュクに戻る」

「えっ!? 折角逃げたのに!」

「丸腰でアメリカまで行く気かお前は」


 言葉を詰まらせる。

 言われてみれば、これ以上食料も無ければ金も無い。カイトに至ってはゲイザーとの死闘で身体中ボロボロだ。少なくとも服装は準備しないと、相当目立つ。


「シンジュクで事前に準備してた荷物を幾つかのコインロッカーに預けてある。今日は仮眠を取って、それを回収する」

「因みに、何を買ったの?」

「着替えと日持ちする食料。それから水だな」


 電気ポッドが獄翼のコックピットにあったのは不幸中の幸いだと言えるだろう。現代社会では携帯電話の充電や何時でもカップヌードルを食べれる為に巨大ロボの中でもコンセントがついているのだ。

 ちょっとしたカプセルホテルである。


「多分、全部詰めて後部座席がギリギリ満杯になる感じだと思う」

「逆に言えば、長旅になるから無駄はできないな」


 スバルはアメリカ大陸に視線を向ける。

 そこと日本との間には広大な海が広がっていた。流石にこんなところでコンビニがある訳も無く、ここで準備しておかなければ食料の補充は困難だろう。


「いや、道中で揃える事も出来るぞ」

「え?」


 スバルの考えを察したのか、後ろからカイトが指摘を入れる。


「アメリカに向かうが、海は極力避ける。ルートとしては中国・ロシア経由でアラスカに入る」


 日本から縦に向かい、ロシアで曲がるルートだった。

 恐ろしく寒そうな逃走経路である。


「海でまっすぐ向かうとなると、追手から攻撃を受けた際に脱出が困難になる。それにステルスオーラの事を考えると、隠れ蓑がある地上の方が便利だ」

「それでなるべく海は避けるわけか」


 スバルはその意見に納得した。

 確かに合理的で、こちらに都合がいい。


「ところで、ブレイカーじゃなくて船に乗るってのはダメだったのか?」

「ダメだ。船も途中でブレイカーに襲われたらアウトだ」

「でも、アンタなら船の上でもブレイカーを叩き壊せそうな気がするけど」

「俺は泳げない」


 その一言で、場に静寂が訪れた。

 何となく気まずい。突き放すように言われたカイトの言葉は、少し怒気を含んでいた。多分、気にしている。


「……ゴメン」

「分かればいい」


 気まずい空気が流れる。だが、そんな中でもカイトは業務的に話し続けた。


「シンジュクに戻った後は、マサキの貯金を全部降ろす。俺も無一文だし、まともに金を得るにはそれが一番全うな方法だ」

「差し押さえられてる場合は?」

「パツキンから盗んだ宝石を売る」


 どさくさに紛れて何をしてるんだコイツ。

 スバルは呆れ返った顔をしつつ、溜息をついた。


「後、お前には今の内にやってもらう事がある」

「何?」


 これ以上何をしろと言うのだろう。

 獄翼の基本性能はコントロールパネルから一通り調べた。

 『SYSTEM X』に関してはカイトが調べる担当である。自分には操縦以外の仕事があるとは思えなかった。


「お前が持ってる情報端末を全部ぶっ壊す」

「はああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ほぼ24時間起きていると言うのに、良くこんな声出せるなと自分で驚いた。だがそれ以上に驚いたのはカイトの提案である。

 この現代社会でスマートフォンや携帯電話を無くすことは社会についていけない事を意味するのだ。


「携帯GPSも差し押さえられたら位置がばれるぞ」

「あ、そうか」


 だが、その解答を得てすぐに納得する。名残惜しいが、命には代えられなかった。ポケットの中に入っていた携帯電話を後部座席の同居人に放り投げる。


「他にもあるだろ」

「え、何かあったっけ」

「お前のゲームカード」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 今度こそスバルは大絶叫した。

 カイトはその大声で見つかるのではないかと思ったらしく、口元に指を当てて『静かにしろ』と警告する。


「静かにできるか! あれは俺の命が詰まった代物なんだぞ! それを壊せっていうのか!?」

「お前の気持ちはわかる。だが、一度てるてる女に渡して調べられている以上、何がきっかけで見つかるか分からんぞ」


 空いた口が塞がらなかった。

 カイトの言う事も一理ある。そして一理ある以上、憂いは断っておくべきだろう。

 だが、あんまりだ。

 少ないお小遣いを全部叩いて一生懸命育ててきた巨大ロボのデータを、ここで壊さなければならない。

 スバルは泣きそうになった。というか、目尻からは既に涙が溢れていた。


「ひ、ひでぇよ……あんまりだよ……! この鬼! 悪魔!」

「無事に逃げれたら新しいカード買ってやるから」

「俺の数年間を金で買えると思うな!」


 世の中金と言うが、それだけでは全部買えるわけがないとスバルは思う。

 人間の気持ちは決して金では買い切れないのだ。少なくとも自分の愛はそんな物の前では靡かない。

 そもそも、この男は無一文だった気がするがそこはあえて突っ込まないでおいた。


「今度は本物のブレイカーもあるぞ。何が不満なんだ」

「不満しかねぇよ! 大体、俺のお好みを数年間かけて実現させてるんだから、新しいカードやブレイカーで満足できるわけないだろ! これは俺の相棒なんだ!」


 カイトは珍しく困り果てた顔をしていた。

 呆れ返ってた気もするが、この際どちらでもいいだろう。


「命とデータ、どっちが大事なんだ」

「データ!」

「馬鹿かお前は!」


 思いっきり拳骨を食らった。

 痛い。多分身長が何センチか縮んだ。


「うえええええん! 嫌だぁ。俺の『ダークフェンリル・マスカレイド』は不滅なんだあああああああああ! 長嶋さんと巨人軍と同じくらい不滅なんだあああああああああ!」


 遂には泣き出した。中々洒落たネーミングセンスしてるな、とカイトは呑気に考え始める。

 だが、泣き止むのを待つのも心苦しい。


「そのダークフェンリル・マスカレイドが、お前を死なせたいと思ってるのか?」

「え?」


 その言葉に、スバルは耳を向ける。


「これでも4年過ごしてきたんだ。お前がソレに並々ならぬ感情を抱いているのは知っている。だが、その機体はお前を不幸にしたいと思っているのか?」

「ある訳ないだろ! ダークフェンリルは俺を裏切らない!」

「そうだろう。ならマシンの気持ちも少し考えろ」


 何を言ってるんだろう、俺は。

 脳内でそんな事を思いつつも、カイトは口からそれっぽい事を言う。


「もし、そのICカードのせいで見つかって道中で殺されてみろ。ダークフェンリル・マスカレイドは自分のせいでお前を殺したと、一生己を恨み続けるだろう」

「……それも何かカッコいいな! 悲しみの狼的な!」

「馬鹿。それを受け入れようとするんじゃない」


 そんな問答を繰り広げていく内に、スバルも徐々に落ち着いてきたらしい。彼は自身の命ともいえるカードを見つめ、寂しそうな表情を浮かべた。


「……俺さ。まともに仕事手伝わないもんだからお小遣い少ないだろ? だから殆どケンゴにプレイ料金借りてたんだ」

「最悪だな」

「うん。でも、少ない小遣いでコレだけは最後まで育て上げたよ」


 ダークフェンリル・マスカレイド。

 旧人類最強のプレイヤー、蛍石スバルの駆るミラージュタイプの特機だ。

 狼のような凶暴な顔つきと、牙を象徴するかのような二刀流で彼は全国のトッププレイヤーと争い続けたのである。

 嬉しい時も、悲しい時も彼はダークフェンリルと共にあった。


「少し前に、プレイヤー交流会っていう遠征があってな」

「ああ、都会に出る為にマサキに土下座した奴か」

「そう、それ。旧人類は流石に俺しか居なくて、物凄い緊張したんだよ。ほら、新人類って旧人類に対して割と高圧的じゃん」


 そこは流石に個人差はあるが、カイトのように個人として接するのは非常に稀だ。アーガスのように最初から友好的な態度なのも珍しいと言える。


「でも、初めて自分に自信を持てる事だったから勇気を出して飛び込んでみたんだ。そしたらさ、同年代の新人類に『ファンなんです! 私にも是非プレイテクニックをご教授ください』って言われちまった」

「まるで外部講師だな」


 だが、報われた気がしたのは事実だ。

 田舎ではケンゴくらいしかマトモに付き合ってくれなかったけど、続けてきて良かったと本気で思った。

 何度『どうせ新人類の相手にならないし』と諦めかけたか覚えていない。


 せめて、最後に輝かしい優勝盾と共に立体化してほしかった。

 『ブレイカーズ・オンライン』のシングル対戦における全国大会では、優勝者に自身の愛機のフィギュアを贈呈されるのである。


「去年は全国大会に『旧人類代表』としてノミネートされたけど、結局ベスト8止まりだしさ」


 カイトは『それらしい事』を言わなかった。

 下手な慰めは無用だと、何となく理解していたのである。言葉によっては彼を傷つけかねない。


「せめて、最後にお願いしてもいいかな?」

「なんだ」


 スバルは目元を拭い、ICカードを取り出す。


「明日、最後に1戦だけさせてくれ。それが終わったら、俺がコイツを壊すよ」


 カイトはニヒルな笑みを浮かべながら首を縦に振った。

 そしてスバルに向けて言う。


「でも金はお前が出せよ」

「ケチ!」

「何とでも言え。俺は最後の諭吉を失ったばかりなんだ」


 一体何に使ったんだ、本当に。

 訝しげな目線を彼に送りつつも、スバルは何故か薔薇をくわえた自称美しき狩人の新人類兵を思い出した。

戦士達のぼやき


スバル「さようなら。僕のダークフェンリル・マスカレイド……」

カイト「何で本当に諭吉しかなかったんだろう……」

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