第122話 vs人質
新人類王国では、ディアマットとノアによる会話が続けられていた。
と、いっても本題は随分前に聞き終わっている。
それでもなお、ディアマットがノアに問うのは王国の鎧と、星喰いと命名された化物の関連性に興味を抱いたからである。
「そもそも、なぜ目玉なのだ」
ディアマットは星喰いが出現する映像を見ている。
あれを見るかぎり、その正体はゴンドラに乗っていた白ドレスの女である可能性が濃厚だった。
「鎧に移植したら、確かに強くなるだろう。それは認める」
実際、シンジュクではそれが功を成している。
もしも目玉の移植を行っていなかった場合、ゲイザーはカイトに負けていただろう。
だが、移植すればいいのはなにも目玉に限ったことではない。
「あの皮膚なんかどうなんだ。リアルターミネーターができあがるぞ」
「意外ですね。王子が映画を御存知とは」
遠回しに娯楽に興味がない堅物だと言われたので、少々苛立つ。
しかしディアマットはそれを咎めることなく、ノアに聞いた。
「茶化すな。今後のことを考えれば、星喰いを我が軍に引き込むことも十分可能かもしれないだろう」
「それが無理なんですよ」
ノアはどこか遠い目で窓を見やり、語る。
「卵から生まれた化物は、各々が力を持っていました。それこそ、まともに目を合わせたら旧人類連合のパイロットのように病院送りにされてしまう」
恐らく、防衛本能だったのだろう。
ハリネズミが針を使うように、彼らは目を向けることで相手を撃退する。
それが武器であれば、当然の心理だ。
「結果を言うと、身体を詳しく調べる為に目を取り除いたところ、怪物の身体は一瞬で崩れ去ったのだそうです」
「崩れ去った? どういうことだ」
「私も当時のメンバーではないので何とも言えないのですが、資料によると、身体が固まって崩れ去ったのだそうです。イメージするに、砂のような感じでしょう」
当時の研究資料を見る限り、怪物の目は心臓も同然だったのだろう。
強力なエネルギーを発し続けると同時、身体を維持する生命線にもなっていたのだと思う。
「彼らの心臓は、目だと言うのか?」
「そもそも、彼らに心臓という概念があるのか疑問ですがね」
相手は地球外生命体なのだ。
地球の生物のことも全て把握していない地球人が考えるだけ無駄という物である。
「だが、もし仮に星喰いが同種なのだとすれば」
「その場合は、目を抜き取れば勝利することになりますね」
なんとも、呆気のない話である。
旧人類連合と協力し、戦艦を何隻も出撃させ、6ヶ月で最新機まで作り上げ、挙句の果てには国の威信を地まで落とした反逆者も放ったらかしにして戦う『人類の脅威』の弱点が、目玉だとは。
ディアマットは身体の力が抜けていくのを感じつつも、口を開く。
「君は勿論、そのことを知っていたのだな?」
「ええ。ですが、星喰いが本当に同種族なのかわからない上に、成長もかなり進んでいる個体。すべてが未知数な以上、迂闊な事は言えません」
なんともそれっぽい言い訳だ、と思いながらもデイアマットは溜息をついた。
新生物という前例もあるので、その可能性も確かに否定はできない。
ただ、それでも星喰いの『目玉』が鎧に用いられているエネルギータンクと同じタイプである可能性は非常に高い。
だからこそノアは興味を抱き、目の確保を依頼した。
「目玉の確保については?」
「既に出撃したメンバーに伝えてある。急場で申し訳ないが、なんとかしてみるそうだ」
タイラントの困った表情を思い出す。
既に作戦中だというのに、このタイミングで追加注文をしてくるなど普通ありえない。
用件を伝えた後、困惑した表情で言われた『だんだんお父上に似てきましたね』という言葉が忘れられない。
一生の恥だった。
「目玉を抜き取ることに成功したのであれば、もう作戦が終わっていてもいい頃だ」
時計を見やる。
既に作戦開始から50分近くが経過していた。そろそろ時計が1週する刻だ。
「しかし、それではこの戦いは終わらない」
ノアの呟きに、ディアマットは僅かに首を振る。
この戦いは人類の存続を賭けた戦いなんて建前があるが、その裏ではもっとえげつないことが起きようとしている。
新人類王国に所属する最強の殺戮兵器、鎧。
地球外からやってきた化物の生命線を目として移植し、王国内でも特に理想の戦士たちを組み合わせて誕生したクローン集団。
現時点で12も存在するそれに、新たなひとりを加えたい。
その為の素材と、メンバーを回収しなければならない。
「彼を捕えられると思うか?」
その為の難題を、ディアマットは問う。
素材として最適だと言われた神鷹カイトは、恐るべき生命力と身体能力を持っている。
聞けば、鎧の改造にはかなりのリスクが付きまとうのだという。
彼ならば耐えれるかもしれないというのは、わからんでもない。
だが、その鹵獲は難しい。
恐らく、人類の脅威などと謳われた化物を倒すよりも。
「以前の奴ならば、今回の作戦に同行させた連中を一斉に襲わせればなんとかなったかもしれない」
だが、今は違う。
彼の周りには仲間がいる。
XXXとして力を磨き上げた新人類。
ブレイカーの操縦がぴかいちな旧人類。
新生物を排除した街娘。
旧人類連合のバック。
いずれも強力であった。
まともに戦えば、いかに優秀な新人類王国でさえも玉砕覚悟で挑まなければならないだろう。
「しかし、王子。それは時として弱点になります」
ノアは思う。
神鷹カイトは弱くなったのだ、と。
少年時代、彼は理想の兵の一歩手前まで来ていた。
友人を殺しかけた9年前の少年兵は、ノアの目からしてみれば理想の素材以外の何物でもなかった。
だが、それも昔の話だ。
彼は符抜けた。
エリーゼによって。
第二期によって。
旧友によって。
そして、旧人類の少年によって。
「別に彼以外を狙えばいいだけの話なんです。彼はもう、一匹じゃないんだから」
グルスタミトの森林地帯で、通信が入った。
フィティングからだ。無事に作戦が終了したので、戻ってこいとのことである。
スバルがそれを了承し、外にいる同居人たちへと伝えようとした時だった。
『ん?』
異変が起きた。
獄翼の周りを、なにかが高速で回転している。
輪を描くようにして空を飛ぶそれの正体をスバルは知っていた。
彼の後ろにいるマリリスも、見たことがある。
『折紙!?』
『高エネルギー反応! 折紙が来ます!』
マリリスが言うと同時、獄翼を取り囲んでいた色とりどりの折り紙が一斉に襲い掛かった。
鋼のボディに取り付いた紙片はシールのように張り付いたかと思うと、一瞬『ばちっ』と音を鳴らして電流を流した。
直後、獄翼のモニタアイと飛行ユニットから輝きが失われ、巨体が落下する。
素早く操縦桿を握り直すが、コントロールが利かない。
「スバル!」
突然のことに仰天するカイトとエイジ、シデンの3人。
彼らは獄翼が落下した場所へと足を向ける。
「待った」
静止の声が降りかかる。
声のする方向から巨大な影が投げつけられた。
真っ先にそれに反応したカイトが、飛びかかってきた影を掴む。
斧剣だ。現代で使用するにはいささかゴツすぎる凶器をキャッチしたカイトは、投げつけてきた方向へと視線を向ける。
「アキナか」
「ハロー、リーダー。腕が鈍ってないみたいで安心したわ」
斧剣を放り捨て、カイトは部下だった少女を睨む。
そういえば、この少女も会議には来ていたが作戦では見かけなかった。
「おい、カイト」
「行ってくれ。ここは俺が」
「そうはいきません」
エイジとシデンに獄翼の救助を托そうとしたカイトの言葉が、横から遮られる。
木々の中からアトラスが姿を現し、言う。
「申し訳ありません。みなさんにこんなご無礼を」
「アトラス。何の真似だ」
深々とお辞儀してみせたアトラスに対し、カイトが言う。
彼はこの作戦最大の貢献者であり、同時にもっとも本能のままに動いた兵であった。
激情のまま唇を貪ってきた事件は、記憶に新しい。
そんな彼が、ここにきて『無礼な真似』を働いてきた。
なんのつもりなのか、さっぱり理解できない。
「なんのことはありません」
アトラスは礼をした体勢のまま、上司達に向けて言った。
「私は、みなさんに帰ってきていただきたいのです」
帰る。
どこへ、と野暮なことは聞かない。
アトラスの帰る場所なんてひとつしかないのだ。
「実力行使で俺達を連れて行こうってのか?」
「まさか。我々のような雑魚が何人束になってかかったとしても、みなさんに勝てる訳がありません」
よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんなことが言えたもんである。
アトラスがその気になって襲い掛かってきたら、玉砕覚悟で戦いを挑むしかない。
星喰いすら抑え込んだ彼の能力は、それほどまでに強大になっていたのだ。
同時に、彼の隣にはアキナもいる。
6年でどれだけ進化したのかもわからない彼女も含めて相手にするとなると、かなり厳しい。
問題はまだある。
「なので、彼にもご協力していただきたいと思いまして」
獄翼が落下した場所に、紅孔雀が降り立った。
新人類王国の突入組が使っていた代物だ。
見れば、オズワルド達もタイラントが放っている破壊のオーラに気圧されて、動けない状態にある。
「休戦は終わりってわけ?」
「いえ。私はただ、マシントラブルを起こした友軍の機体を、我々で直そうと提案しているんですよ」
機械的な笑顔を向け、アトラスが顔を上げた。
口の減らない奴に育ったもんだ、とカイトは思う。
「どう見たってあれはお前らのところのだろうが!」
「エイジ、待て」
いかに苛立ちを募らせる物言いだとしても下手に手出しできない状況にあるのは確かである。
政治的な問題もあった。
だがそれ以上に、獄翼を抑えられた事実に変わりはない。
もしもこの場を切り抜けたとして、制御を失ったスバルとマリリスはどうなるか。
想像するに容易い。
「……俺達が王国について来れば、ふたりの安全は保障するんだろうな?」
「もちろんです。私の権限のすべてと、皆さんへの敬意に誓って」
アトラスは小さい時から旧人類を嫌悪していた。
同時に、先輩戦士たちに敬意の眼差しを送っていたのを知っている。
山脈でのカミングアウトのこともあった。
彼の発言は信じてもいいと、カイトは思う。
「だが、お前が誓っても王はどうだ」
「確かに。リバーラ様が口を出せば、私の権限などちり紙にも等しいでしょう」
ですが、
「もしもそうなれば、私はその場でリバーラ様にこの指を向けることを誓います」
「ちょ、ちょっと!」
その大胆すぎる発言に、周囲に隠れていた何人かの新人類兵が驚愕する。
折角身を隠していたのを台無しにされた怒りもあり、全員がアトラスを訝しげに見やった。
「私は本気です。リバーラ様が提唱する主義は、確かに私の理想とするところだ」
だが、その理想に必要なのはリバーラではない。
アトラスにとって必要なのはXXXの仲間であり、彼らとの日常が戻ること。
ディアマットからの要請は、アトラスにとって願っても無いチャンスだった。
「邪魔をするなら、全員灰にするだけです」
周囲の王国兵を睨み、アトラスが指を掲げる。
その姿に畏怖しつつも、新人類軍は後ずさった。
代わりにアトラスへ抗議の声を送ってきたのは、遥か遠く。
フィティングのスピーカーからである。
『その提案は受け入れられません』
イルマだ。
フィティングのブジッジで待機している秘書が、アトラスの要求に待ったをかけた。
『先程の獄翼への一打はこちらで確認しました。立派な条約違反です』
「だとすれば、どうだというのです?」
アトラスの挑発的な発言に、イルマは即座に回答を出す。
『鬼を出します』
イルマの言葉に、空気が震えた。
特に上空でオズワルド達を抑え込んでいるタイラントは、動揺を隠せない。
『ご存知のように、鬼は新人類軍のエリート部隊を一機で叩き潰す性能を持っています。そちらが望むのであれば、こちらはこの場で全面戦争を仕掛けても構いません』
「反逆者の少年はどうなってもいい、と?」
『ええ』
イルマは淡々とした口調で続ける。
『こちらはボスたちが優先なので』
「へぇ……」
その言葉になにか感じるものでもあったのだろうか。
アトラスは親指の爪を齧り、僅かに肩を震わせる。
「待て!」
今にも爆発しかねないふたりに、カイトが怒鳴った。
彼はアトラスを睨み、イルマがいるフィティングを睨んだ後、深いため息をついた。
「……わかった。行けばいいんだろ」
「お分かりいただけましたか!」
『ボス!?』
その言葉にアトラスは歓喜し、イルマが困惑する。
わかりやすい対比だった。
「イルマ、前も言った筈だ。コイツらに何かあったら許さないって」
『しかし』
「口答えするな」
イルマの反論を無理やり閉ざすと、カイトはエイジとシデンを引き連れて獄翼の方角へと向かう。
彼は背を向けたまま、アトラスに言う。
「お前もだ、アトラス。今回は折れてやるが、次は無いぞ」
「……肝に銘じておきます」
アトラスが再びお辞儀をする。
だが、アキナは見た。
アトラスの瞳が僅かに濁り、カイトの奥にある木々を睨みつけたのを。
否、その奥にある獄翼を、だ。
かわいそうに。
なまじ、カイトと仲がいいだけにアトラスの逆鱗に触れることになってしまった。
カノンとアウラの友人だとは聞いているが、アトラスは屈指の旧人類嫌い。
そんな彼が、スバル少年に対してどんなことをするのか。
カイトと約束した手前、いきなり殺したりはしない筈だ。
恐らく何かと理由をつけて牢屋にでも入れるのだろう。
あそこならいかにXXXのリーダーといえど、管轄外になる。
牢屋に入れられた囚人は基本的に軍法と王族の決定によって裁かれる。
もしアトラスがそのつもりならば、スバル少年は暗い地下牢で黙殺されて一生を終えてしまうだろう。
限りなく高い可能性を思い、アキナは唇を尖らせた。
面白くない。
折角近くに楽しめそうな相手が来るというのに、ただ弱らせるだけだなんて。
蛍石スバルは同期のカノン・シルヴェリアにブレイカーの操縦を教えた張本人だ。
そこに加え、カイト達にも一目置かれた旧人類である。
例えブレイカーに乗っていてもいい。
一度戦ってみたい。
溢れ出る興奮を抑えながらも、アキナは肩を落とす。
きっと叶わぬ願いであろうと落胆してから、彼女は自分の艦へと戻って行った。
星喰い編完結。
次回よりスタートする『邪眼編』にご期待ください。




