神鷹カイト、帰郷 ~そして僕は牢屋に入れられる~
6年ぶりの自室は、最悪の気分であった。
長い空の旅を経たカイトが招かれたのは、新人類王国。
その場内に構えられている、XXX時代に使っていた自分の寝室である。
ご丁寧な事に、掃除もされてぴかぴかだった。
「流石に悪いだろ。俺の前に使ってた奴が悲しむぞ」
入り口で立ち尽くすカイトが、皮肉を込めて言う。
受け止めたアトラスは微笑を絶やさないまま答えた。
「ご安心ください。リーダーが去った後、誰もこの部屋を利用していません」
聞けば、新人類王国にある第一期XXXの部屋はずっとそのままなのだという。
掃除も全部アトラスがやってたのだそうだ。
あまりの献身ぶりに口元を引きつらせつつも、カイトは溜息。
「で、俺をどうするつもりだ」
数時間前、新人類王国と敵対していた身だ。
それどころか、半年前はお尋ね者である。
そんな国でゆっくりするほど、彼は呑気ではない。
「そもそも誰の命令だ。流石にお前の独断とは思えない」
「王子です」
あっさりとした返答に面食らいつつも、カイトは考える。
王子。
その単語には何度か聞き覚えがある。
というか、小さい頃に会ったことがある。
何度か幼い彼の前でサーカスを繰り広げたのも、今ではいい思い出だ。
トランポリンも使わない大ジャンプを見ては、大喜びで拍手をしていた気がする。
当時は父に似て、王子も無邪気だった。
だが、そんな王子も時が経てば大胆になる。
シンジュクでは国の威信を優先して鎧を派遣し、追手として囚人の採用。
果てには独断で新生物退治までやろうとした。
そんな大胆王子の命令で自分を連れてきたとなると、何が起こるか予測が出来ない。
「しばらくすればお迎えが来ますので、それまでおくつろぎ下さい」
「その前に聞きたいことがある」
お辞儀をして去ろうとするアトラスに、カイトが声をかけた。
「王子の用は、俺だけか?」
「ええ。私はそう伺っています」
自室に招かれたカイトは、ひとりだった。
一緒に連れてこられたエイジやシデン、マリリスにスバルは途中で別の道へと案内され、離ればなれになってしまったのだ。
もしかしたら、自分と同じように個室に閉じ込められているかもわからない。
「……わかった。行っていいぞ」
「では、失礼いたします」
踵を返し、背を向けるアトラス。
そのまま数歩進んだ後、彼はカイトへと振り返って宣言した。
「リーダー。ご安心ください。例え王子が何を考えていようとも、私が必ずお守りします」
「……期待しないでおく」
淡泊な返事を返すと、アトラスは今度こそ部屋から出ていった。
正直に言うと、助けが欲しいのは自分ではない。
どちらかといえば、敵の本陣に放り込まれたスバルとマリリスの方が心配だった。
エイジとシデンがついているのであれば、そこまで問題はないだろうと思う。
だが、ひとりずつ閉じ込められたとなると話は別だ。
スバルなんかは餌も同然である。
今、こうしている間にも仲間たちの身に何が起こっているのか、非情に気がかりだった。
しかし、だ。
こういう時の為にカイトは部下を残してきた。
アトラスとは違い、スバルとも非常に仲のいい部下である。
彼女たちが今回の件をどれだけ知っているのかはわからないが、獄翼が運び込まれたとなるとすぐにでも行動に移してくる筈だ。
少々どんくさいのが傷だが、あれでも根は真面目である。
今はシルヴェリア姉妹を信じて、時が来るのを待つしかない。
そんなことを考えていた最中、扉から軽いノック音が響いた。
カイトは小さく『どうぞ』と呟くと、自動ドアがスライドする。
「やあ、久しぶりだね」
白衣を身に纏った黒髪の女性であった。
彼女は旧友にでも会ったような笑みを浮かべつつ、カイトに言う。
「…………お前は」
彼女の存在を思い出すのに、カイトは数秒の時間を要した。
会った事があるのは確かだ。
9年前、裁判モドキにかけられた時にエリーゼの隣にいた『左の女』である。
カイトは彼女の名前を知らなかった。
「ノアだ。一応、エリーゼの同級生と言えばわかりやすいかな?」
「そうか」
再びノアを観察して思う。
結構年がいっているな、と。
恐らくだが、30代の後半くらいはあるんじゃないだろうか。
エリーゼが生きていれば彼女と同じように年を取ったのかと思うと、少し悲しい。
「で、俺に何の用だ」
イメージした悲しい幻想を振り払うようにして、カイトが問う。
ノアはまるで自分の部屋のようにリラックスすると、ベットに腰かけた。
「私が依頼したんだ。君を回収してほしいって」
「ほう」
訝しげに見やるが、心当たりがないわけではない。
9年前、御柳エイジとの事件を起こした際、カイトは軍法会議にかけられた。
会議とはいえない一方的な内容であったが、その中で彼女はカイトが欲しいと言ってきたのである。
ノアは鎧持ちの責任者だ。
体のいい実験用具として見られていたのが容易に想像できる。
「それだけの為にわざわざ王子まで言いくるめたのか。熱心な事だ」
鎧持ちの中には、既にカイトのクローンであるゲイザーがいる。
にも関わらず、カイトを欲するとは。
余程執念深いのか。
それとも単に諦めが悪いのか。
どちらにせよ、これ以上のストーカーはノーサンキューである。
「もう俺は間に合ってたと記憶してるが」
「そういえば、君はゲイザーとやりあったんだったか」
思い出した、とでも言わんばかりにノアが食い掛かってきた。
「あの後、調整が大変だったんだ。どうしてくれる」
「こっちの台詞だ」
シンジュクでゲイザーに襲われた後、カイトは風邪薬を持ち歩く生活が続いている。
今もポケットの中に突っ込んでおり、いつでも飲める状態であった。
最近は再発の兆しがないため、飲む機会も減っており、中々いいペースで回復してると思いたい。
「まあ、いい。ゲイザーとやりあえたんだ。十分素質があるよ」
「いやな素質だ」
心底そう思う。
誰が好んで鎧になんてならなきゃいけないのか。
半年前に出会った白い鎧の不恰好さを思い出しつつも、カイトは顔をしかめる。
「要するに、俺を改造する為に招いたわけか」
「まあ、そういうことになる。断る権利が無いのは、よく分かっていると思う」
ノアが部屋のリモコンに手を付けると、取り付けられたモニターに電源を入れた。
ボタンを何度か押下し、チャンネルを切り替える。
薄暗い鉄の個室が表示された。
その隅っこには、布に包まれた誰かがうずくまっている。
俯いており、表情は見えない。
「なんだこれは」
「タイトルをつけるとすれば、一方その頃って奴かな」
訝しげに見やったカイトに向けて、ノアはくすりと笑った。
「ちょ、ちょっと! もう少し優しく人を運んでくれませんかねぇ!」
スバルが叫ぶ。
バトルロイドによって連れてこられた少年は、乱暴な手つきで個室に叩き込まれた。
手錠をはめられ、自由が利かない身体は無様に床に叩きつけられる。
「大人しくしておくことを推奨します」
「推奨しますって、ここどこ!?」
叩き込まれた部屋を見渡し、スバルは言う。
扉以外はなにもない殺風景な部屋だった。
窓も無ければ机も無く、ベットも無い。
部屋の明かりも、心なしか最低限のパワーだ。
よく見れば、天井には換気扇と監視カメラが回っている。
もしかしてここは。
スバルが汗を流しながら答えを出すと、バトルロイドが答え合わせをしてくれた。
「牢屋です」
「で、ですよねぇ……」
「あなたはここに閉じ込めておけ、とのことですので遠慮なくぶち込みました。では、快適な牢屋ライフをお過ごしください」
快適な牢屋ライフってなんだよ。
そう思いながらも、スバルはツッコめなかった。
相手はバトルロイドである。
何を言ったところで機械のように命令を遂行するだけなのだ。
自分がいくら声をかけても、牢屋に入れた時点で彼女の仕事は終了している。
バトルロイドが鍵をかけ、部屋から立ち去った後、スバルはゆっくりと立ちあがった。
改めて周囲を見渡してみる。
本当に何もなかった。
牢屋と言えば、藁の寝所がありそうなものなのだが、それすらも見かけない。
後で用意してくれることを期待しつつも、スバルは扉から僅かに外を見渡せる鉄檻部分を覗き込む。
同じような扉だけがあった。
視線を左右に向けても、同じ感じである。
ただ、思ったよりは騒がしくない。
あくまで勝手なイメージなのだが、牢屋は囚人が『出せやおら!』などと騒いでる場所だと思っていたのだが、実際に入ってみると案外静かな場所であった。
もしもここに御柳エイジが連れてこられた日には、それこそ大暴れして快適な牢屋ライフは送れなかっただろう。
そういえば、仲間たちは無事だろうか。
カイトとは途中で別れた。
その後、他の3人と行動を共にしていたのだが、先程のバトルロイドに『あなたはこっちです』と有無を言わさず連れてこられた次第である。
エイジとシデンはそこまで心配していないが、マリリスは嫌でも心配になる。
彼女は新生物の影響を受けた数少ない人間だ。
実験サンプルだとか言われて、モルモットにされてしまわないか不安になる。
「……おい」
「へ?」
考え込み、唸っているスバルに声がかけられた。
声のする方向に振り返る。
同じ部屋の端っこ。
光も碌にあたらない、闇の中にそいつはいた。
溶け込み過ぎて気付けなかったくらいには、その男は黒づくめであった。
「多少、静寂を意識してはどうだ。思考が口から洩れておるぞ」
「え、マジで?」
ぶつくさと独り言にまで発展していたようだ。
緊張と不安と恥ずかしさが入り混じって、スバルは狼狽する。
「ご、ごめん! 別に昼寝の邪魔をするわけじゃないからさ!」
「……ふん」
この牢屋には、先に住人がいるらしい。
機嫌が悪そうに鼻を鳴らす彼に向けて、スバルは申し訳なさげにいう。
「ごめんってば。俺も無理やりぶち込まれて――――」
「そうであろう」
スバルの言葉を最後まで聞かぬまま、男は言った。
「小僧、ここは貴様のような青二才がくるところではない。だが、物怪を引きつけるその才は、確かな力也」
妙に時代がかった物言いであった。
男が立ち上がり、改めてスバルを見る。
全身を包帯で身を包んだ、ミイラ男であった。
どういうわけか牢屋で刀を携え、袴を着込んでいるその男。
スバルは青ざめながらも、男に言う。
「……ねえ、気のせいかもしれないんだけどさ。アンタ、前に俺と会ったことある?」
半年ほど前。
スバルは時代錯誤の出で立ちをしたチョンマゲ男と出会った。
刀を携え、袴を着て、スニーカーでアキハバラを駆け巡った侍野郎。
カイトを物怪呼ばわりしては、見えない名刀で切り掛かった新人類軍の囚人。
その男の顔を思い出しながら問いかけたスバルに、包帯男はゆっくりと答えた。
「左様。某は半年前、貴様らを追って刀を振るった」
名は月村イゾウ。
半年前、カイトによって桂剥きにされた囚人がスバルの目の前にいた。
「久しぶりだな、小僧。こんなところでまた会うとは思わなかったぞ」
なぜか鞘から刀を抜き、名刀を抜くイゾウ。
慌てるスバル。
彼は腰を抜かしつつも、素早く扉の方まで下がった。
「な、な、な、な、なんでアンタは武器持ってるの!? ここ、牢屋だよね!?」
「左様。だが、某は特例として武器の携帯を許されている」
月村イゾウは味方殺しの囚人兵である。
彼と同室になるということはつまり、看守が殺しを許可したことに他ならない。
もちろん、合図が出たらの話だが。
イゾウは改めてスバルを見下ろす。
情けない恰好であった。
尻餅。
今にも泣きそうな表情。
刀を向けられ、震える両肩。
ここに入れられたのだから、多少は楽しめるのかと思ったが。
拍子抜けである。
看守からの殺しOKのサインであるランプも点かない。
イゾウは肩の力を抜くと、刀を鞘に納めた。
「やはり、貴様は物怪ではなかったか」
「モノノケになってたまるか」
どうやら減らず口を叩く余裕はあるようである。
イゾウは苦笑すると、その場に座り込んだ。
「まあよい。ここに入れられた者はみな、某の刀の錆になるのが運命」
凍りついた顔でスバルが距離を置く。
だがイゾウは、そんなスバルに目を向けることなく言い放った。
「だが、貴様では我が刀の餌にもなりえぬわ」
蛍石スバル、16歳。
生まれて始めて、ディスられてよかったと思った日であった。
次回更新は土曜日を予定。




