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第108話 vs再会

 『遊園地』突入作戦。

 旧人類連合側の代表にカイトが選ばれてから4カ月ほど経ったある日のこと。スバルとシデンは改修が終わったという獄翼を見に、フィティング艦内を訪れていた。


「クァー!」

「あ、どうも」


 格納庫を訪れた少年を快く迎えるメカニック、本田ペン蔵。

 不思議なもので、最初は何を言っているのかわからなかったのだが、交流を重ねていく内になんとなくわかるようになっていった。進化って凄いと、切に思う。

 因みにこのペンギン。艦長曰く、人間年齢で換算すると40代後半らしい。その事実を突き付けられると、ついついお辞儀をしてしまう。


「それで、どんな感じで改修が行われたの?」


 シデンは挨拶も程々にし、早速生まれ変わった獄翼――――もとい、マイホームの見学を提案する。

 数日程度しか暮らしていないとはいえ、狭いコックピットでの生活はそれなりに気に入っていたのだ。愛機というよりは、最早テントに近い感覚である。


「クァー! クァ!」


 ペン蔵に案内されるがままに格納庫を歩いていく。

 数分もしない内に獄翼が収納されたブロックに辿り着いたが、そこで彼らは目を丸くした。


「うわぁ」

「あは」


 4カ月前の新生物との戦いで無残な姿になった獄翼。

 穴だらけになった腕は見事に修復し、胴体もぴっかぴかに輝いている。その中でもひときわ目を引いたのが、


「ペン蔵さん、背中にくっついてる飛行ユニットは今まで使ってた奴じゃないよね」

「クァ!」


 スバルの疑問に、ペンギンは首を縦に振った。

 これまでの獄翼の背中には、箱のような形の飛行ユニットが取り付けられていた。しかし、新生物との戦いで損傷。破棄されることになったのである。

 その代わり、新たに取り付けられたのが今の飛行ユニットだった。

 これまでの飛行ユニットがランドセルだとすると、今回はハングライダーのように見える。最初からウィングが展開されており、出力を調整することで更に敏捷な動きや加速が可能になった、というのはペン蔵談だ。


「クァ。クァー!」

「まあ、そうだろうね。こんなおっきなウィングなんか付けたら目立つし、出力も馬鹿にならないだろうし」


 ただし、その分パイロットに求められる技能も跳ね上がる。

 強烈なGは既にカイトで慣れているとはいえ、それを制御できるか否かはこれからの訓練次第なのだ。SYSTEM Xでカイトを取り込んだ際、スバルは全力の彼を制御したことはない。


「他に何か変わったところは?」

「クァ」


 ペン蔵がハッチへと案内した。

 実は回収が始まる前、シデンからある提案があがったのだ。


 ――――みんなで座るの狭いから、コックピット広くできない?


 そもそもにして、獄翼はふたり用である。

 ふたつしかない座席の後ろに敷き詰めた荷物を座布団代わりにして、ほか数人が座っていただけなのだ。

 そこに、仲間たちがこぞって座ったとしよう。メイン操縦席に座るスバルを含めて6人である。狭すぎるって話ではない。


「どう考えてもカイちゃんが後ろに入ったら、イルマちゃんも隣に来るだろうからね」

「そこにマリリスも加わると……入んなくね?」


 そう。入らないのだ。

 4人の時点で既に限界があった。そこに少女とは言え、ふたりが加わるスペースなんぞないのだ。


「クァ!」

「あ、やっぱりその辺の改修は無理だったんだ」


 残念そうに俯くペンギンを前にして、シデンは肩を落とした。

 しかしながら、ペン蔵もプロのメカニックである。リクエストに答えられなくても、妥協案くらいは実施している。

 

「クァ、クァー!」

「え、そうなの?」


 梯子を伝い、コックピットハッチを開ける。

 するとどうだろう。これまで何人もの新人類を乗せてきた後部座席が、3つに増えているのだ。


「え、どうなってんのこれ!?」


 中の光景を見たスバルが驚愕する。

 見れば、3つの座席は並んでいるわけではない。一本の柱を囲むようにして取り付けられており、まるでクローバーのようにして並べられていた。


「クァ!」


 コックピットに入り込み、ペン蔵がメイン操縦席へと座る。

 ヒレを伸ばした。ボタンに届かない。しばしジタバタと動くペン蔵。ややあってから、彼は名残惜しそうにしてメイン操縦席から去った。

 ペン蔵はコックピットから出ると、スバルへと向き直る。


「クァー!」

「SYSTEM X起動アプリの下に新しいアプリが追加されたの?」


 我ながらなんで言葉が理解できるのだろう、と不思議に思う。

 彼らのジェスチャーは意外とわかりやすいとはいえ、ここまで正確に理解できると、ちょっと気持ち悪い。

 ペン蔵たちが聞いたら怒りだしそうなことを思いながら、スバルはメイン操縦席に座る。実に4カ月ぶりの感触だった。


「さっき押そうとしてたボタンは、これか?」


 明らかにタッチパネルとは別に新しいボタンが追加されており、それを押してみる。

 すると、だ。

 正面モニターに3D映像が映し出された。後ろの後部座席の状況である。見れば、ボタンを押したと同時に後ろの座席が回転し始めた。要は予め3人の新人類を座らせ、ボタンでラーニング先を変更できるようにしたのだ。


「うわぁ! 楽しそう!」


 メリーゴーランドのように回転する座席を見て、目を輝かせるシデン。彼はさっそくスバルの上を跨ぎ、後部座席へと着席した。

 上を跨がれた際、ちょっとだけ良いにおいがした。スバルは僅かに振りまかれたフェロモンを払うと、シデンに感想を求める。


「どんな感じ?」

「うーん。座席自体は前に座ってたのと比べても、あんまり違和感はないかな」


 それよりも、


「さっきボクのパンツ見たでしょ」

「見てない」

「黒だけど」

「カミングアウトするなよ! アンタは俺に何を求めてるんだ!」

「新鮮なリアクション」


 真顔で即答されてしまった。

 どうやらこの男女の期待を裏切ってしまったらしい。いや、だからといって、どうということはないのだが。それでも、男とわかっていて赤面してしまうのが悲しい。


「そういうのは俺じゃなくて、カイトさんとかに言ってくれよな。あの人のを見れた方が面白いんじゃないの」

「確かにカイちゃんのウブな姿を見れたら楽しいけど、そんな暇もないからねぇ」


 神鷹カイトは今、旧人類連合の代表として引っ張りダコである。

 一応、疫病神のジンクスを打ち消す為にエイジとイルマを付き添わせているとはいえ、この数カ月はまともに顔を合わせることも少なかった。少し前まで、毎日顔を合わせていたのが嘘のようである。


「まあ、忙しい原因はどう考えても最初の会議でしょ」


 シデンが懐かしむようにして虚空を見上げた。

 言われた出来事を思い出し、スバルも眉をひそめる。

 

 彼は少し前に起きた、『あるトラブル』のことを、ゆっくりと思いだし始めた。





 

 新人類軍と共同作戦において、両者の意思疎通は避けては通れない道である。カイトは反逆者一行とイルマを引き連れ、会議の席についていた。

 

「ねえ、エイジさん。本当に大丈夫だと思う?」


 席に座り、スバルは横に陣取るエイジに小声で話しかけた。

 何を隠そう、今回の会議場所は新人類軍側の領域で開かれている。つまり、つい先日まで敵だった国の陣地へと招待されているのだ。

 リバーラ王との条約締結が旧人類連合の領域で行われた為、今回はこちらで行おうという提案である。


「ま、流石に条約がある以上は問題ないと思いてぇけど……いかんせん、相手があの王だからなぁ」


 ぼやきが聞こえたのだろう。

 リバーラ王の人格を知るカイトとシデンも、途端に難しい表情になった。


「これがタイラントやグスタフあたりだと、まだ信頼できる」

「そうだね。昨日の約束もその場の気分で無しにするような人だから」


 嫌な信頼だった。

 小さい頃に王と交流がある者はみんな、そのような感想を持っている。


「しかし、あれを放っておけば新人類王国にとっても痛手なのは事実です」


 カイトの後ろに控えるイルマが、はっきりと言った。


「実際、新生物との戦いでミス・タイラントも戦闘不能に陥っています。彼女の影響力は相当なものです」

「同種なのかは知らんが、そういった生命体が見つかったら駆除は必至……そういうわけか」


 ここで問題になるのが、新人類王国がより確実な手段をとるのか、それともプライドを大事にするのかと言う点である。

 前者なら、共同戦線は順調に運んでいくはずだ。彼らの最大の問題は人材不足である。下手に兵を危険な目に会わせたくはない。

 仮に後者であるなら、面と向かってそう言ってきてもおかしくはないだろう。新人類王国とはそういう国だ。


「でも、それって会話からわかりそうなものなの?」

「それでも実際に顔を見て、話してみないことにはわかんねぇよ」


 エイジが尤もな台詞を吐いたと同時。

 彼らの正面にある自動ドアがゆっくりとスライドした。その奥から現れたのは、つい先日に会ったばかりの王国兵である。


「タイラント」

「……待たせたな」


 むすっ、とした表情でタイラントが会議室へと入室する。

 彼女を先頭とし、何人かの王国兵が続いた。その中にはスバルも見知った顔がある。


「あ、あんたら!」

「どーも」

「……ご無沙汰してます」


 タイラントのすぐ後ろについてきたメラニーとシャオラン。

 だが、その後に続いて入室してきた、黒のゴスロリ服に身を包んだ少女は知らない顔だった。顔つきを見た感じ、東洋人っぽい。年齢も多分、幼い方であると思う。少なくとも並んで見る分ではメラニーとそうは変わらない身長だ。


「はぁい、みなさん。久しぶりぃ!」


 やけに陽気な声で少女が語りかける。

 タイラントに負けず劣らずの長い黒髪をかきあげつつも、彼女はカイト達へと視線を向けた。


「……お前、アキナか」

「へぇ、でっかくなったな」

「良いセンスの服着てるね。どこで買ったの? しまむら?」


 カイト達、元XXXの面々が三者三様の感想を漏らした。

 どうやらこのアキナと言う少女も、第二期XXXの一員らしい。しかし、アキナの態度にスバルは少しばかり違和感を覚えていた。

 と、いうのも。

 カノンやアウラのように、何かしらに執着を持っているようには見えなかったのである。一応人間関係的に言えばそれが普通ではあるのだが、これまで出会ってきた新人類がそれなりにぶっ飛んでいた為、なにかしらの異常性癖でも持っていないと違和感を覚えるようになってしまったのだ。慣れとは恐ろしい。


「代表はお前か、タイラント」


 そんなスバルの思考を余所に、カイトは淡々と進めていく。

 久々に会った元部下のアキナと話す事も無く、彼はタイラントを睨んだ。


「残念だが私ではない。お前も良く知っている奴だ」

「なに」


 かつん、と音が鳴った。

 自動ドアの奥から最後に現れた王国兵が、軽い足音を鳴らして会議室へと足を踏み入れる。


「ええっ!?」

「うっそ!?」

「まさか!」


 だが、『彼女』が入室した瞬間。

 会議室は騒然とした。正確に言えばスバルとエイジ、シデンが仰天としていただけなのだが、彼らのリアクションだけでも十分会議室には響き渡っている。


「お知り合いですか?」


 マリリスがきょとん、とした表情でカイト達を見やった。

 しかし、彼女の疑問にカイト達は答えない。

 代わりに答えたのは、入室してきた張本人だった。ソイツは綺麗にカットされた金髪の奥に潜む、淡いブルーの瞳をカイトに向け、言った。


「お久しぶりです、リーダー。私を覚えていらっしゃいますでしょうか」


 その声を聞いた瞬間。

 カイトは己の胸が焼けつくような熱に支配されたのを感じた。ゲイザーにかけられた『病気』とは違う、もっと別な何か。

 例えるのであれば、身体中の血液が逆流していくような気持ち悪さ。カイトは喉までやって来た不快感を必死に抑えつつも、女の姿を見る。


 そいつの言葉は、耳に入ってこなかった。

 ただ、第一声とその容姿だけが自分をどんどん追い詰めていくのだけ感じる。

 女はそんなカイトの様子に気付かず、ただ笑顔を振りまいていた。


「私です。アトラス・ゼミルガーです」

「アトラスぅ!?」

「ど、どうしたのその恰好!」

「生まれ変わったんですよ、リーダーの為に」


 あっさりと言ってのけた仰天の台詞も、カイトの頭には入ってこない。

 彼の意識を支配するのはただひとつ。6年前、目の前にいる女と全く同じ形をした女が、自分に銃を向けたこと。

 

「そう、私はリーダーの為に全てを捧げたのです」


 捧げた。

 そう、確かに捧げた。カイトはかつて、彼女に自分の人生の全てを捧げたのだ。だが、その気持ちが実る事は無かった。彼女はそんな自分に銃を向けて、引き金を引いてきたのだ。

 当時の痛みが、今になって疼き始める。


「……――――」

「え?」


 カイトの口から、小さな言葉が紡がれる。

 だが、あまりに小さすぎる声は、彼女の姿をした何かには届かない。女の浮かべている笑顔が、カイトの神経を逆撫でした。


「出ていけ!」


 声を大にして、今にも飛びかからん勢いで爪を伸ばす。

 スバルとエイジ、シデンが総動員になってカイトの身体を押さえこんだ。がっしりとホールドされた青年が、気が狂ったように吼える。


「消えろ! 消えろ!」

「お、落ち着け!」

「カイちゃん! 大丈夫。あれはエリーゼじゃないよ!」


 耳元で宥める友人たちの声も、耳に入っていない。

 カイトは敵意丸出しの視線をアトラスに向け、言った。


「今更、俺に何の用だ!」

「わ、私は……」


 視線を向けられたアトラスも困惑している。

 彼だけではない。アトラスと同じくカイトの部下であったアキナでも、こんなヒステリックになった元上司の姿は初めて見る。

 アキナの記憶の中でも、カイトがエリーゼに抱いている感情は明らかな恋心以外の何物でもなかった。それが6年経てば、消えろとまでいう始末である。一体この6年の間に、彼らの間に何があったと言うのだろう。考えたところで、アキナには想像も及ばないことだった。


「消えろ!」

「……はい」


 しゅん、と悲しそうな表情で俯いた直後、アトラスは会議室から静かに退出した。


「ごめん、タイラント。後、宜しく!」

「わ、わかった」


 呆然としているタイラントに会議室のことを任せると、アキナはアトラスを追った。自動ドアを出てすぐのT字路の前で、彼は倒れ込んでいた。すすり泣く様な音が、伏せられた顔から空しく響く。


「……アキナ、頼みがあります」

「なに?」


 顔を伏せたままで、アトラスは懇願する。


「ハサミを持ってきてください」

「別にいいけど、どうするつもり?」


 訝しげに向けられた視線に気付いたのか、アトラスはゆっくりとアキナに振りむいた。

 顔面蒼白とは、まさにこんな表情を言うのだろう。

 溢れ出した涙は滝のように流れ落ち、悲しみの感情を表に出しながらも、表情は一斉の変化がない。


「受け入れられなかったんです。もうこんな女、不要だ」


 ぞっ、とする程に寒気がする瞳。

 向けられただけで凍り付いてしまいそうなそれを見た瞬間、アキナは有無を言わずに走り出していた。

 

 結局、その後アトラスは自室に閉じこもって会議は中断となった。

 その時の亀裂が原因でタイラントの事情説明や、予定のズレが起きてしまい、カイトは大忙しの生活を送る事になる。

 だが、その後の会議にアトラスが顔を出したことは一度もない。作戦決行までの間に何度も行われた定期会議だが、新人類軍側の代表の席は常に空席のままであった。

 この4カ月の間だけではない。

 その次も。更にその次も。アトラスは定期会議に顔を出さなかった。


 そうやって時を重ね、最後の定期会議も終わり。


 遂に、作戦決行の時が来た。

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