第145話 vsそっくりさん
長剣が振り降ろされる。
カイトやゲイザーの身の丈よりも長い刀身が、カイトの首を落とさんと迫る。
空気が切り裂かれていくのを感じたカイトは、静かに、それでいて歯噛みしつつも思う。
これは死んだか、と。
いかに再生能力を有した自分でも、首を刈り取られれば死ぬかもしれない。
死んだ後は凄く痛くて、苦しいんだろうなとおぼろげに思った。
「カイちゃん!」
薄れていく意識が、不意にかけられた言葉で覚醒する。
直後、銃声が鳴り響いた。
首に迫ったゲイザーの剣が弾き飛ばされ、氷の床に突き刺さる。
ゲイザーが振り返った。
カイトも倒れこんだ姿勢で眼前の来訪者を見やる。
銃口を向けたシデンがいた。
彼の横にはエイジとマリリスもおり、一目散にこちらへと向かってきている。
「シデン、そいつら任せたぞ!」
「うん。カイちゃんをお願い!」
ゲイザーとトゥロスが動き出す。
彼らは銃を持つシデンをターゲットにし、再び足を動かし始めた。
「し、シデン……逃げろ」
「君を助けて、スバル君も助けてから逃げるよ!」
言ってから、シデンはスカートを托しあげる。
ガーターベルトに装填された6つの銃口が顔を覗かせると、突撃してくる鎧にむかって一斉に牙を剥いた。
「おい、カイト無事か!」
「カイトさーん!」
ゲイザーとトゥロスをシデンが引き受けた事で、エイジとマリリスがカイトの元へと駆けつける。
「え、エイジ……お前も行け」
「うっわ、お前血だらけだぞ!」
「そんなことはどうでもいい! アイツらは鎧だ!」
近寄ってきたエイジの肩を掴み、カイトが語りかける。
鎧の単語を聞いた瞬間、エイジの表情が凍りついた。
「鎧……アイツらがそうか!」
「な、なんですか!? そのヨロイというのは!」
わけのわからないといった表情をしながらマリリスが問うも、説明している時間がない。
アクエリオはエレノアがダウンさせているとはいえ、まだ息がある状態だ。
いつまた復活し、襲い掛かってくるかもわからない。
もしそうなったら、いかにシデンでも殺される。
カイトとエイジは瞬時にそう理解した。
「俺の傷は、時間があれば治る。だがシデンはそうはいかない。わかるだろ?」
「……マリリス、説明は後だ。カイトを頼むぜ!」
エイジがそっとカイトの手を離すと、真剣な表情のまま立ち上がる。
「も、もしかして相当やばかったりするんですか?」
「タイラント級が3人いると思ってくれていいぜ!」
マリリスに伝わりやすいであろう例を口にしてから、エイジは突撃。
拳を振るいつつも、白と金の鎧に立ち向かっていく。
「金色からは一発も貰うな! パンチひとつで骨が砕けるぞ!」
「た、た、たたたたたたタイラント級!? それが3人も!?」
カイトが最低限伝えておかなければならない情報を送ると同時、マリリスが青ざめた表情で頭を抱える。
かつて祖国を滅ぼした、新人類王国の女傑。
それと同等か、それ以上の兵が3人いるといわれたのだ。
「か、勝てるんですか!? 勝てるんですよね!」
「向かった結果がこの様だ。ひとりは倒して、もうひとりはダウンさせたが、流石に多数相手だと分が悪い」
マリリスが改めてカイトの惨状を観察する。
腹部からはおびただしい量の血が流れていた。
手で出血を抑えているが、まだ出血は止まっていない。
あのカイトがこれほどのダメ―ジを受けて、なおかつ怪我が治っていない現実。
マリリスは無言で鎧のパワーを理解した。
一旦、深呼吸をする。
王の間は冷え切っており、マリリスの口から僅かに白い息が吐き出された。
「私も治療に回ります。傷を見せてもらっても構いませんか?」
「頼む。大分力が戻ってきたが、腹が繋がっていない」
腹部を抑えていた右手を取り払った。
脇腹が完全に抉られている。
文字通り、抉り取ったと表現できる傷跡を前にして、マリリスは僅かにたじろいだ。
彼女は踏み止まると、何度か首を横に振る事で集中力を高めていく。
「いきます!」
祈る様にして手を合わせた直後、マリリスの背中から透明の羽が出現した。
雪のような結晶が羽から噴出し、カイトの身体に降り注ぐ。
「怪我は……頭も、ですね」
頭も強く打ったらしく、血が流れている。
マリリスはカイトの前髪を払った。
星喰いとの戦いで見た、黒と赤の瞳孔が姿を現す。
「え!?」
「……ああ、これか」
驚愕するマリリスを余所に、カイトはマイペースに話す。
「話すと長いんだが……なんていえば良いかな。エレノアとくっついた」
「え?」
「くっついてしまったんだ」
ぽかん、とするマリリス。
いったいどういう意味なんだろう、と真剣に考え始めた。
一般的に『くっつく』と言えば、文字通り何かが付着していることを意味している。
しかし、今のカイトの状況を見ている限りエレノアが付着しているようには見えない。
では、どういった意味なのか。
マリリスはどこか抜けている頭脳をフル回転させ、考える。
短い付き合いだが、エレノアはカイトに対し、積極的にアプローチをしてきた。
その事実から推測するに、
「も、もしや婚約!?」
マリリスの背後に雷が落ちた――――気がした。
彼女の妄想世界にウェディングドレスを纏ったエレノアと、抱きかかえるカイトが降臨する。
祝福するエイジとシデン。
ブーケを受け取らんと身構える自分。
なぜか神父役をこなすスバル。
純白の教会に描かれる幸せな光景が、マリリスを覆い尽くしていく。
「お幸せに!」
「死ね」
「酷い!?」
ただ、神鷹カイトは冗談でもそんなことを言われたくは無かった。
彼は心の奥で『こいつの口を針で縫おう』と深く決意してからぼやく。
「とにかく、治すのに集中してくれ。早いうちに加勢しておきたい」
「でも……」
ちらり、とマリリスが横目でシデンとエイジの戦いぶりを見る。
シデンはゲイザーと。
エイジはトゥロスにかかりっきりのようだ。
双方ともタイラント級の相手と聞いていた為、びびりまくっていたわけだが、実際にふたりが戦えているのを見ると安心してしまう。
「なんとかなりそうじゃないですか?」
「馬鹿。鎧の恐ろしい所は適応力と生命力の高さだ。新人類としては能力もハイブリッドな上に、プラスアルファが付加されている」
「ぷらすあるふぁ?」
いまいちピンとこない表情を尻目に、カイトはふたりの戦いを見守る。
今の所、ふたりとも互角に戦っているように見えた。
エイジはカイトの忠告を守り、ひたすらトゥロスの拳や突撃を交わし続ける。
シデンも同じだ。
単純な身体能力ではかなわないと見たのだろう。
激しく動き回る白の甲冑を相手に、彼は銃と凍結能力で迎え撃っていた。
倒すチャンスがあるならば、一気に決めなければならない。
アクエリオが倒れた今、能力の面ではシデンが有利だ。
軽くやりあっただけではあるが、ゲイザーとトゥロスにはシデンの凍結能力に対して相性が悪いように見える。
突撃を繰り返す彼らが氷漬けにされれば、為す術はほぼない。
「とらぁ!」
金色の巨体から繰り出される拳をかわし、エイジが滑り込むようにして蹴りを入れる。
強烈な衝撃が命中し、大木のような右足が揺らぐ。
「よし、いける!」
確かな手ごたえを感じ、エイジは拳を握った。
倒れ込む巨体に向け、拳を突きあげる。
アッパーカットだ。金色の鉄仮面が軋む。
「ぬっ!?」
だが、巨体は宙に浮かない。
踏み止まったトゥロスはエイジの身体をがっしりと掴む。
そのまま持ち上げたと思いきや、床に叩きつけられた。
「どわぁっ!?」
背中から叩きつけられ、エイジは悶絶。
「エイちゃん!?」
「大丈夫だ! そっちは集中しろ!」
呼びかけたシデンはアドバイスに応じ、ゲイザーの蹴りを避ける。
左手を翳し、冷気をゲイザーの胴体に送り込んだ。
吹雪が鎧に命中し、白の鎧が凍り始める。
「もらった!」
至近距離で銃口を突き付け、シデンが微笑む。
ゲイザーの運動能力は目を張る物がある。
この氷の床の中、よくも銃を躱しつづけた。
素直に称賛する。
流石は王国の中でも名を轟かせた鎧。
掠ってでも生き延びた人間はいても、この環境でシデンから逃げ続けた者は居なかった。
だが、これで最期だ。
引き金にかかる指が動く。
「よせよシデン」
――――刹那。
シデンの中の時間が停止した。
「え?」
誰だ、今語りかけてきたのは。
いや、誰かは分かっている。
今のはカイトの声だ。
しかしカイトは後方で治療に専念している。
近くにいるマリリスなら兎も角、こんな時に話しかけてくる筈がない。
じゃあ、今のは誰だ。
疑問が湧き上がる頭に、ひとつのビジョンが飛び込んでくる。
目の前にいる白の鎧。
物言わぬはずの無機質な戦士の姿が、カイトとダブった。
ゲイザーが顔を上げる。
「ありがとう、シデン」
「え!?」
喋った。
間違いなく、神鷹カイトの声で。
戸惑うシデンを余所に、ゲイザーは体勢を立て直す。
凍りついた脇腹を庇いながらも、シデンの腹部に回し蹴りを叩き込んだ。
「あがっ――――!」
「シデン!?」
「シデンさん!」
シデンの身体が吹っ飛ばされる。
口から血を吐きだしつつ、氷の床の上を滑って行く。
「おい、シデン! なんで今躊躇った!」
トゥロスを抑えつつ、エイジが叫ぶ。
彼の目にはシデンが戸惑っているように見えた。
鎧を仕留める絶好の機会を、みすみす水に流したのだ。
「シデンさん、どうして……?」
遠目でこの状況を見守るカイトとマリリス。
マリリスはエイジと全く疑問を覚えていた。
視力を鍛えていなくてもわかる、明らかなライムラグであった。
「……まさか」
だがその一方で、カイトはどんどん顔が青ざめていく。
今、シデンは明らかに躊躇った。
何故か。
それは敢えて敵の正体を黙っていた理由に直結する。
シデンは気づいてしまったのだ。
ゲイザー・ランブルがカイトのクローンであることに。
もしかしたら、自分と同じように姿がダブってしまったのかもしれない。
つまり、
「俺を撃てなかったのか……!」
歯を噛み締める。
腕を立て、起き上がった。
「ダメです! まだお腹の傷が……」
「言ってられる状況か、これが!」
マリリスを退けると、カイトはもたつきながらも疾走する。
「シデン、俺はここだ!」
六道シデン。
彼は能力を磨き上げたXXX最強クラスの戦士である。
だが、彼には致命的な弱点があった。
味方に対し、引き金を引けないのだ。
アキハバラでカイトが暴力を振るった時、彼は最後まで抵抗しなかった。
「ソイツを撃て、シデン! 殺されるぞ!」
蹴りを受けたシデンに、立ち上がる気配はない。
見れば、床にうずくまったまま蹴られた箇所を抑えている。
骨が折れていた。
シデンはじんわりと感じる熱と痛みに悶えつつも、ゆっくりと近づいてくるゲイザーを睨む。
「お、お前はカイちゃんの……」
「そうだよ。俺は神鷹カイトのクローンだ」
白い鎧があざ笑うかのように見下ろしてくる。
「どうして? 鎧持ちには自分の意思気が無い筈じゃ」
「あったら悪いのか?」
乱暴に髪を掴むと、ゲイザーはシデンの小さな身体を持ち上げる。
手刀を首に当てると、白の鉄仮面は呟いた。
「大変だったぜ、生まれてからずっと馬鹿の振りをしてきたのはよ」
「まさか……ずっと意識のない振りをしてきたっていうの?」
「そうさ。俺は頭の中で喚く王子やノアの声を聴きながらも、ずっと自分で考えて戦ってきた。半年前にオリジナルと戦った時もだ!」
今頃、ノアも面食らっている事だろう。
まさかただの人形だと思っていた人間が、意思を隠し通してきたなど夢にも思うまい。
「その半年前の戦いで、俺は実力面では圧倒された。俺が想像していた以上に、オリジナルは強かったんだ」
目玉の力を使って撃退したものの、あんなものはただの苦肉の策でしかない。
まともなぶつかりあいだと、完全に負けていた。
そして、今も。
だからこそ動揺を誘った。
カイトの身の回りにいる人間については調べがついている。
六道シデンは、強力な能力者であると同時にもっとも『甘ちゃん』であった。
彼を殺す事が出来れば、自分はカイトよりも強くなれるかも入れない。
そんな期待が、ゲイザーの中で大きく膨れ上がる。
「汚いぞ、クローン」
「何とでも言え。戦いの最中に隙を見せた貴様が悪い」
手刀が振りかざされる。
白の刃はシデンの首を切り落とさんと、鞭のようにしなった。
「某も同感だ」
「む!」
だが、その一撃は途中で中断される。
刀だ。真横から勢いよく飛んできた斬撃が、ゲイザーの腕を貫いている。
「誰だ。お前」
再び現れた第三者に向かって、ゲイザーが問う。
全身に包帯を巻いた、袴姿の男が笑みを浮かべた。
「名などどうでもいい。某はただ、物怪を斬りたいだけよ」
言い終えると同時、イゾウは刀を引き抜いた。
腕が斬り飛ばされ、シデンの身体が再び崩れ落ちる。




