第162話 vs赤猿
神鷹カイトの駆る鳩胸による、ショッププレイヤー虐殺事件――――通称、ポッポジェノサイドから一夜明けた。
スバルからの決闘宣言を受け取ったカイトは、仲間たちからの白い視線を浴びつつも黙々と戦闘準備を整えていた。
フリーターなのをいいことに、彼は今日もゲーセンに入り浸るつもりなのである。
余談になるが、プレイ料金はそれなりに貰っていた。
昨日のできごとを終始見守っていた大家のおばちゃんが『いいねぇ! 男はこうやって大きくなっていくんだよ!』と妙に興奮気味に食らいついてきた結果だ。
理解のある大家で助かった。
「私が言うのもどうかと思うけど、大人気ないと思わない?」
カードを発行していると、横に立つエレノアが問う。
彼女は今日もカイトの元を離れ、自らの肉体に憑依した状態であった。
体内に寄生されるよりはマシなのだが、目の前に自分と全く同じファッションをしている女がいるのも気味が悪い。
カイトの身体から出てきた際、彼の服装を左目の力で複製したのだ。
ご丁寧な事に、左目を覆う包帯までコピーしている。
傍から見れば痛いアベックだった。
「なにが」
「あの子を相手に大マジになっちゃうところ」
エレノアがふてくされた顔で言ってくる。
私の相手をしてくれよ、とでも言わんばかりの表情だった。
真意を読み取ったカイトは敢えてその意思を無視。
エレノアの問いのみに焦点を当て、淡々と答えていく。
「あの時言った通りだ」
「どんな通りなのさ」
「たまにはあいつと真剣に勝負をするのも悪くない。それ以上の他意はないね」
発光されたカードを受け取ると、カイトは筐体に向かう。
既に筐体の前にはブレイカー乗りたちが集まっており、各々の機体を操作していた。
「まだ平日の朝なのに、元気なもんだ」
「昨日は君がやらかしたからでしょ」
そんなやり取りに反応し、ギャラリーの何人かがこちらに振り向いた。
途端に、彼らの表情が驚愕の色に染まっていく。
「ポッポマスターだ!」
「やばい、また虐殺されるぞ!」
「しかも女連れだ!」
「美人だぞ!」
「おい、ペアルックだ!」
「顔に包帯なんか巻きやがって、かっこつけてるのか!?」
「よし、俺が相手だ。戦場に女を連れてくる甘ったれた野郎に、戦いってもんを教えてやる!」
エレノアの姿を目にした瞬間、彼らはなぜか大いに盛り上がりを見せ始めた。
カイトから見ればやたら肌が白くて隈が黒い不健康そうな女以外の何者でもないのだが、それでも彼らにとっては美人だった。
男は美人が絡んでくると欲望を剥き出しにするのだ。
「うふ、美人だって。嬉しい?」
「なぜ俺に聞く」
「だって君が羨ましがられてるんでしょ。感想くらい言ってやりなよ」
「なるほど」
言われて納得すると、カイトはずかずかとギャラリーを押しのけながら筐体の前に立つ。
経緯はどうあれ、受け取った喧嘩は買うのが彼の流儀であった。
ただ、これ以上エレノアとの関係を妙な方向へ持っていかれるのは我慢ならない。
ゆえに、カイトは筐体の向こうにいる対戦相手に向けて言う。
「おい」
「なんだよ」
「俺の横にいるコイツだがな。趣味は人体改造だから碌な奴じゃないぞ」
「美人に改造されるなら本望だ!」
火に油を注ぐとはこのことだった。
筐体の向こう側にいる対戦相手は妙な気迫を身に纏い、やる気を出し始めている。
「というか、ちょっと待て! アンタ、もしかしてその美人さんに改造手術を受けたのか!?」
先の発言を受け、対戦相手が立ち上がって指摘する。
カイトは思う。
いかん、また話が妙な方向に流れ始める、と。
どうやってこの場を切り抜けようと考え始めたカイトを余所に、エレノアはやけに上機嫌な態度で対戦相手に言う。
「いやぁ、運命の赤い糸で結ばれた仲だからね。身体の調整をするのも、パートナーの務めだろう?」
「か、かかかかかか身体の調整ぃ!?」
仰け反り、オーバーリアクションを披露する対戦相手。
そしてざわつくギャラリー。
がっくりと頭を落とす神鷹カイト。
割と事実だから否定する材料が見つからなかった。
どうやってこの女を黙らせようかと考えていると、向こう側の筐体にいる対戦相手が煮え切った表情のままずかずかと近寄ってきた。
学生服を身に纏った、少々小柄な男である。
恐らくサボタージュ中なのであろう彼は、カイトの胸倉を掴むと一喝し始めた。
「お、お前! 彼女とそんなことまでしておきながら、なんでこんな朝っぱらからここにいるんだよ!」
「お前はどうなんだ」
平日の朝、ゲーセンで学生に説教されてもまったく説得力がない。
自分のことを棚に上げたまま、学生は続けた。
「いいか! 女と付き合うってことはだな。彼女の為に自分の時間を割くことが大事なんだ、わかるか!?」
「言いたいことはわからんでもない」
「そうだろう! だからポッポマスター、こんなところで油を売ってる暇があったら彼女の為に婚約指輪でも買って来い! そして式には呼べ! 彼女さん、お友達にフリーで可愛い子がいたら紹介してくださいお願いします!」
「誰がポッポマスターだ」
突っ込みたい要所はたくさんあったが、その中で敢えてカイトはこの単語を炙り出した。
他の要素を指摘しても泥沼に嵌るだけなのは十分理解したつもりである。
「さっきから聞いていれば好き勝手に人を呼んでるじゃないか。もっとイカす名前は思いつかなかったのか」
「だって鳩胸だしさ……」
どうもカイト本人よりも鳩胸を使って勝利した方がインパクトが強かったらしい。
カイトとしては自分よりも鳩胸の方が評価されているようで、ちょっと面白くなかった。
「大体、俺は鳩胸専門じゃないんだぞ」
「え、そうなの?」
思いっきり首を横に傾げられた。
周りを見れば、取り囲んでいるギャラリーの何割かも驚いている。
「おい、マジかよ。あれだけ戦えるのに鳩胸専門じゃないだとさ」
「じゃあ、専用機に乗ったらどんだけつぇえんだよ……」
「赤猿でも勝てないんじゃないか」
「うるせぇ、余計な事は言わないでいい!」
ギャラリーに名指しで呼ばれた赤猿が怒鳴る。
カイトの目の前に詰め寄っている学生服を着た対戦相手こそが赤猿だ。
言われてみれば、彼は赤髪である。
それになんとなく猿っぽい顔をしている気がした。
ゆえに、カイトの中では目の前の学生=猿の図式が出来上がっていく。
「お前、サルっていうのか」
「赤猿な。因みに、登録名だ。流石にそんな名前を親から貰ったら今頃グレてるぜ」
朝からゲームセンターにいる時点で十分グレている気がするが、敢えて口にしないことにしてあげた。
「で? 鳩胸を専門にしてないなら何が専用機なんだ。お前もブレイカーズ・オンラインで連勝をするほどのプレイヤーなんだ。余程名前が知れてるパイロットなんだろう?」
「いや、別に」
「謙遜する必要はないぜ。昨日は来れなかったから直接お前の戦いは見れなかったが、この赤猿様が打ち立てた連勝記録を塗り替えるだけでも相当な手練れだと予想できるってもんよ」
「昨日始めたばかりだ」
「へぇ、昨日始めたばかり。確かにそれだと専用機はないよな……って、なにぃ!?」
見事なノリツッコミであった。
狼狽え、若干仰け反りつつも赤猿はカイトに問い詰める。
「昨日始めてこのゲームやったってのか!? 前作の経験は0ってことか!?」
「そうだ。見学はしたが」
嘘は言っていない。
カイトは常にスバルの傍にいた為、彼の操縦を真似ているだけなのだ。
ゆえに、基本以上の動作ができる。
とはいえ、こんなことを素直に言ったところでしょうがない。
誰でもできることではないのだ。
カイトがでたらめの塊みたいな奴だからこそできる芸当である。
「じゃあ、カードは」
「これから登録していく」
つい先程発行したばかりのカードを赤猿に見せる。
赤猿はまじまじとカードを見ると、観念したように溜息をついた。
「マジっぽいな……どんな化物の所で見学したのかは知らないけど、登録するなら旧の方でやってくれ。他のみんなもNEXTの筐体でプレイしたいんだ」
「残念だが、今日は登録だけをしに来たわけじゃない」
赤猿の言いたいことはわかる。
ゲームセンターはあくまで公共の場であり、そこに設置された筐体を使って遊ぶのはお客さん全員に与えられた特権なのだ。
決してカイトひとりが扱う為の物ではない。
ただ登録するだけなら、旧の方にいって然るべきだろう。
その方が他のお客さんも新作のプレイができる。
「俺は真剣勝負に挑む為に練習と知識をつけなければならない。悪いが、暫く使わせてもらう」
凄まじくふてぶてしい発言だった。
人によってはマナー違反だと叫ぶ奴もいるだろう。
しかし、赤猿は真剣勝負の単語に興味を示した。
「勝負? これでか」
NEXTの筐体を指差し、問う。
カイトは静かに頷くと、事の詳細を簡潔に説明し始めた。
「昨日、俺がプレイして連勝したって話したら、操縦を教えてもらった奴から決闘を申し込まれた」
一瞬、ギャラリーがざわついた。
昨日虐殺の限りを尽くしたポッポマスター。
それに操縦を教えた(実際は見せていただけ)ブレイカー乗りとの真剣勝負。
想像するだけで鳥肌が立った。
ゲーム初心者とは言え、神鷹カイトは間違いなくこのゲームセンターで上位に食い込むプレイヤーとなっている。
近年稀に見る頂上決戦の予感がする。
ブレイカー乗りたちはこの話を聞いた瞬間、野次馬根性が爆発した。
「なるほど。確かにガチをやるならもっとこのゲームを知りたいだろうな」
赤猿も納得の表情だ。
彼が納得したところで、カイトは改めてNEXTの筐体に座ろうとする。
だが、着席は赤猿によって静止を受けた。
「待ちな」
「なんだ」
「アンタ、確か機体選びから始めるんだったな。それなら俺がレクチャーしてやるぜ」
「お前が?」
自身に指を突き付け、自信たっぷりの表情でカイトを誘う赤猿。
「できるのか」
「馬鹿にするな。こう見えても俺はここに避難する前は全国区プレイヤーだったんだぜ」
全国区プレイヤー。
要するに、世界中にいるブレイカー乗りの中でも上位に食い込む戦士を意味している。
ふと、カイトは思い出した。
そういえばスバルのネット仲間に『赤猿』って奴がいたなぁ、と。
「機体の知識なら俺だってあるさ。お前に合ったブレイカーと装備を、俺が選んでやるとも」
「それなら心強いが、相手はスバ――――マスカレイド・ウルフだぞ」
本名を知っているのかわからなかったので、カイトは敢えてスバルの登録名を口にした。
赤猿が目を丸くする。
予想だにしなかった名前らしい。
ギャラリーたちも同様だ。仮面狼の名を知らないブレイカー乗りは少ない。
彼の動画はいまだにブレイカーズ・オンラインのバイブルとして多くの支持を集めているのだ。
「あいつかぁ! 成程、確かに新人類がアイツの動きをトレースしたら強いわ!」
納得すると、赤猿は益々面白そうとでも言わんばかりに目を輝かせ始める。
どういう事情でこの島にいるのかは知らないが、旧人類最強クラスのブレイカー乗り、蛍石スバルと彼をよく知る新人類による真剣勝負。
呆れや友情といった感情よりも、興味が勝った。
「いいぜ。あいつが相手なら半端は通用しないからな。俺たちがしっかりセコンドして、今世紀最大のエンターテイメントを完成させてやるよ。なあ、みんな!」
赤猿の号令で、ギャラリーたちが湧き上がった。
なぜかゲームセンターの店員まで賛同しており、カイトは戸惑いを隠せない。
「別にエンターテイメントにする必要はないぞ」
「今世紀最大のベストマッチだぜ? 俺なら大晦日の特番よりもみたいね」
「大袈裟だ。俺はそこまで足を踏み入れていない」
「なら、これから踏み入れてもらう」
赤猿がにやりと笑う。
年相応の悪戯っぽい笑みであった。
「あいつは友達じゃないのか?」
「ダチだよ。実際、遊んだこともあるしな」
だが、友情と真剣勝負は話が違う。
目の前に面白そうなイベントが転がっており、それをみすみす腐らせるような赤猿ではないのだ。
彼の信条は『常に面白くあれ』である。
ゲームは面白くないと、つまらない。
だからこそ赤猿は真剣に遊びに興じるのだ。
「でも、折角やるならより楽しくなる方がいいと思わないか? お前もダチとゲームやるなら、そう思うだろ」
不思議と、説得力があった。
カイトは笑みを浮かべると、ひとことで返す。
「ああ、思うね」
こうして、戦況はスバルにとって少しずつ思いがけない方向へと向かい始めた。




