第102話 vsキャプテンと鳥と戦艦と
朝7時。
この日、カイトら反逆者一行は飛行戦艦、フィティングのブリッジに案内されていた。しかし、彼らの表情は明るくない。特にスバルは誰の目から見ても明らかに弱っていた。
「おい、大丈夫か」
肩を叩き、カイトが確認する。
だがそんな彼の気遣いも、火に油を注ぐだけだ。
「アンタのせいだ。アンタのせいで俺達は……」
「おい、昨日なにがあった」
ぶつくさと呟いてはどす黒いオーラを放つスバルを一瞥してから、カイトはその他の仲間たちを見やる。
彼らは揃って目を伏せた。
「戦ったんだよ、こいつは」
と、エイジ。
「そうだよ。ボクらはみんな、彼の死闘の見届け人だよ」
と、シデン。
「私が照らしました……私が……」
と、マリリス。彼女に至ってはなぜか顔が真っ赤で、熱があるのかと聞いても必死になって否定しにかかってきた。
だが、時折譫言のようになにかをぶつぶつと呟いているのが非常に不気味である。
深夜、部屋に戻ってきたと思ったら急にスバルに叱られたのだが、いったいなにがおこったのだろう。見たところ、深い傷を負った者がいるのも確かなようなのであまり深くは突っ込めないのだが。
「皆様、よろしいでしょうか」
しかし彼らが体調不良だとしても、時間が押しているのも事実だった。
後数時間もすれば目的地には到着する。その前に、この艦の責任者と挨拶を済ませるのが最低限のマナーであろう。その為に彼らはブリッジに来たのだ。
「でもよ。艦長に挨拶って、普通はすぐにやることだよな」
エイジがぼやくが、彼の言う事も一理ある。
カイト達がフィティングに乗り込んですぐにやったことといえば、ウィリアムのビデオメッセージを見たくらいだ。
「確かに、普通はそうです。ただ、この艦は普通ではないので」
カイトは思い出す。
昨日、乗組員について説明を求めてみたら『くさい』という理由で後回しにされてしまった。
においが問題だというのも確かに普通ではないと思うが、それほどまでに問題視すべきところなのかは疑問である。
「入る前に、皆さんにこれを渡しておきます」
ブリッジの扉の手前で立ち止まると、イルマは5人に白いマスクを手渡した。
間接的ににおい対策をしてるのだとは理解できたが、これが必要レベルでくさいのだろうか。
夜の間、ブリッジは清掃をしている、とイルマは言っていた。そして今は朝の7時だ。艦長たちが何時から勤務しているのかは知らないが、この短い時間でこんなものが必要になると考えると、少々気が重い。
いかんせん、カイトは鼻が利くのだ。
「あれ、もうつけるのか?」
「……保険で」
誰よりも早くマスクをつけたカイトを4人が訝しげに見やると、イルマはそれを覚悟完了の合図と受け取った。
彼女は5人の意見を特に聞かないまま扉を開け放ち、ブリッジからの空気を解放する。
「うお!?」
「んぐぅ!?」
早速漂ってきたブリッジのにおいに鼻を抑えたのは、カイトの次に嗅覚が発達しているエイジとシデンである。
だが、鼻を抑えながらもふたりは思う。なんか思ってたのと少し違うにおいだな、と。
ひとことで異臭と言っても様々な刺激がある。
例えば納豆のくささと、香水のくささではにおいのベクトルが違う。彼らが察知したのは、覚悟していた類の物ではなかったのだ。
具体的にいってしまうと、反逆者一行は『くさい』と聞いて艦長たちが風呂に入っていないのだと考えていた。だが、実際は少々違った。
落ち着いて深呼吸することで、エイジとシデンはにおいに順応していく。そして彼らは改めてブリッジを見やった。
羽だった。
色とりどりの羽毛が飛び散り、ブジッジの床を埋め尽くしているのである。においの正体とは、ブジッジで羽ばたく十数羽の鳥類であった。
「動物園か、ここ?」
「いえ、間違いなくブリッジです」
ようやく意識が現実世界に戻ってきたスバルが、まじまじとブジッジを観察し始める。
床は既に羽毛が散らばっており、足の踏み場も残っていない状態だった。これでは羽毛を気にせずに前に進むしかないのだが、羽毛アレルギー持ちには地獄以外の何物でもない。
「で、誰が艦長なんだ」
スバルに続き、カイトがブジッジへと入る。
彼の視界には人間がいなかった。どういうわけか様々な鳥が艦内の作業を実施しているのである。
例えば、通信。こちらは席に陣取るアヒルがヘッドフォンを器用に立てながら『がぁがぁ』と鳴いていた。傍から見れば、仕事をしているように見えるのが怖い。
「いや、ていうか待って! なんか平然と受け入れつつあるけど、なんで鳥がこんなところで仕事をしてるんだよ! というか、仕事してるのこれ!?」
カイトの一言で我に返ったのだろう。
ブジッジに広がるバードゾーンを前にして、スバルは思いっきり、それこそ力の限りツッコんだ。嘗てない異様な光景であった。
「当然です」
そんな異様な光景を前にしたツッコミに対し、イルマは表情を変えないまま解説を始める。
「彼らは鳥ですが、頭脳だけなら人間以上と呼ばれる鳥部隊。まともにテストの点数で勝負しようとすると、赤っ恥になりますよ」
まあ、既に新生物という前例がいるのでそういう鳥が生まれてもおかしくはないと思う。
だがいかんせん鳥である。これがイルカであればまだ納得できるのだが、『鳥頭』と揶揄されることもある動物が賢いですと言われても、イマイチぴんとこない。
「現実を受け入れろ、スバル」
だが、そんな疑問を浮かばせているのはスバルだけだった。
カイトもエイジもシデンもすんなりとこの状況を受け入れており、マリリスですら操舵手と思わるフクロウに向かって挨拶をしている。
「あの新生物を忘れたわけじゃないだろ。動物だって立派な頭脳を持って生まれてくる。いつ人間の天下が終わってもおかしくない」
「そりゃあ、ありえないとは言わないけどよ……言葉わかんの?」
もっともな疑問である。
先程からフクロウに挨拶しているマリリスも、『ホ、ホゥ!』などと言われて首を傾げているのだ。
翼を広げているので、なにかしらの意思を示しているのだと思うのだが、いかんせん言葉がわからないことには意思疎通は出来ない。それは通信の向こう側の人間も同じだし、イルマとて同じ筈である。
「当然ですが、わかりません」
その疑問は本人の口により、あっさりと認められた。
「しかし、だからといって理解する手段がないわけではありません。艦長は鳥類の言葉がわかるお方ですので」
「は?」
なにをいってるんだ、こいつ。
イルマに対して何度同じことを思ってきたのか、数えただけでもきりがないが、本当に理解の及ばない言葉を口にしている気がする。
少なくとも、スバルは頭の周りにハテナマークが浮かんでは回転しており、理解が全く追いついていない様子だ。
「動物と会話することに特化された新人類なのか?」
「いえ、旧人類です」
「旧人類!?」
ますますスバルの周りにハテナマークが点滅する。
彼の視界には、鳥と共に叫びながら宙を飛ぶターザン姿のマッチョマンの幻影が映っていた。
「旧人類でも言葉はわかるものなのか?」
「ムツゴロウさんという方が代表例だと伺っております」
本当に大丈夫なのか、カイト達も不安に思い始めてきた。
彼らはみんなお互いに視線を交わし合い、無言の内に意思をシンクロさせる。うさんくせぇ、と。
「で、どれが艦長なんだ。鳥しかいないぞ」
カイトが訝しげに問うと同時。
その声は艦内に響き渡る。
「がっはっはっ! 俺様に用があるようだな!」
男の声だった。多分、声色を聞いた限り相当な年齢だと思われる。
だが、同時にスバルは思った。いかん、変人のにおいがするぞ、と。
基本的に、高笑いする奴は変なのしかいないのだ。アーガス然り、サイキネル然り。
「ようこそ、俺の艦へ! 歓迎してやる」
艦長と思われる男の声が、反逆者一行を歓迎する。
その声がブジッジに木霊すと同時、勤務中の鳥類が一斉に羽を広げて鳴き始めた。どういう意味があるのかわからないが、艦長の声は鳥類になにかしらの影響を与えるらしい。
「これ艦長?」
「艦長です。スコット・シルバーというのですが、見当たりませんね。声はしますが」
イルマもきょろきょろと艦長を探し始める。
彼女の目から見てもスコット・シルバーの姿は見つけられずにいた。
「がっはっは! ここだ!」
直後、床が突然開いた。
直径2メートルほどの大きな四角い穴が突然開いたかと思うと、周囲に散らばっていた羽毛が一斉に穴の中へと降り注ぐ。
「むっほおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
艦長と思われる男がむせた。
多分あの中にいるんだろうな、と思いながらもスバルは尋ねる。
「ねえ、なにあの穴」
「ブリッジに積もった羽毛を吸い取る掃除機を格納している穴です。開いた瞬間に一気に羽毛を吸い取るのですが、どうやら私たちが来ることを知って隠れん坊をしていたようですね。艦長はおちゃめな方なので」
ただ、その隠れん坊で予想だにしていないダメージを負ったようだ。
むせ返る艦長。その表情は見えない為、どれほど苦しいのかは理解できないが、暫く咳が続きそうであることだけは予想が出来た。
「ホ!?」
そんな艦長の大ダメージを察したのだろう。
操舵手を務めるフクロウがハンドルを自動操縦に切り替えると(足でボタンを押した)、穴へと飛んでいく。
「ホッ! ホゥ!?」
穴の中を覗き込み、フクロウが鳴く。
なんとなく『大丈夫か』と言っているような気がした。穴の中から野太い男の声が帰ってくる。
「がっはっは! 心配するな、オウル・パニッシャー! 俺の身体はお前たちの羽毛ではビクともしない!」
それを聞いたオウル・パニッシャー。納得したように頷くと、自分の指定席へと羽ばたいていった。
「あいつ、パニッシャーっていうのか」
「中々洒落たネーミングセンスしてるな」
「仲間想いのいい子だよね」
一連の出来事を眺めたXXXの感想がこれであった。
どうやらフクロウと人間による会話はそんなに気にしていないようである。
「がっはっは! お前たちにも心配をかけたな、反逆者御一行!」
穴の名から小麦色の健康的な腕が伸びる。
スバルの1.5倍くらいはあるんじゃないかと思える大きな掌が広がると同時、スコットは腕の力で一気に穴の中から這い上がってきた。
その出で立ちは、戦艦の艦長というよりかは船乗りに近い。
妙にお洒落な円形サングラス。白と青を基調としたセーラーから今にも零れ落ちてしまいそうな、自己主張の激しい筋肉。太陽に照らされて光り輝くハゲ頭。お手入れがされていない無精髭に羽毛を張り付けながらも、スコットは笑みを欠かすことなく体勢を整える。
「改めて自己紹介をしよう。俺は館長を務めるスコット・シルバーだ! 俺のことは親しみと敬意をこめてキャプテンと呼んでくれ!」
己の顎に親指を突き付け、スコットは言った。
見せつけられた上腕二頭筋が膨れ上がり、自己アピールをしてきた。一気にむさくるしい。
「キャプテン。早速だが聞きたい」
筋肉が溢れかえり、太陽光が妙に反射するスコットに物怖じすることなくカイトが言う。
「アンタは鳥の言葉がわかるのか?」
「勿論だ。俺はコイツらを纏める為に呼ばれた専門家……要はエキスパートなんだよ!」
スコットの後ろで勤務する鳥類が一斉に翼を広げ、ポーズをとり始めた。各々鳴き声を発し、自己主張し始める。
「丁度いい。お前らに紹介しよう」
スコットが通信席にいるアヒルを指差し、言う。
「こいつは通信担当のダック・ケルベロスだ」
「クァ!」
強そうな名前だ、とスバルは思う。
そして同時に思った。果たしてこいつと通信する相手は言葉がわかるんだろうか、と。
「次に操舵士。フィティングはコイツが動かしていると言っても過言じゃない。オウル・パニッシャー!」
「ホゥ」
ハンドルの上にとまったフクロウが小さく挨拶をした。
彼は器用に足を動かしながらハンドルを回し、フィティングの体勢を整えている。技巧派であった。
「そしてメカニック。本田ペン蔵だ」
「クァー!」
甲高い鳴き声をだしながらも、ずっと端っこで待機していたペンギンが敬礼をした。日本名なのがちょっとだけ親近感がわく。
「最後に砲撃責任者を紹介してやるぜ! コイツの逆鱗に触れたらミサイルは覚悟しておきな、チキンハート・サンサーラ!」
「コケコッコー!」
赤いとさか頭がトレードマークの鶏が鳴いた。
鶏の逆鱗に触れた瞬間にミサイルが飛んでくるのを想像すると、もうフライドチキンは食べられそうにないな、とスバルは思う。
「他にもいっぱいいるが、大体の責任者がこいつ等だ。フィティングで困ったことがあれば、こいつらに相談すればいいだろう」
この豪華なメンバーに何を相談しろと言うのだろうか、このマッチョマンは。訝しげな視線を向けられるが、キャプテンはまったく気にした様子も見せずにビルドアップをし始めた。この動きに何の意味があるのかはわからないが、仮にも艦長がやることなのだから多少は艦の為になっているのだろう。たぶん。
「おい」
カイトがイルマを手招きし、耳打ちする。
「まさかと思うが、この鳥限定ターザンを呼ぶ為にウィリアムが力を使ったわけじゃないだろうな」
「いえ、正解です」
期待を裏切る発言に、カイトは溜息をついた。
なんだってまたこんな鳥の飼育園みたいなことになったのか、非常に疑問が残る。
「結論から申し上げますと、フィティングは旧人類連合の船ではありますが、まだ正式に登録されていないのです。軍部はおおよそ掌握したとはいえ、下手に兵を割くわけにもいかず」
「それで鳥を配備したわけか」
なんとも頭の悪い話である。
だが、現に彼らの活躍でフィティングが飛行し、自分たちが助けられている事実があるのでなにも言えなかった。
進化ってすごい。改めてそう思う。
「因みに、構成員からなんとなく察していただけるとは思いますが、鳥はしょせん鳥です。彼らは軍に縛られた人間ではないので、割と自由に動かす事が出来ます」
「何が言いたい」
「人類の脅威と戦う時、艦長とボスが彼らに指示を出すことになります」
今度こそカイトは頭を痛めた。
彼はこの日、生まれ始めてストレス対策に胃薬を買う事を決意した。




