第142話 vs白と青と黄金と仲良しトリオ
神鷹カイト、22歳。
この日、彼は人生最悪の気分を味わっていた。
つい先ほどまで新人類王国が誇る鎧と戦い、これに勝利したばかりなのだ。
もうちょっと喜んで良い筈なのだが、それでも彼の気は晴れない。
寧ろ吐き気を催してそうな顔であった。
全面ブルーで、居心地の悪そうな表情が、彼の心境を物語っている。
理由は簡単だ。
『どうしたのさ! せっかく鎧を倒しんだ。もっと喜びを分かち合おう!』
先程から頭の中で鳴り響く女の声。
頭痛の種はカイトの身体の中に完全に寄生したエレノアのせいであった。
何度も細かいが、カイトはエレノアが嫌いである。
なにかにつけてちょっかいを出してくるし、面倒くさいし、面白くないし、勝手に改造手術を提案してくる。
だが今回ばかりは、そんな彼女の協力が必要だった。
ひとりでは紫の鎧――――ジェムニには勝てなかっただろう。
人形と糸の技術を提供してくれた彼女には、素直に感謝している。
だがそれだけだ。
用が終わった以上、身体の中からさっさと出てきてほしい。
「貴様と分かち合うものはない」
『そうだよね! だってもう私たち一心同体だもんね! もんね!』
かつてないうざさであった。
あのアーガス・ダートシルヴィーを超えて、カイトの中の『うざいランキング』堂々の一位である。
移植された目の力の使い方は、ジェムニとヴィクターのふたりと戦ってある程度理解している。
その力を利用して何度か精神を分離させようと試みたが、エレノアがそれを拒否してきた。
もはや目玉を移植されたカイトだけではなく、エレノアも同様の力を植え付けられたも同然である。
「……せめて黙っててくれないか。気が散る」
『この私のテンションの高み! それを目の前にして、大人しくなんかしてられないさ!』
耳を閉じても聞こえるのはなにかと厄介であった。
このまま共同生活が続けば、いつか病院のお世話になる予感がする。
『ねえ、今日の晩御飯なにがいい? 私はカレーがいいなぁ。アーンってしてくれる?』
高度なプレイだ、とカイトは思う。
しかし、かまってしまうとエレノアはずっとやかましいままなので、武器庫の中で徘徊することにした。
口に出さないのも抵抗なのだ。
『ねぇ、なにしてるの? 早くいこぉーよぉー』
「……」
がさごそと武器庫のダンボールを片づけ始めるカイトに向かい、エレノアが言う。
先程からカイトは武器庫に保管されている武器をかき集めはじめていた。
煙幕、携帯爆弾、閃光弾。
これらはいい。
しかしながら、爪を所持している癖にナイフまで貰っていく意味が理解できない。
『君にそんなの無用だろう? いらないじゃん、どう考えても』
「……」
カイトは何も答えない。
代わりに目にしたのは、見慣れたスイッチだった。
レバーの先端についているそれを手に取ると、カイトは一言つぶやく。
「獄翼のか」
『へぇ。彼の』
ブレイカー呼び出し機である。
このスイッチを押せば、新人類王国のどこかに格納された獄翼が飛び出してパイロットを迎えにいく。
だが、本来の持ち主は此処には居ない。
おそらく、捕まった時に没収されてしまったのだろう。
彼や仲間たちと合流するまで、これは自分が持っていた方がいい。
カイトはそれを胸ポケットに突っ込むと、改めて出口へと向かう。
『やっとここから出るんだ。さあ、早く外に出て君と私の素晴らしい同居生活を始めようじゃないか!』
「……」
『ねえ、なにかリアクションをおくれよ』
こらえ性が無いな、とカイトは思う。
まだ無口になってたった数分程度である。
それなのに、もうこれか。
いかになんでも面倒くさすぎる。
「……ん?」
『なに!? なになに!? どうしたの!』
ふと、廊下の異変に気付いたカイトが周囲を見渡すと、エレノアが素早く食らいついてくる。
脳内が騒がしいと考えも中々纏まらなかった。
カイトは一度自分の頭に拳骨を入れると、何事もなかったかのような涼しい顔で言う。
「廊下が変わってる。一本道だけだ」
『ねえ。今のって、傍から見たら凄い間抜けだよね』
「黙れ。今度騒いだら自分の身体だろうが容赦なく抉る」
『それは勘弁!』
それはさておき迷宮である。
無数にあった廊下が消え、今度は一本道。
しかも扉はひとつだけ。
『誘ってるよね。どう考えても』
エレノアの意見に賛成だった。
賛成だが、それを口にするとまた騒がしくなるのが目に見えているのでカイトは無言で考える事にする。
先程までの迷宮は侵入者を外に出さない為の処置だった。
実際、エレノアの本体も、本人が察知できなければ永遠に探し続ける羽目になった事だろう。
では、今度はどうか。
エレノアの言う通り、特定の場所へと誘導されているのは確実だろう。
だが、今更何の為に?
既に新人類王国屈指の守り神である鎧は、その一角が崩れた。
今更兵が出てきて、押さえつけにかかってきてもどうしようもないだろう。
『ねえ、割と真面目な提案だけどさ。壁を切って、別の道を行くのってダメ?』
「俺がノアだったら、他の道も全部同じ場所に繋がる様にする。どこに移動しても、最終的に行き着く場所は同じなはずだ」
で、あるのなら。
「正面から潰すだけだ」
カイトは扉に手を触れる。
人体の温度を感知した自動ドアが、組み込まれた命令通りにスライドする。
「ここは」
見覚えのある場所へと躍り出た。
玉座である。
王様が謁見などに使用する、無駄に装飾品で飾られた立派な椅子。
こんな目立つ物がある場所など、ひとつしかない。
「王の間か」
新人類王国でもっとも広い場所。
それこそが王の間である。
リバーラ王が演説するのが面倒という理由で作られた、広すぎるスペースだ。
ここなら何人でも人が入る。
思う存分動きやすい。
「へぇ」
王の間を見渡し、カイトは理解する。
エレノアも同じだ。
『ここで一気にカタをつけるつもりだね』
「ああ」
右を見る。
青い鎧がいた。
両手で壺を抱えたまま突っ立っているそれは、カイトの姿を見ると鉄仮面を上げる。
150センチくらいしかない、小さな体格であった。
左を見る。
黄金の鎧がいた。
大きな体格だ。
傍目から見て、ジェムニや青の鎧に比べても遥かにでかい。
多分、身長は3メートルくらいはある。
鉄仮面の頭部から伸びる二本の角が、鎧の雄々しさを引き立てていた。
青の鎧を見た後だと、その巨体がより一層わかりやすい。
そして正面を見る。
白の鎧がいた。
右腕にはかつて持っていた長剣をそのまま振りかざし、オリジナルを見つめる。
カイトは彼を知っていた。
この半年間で新生物と並び、自分を追い詰めた男だ。
「豪華な面子だな」
『殺しに来てる?』
「確実にそうだろ」
鎧が3人がかりでひとりに襲い掛かるなんてことは、前代未聞だった。
しかもそのうちのひとりは、かつて自分を追い込んでいる。
「紫色を倒されて、向こうも焦ってるんだ。恐らく、今出せる最大戦力がこれだ」
『じゃあ、逆に言えば彼らを退ければ』
「ああ。脱出できる」
もっとも、前提条件として仲間たちとの合流はあるが、城がすべて一本道になっているのなら彼らもいずれここに辿り着く筈だ。
牢屋に捕まったスバルの安否は気になるが、それを確認する為にも彼らを退けるしかない。
3体の鎧を睨み、カイトは右手を構える。
ちょいちょい、と手招きすると、彼は敵意を込めて言った。
「こいよ」
その発言に真っ先に反応したのが、青の鎧だった。
カイトが挑発した直後、彼は抱えていた壺を手放す。
壺が割れた。
中に納まっていた水が滴り始め、床一面を水が覆い尽くしていく。
『なにあの壺』
エレノアは驚愕する。
明らかに壺の堆積に収まらない量の水だ。
既に王の間一面に水が張り、水がない個所が玉座くらいになっている。
『四次元ポケットじゃあるまいし』
「だが、わざわざ水を張った理由は何だ?」
青の鎧が右手を構えた。
手のひらを上に向け、その中に白い結晶が集っていく。
鎧の足下が凝結し始めた。
「あいつは……!?」
カイトはその光景に見覚えがあった。
否、正確に言えば青の鎧の体格。
構え。
これから放つ技。
それらすべてが、記憶の中にある。
「シデン……!」
黄金の鎧の半分くらいしかない、小さな青の鎧。
アクエリオと名付けられたそれは、右手に凝縮された氷の結晶に息を吹きかけた。
水晶玉のように膨れ上がった透明の球体がひび割れ、砕け散る。
直後に襲い掛かるのは、猛吹雪。
水で張った床が、一気に凍りついていく。
「くそっ!」
足を止められることを恐れたカイトが吹雪から逃げる。
だがそんな彼の前に、巨大な壁が立ちはだかった。
黄金の鎧だ。
「どけ!」
「お――――!」
胴体目掛けて、カイトが鉄拳を振りかざす。
黄金の鎧もそれに合わせ、拳を振るってきた。
ふたりの拳がぶつかる。
『……これって、さ』
「……言うな。わかってる」
足が凍る。
カイトの足も、3人の鎧の足下が凍り付いていく。
身体が冷え込んでいくのが理解できた。
黄金の鎧とぶつかった右腕を引く。
ぶらん、と垂れ下がった。
何度か構え直そうとしてみるが、腕が言う事を聞かない。
「折れたか。流石だ」
力任せに氷の床から足を引き抜いた。
その動作に合わせるようにして、鎧たちも氷の床から跳躍する。
着地した瞬間、氷の破片が飛び散った。
改めて目の前に着地した黄金の鎧――――トゥロスを見て、カイトが苦笑する。
「……エイジ」
そして、こちらを睨み続ける白の鎧――――ゲイザーを一瞥し、カイトはそれぞれの鎧に自分たちの姿を重ねあわせた。
『かつて新人類王国でも最高の仲良しトリオと呼ばれた、君たち3人のクローンか。前の紫色よりも強敵だね』
「俺達、そんな風に呼ばれてたの?」
ほんの少しだけ幼稚なネーミングセンスを、目の前にいる鎧たちに重ねてみる。
違和感しかなかった。




