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第137話 vs棺桶

 武器庫。

 ブレイカーのような巨大兵器とは違い、人間が手で持って使用する事を想定された兵器が眠っている場所である。

 新人類軍の兵士は各々が強力な能力を持っているが、それを最大限引き出す為に特定の武器を所持する者も珍しくないのだ。

 囚人として駆り出されていたエレノア・ガーリッシュにしても同じである。

 彼女の扱う人形は様々な種類があるが、人間として憑依する人形は運び出すことができない大きさだ。

 どれもこれも、その辺にいる女性と変わらない体格なのである。

 それを一度に全て持ち運びしようというのは、中々無謀な話だった。


 ただ、この時。

 エレノアが回収したいと思える人形は一体のみである。

 赤い糸で結ばれたカイトに運び出してもらうという状況ではあるが、彼ならば人形の一体を運び出すくらいわけないだろう。


「おい、もしかして俺が運ぶのか」


 問題の武器庫に辿り着いた瞬間、カイトがぼそりと呟いた。

 エレノアの心中では当然の決定事項だったために、予想だにしない問いである。


「当然だろう。君と私の現状を忘れたの?」

「貴様が憑依すれば俺が運ぶ必要がないだろう」

「それはそうだけど、5メートルしか離れられない状態でそれを言う?」


 5メートルだ。

 この距離だけを聞いて十分な距離があるか否かを判断するのは読者の皆様の感覚にもよるのだが、カイトとエレノアの中ではほんのちょっとの距離である。

 特にカイトの一歩はエレノアの数十歩にも匹敵していた。

 速攻が得意で、誰よりも素早いこの男と離れられないこの状況。

 下手に身体を用意するよりも、彼に運んでもらった方が安心という物だった。

 二人三脚をしたところで足を引っ張る未来しか見えない。


「私はそれでもいいんだよ。並んだ状態で君が突撃して、引き戻されて頭と頭がごっちん、と」

「いいのか、お前は」

「もちろんだとも。君は健全な青春アニメを見ないのかい? トーストを咥えた女子と遅刻気味の男子が身体的接触を起こしてだね」

「入るぞ」

「ああ、ちょっと! まだ話は終わってないよ!」


 無理やり終わらせにかかったカイトが武器庫を観察する。

 統一性のない、華やかな武器庫だった。

 剣があり、銃もあり、バイクがあり、バズーカもある。

 古典的なものから近年の代物まで揃っている空間だった。


「で、どれだ」

「目の前に棺桶があるでしょ」


 一際存在感を放っている、巨大な置物を視界に入れる。

 カイトが入ってもまだ余裕がありそうなスペースがある、巨大な棺桶だった。

 そのまま埋葬されても違和感がない。


「趣味が悪い入れ物だな。この中に貴様の本体があるのか」

「そうさ。べっぴんさんだよ」

「……ふぅん」


 どうでもよさそうにカイトが頷く。

 彼は直前に見せられたエレノアの歴史ダイジェストを思い出す。

 思えば、あれは左目に移植された黒眼が完全に彼等を繋いだ証でもあったのだろう。

 その時に見せられた本来の彼女は、前髪が異様に長い、影のある女性だった。

 知り合いで近いビジュアルを連想させれば、異様に暗いカノンと言った感じである。


 ただ、その本体がどのように改造されたのかは知らない。

 級友の身体を乗っ取ったエレノアは、どんな風に自分の身体を弄ったのだろう。

 シンジュクで戦った時に使おうとしなかったのだから、余程大事にしているとみれる。

 ちょっと興味が湧いた。

 閉ざされた棺桶に手を付ける。


「ちょっとたんま」

「なんだ」

「もしかして、中身を見るつもりかい?」

「当然だ。俺が運ぶのであれば、中を確認する権利がある」


 本心であった。

 いかにエレノア本来の身体と明言されていても、彼女の人形である以上何を仕込んでいるのかわからないのだ。

 以前戦った彼女の人形は、身体が溶岩になる機能がついていた。

 同じものを背負って走る程、カイトはお人好しではない。


 ところが、だ。


「いやだ! だめ! 見ないで!」


 右肩に乗った蜘蛛の人形が、激しく拒否してきた。

 訝しげに見やると、カイトは一言。


「そんなに不細工なのか」


 すごく失礼な発言だった。

 カイトは思う。

 歴史ダイジェストの中のエレノアは陰湿ではあったが、そんなに人前に見せられないレベルの容姿ではなかった筈だ。

 寧ろ店主として人形店に構えていたことを考えると、抵抗がない方がふつうである。


「エッチ! 変態!」

「なんでだ」


 しかしこのエレノアの抵抗だ。

 なにか見られたくないものでもあるのだろうか。

 心底不思議そうに首を傾げるカイトを横目に、蜘蛛の人形は深呼吸をしてから告白し始める。


「はぁ……冷静に考えてほしいんだけどさ」

「うん」

「いかに私の本体とはいえ、人形化する為に改造をしているわけだよ」

「そうだな。そこはさっき聞いた」

「で、だ。改造する為には中身を弄らなきゃならない」

「勿体ぶるな。もっとはっきり言え」

「う、ううう」


 エレノアが唸る。

 彼女がここまで狼狽えるのは非常に珍しい事だ。

 少なくとも、カイトはこの16年で見たことがない。


「ふ、服が……」

「貴様のファッションセンスは元から期待してないから安心しろ」

「服着てないんだよ!」


 全く見当違いの方向で解釈してくるパートナーを相手に、とうとうエレノアが怒鳴った。

 しかしカイトは全く反省の色がない。

 なんだその程度か、とでも言わんばかりに彼は落ち着いた態度だった。


「なんだ、その程度か」


 言った。

 あっけらかんと解き放たれた言葉は、エレノアに大きな一撃を与えてしまう。

 蜘蛛人形が力なく倒れ込んだ。


「何を脱力している。大体、貴様が憑依していない人形がすっぽんぽんなのは今に始まったことじゃないだろ」

「そうだけどさ! そうなんだけどさ! 私の本体なわけだよこれは!」


 他の人形とは違い、自分の裸体を晒すのは抵抗があるらしい。

 カイトに言わせれば既に散々好き勝手やってきているので、今更何を言ってるんだといったところではある。

 

「そんな大事なものなら、なんで服を着せないんだ」

「こんなことになるなんて、私が予想できるわけないだろぉ……わかってたらもっとお化粧させて、ファッション雑誌でも買ってお買い物してるよ」

「似合わないからそこまで考えなくてもいいぞ」

「酷い! 君も一緒に買いにいこうよ!」

「やだね」


 さりげないデートのお誘いを軽くスルーした後、カイトは棺桶を抱える。

 中身は本人の意向に沿ってみないであげることにした。

 これ以上喧しくされたら溜まった物ではない。


「意外と軽いな」

「当然さ。私が入るんだよ?」

「なら、もっと重くて良い筈だ」

「どういう意味だい」


 肩に乗っている蜘蛛の人形から軽い殺意を向けられた。

 しまった口が滑ったか、などと考えつつもカイトは無言で振り返る。


「……おいおい」


 踵を返した瞬間、見たくない物を見てしまった。

 鎧だ。

 出口を塞ぐようにして突っ立っている、全身を包む込む紫のフルフェイス。

 ゲイザーと同じように、その顔は鎧によって包まれている為にオリジナルが誰なのかはわからない。

 が、最悪な追手がきたのは確かであった。

 かしゃん、と音が鳴る。

 鎧がカイトの姿を見て、踏み出してきた。


「エレノア、邪魔にならないようにしてくれ」

「じゃあ、このままでいることにしよう」


 腰に備え付けられたナイフを、鎧が引き抜く。

 振りまわすにしてはごっつい格好だと思いながらも、カイトは爪を伸ばした。

 片手で抱えていた棺桶を放り投げる。


「ああ、ちょっと! もっと大事に扱おうよ!」

「やかましい。文句があるなら後で聞いてやる」


 棺桶が床に落ちる。

 床に倒れた音を合図とするかのようにして、ふたりが激突した。

 カイトと鎧の一歩がふたりの間にあった距離を0に圧縮し、鋭い刃が交差する。

 金属音が鳴り響いた。

 振り降ろされたカイトの爪を、鎧はナイフで受け止める。


「むっ!?」


 堅い。

 予想はしてたが、爪を受け止めてきた。

 ただのナイフではないし、受けたらひとたまりもない。

 想定される威力をしっかりと叩き込んだうえで、カイトは身を翻す。

 勢いを利用し、鎧の胴体に向かって蹴りが放たれた。


「――――がっ!?」


 鎧が苦悶の悲鳴を漏らしつつも、吹っ飛ばされる。

 立てかけられた剣の群れに激突。

 積み重ねられたダンボール箱が、次々と倒れていった。

 武器庫の荷物に押し潰され、鎧の姿が見えなくなる。


「……やった筈ないよね」

「あれで倒せたら、シンジュクで苦労はしていない」


 敵は鎧だ。

 シンジュクで現れたゲイザーと同程度の力は持っていると考えていいと、カイトは判断していた。


「気を引き締めておけ。これからが本番だ」


 ダンボール箱を突き破り、紫色の鎧が起き上がる。

 甲冑で覆われた左腕がカイトに向けて突き出された。

 肩から腕にかけて、紫電の稲妻が迸る。


「あれは、」

「君の妹分のと同じだね」


 エレノアが冷静に分析し終えた直後、鎧の腕から電撃が飛んだ。

 腕から放たれた紫色の稲妻が、伸縮自在の刃となってカイトに飛ぶ。

 反射的に右手を構えた。

 稲妻を爪に着弾させた瞬間、カイトは思いっきり振りかぶる。


 電撃が弾けた。

 切り裂かれた雷の牙が水飛沫のように飛び散り、あらぬ方向へと消えていく。


「なるほど、あいつらか」


 眼前で腕を突き出したままの鎧を睨み、カイトは断言する。

 上半身に帯電する紫色の光。

 そして下半身から流れる、同様の紫。

 あの鎧はカノンとアウラのクローンだ。

 双子の部下の姿を、眼前の鎧と重ねあわせる。







「見つけました」


 鎧はある程度自動で動いてくれる。

 だが、自分で鎧を操作したい場合は特別製のお札が必要だった。

 ラボにいるノアは額に4枚のお札を当てた状態で呟く。

 即座に反応したディアマットが顔を上げ、問う。


「場所は」

「武器庫です。ジェムニが発見しました」

「私にはゲイザー以外の鎧の区別はつかん。色しか判断基準がないからな」


 実際は鎧の造形や体格、持っている武器などで判別は可能なのだが、ディアマットはすべての鎧を認識しているわけではない。

 精々自分で動かした経験があるゲイザーくらいなものだ。


「ジェムニは不完全と呼ばれた新人類をカバーした鎧です」

「不完全? そんな奴がここにいるというのか」

「昔はそう呼ばれていたのですよ。XXXの双子はね」

「双子……彼女たちか」


 ディアマットは思い出す。

 半年前、大使館を襲ったカイト達を倒す為に同じXXXの戦士を送り出した。

 電撃を操る、双子の姉妹である。


「だが、彼女たちは負けた。オリジナルがそれでは、例え優秀なクローンの鎧でも歯が立たないのではないのかね?」

「もちろん、身体能力では彼に敵わないでしょう」

「では、早いところ他の鎧も急行させた方がいいのではないか」

「まあ、落ち着いて聞いてください」


 宥めるように言うと、ノアは他の3枚のお札を下げた。

 残ったジェムニの札を額に当てたまま、彼女は言う。


「身体能力で分があるのは相手です。彼はゲイザーとも互角に渡り合った。味方もいなければ、彼のポテンシャルは最大限に発揮される。目の移植も済ませた以上、化物の目玉も効果があるとは思えません」


 ディアマットが歯噛みした。

 半年前の苦い思い出が蘇るも、その映像を遮るようにしてノアは続ける。


「一方のジェムニですが、こちらにも分はある」

「それは?」

「新人類としての能力と、身体能力の差を埋める武装です」


 紫色の鎧持ち、ジェムニ。

 第二期XXX所属、カノンとアウラの双子の姉妹を元に育ったクローン戦士。

 彼女はオリジナルの中途半端な能力を全て受け継ぎ、お互いの不足分を補える。


「姉は上半身のみ。妹は下半身のみ能力の使用が可能という、中途半端な能力者でした。能力自体が強力なのに、身体全体で使えないのはいただけない」


 だが、それをプラスさせてしまえばどうだろう。

 不足分を補えた戦士は、完璧な超電磁戦士となれるのでは。


「また、彼女たちは互いの長所を伸ばすための武装も用意してきました」

「それも装備している、と?」

「その通り。今、彼の前にいるのは文字通りの理想の戦士。試験相手としては、もってこいだとは思いませんか?」


 試験相手。

 面白いものを見るような表情で紡がれた言葉に、ディアマットは汗を流した。


「もし、敵が勝ったらどうする」

「その時はその時ですよ。私は自分の作り上げた理想の戦士と、目の前にいる可能性のどちらが理想に近いのかを確かめたいのです。それは結果として新人類王国の為になる。違いますか?」


 首を横に振ることはできなかった。

 移植手術を許可したのはディアマットだ。

 彼には結末を見る責任がある。

 具体的な報告ができなければ、父親への言いわけもできない。

 もしも全てが終わった時、本当に移植手術をしてもよかったのかと問われて責任を追及されるのはディアマットなのだ。

 一国の王子として生まれた男は、流れるようにして首を縦に振った。

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