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エクシィズ ~超人達の晩餐会~  作者: シエン@ひげ
『激ファイト! スバルvsカイト編』
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第159話 vs始めてのブレイカー

 それはスバルが店にやってくる前の話である。

 この日、仲間たちは勤務で出かけて部屋におらず、大家から貰う予定の仕事はまだ先であった。

 ぶっちゃけてしまうと、非情に暇だったのである。

 その為、スバルと別れてひとりでぼんやり歩いていたのだが、


『どうしたのさ。そんなにしょげてちゃあ、人生楽しめないよ』


 頭の中に女性の声が響く。

 その声が聞こえた瞬間、カイトは反射的に吼えた。


「貴様のせいだろうが!」


 己に向かって叫んだ言葉は、周囲にいる人間たちを軽く戸惑わせる。

 幼い子供は頭に包帯を巻いている青年を指差し、


「ママー、あのお兄ちゃんひとりで怒ってる」

「しっ、見ちゃダメです。あの人にも人に言えない悩みがあるのよ」


 と、世間の荒波を垣間見ていた。

 因みに、親子のやり取りはばっちり聞こえている。

 カイトは歯噛みしつつも、黙ってエレノアに訴えることにした。

 脱走した後に気付いたことだが、心の中で何かを考えると、自然とエレノアにも伝わっているらしい。

 プライベートもクソも無い生活だった。


『何が悲しくて面接官に『お前も人形にしてやろうか』と叫ばなきゃならんのだ』

『それ、もしかして私の声マネ?』

『うるさい。兎に角、あれのせいで俺は危険人物扱いだ。どうしてくれる』

『いいじゃない。危険人物なんだから』


 カイトからしてみれば、エレノアの方が危険人物である。

 他人を人形にする為に16年もストーキングを続けてきた女なのだ。

 どう考えても自分より気が狂っていると思う。


『それに、眼のこともあるからね。下手に世間慣れするよりは、なるだけ人目に触れない場所にいる方がいいと思うよ』


 人格否定をした直後であったが、エレノアは意外と今後のことを考えていた。


『それにさ。折角の共同生活なんだよ? ふ、ふたりっきりの時間は多いに越したことはないと思うんだよね。フフフ……』

『感心した俺が馬鹿だったよ』


 ただ、エレノアの言う事ももっともであった。

 日常生活を送る為には、この左目は目立ちすぎる。

 ただの廚二病患者呼ばわりで済めばいいが、カラーコンタクトでもなく本物の目玉なのだから困った。


「お」


 と、そんな時であった。

 看板が見えた。

 見覚えのある単語を含んだ看板である。


『へぇ。ブレイカーズ・オンラインNEXTね』

『ああ。スバルがやってるゲームだ』

『入荷したばかりみたいだけど?』

『新作なんだろ。しかし、ブレイカーか』


 ブレイカーと言う乗り物に関しては、カイトも思うところがある。

 と、いうのもここまでの戦いを共に潜り抜けてきた獄翼が破壊されてしまったのだ。

 長い間慣れ親しんだ機体が目の前で破壊されるのは、中々堪える。

 実際に操縦していたスバルなら尚更だ。

 以前、彼が大事にしていたカードをへし折ったことを思いだし、カイトは跋が悪そうな表情になる。


『君でも思い入れっていうのが出来る物なんだね。少し意外だよ』

『寝泊まりだってしてるんだ。俺の中では家だぞ』


 それに、実を言うと興味を抱いている。

 約半年もの戦いを潜り抜けてきたが、常にスバルの後ろで操縦を見てきたのはカイトだった。

 彼がそこまでのめり込むゲームの続編。

 気にならないと言えば、嘘になる。


『しかし、スバル君も大変だね。お金の余裕が無いのに、やりたいであろうゲームが出るなんて』

『奴もここにつくまで頑張ってきた。今くらいはリラックスしてもいいだろ』


 我ながら大甘な台詞だと、カイトは思う。

 しかしアキハバラに観光に行ったときも、結局サイキネルたちの襲来にあって休む暇がなかったのだ。

 それからも殆ど訓練と実戦の毎日だったので、心身ともに疲れ果てている筈だった。

 本人はあまり言葉に出さないが、元々はただのゲーマーなのだ。

 戦いから離れる機会に恵まれた以上、息抜きは忘れてはならない。


『まあ、確かに彼にとってはいい休暇になるだろうね。で、ついでに聞きたいんだけどさ』

『なんだ』

『どうして君が店内に入ってるわけ?』


 さも当然のようにゲーセンに入店したカイトに向けて、エレノアが尋ねる。

 表情は見えないが、なんとなくジト目で見られている気がした。


『偶には俺も息抜きをしてもいいだろ』

『へぇ、君がゲームをね』

『意外か?』

『意外だね。手先は器用だけど、あんまり現実に役に立たなさそうなのはやらないのかと思ってた』


 そこに関しては否定しない。

 実際、カイトはヒメヅルで生活していた頃にスバルに向けて勉強を促したことがある。

 その際、ゲームをやって将来稼ぐ気なのかと聞いてみたこともあった。

 結構いじわるな問いかけであったと、今なら思う。


『見聞を広める為には、普段やらないことをするのも必要だ。そうだろう』

『なるほど、素晴らしい意見だ。それなら帰ったら私とリアルおままごとでもどうだい?』

『今となっては高度なプレイだ』


 心の中でぼやきつつも、カイトは筐体の前へと辿り着く。

 既に人が入り乱れており、限られた筐体は全て占拠されている。

 平日の午前だというのに、ご苦労な事だ。


『この人たちは、これの為に有休をとったのかな?』

『学校のズル休みもいる筈だ。制服姿がちらほら見える。帰ったらヘリオンにチクってやろう』


 軽くとんでもないことを考えつつも、カイトは人の集団の中に突撃する。

 物凄い熱気であった。

 元々人混みは嫌いなのだが、こうも肌がぶつかりそうな距離になると暑い。

 見れば、ギャラリーの何人かはペットボトルを持参していた。

 前にいるギャラリーの頭と頭の間を除いてみると、前のめりになってゲーム画面に張り付いているプレイヤーの姿も見える。


『……私、君があんなのになるのはやめてほしいな』

『安心しろ。少し土産話にするだけだ』


 ただお土産にするだけなら、隣の旧作に行けばいい。

 しかし折角目の前に新作があるのだ。

 こちらの方が話としては盛り上がる筈であると、カイトは睨んでいる。


『ところで、これって順番待ちしてるわけ?』

『さあ。基本的に、負けたら交代の筈だが』


 ひとりでゲームセンターに立ち寄るのは初めてだが、マナーくらいはカイトも知っている。

 なので、待っていれば自然とプレイすることができる筈なのだ。

 そしてその時は、案外あっさりとやって来た。


「どうぞ」

「いいのか?」


 席が空いた瞬間に、前で見学していたギャラリーがカイトに譲る。


「俺はもうやったからさ」

「そうか。悪いな」


 他人の善意を素直に受け取り、カイトは始めての筐体へと着席する。

 懐からコインを入れると、スタート画面が表示された。


『今更なんだけどさ』


 適当なボタンを押下して、画面が黒になったところでエレノアが語りかけてきた。


『君ってこのゲームの操作方法を知ってるわけ?』

『まさか。席に座ったのすら初めてだ』


 ただ、ブレイカーズ・オンラインは基本的に現実のブレイカーの操縦方法を元にしていると聞いたことがある。

 操縦桿を模したコントローラーに手を付けると、エレノアに向けて一言つぶやく。


『見様見真似だ』

『だとすると、動かす機体は大分限られるね』


 カイトはこのゲームのカードを持っていない為、機体と装備は1から選ぶことになる。

 スバルの動きを参考にして操作するのであれば、自然と獄翼に近い機体を選ぶ必要があった。

 ただ、悲しいことにカイトはそこまでブレイカーについて詳しい訳ではない。

 ミラージュタイプを使うところまでは決まっているのだが、機体の数が多すぎてどれを使うべきか決めかねてしまうのだ。

 余談になるが、このブレイカーズ・オンラインNEXT。

 機体数だけでいえば80機以上もの数が登録されている。


「こいつだな」


 しばし画面と睨めっこした後、カイトはある機体にカーソルを合わせて決定ボタンを押下した。

 同時に、彼の後ろに控えるギャラリーがざわつく。


「おい、今の……」

「うん。鳩胸だぜ」


 量産型ミラージュタイプ、鳩胸。

 ブレイカーの中ではもっともコスト面で優秀であり、スタンダートな機体である。

 カイトがこの機体を選んだのには理由があった。

 彼が唯一、性能を知っているのがこの鳩胸だからである。

 可能であれば獄翼や紅孔雀といった機体があれば嬉しかったのだが、あれらは現実の最新機だ。

 獄翼に至っては脱走に使われている始末である。

 そう簡単にゲームに登録されているわけがなかった。


『装備は?』

『このままでいい』


 機体カスタム画面をスキップし、標準装備のままでロード画面へ移行する。

 こうしている間にも、ギャラリーのざわつきは激しさを増しつつあった。


「今作の鳩胸って、強いの?」

「wiki開いてみたけど、情報はまだだな」

「前作だと下から数えた方が早いんだよな。その分、ミラージュタイプに触るなら理想の機体ではあるけど」

「でも、標準武装だろ。単純に初心者なんじゃねーのか?」


 こうした評価が来るのも、仕方がないだろうとカイトは思う。

 鳩胸が量産機であり、このゲームの常連さんは基本的に『専用機』を準備してきているのは承知の上だ。

 性能で勝ろうとは思わない。

 元よりちょっと触る事ができたらいいかな、程度なのだ。

 流石に瞬殺されると憤りは感じるとは思うが、実際に動かしてみて感じる世界がどんなものなのかを体験できればそれでいい、と。

 この程度の目標で筐体に座っているのである。


『ま、店の回転率もあるからね』


 エレノアも同様の感想を持ったようであった。

 いかにカイトが優れた新人類であり、常識はずれな身体能力を持っていたとしても初めてのゲームで経験者に勝てるとは思えない。

 スバルの操縦を長い間見ていたとしても、同様だ。

 展開は目に見えている。

 ゆえに、エレノアはこの茶番に刺激を投下してみることにした。


『折角だし、賭けてみない?』

『賭けだと。ここでか』

『うん。カイト君が勝てたら今日は一日中君の身体から出ていくことを約束しよう。どうだ、面白そうだろう?』


 その提案がエレノアの口から放たれた瞬間、カイトの目つきが急に鋭くなった。

 獲物を見つけた猛禽類を思わせるような眼光が、ロード画面に表示された対戦相手を映し出す。


『その代わり、君が負けたら今日は一緒にお風呂に入ろうかな』

『いいだろう』


 意外な事に、カイトはあっさりと承諾した。

 普段なら真顔のまま白けた視線を向けるか、怒鳴るかの二択なのだが、どうやらカイトにとっては非常に魅力的な賭けだったようだ。


『勝ったら俺の身体から出ていけ。忘れるんじゃないぞ』

『う、うん。……流石にそこまでマジで言われると傷付くんだけどね』


 傷心しつつも、エレノアは思う。

 ムキになっちゃう辺りもまた、かわいいんだよなぁ、と。


 どう考えてもカイトに勝つ要素はない。

 ただ目の前にある欲に対し、素直になっているだけだ。

 カイトが凄まじい形相で画面を睨んでいるが、そんなことをしたところで勝敗に影響がある訳ではない。

 自分の勝利は揺るぎのない物である。

 ゆえに自信に満ちた笑みを浮かべながら見学することにした。


 やがて、真っ黒になった画面が3Dで表現された砂漠の戦場へと遷移する。

 『BATTLE!』の文字が出現した。

 

 相手のブレイカーは、僅か26秒でKOされた。

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