第123話 vs神鷹カイト ~俺の仕事編~
「あいつ、また捕まったのか」
モニターに映し出されたスバルの情けない姿を確認し、カイトは呟く。
思えばここに連れてこられる原因もスバルだし、シンジュクで暴れることになったのもスバルが連れ去られたからだ。
人質が板について来てるな、と切に思う。
だが、今回は場所が悪い。
走って行けばそんなに時間がかからないが、場所が新人類王国の牢屋。
しかも相室しているのがあのスニーカー侍ときたら一筋縄ではいかないだろう。
ノアの言う通り、拒否権はないらしい。
「なるほど。確かに、俺に拒否権はないらしい」
今はスバルが映し出されたが、エイジにシデン、マリリスも同じように人質にされている可能性もある。
下手な口出しや行動は出来ない。
今までとは違い、ここは新人類王国の本拠地なのだ。
「理解して貰えたようで嬉しいよ」
「だが、それでもわからないことがある」
モニターからノアに視線を向け、カイトは口を開く。
「さっきも聞いたが、俺のクローンが作れるなら素材は問題ない筈だが」
「完全に君をコピーしてたらよかったんだけど、実際はそうはいかなかったんだよ」
ノアが新たな鎧候補としてカイトを選んだのには幾つか理由がある。
ひとつは能力の完全癒着だ。
カイトのクローンであるゲイザーは再生能力にムラがありすぎた。
次いで、今回の移植に使うのは成長した目玉である。
どんなアクシデントが起こるかもわからない。
少しでも成功率を上げる為には神鷹カイトの力が欲しいのだ。
「それに、クローンには莫大な資金がかかる。既に予算の12体分も回してもらった手前、また1から延々と作り続ける余裕はないのさ」
「結局カネか」
なんとも世知辛い世の中である。
「ちなみに、成功率は3割だと私は睨んでいる」
「なに」
唐突に吐き出された成功率は、予想よりもずっと低い物だった。
自慢ではないが、カイトは自分の再生能力は結構強力であると自負している。
心臓でも潰されない限りはずっと生きている自信があった。
そんな自分でさえも、成功率3割。
鎧持ちとは、そこまで狭き門なのか。
「もちろん、君が一番成功率が高い。要は死ななきゃいい話なんだからね」
「それで3割か。心臓に釘でも打ち込むのか?」
「まさか。埋め込むのはこれだ」
ポケットから瓶を取り出し、カイトに見せつける。
透明な瓶の中に入っていた物体は、カイトも良く知っているものだった。
少し前、自分がくり抜いた代物だからだ。
王国に到着するまでの道中で没収されてしまったのだが、まさかこんなところで見ることになるとは。
「星喰い、もしくは銀女なんて呼ばれてるそうだね、これの持ち主は」
にやついた笑みを浮かべるノアを一瞥し、カイトは思う。
これを埋め込む気なのか、と。
確かに彼らは不思議な力があった。
唯一残された細胞である目玉を調べればそのヒントは得られるかもしれないが、いかになんでも直接埋め込むのは乱暴すぎやしないか。
「不満そうだね」
「不満しかない」
「まあ、そう言わずに聞きたまえよ。この目玉、実は新人類王国に似たような物が12組あってね。それが全部鎧に使われているのさ」
カイトは淡々と語られる鎧持ちの誕生秘話を聞いた。
隕石の中にあった卵。
地球外生命体の誕生。
その生物が様々な怪現象を起こしたこと。
彼らの目玉をくり抜いたら、死んでしまったこと。
そして、目を使ったクローン人間の誕生。
「なるほど。道理で似てると思った」
ノアの話を一通り聞いたカイトの第一声がこれだ。
シンジュクで襲い掛かってきたゲイザーの目と、銀女の目は似ていた。
細かい特徴は違うが、目を合わせた瞬間にダメージをうけるのは類似点であると言える。
「だが、いいのか。そんな物を俺にくれても」
不敵な笑みを浮かべつつ、カイトは言う。
ノアの言いたいことは何となく理解している。
要約すると、新しい鎧持ちが欲しいからモルモットが欲しい。
実験を受けろ。
拒否すればどうなるかわかってるんだろうな。
簡単に纏めてしまえば、こんな感じだ。
だが、この要求には大きなリスクが付いて回る。
「もし成功したら、ここがどうなるかわからんぞ」
「当然だな」
当たり前すぎるリスクを前にして、ノアは平然とした態度で答えた。
「だから、手術現場には鎧を同伴させる」
「ぬ……」
鎧持ちの同伴。
彼らの強大さはよく知っているつもりだ。
ゲイザーと同程度の戦力だと考えても、まともにやりあいたくない相手だ。
「完全に抑えられる保証はどこにもない。だが、抑止力としては妥当な人選だと思わないか?」
「……それで俺が死んだらどうする」
「もうひとり、興味深い娘を連れてるだろう? 私としては彼女にこれを移植しても構わないんだけど」
瓶の中に詰め込まれた黒い目玉を掲げられる。
今、マリリスはどうなっているのかはわからない。
こうしている間にも手術台に寝かされているのだろうか。
「他の連中は無事なんだろうな」
「そこは保障しよう。牢屋であんな目にあっているのはあの少年だけさ」
「証拠は」
「この後会せよう。彼らも君と同じように、昔の部屋に戻っている。娘もセットさ」
その言葉を聞いてから、カイトは考え込む。
口元に手を当て、しばし経ってから彼は首を縦に振った。
「わかった。話は後で聞く。先に案内してくれ」
基本的に、XXXではふたり一組の部屋が用意されている。
シデンとエイジが案内された部屋も例外ではなかった。
6年前までふたりが寝泊まりしていた部屋は、当時のまま何も変わってはいない。
「おお、カイト。無事か!」
部屋に入ったカイトを見るや否や、仲間たちは一斉に彼のもとに集った。
隣にいるノアには目もくれていない。
「ごめんカイちゃん。スバル君の件だけど」
「いい。今は無事だ」
「お隣の方に聞いたのですか?」
「正確に言えば、見せられたって言った方がいいが……」
マイペースに鼻歌を鳴らしながらノアはエイジたちの部屋に侵入。
そのままベットに腰かけ、早速リラックスモードに入る。
ここでは彼女はただの同席者であった。
エイジたちの疑問はノアではなく、一度別行動をしていたカイトへと向けられる。
「で、どうなんだ」
簡単な質問であった。
それでいてアバウトだが、何を聞きたいのかは大体理解できる。
「状況は最悪だ」
カイトは自分が知っている大まかな事をエイジたちに話した。
淡々と話し続けるカイトは、最後に自身の感想を付け加える。
「――――と、いうわけだ。俺としては、受けても受けなくてもデメリットしかないと思っている」
「メリットはあるさ。私の夢がまた一歩進む」
「お前のメリットなんぞ知るか」
あくまで己の目標にストイックなノアに言うと、カイトは語る。
デメリットについて、だ。
「スバルは牢屋だ。しかも、あのチョンマゲが相部屋になっている」
シデンの表情に影が浮かぶ。
アキハバラで彼と戦い、仕留めることができなかった思い出が蘇った。
「チョンマゲさんとは、どういった方なのです?」
「スニーカー侍」
「決闘至上主義の変態」
「ミイラになってた」
「そ、そうですか……」
唯一、イゾウに会った事がないマリリスが興味本位で聞いてみるも、一瞬で表情が凍りついた。
碌な奴じゃないって事だけがよく理解できた。
「チョンマゲは躊躇が無いタイプだ。奴がスバルを殺すのに躊躇う理由はないし、正直に言えば切ってないのが不思議な状態だ」
あんまりな言い草ではあるが、誰も否定しなかった。
仲間であるはずのノアも頷いている。
マリリスは『チョンマゲ』なる包帯ぐるぐる巻きの人物が、涎を垂らしながらスバルに迫る光景を思い浮かべはじめた。
どんどん顔色が青ざめはじめた。
その光景は軽いホラーである。
「じゃあ、仮にカイちゃんが手術を受けてもスバル君は」
「斬られる可能性が高い。あの狭い部屋じゃ逃げれないだろ」
かと言って、受けなかったら今スバルが斬られるだけだ。
どちらに転んでも、自分たちに不利な状況に変わりはない。
「おい、おばさんよ」
エイジがノアへと振り返る、詰め寄る。
おばさん呼びされたことに少し青筋を立てつつも、ノアは言う。
「なんだ」
「スバルの無事を約束できんのか、そっちは」
「イゾウが斬りかからなかったから、約束は守れる筈だよ」
なんだその返答。
愕然とするエイジを余所に、ノアは続けた。
「正直に言うと、少年の方は見せしめのつもりだった。王子も、彼については処分するようにと命令を出している」
ゆえに、本当に人質として使う予定だったのはエイジたちだ。
マリリスは最後まで残し、エイジとシデンを弄っていくつもりだった。
しかし、イゾウは斬らなかった。
彼は美学に五月蠅い男である。
斬るに相応しいと判断しなければ、命令が出ても斬らないのだ。
旧人類とはいえ、これまで数々の強敵と戦い抜いてきた少年である。
多少は彼の目に適うのではないかと王子は睨んでいたようだが、その判断は外れた。
「まあ、結果はご存知の通り。運よく生き抜いたあの少年が、これまた運良く生き残る為には君の協力が必要なんだ。わかるよねぇ?」
「いいだろう」
「ええっ!?」
挑発するように放たれた言葉だったが、本人はあっさりと承諾した。
さっきまでデメリットしかないとか言ってたくせに、変わり身が早すぎる。
「おい、考え直せ。生還率3割だろ!?」
「そうだよ。あのチョンマゲが自分から斬らないっていうんなら、その間にボクらでなんとか」
「今答えなくても同じことだ」
もしこの瞬間、NOと言えばすぐにでもスバルは切り捨てられる。
イゾウが切らなくても他の誰かがやるだけだ。
彼は王国にとって、そこまで貴重な人質ではない。
「……それなら私がやります!」
妄想世界から帰ってきたマリリスが挙手し、真剣な目つきでカイトを見る。
「もしかすると、私なら耐えきれるかもしれません。可能性が低いよりは、その方が」
「ダメだ」
提案はあっさりと却下された。
カイトはマリリスに向き直り、肩を叩く。
「こういうのは、俺の仕事なんだ。悪いな」
有無を言わす間もなく、カイトはノアへと視線を向けた。
「手術の日程は?」
「明日の早朝を予定している」
「ずいぶん遅いな」
「私は今すぐ取り掛かってもいいんだけど、なにぶんみんな星喰いとの戦いから戻って来たばっかりだからね。君も、休養はいるだろ」
「そうか。なら、遠慮なく休ませてもらおう」
言い終えると、カイトは回れ右。
自室に戻って早めの休養へと入ろうとするが、
「おい、待て!」
腕を掴まれ、静止する。
エイジだ。
「またそうやって、自分を傷つけんのか!?」
エイジは知っている。
神鷹カイトは己の身を省みない。
なまじ再生能力なんか保持しているせいで、自分が我慢すればいいと考える節がある。
幼い頃から、そうやって彼に守ってもらった身としては黙っていられない。
「ガキの頃、俺たちがどんな気持ちでお前を見てたか知ってるだろ!?」
「ああ」
知らない筈がない。
そのお陰で、彼らには見えない貸しを作ってしまったのは記憶に新しい。
「もちろん、知ってる。だから敢えて言うぞ。もう一度だけ、俺を信じてくれ」
ノアを一瞥し、睨む。
眼光に気付いたのか気付いていないのか、ノアは呑気に口笛を吹いていた。
「……今までで一番分が悪い賭けだとは思ってる。だが、それでも可能性が一番高いのは俺なんだ。痛みに慣れていないマリリスに任せるわけにはいかない」
幼い街娘に視線を向けてから、カイトは級友ふたりを見る。
あの頃と違うことがあるとすれば、素直に頼れることだ。
時の流れを実感しつつも、カイトは小声で言う。
「なるべく持たせてみせる。なんとか向こうを頼む」
「……ちっ」
舌打ちしつつも、エイジは手を離した。
「死んだらあの世で針1000本飲ませてやる」
「それは怖いな」
笑みを浮かべると、カイトは今度こそ回れ右。
自動ドアを開け放ち、自室へと帰って行った。
「へぇ。彼、あんな顔もできたんだ」
ノアがベットから立ち上がり、カイトの後に続く。
興味深げに3人を見やる。
「噂には聞いてたけど、本当に丸くなったのか」
「彼はああ見えて中々いいところあるんだよ。ゲテモノ限定とはいえ、モテるしね」
シデンの一言を聞き、ノアはくすりと笑う。
「なにがおかしいのさ」
「いや、別に」
ただ、
「これから君の言う『いいところ』っていうのを、全部塗り潰すんだと思うとね。腕が鳴るわけだよ」
言い終えると、ノアは速足で部屋から去って行った。
彼女に殴りかかろうとするシデンを抑え込む為に、エイジとマリリスが入り口を塞ぐ。
ドアが閉まる音が、虚しく響いた。




