第124話 vs姉妹とパツキン囚人と命令と
牢屋の中に叩き込まれてからどれだけの時間が経過しただろうか。
時計も無ければ窓もないこの空間では、現在時刻の推測すらできない。
「……あー」
相室の包帯男に何か話しかけてみようかと、わざとらしく困ったような声を出した。
下手に話しかけて機嫌を損ねれば切り捨てられてしまうのがオチなのだが、今のスバルはそれすらも忘れてしまう程に暇であった。
「イゾウ、さん」
「なんだ」
意を決して話しかけてみる。
簡単な返答と共に鋭い眼光が少年を貫いた。
寒気が走る。
喉元に刀を突きつけられたかのような錯覚を覚えつつ、スバルは続けた。
「牢屋って、普段どんな感じで1日を過ごすの?」
純粋な質問であった。
蛍石スバル、16歳。
当たり前だが、牢屋は始めてである。
戦慄の牢屋デビューを果たした少年は、果たして適用されるのかもわからない囚人スケジュールを気にしはじめていた。
すると意外な事に、イゾウは渋い顔をすることなく答えてくれた。
「基本的に、皆早起きだ」
「早起きって言っても、ここ時計ないけど」
「アナウンスが流れる。起床時間は朝6時、就寝は22時だ」
「はえぇ!」
睡眠時間が8時間確保されているのは嬉しいが、スバルとしては起きるのと寝るのが早すぎる。
彼は基本的に遅寝遅起きなのだ。
「貴様の生活ペースは知らぬ。だが、ここでの生活は全て一律となる」
イゾウのような囚人は例外だが、通常の牢屋は危険人物の監視や社会復帰を目的とした空間である。
刑期が切れるまでの間、彼らには社会復帰する為の訓練が課せられるのだ。
「俺もソレに参加すんの?」
「知るか。看守に聞くがいい」
いつのまにか大分フレンドリーに話しかけてきているスバルを訝しげに見つつも、イゾウは続ける。
「だが、起床と就寝以外にも決まった時間に行われる行事がある」
「なんだよ、それ」
「食事とラジオ体操だ」
「ラジオ体操ぅ?」
前者はまだわかる。
人間が生きていくためには欠かせない生活プロセスだ。
だが、ラジオ体操である。
やたら早起きするのはそれのせいか。
余談だが、朝は寝ることを信条とするこの少年。
ラジオ体操が大嫌いである。
「最近取り入れられたシステムになる。昔は労働前の準備運動で身体を慣らしていたものよ」
どこか遠い目で天井を見上げるイゾウ。
彼も囚人生活が長いのだろう。
色々と思う事があるに違いない。
「だが、奴が来てから牢屋は変わった」
「奴?」
「そうだ。半年前に牢屋に入れられたあの男がラジオ体操を提案し、囚人の義務として取り入れたのだ」
「新しい看守の人……じゃないよね?」
イゾウが首を横に振った。
彼の言い回しから考えるに、新しい囚人に思える。
「囚人のアイデアって取り入れられるわけ?」
「左様。新人類王国は強者こそが掟。その考え方が優れていると判断されれば、誰の考えであろうと採用される」
その昔、婚活したいと叫んだ囚人のお陰で牢屋お見合いなんかが開催されたのは苦い思い出であった。
当時のことを思いだし、イゾウは口を閉じた。
「はぁ。誰だか知らんけど、余計なことをしてくれたもんだぜ」
一方のスバルは扉を見やり、廊下を挟んだ奥にいるであろう他の囚人たちに向けて恨み言を呟いた。
関係ない奴からすれば完全にとばっちりなわけなのだが、ここにはイゾウしかいないので悪口が聞こえる訳でもない。
「小僧、貴様も知っている男だ」
「は?」
だが、吐き出された悪口はイゾウによって思わぬ方向へと向かおうとしていた。
「聞けば、貴様は日本の大使館で暴れたと聞く」
「ああ、確かにそうだけど……え、大使館の人?」
そうなれば思い浮かぶ人物は3人。
その内ひとりは死亡。
もうひとりの三角帽子女は、先日の星喰い戦でタイラントの横についていた筈だ。
牢屋に入っているとは考えいにくい。
と、なれば消去法で残るのはただひとり。
「はっはっはっはっは!」
あまり思い出したくない男の顔を思い浮かべたと同時、扉の奥から笑い声が聞こえてきた。
最近分類に成功した、馬鹿特有の笑い方である。
この笑い方と声を、スバルはよく知っていた。
「ま、まさか!」
立ち上がり、扉を覗き込む。
鎧窓越しで見えた金髪の男は、なぜか口に薔薇を加えながらもこちらを見ていた。
「アーガスさん!」
「おお、スバル君! 久しぶりだな、美しく変わりはないかね!」
アーガス・ダートシルヴィー。
そうだ、この男がいてもおかしくはないのだった。
半年前に王国に対し、反乱宣言をした英雄の姿を思い出す。
嘗ては大使館の責任者だった男も、今では立派な裏切り者である。
その証拠に手錠がかけられており、服装はみすぼらしい囚人服だ。
「なるほど。看守の噂で君たちが捕まったと聞いていたが、事実だったか」
「え? てことは、俺達の現状は知ってるのか?」
「アバウトに、だがね。しかし疲れた顔をしているな。若いのだ、もっと健康と美容に気をつけたまえ。香水をかけてあげよう」
「いらねぇよ! ていうか、どっからだした!」
力の限りツッコんだのだが、顔面に香水攻撃を食らってスバルは飛び退いた。
くさい。
あまりに強すぎる香気の直撃を受けて、少年の嗅覚は尋常じゃないダメージを受けてしまった。
イゾウが哀れみの視線を向ける。
見かねた包帯男は鎧窓に視線を向けると、一言。
「また作ったのか」
「おお、イゾウ君。そうなのだよ。先程の自由時間で新しい香水を使ってみたのだが、これが中々美しい香りを運んでくれる。みたまえ、彼もあまりの美しさに目が眩んでいるようだ」
思いっきり鼻を抑えて蹲る少年の姿がある。
どう見ても目が眩んでいるようには見えなかったが、彼が言うならそうなのだろう。
たぶん。
「しかし、ここに入れられたと言う事は」
アーガスの視線が戦士のそれに変わった。
彼はイゾウを睨み、牽制するように言い放つ。
「これから処刑かな?」
「上はそのつもりであろう」
月村イゾウのことはアーガスも知っている。
彼は新人類王国では有名人なのだ。
同室に入れられれば、国から死刑宣告を受けたとさえ言われた男である。
「だが、某が斬るのは物怪のみ」
「そうだろうな。どちらかといえば、君が好みそうなのは山田君だろうね」
山田君って誰だ、と思いながらもイゾウは眼光を飛ばす。
確かな殺気が扉越しでアーガスに伝わり、ふたりの間に緊張が走る。
「某は貴様が相手でも一向に構わぬぞ」
腰に携えた柄を握り、構えに入った。
この牢屋で斬ってみたい囚人。
それこそがこのアーガスであった。
王国に敗北するまでの間、たったひとりでトラセットを守り抜いた英雄。
その実力がどれ程のものか、是非見てみたい。
「悪いが、私は望まぬ戦いはもうしないと決めたのでね。美しい私は無暗な殺生を好まないのだよ」
ただ、イゾウのアプローチも英雄は軽く受け流すだけである。
アーガスの興味はただひとつ。
蛍石スバルの存在と、彼の仲間たちの現状である。
「スバル君」
相変わらず悶えている少年に向け、アーガスは提案する。
「もうそろそろ夕食の時刻になる。私は自分の部屋に戻るが、早朝はラジオ体操があるので多少は時間が出来る筈だ。よければ、ゆっくりと話をしないかね?」
スバルはその提案に対し、鼻を抑えながら言った。
おえ、と。
敵の本陣ともいえる新人類王国では自由に動けない。
ただ、ここに残した仲間は別だ。
頼りのシルヴェリア姉妹がエイジたちに接触してくるまで、時間は掛らなかった。
ただし、部屋に監視カメラあるのは彼女たちも知っている。
ゆえに、シルヴェリア姉妹はある仕込みをおこなってきた。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「なんかあったのか?」
「姉さんの人口声帯の調子が悪いんで、メンテナンス中なんですよ」
やってきたカノンとアウラは、半年前にトラセットで会った時となんら変わっていない。
カノンの首に包帯が巻かれていること以外、だが。
因みに、喋れないというのは本当である。カノンの人口声帯は特別製だ。
修理が必要となると、代理品が完成するまでの間は無言を貫くしかない。
同時に、これこそが彼女たちの秘策であった。
王国が自分たちを疑っているのは十分承知だ。
なにせ、第二期XXXは基本的にカイト至上主義者の集まりである。
彼の危機だとすれば、真っ先に警戒されてもおかしくない。
だからこそ、敢えてカノンを目立たせた。
喋れないのいいことに、口パクや携帯してきたイラストに注目させる。
そうすることで、少しでも監視カメラの目をカノンに向かわせようというのだ。
「なので、姉さんは今日喋れません」
アウラが補足を入れると、カノンは携帯してきたタブレットを広げた。
お絵かきソフトで描かれた、ゆるキャラっぽいカノンが申し訳なさげに土下座をしていた。
意外とイラスト上手であった。
「カイちゃんにはもう会った?」
「はい。状況も大体理解しているつもりです」
カメラは回っているが、これは本当のことである。
本国の守りに務めていたシルヴェリア姉妹は今回の件について詳しくはなかった。
それだけに、突然の帰郷にはびっくりしたものである。
決して嬉しいニュースではないが。
「じゃあ単刀直入に聞くけど、スバル君を君たちの権限で出してあげる訳にはいかないの?」
シデンが直球な質問をしてくる。
それを聞いたアウラの眉が、僅かに動いた。
監視カメラがあるというのにそんなことを聞いて来るのか。
であるならば、自分たちに依頼したいのはスバルの救出ではないのだろう。
そう判断すると、アウラは冷静に答える。
「残念ですが、私たちは王国での立場がそこまで上なわけではありません。アトラスならまだ違うと思いますが……」
「難しいだろうな。あれは」
顔をしかめ、エイジが言う。
彼の旧人類嫌いは相当なものだ。
ソレに加え、カイトと仲のいい旧人類とくれば嫉妬に狂ってなにをしでかすかわからない。
星喰いすらひとりで抑え込んだ爆発力を暴走させてしまったら、誰も止めることはできないだろう。
「では、なんとかして手術を止めさせることはできないでしょうか」
部屋の隅っこに設置された冷蔵庫から水と氷をコップに入れつつ、マリリスが問う。
来客に対して飲み物を出すのは彼女なりの礼儀であった。
テーブルの上に置かれたそれを手に取り、口に含めてからアウラは答える。
「王子の決定ですからね。我々が何を言ったところで無駄でしょう」
「リバーラ王は今回の件を知ってるの?」
「恐らく。ですが、リスクは相当高いと判断されているようです」
星喰いとの戦いが終わったばかりだというのに、守りが厳重になっているのだ。
王なりに内部の怪物誕生を警戒してのことだろう。
「噂では、それこそ鎧持ちも警備に出すんだとか」
「こっちでもか……」
カイトの鎧手術を鎧が見守り、更に場内の見回りにも鎧持ちが加わる。
もしも戦闘がおきれば、周りの兵どころか民間人すら巻き込みかねない。
「配置は?」
「知っていたとしても、喋る事はできませんよ」
「そりゃそうだったな」
立場上、シルヴェリア姉妹は王国側の人間である。
フレンドリーに見える会話でも、カメラが回っている場ではその立場を貫き通さねばならないのだ。
「ただ、部下としては心配ではあります」
「それはアトラスの暴走がか? それとも、カイトの安否?」
「仮面狼さんを含めて、全部です」
マリリスに出された水を飲みほし、カノンも続けて頷く。
会話に参加できない以上、彼女ができることは妹の返事に相槌を打つことくらいだった。
「アキナは知りませんが、アトラスはリーダーを神聖視しています。ご存知だとは思いますが、その……戸籍や身体を変えてしまうくらいには」
「あれは衝撃的だったね。ちょっとそっちの気があるのかとは思ってたけど、あれだけマジだったとは思わなかったよ」
散々な言われようだが、それだけにアトラスがどう動いて来るのか読めない。
彼は今、爆発寸前のダイナマイトのような状態であった。
取扱説明書があれば、どんな仕組みで爆発するのか知っておきたい。
巻き添えを食らうのはまっぴら御免である。
「いずれにせよ、リーダーに危害を加えるのが明らかな状況で彼が黙っているとは思えません。必ず、何かしらの行動を取るかと」
「問題が山積みだな。嫌になってくるぜ」
蛍石スバルの救出。
アトラス・ゼミルガーの動向。
神鷹カイトの移植手術阻止。
場内を警備する屈指の新人類軍と鎧持ち。
ざっ、と挙げただけで4つもある。
どれもこれも骨が折れる作業だが、この状況を切り抜ける為には目を背けることができない課題である。
ただ、当日までに残された時間が限られているのも確かだ。
その限られた時間でシルヴェリア姉妹がやるべきことは、
「……なんとかアトラスを抑え込めないか?」
「アトラス、ですか」
味方にすればこれほどまでに頼もしい人物はいない。
だが、なにをしでかすのかわからないままだと両陣営に問題が発生しかねない。
スバルが手の届かない場所にいる以上、避けられない問題だった。
新人類軍の立場から考えても、願ったりの提案だろう。
妥当な対応であると言えた。
「わかりました。少し本人と話してみて、様子を確認します」
「ああ、頼むぜ」
「姉さん。行きましょう」
軽く挨拶をすると、カノンとアウラは先輩戦士たちの部屋から出ていった。
廊下の監視カメラをやり過ごすと、陰に隠れてふたりは相談し始める。
「姉さん。例の物は?」
妹が問うと、姉は口の中から異物を取り出した。
氷である。
マリリスが用意した『おもてなし』に混じっていた代物だった。
六道シデンがいる場で氷を出され、言語を封じられた場合、こうやってメッセージのやり取りを行うのがXXXの決まりごとであった。
カノンは無言のまま氷を砕く。
氷の中に閉じ込められたカプセルが、掌の中に姿を現した。
「私の方は口の中で砕いて、なにもないことを確認してます。たぶん、それにみなさんからの命令が書かれている筈です」
カノンは妹の言葉に頷くと、カプセルの中身を空ける。
米粒ほどの大きさの紙切れが落ちてきた。
だが、アウラの超人的視力はそこに書かれている小さな文字を見逃さない。
6時までにカメラを無力に。
それがシルヴェリア姉妹に与えられた、懐かしき上司達からの命令だった。




