第149話 vs異次元空間
握りしめていた柄を手放す。
黒の刀身に貫かれたイゾウは、ぴくりとも動かないまま仁王立ちしていた。
「……ふん」
ゲイザーがぱちん、と指を鳴らす。
黒の眼の力によって剣となっていた髪の毛がその姿を取り戻した。
蓋の役割をしていた刀身が消え去ったことで、イゾウの穴から鮮血が噴き上がる。
いかに痛みを感じないとはいえ、これでは生きていまい。
実際、彼の心臓は動きを止めている。
しかし、勝ったと言うのにこの虚しさは何だ。
完全なる勝利だった筈だ。
イゾウの武器を砕き、他の誰にも邪魔されることなく終わった。
直接対決においては、完全にゲイザーの勝利と言っていい。
その筈なのだが、彼の気分は浮かない。
トドメを刺す際にイゾウに言われた言葉がぐるぐると頭の中で回転する。
「くそ!」
メリーゴーランドのように回り続ける捨て台詞を振り払うと、ゲイザーは周囲を見渡す。
トゥロスもアクエリオも、一応生きている。
生きているが、しかし調整が必要だ。
ふたりとも身体に受けたダメージが大きい。
「ノア、聞こえてるんだろ」
『ああ。勿論聞こえている』
虚空に向けて叫ぶと、間を置かずに返答がくる。
比較的近くで休んでいるトゥロスから響いてきた返答だった。
「こいつらの回収を頼む。俺は連中を追うつもりだ」
『残念だが、それはできない』
「なに。なぜだ」
イゾウを倒した今、脱走中のカイト達を追えるのはゲイザーしかいない。
普通の新人類兵でカイトを倒せるとは思えないからだ。
少なくとも、ゲイザーはカイトをそう評価している。
「連中を逃がすなと命令したのはお前の筈だ」
『その通り。上もその意向だ』
「だったら俺が行く。今頃、連中はブレイカーで外に出てもおかしくはない」
『そうだよ。だからこそ、もう誰も外に出さないんだ』
「どういう意味だ」
『既に新人類王国は空間転移を行っている』
「なんだと!?」
空間転移。
ミスター・コメットが得意とする、異次元空間を通る事で行う瞬間移動だ。
それを現在進行形で行っているのだと、彼女は言う。
だが、それにしたって疑問はある。
「どこに飛ぼうってんだ」
『どこにも』
「貴様、まともに答える気があるのか?」
『まともなんだよ。つまり、この答えが正解。リバーラ様は王国を国ごと空間転移させるけど、どこに移動する気もないんだ』
「移動しない空間転移だと」
国ごとの空間転移。
実際にできるかは見たことがない。
見たことはないがしかし、新人類王国はその本拠地を小さな島に構えている。
その島を、ブレイカーのように転移させることができればやってやれないことはない筈だ。
要するに、新人類王国は襲撃を受けたとしても、即座に避難することができるのである。
ただし、内部から襲撃を受けたら話は別だ。
今回のように、内部で暴れる害虫もそのまま転移させてしまえば、何の解決にもつながらない。
「……そうか。読めたぜ」
ゲイザーが納得したように頷く。
王国が、害虫をくっつけたまま空間転移をする意義。
それはひとつしか考えられない。
「外に出れなくするのか」
『そうだ。空間転移中の出口は、空間を作り出したミスター・コメットしか知らない』
これはあくまで聞いた話なのだが、空間転移中の異次元空間は勢いの強い波のような物であるらしい。
下手に飲み込まれたら最後。
どこともわからない場所に飛ばされてしまうのだ。
この情報はコメットを利用したことがある者なら、誰でも知っている。
もちろん、カイトやアーガス達もそうだ。
『それに、白の外にはエアリーがいる』
「奴だけでどうにかなるかな? 敵は今頃ブレイカーの中だぞ」
『鎧用のブレイカーができたんだよ』
「なんだと?」
てっきり、生身でブレイカーに戦いを挑むのかと思っていた。
鎧はその性質上、巨大ロボットを支給されることがない。
既に彼ら自身がそれを破壊できるパワーがあるからだ。
しかし、ゲイザーは知っている。
巨大ロボットでも戦い方によっては鎧を撃退することができる、と。
当然ながら、管理者であるノアも百の承知だ。
だからこそ、作った。
鎧の為のブレイカーを。
その力が存分に発揮されるブレイカーを。
『まあ。オリジナルが使っていたマシンを改良しただけなんだがね。それでも凄い出力が出るから、なるだけ単騎で戦わせたい』
「外に出たら俺も死ぬと言うのか?」
『そうとも。既に外で待機していた新人類兵には通達している。最終兵器を出すから、死にたくなければ城の中に戻れってね』
実際、鎧やグスタフ級の兵士でなければ殆ど瞬殺されているというのが現状だ。
1対多数を得意とするアーガスが合流した以上、雑兵を外に置いていても何の意味も持たない。
それならせめて、最高戦力をそこに配置する。
シンプルな戦闘理論であった。
壁を突きやぶり、獄翼がスバルの前に降臨する。
天井を崩しながらもコックピットのハッチが開き、搭乗者を招き入れた。
「よし。特に弄られてない。武装も遊園地に突撃した時と同じだ」
一通り装備と機体状況をチェックした後、スバルは後ろの3人に振り向いた。
「何時でも出せるよ!」
「よし、飛ばせ」
獄翼の後部座席は現在、3つある。
その中のひとつにカイトが。
交代先としてマリリスとシデンが座っている。
彼らは怪我人と治療組だった。
「でも、エイジさんとアーガスさんは大丈夫なの?」
「この程度で吹っ飛ばされるほど軟じゃないさ」
『おう。俺達を信用しろよ!』
『そうとも! 私の美しさで風圧も消し飛ばして見せよう!』
獄翼の肩の上でエイジとアーガスが元気よく吼える。
獄翼のコックピットはそんなに広くない。
元々乗れても4人が限度だったのを、最大限使っているのだ。
それ以上の人数を乗せる空間なんてないのである。
その為、比較的健康体であるエイジとアーガスは獄翼にしがみついて脱出することになった。
「なんか前もこんなことあった気がするな」
「いいから飛ばせ。さっさとここからおさらばするぞ!」
「わ、わかった!」
本当に大丈夫なんだろうな、と思いながらもスバルは操縦桿を握る。
獄翼の巨大な身体が外壁を砕き、迷宮をこじ開けていく。
壁という壁をエネルギー機関銃で破壊していくと、ほどなくして彼らは城の外へと脱出した。
「え?」
が、そこに広がる光景はスバルの予想に反した物であった。
青い空が無い。
長い間迷宮で彷徨っていたとはいえ、今はまだ午前中だ。
ラジオ体操に招待されて外に出た時も、晴天だった。
それなのに、空が青くないのはおかしい。
というよりも、虹色に輝いているのがおかしい。
例えるのであれば、空が一面オーロラに包まれているような幻想的光景なのだが、突然それと遭遇しても困るだけなのだ。
「な、なにこれ!?」
あまりの超常現象を前にして戸惑うスバル。
そんな彼の疑問に答えたのは、新人類軍に所属していたカイトとシデンだ。
「これ、もしかしてミスターの空間転移じゃない?」
「くそ! 外に出られたときの対策も練られてたか!」
珍しく荒れるカイトを尻目に、スバルが改めて問う。
「空間転移って、シンジュクやトラメットでブレイカーを送り込んできたアレ?」
「そうだ。あれの通り道だと思ってくれていい」
「そんな……だって、ここ大陸ですよ!?」
マリリスが困惑しながらも叫ぶ。
当然だ。
彼らの真後ろにはお城があるし、すぐ近くには街も見える。
陸地だってある。
これまでの区間転移では考えられない、大規模なものであるのは明らかだった。
国を丸ごと転移させてしまうなんて、聞いたことがない。
「だが、新人類王国は地図でいうと小さな島でしかない。巨大なトンネルで覆ってしまえば、国は何時でも異次元の中に避難できる。そういうことなんだろう」
「で、でもさ! 出口があるんだろ」
これまでの新人類軍の登場パターンを考えるに、この異次元を通り抜けてワープしてきているのは事実だった。
ならば、どこかに地上に通じる出口がある筈だ。
そうでなければ、これまで襲い掛かってきた連中の出現に納得できない。
「出口は……言ってしまえば、この空がそうだ」
「え?」
「昔、ミスターに聞いたことがある」
シデンが言う。
彼らXXXは幼少期、この異次元を通ることで様々な戦場に赴いた。
その際、コメットに注意を促されたことがある。
「この空間はどこに繋がっているかもわからない激流なんだ。もしも座標を特定しないまま突っ込んじゃうと、大変な場所に出ちゃうかもしれない」
「た、大変な場所って?」
「火山の中。地中。宇宙空間もありうる」
「う、宇宙空間!?」
「ま、マグマの中に落ちちゃうかもしれないんですか!?」
あまりにスケールの大きい出口に、スバルとマリリスは驚愕する。
「それだけならまだいい。太陽系の外に出ちゃうかも……」
「じゃ、じゃあ新人類軍はどうやってこの穴を使ってたんだよ!」
「人の話聞いてた? 座標を特定するんだよ」
「座標の特定って言われても……」
具体的にどんな座標なのかがわからない。
蛍石スバル、16歳。
彼は数学が苦手であった。
座標の計算をしろと言われても、間違いなく計算式に当てはめられない自信がある。
「……それを特定して、出入り口を作るのがコメットの能力だ」
「じゃあ」
「コメットを捕まえないと、俺たちは高確率で死ぬ」
無限に広がる宇宙の中から地球を引き当てる確率。
そこから更に地上を引き当てばければならない。
命を懸けるには、あまりにも分が悪すぎた。
どれだけ低確率なのか、スバルにだって容易に想像がつく。
「じゃあ、戻ってそのコメットっていうのを捕まえないと」
『残念だが、そうもいかねぇらしいぜ』
獄翼の耳元でエイジが囁く。
同時に、熱源反応が光った。
敵のブレイカーが出現したのだ。
距離はかなりあるが、数はひとつしかない。
だが、遠くからでもそのシルエットははっきりとわかった。
巨大な四本足。
大きく広がる赤い翼。
そして見覚えのある鳥頭。
ぱっ、と見た感じ全長は40メートルほどだろうか。
ブレイカーにしてはやけに大きい。
「……嘘でしょ、ちょっと!」
見間違えであって欲しいと願いながらも、スバルはカメラをズームに設定する。
正面モニターと後部座席のサブモニターに、敵影の鮮明な姿が映し出された。
「うわ!」
「こいつか……」
「え? え!? みなさん御存知なんですか、この鳥さんを!」
唯一、遭遇経験のないマリリスだけが焦りながら周囲を見渡す。
彼女の困惑を感じ取ったシデンが、諭すように呟いた。
「大丈夫。前に勝ったことがあるから」
「そ、そうなんですか? それにしては、やけに元気がありませんけど」
がっくりと項垂れているカイトとスバルが、同時に顔を上げた。
カイトは脂汗を流しつつも、口元を釣り上げる。
「あいつには嫌な思い出があるんだ」
「後ろに同じく」
獄翼が刀を抜く。
切っ先を遠くにいるブレイカーに向けると、スバルは目標を捕捉。
嘗て戦った事がある為、ロックされたブレイカーには赤い文字で機体名が表示される。
表示名は『天動神』であった。
次回の更新は水曜日の朝を予定。




