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第98話 vs思考教育

 ウィリアムからのメッセージには続きがある。

 カイトとイルマによる壮絶な戦いが終わった後、映像は再び表示された。

 映像の中で微笑むウィリアムは、カイトに向けて言う。


『もしかしたら、君は迷惑に感じるかもしれない。第二期の面倒を見ていた君は、カノンとアウラと……いや、これ以上はよそう』


 含みのある言い方である。

 そんな焦らすような言い方をされると気になる物だが、シデンとエイジがぎこちない笑顔を作っていたので、多分自分は知らない方がいい事なんだろうな、とカイトは無理やり納得した。


『とにかく、君は部下を毛嫌いしていた。そんな君にイルマを与えるのは、実を言うと若干心苦しくもある』


 なら今すぐプレゼントを撤回しろといいたい。

 言いたいがしかし、イルマの『忠誠心』を相手に敗北を認めたのは事実なので、何も言えないのだ。親の仇でも見るかのようにしてイルマを睨むが、彼女はにこりと微笑んでスケジュール帳に何かを書き込んでいた。早速管理され始めたのだ。あくまで秘書の筈なのだが、檻に入れられた動物のような気分を味わうのはなぜだろう。


『だが、君もいい大人だ。本格的に誰かの上に立ち、導いていくのもいい経験になるだろう。寧ろ、イルマは君の助けになると思うぞ。強いし』

「ああ、強かったよ馬鹿野郎」

「カイトさん、ちょっとカッコ悪い」

「やかましい」


 相変わらずシデンによって目を覆われたままの状態のスバル。発言だけでも落ちぶれた同居人の姿がイメージできてしまった。そしていい加減、ウィリアムの容姿がちょっと気になる。

 それとなくシデンに提案してみた。


「ねえ、5秒だけでも見ちゃダメ?」

「ダメ。旧人類は例え映像だとしても、ウィリアムの目を見ただけで術にかかっちゃうんだよ」


 思っていた以上にえげつない能力である。

 カイト曰く、XXXのチーム内で最も能力を磨き上げたのは六道シデンということではあるが、それに匹敵するのではないかと思う。

 旧人類が敷き詰めた空間でテレビ映像でも流せば、それだけで洗脳することができるのだ。想像を超えるウィリアムの強大さに、スバルは身震いする。

 そんな旧人類の少年のことなどお構いなしに、映像の中のウィリアムは喋り続けた。


『ただ、僕がイルマをあげると言ったのは、何も君のことだけを考えたわけではない。これはイルマの為でもある』


 カイトが再びイルマへと視線を向けた。

 先程までの鉄仮面が嘘のように、にこにこと微笑んでいる。やっぱりストーカーなんじゃないだろうか。


『彼女の新人類としての能力は、コピー。要するに、特定の相手に変身することができるんだ。しかも、一度コピーした相手は何時でも再利用可能だ。声、体格、記憶、能力、筋力、殆ど完璧にコピーしていると思ってくれていい』


 それは詰まり、イルマはやろうと思えば何時でもタイラントに変身することができることになる。

 そう思うと確かに強いと思う。

 だが、彼女には致命的な欠陥があった。


『ただ、一見すれば便利に見えるこの能力にも欠点がある。それが記憶の混在だ』


 イルマは変身を繰り返せば、その度に変身した者の記憶もラーニングしてしまう。まだ幼く、自我が形成できていなかった彼女がその才能を乱発させた結果、自分が誰なのか分からなくなってしまったらしい。


『今、君たちの目の前にいる彼女も、そういうキャラクターを演じているだけに過ぎない。クールでなんでもこなす秘書っていうね。だが、やろうと思えば彼女はなんにだってなれる。それこそ、ダムが決壊したかのような号泣だって前触れなくやってくれるだろうね』


 実際やられたから堪ったもんじゃなかった。

 誰にでも変身する事ができて、どんな自分にでもなることができる少女、イルマ・クリムゾン。

 彼女の持つキャラクターは、カイトの想像を遥かに超えたものであった。

 自我が確立せずに、記憶が混在してしまったという点に関しては、新生物とも繋がる物がある。そうなってくると、タイラントの記憶に流されてしまい、最終的には襲い掛かってくるんじゃないかという懸念もある。


『そこで、解決策として君の秘書をやることを提案した』

「なに?」


 どうしてそうなった、と無言で訴えるカイト。

 彼の非難の眼差しを察知したかのように、ウィリアムは説明し始めた。


『当時、イルマはまだ11歳だった。僕は幼い彼女に対し、24時間君のデータを見せ続けた』


 うげっ、と言いながらカイトはたじろぐ。

 それは立派な洗脳活動ではなかろうか。


『君の昔の写真。君の戦闘記録。思考。僕の持つ思い出話。例えイルマが誰に変身したとしても、僕は彼女に見せ続けたよ。寝る時も、イヤホンで君の音声データを聞かせ続けた』

「待て、待て待て!」


 流石に気味が悪い。

 エレノアから感じた気味の悪さも相当だったが、この話も結構怖い。鳥肌が立っているのが自分でも分かるなんて、久しぶりだった。


「これは本当か」

「本当です」

 

 迷う間もなく、イルマは即答した。

 彼女はカイトが知りたいであろう情報を補足する為、続けて口を開く。


「旧人類連合でも、XXXの存在は知られていました。資料として残されている戦闘データを見て私たちは戦いを学び、声を聞くことで私は己の存在の全てをあなたに捧げることを理解しました。思考の全てをあなたに向けた結果であると言えます」


 聞いているだけで頭痛が止まらない。

 気のせいでなければ、ウィリアムの録画メッセージが始まってからずっとこんな調子である。


「音声データとやらはどこで手に入れた」

「ウィリアム様が当時のXXXの様子を撮影した映像資料を所持しておりました。その音声データだけを抜き取り、加工することであなたの声だけを耳に届けているのです」

「気持ち悪い」


 心からの言葉だった。

 こればかりは後ろで陣取るスバル達も同意見である。やっていることが完全に個人の人格を潰しにかかっているのだ。例えそれのお陰で助けられたのだとしても、気分は悪くなる。


「あのブレイカーのパイロットも、そうやって育成されたのか」

「ゼッペルは私とは違います」


 今も鬼のコックピットで待機し、何時でも出撃できるように準備をしている青年の姿を思い出しつつもイルマは言った。


「彼もあなた方の戦闘資料を見て育ちましたが、それを抜きにしても旧人類連合の兵として育てられた新人類です」


 その役割は、戦闘にこそある。

 それゆえ、イルマのように過度なサポートに誇示することは無く、ただ戦うことだけに思考が特化された。

 イルマがカイトのサポートに特化された新人類だとすれば、ゼッペルはXXXを敷居にした戦闘特化の新人類なのだ。


「そういえば、あのブレイカーも凄かったよね」


 話がゼッペルへと移ったところで、スバルは気になることを打ち出してみる。


「あれって最新型なの?」


 今更言うまでもないが、スバルはブレイカーに詳しい。ブレイカーズ・オンラインでは、日々アップデートによって新たな新型機がライバルとなって参戦してくるのだ。ゆえに、本物のブレイカーやその装備、性能のチェックは欠かさない。

 流石に念動神のような破天荒な機体は知識にないが、鬼もあの部類に入るのだろうか。


「そうです。名前は鬼。ゼッペルが乗る事を想定された、旧人類連合の切り札の一つです」


 旧人類連合の切り札。

 ブレイカー一機にその称号は大げさな気もしたが、トラメットで繰り広げた鬼神のような戦いは、確かな説得力を持っていた。

 レオパルド部隊の精鋭たちを寄せ付けず、ただ蹂躙を行うだけの青い魔人の姿を思い出す。戦う為に特化された新人類というに相応しい存在感であった。


「そのゼッペルとやらは、ここにはこないのか」

「今は出撃に備え、待機しています。新人類王国と停戦を結んだとは言え、王以外の者は知らないようなので。追ってこないとも限りませんし」


 本来なら条約違反だといって戦闘を仕掛けてもおかしくはない出来事なのだが、イルマ達の目的はあくまで新生物の駆除とカイト達の保護であった。

 新人類軍屈指の戦士であるタイラントも居た以上、下手に長居せずに退いてもらった方がお互いの為だと。イルマはそう判断したのだ。


「だが、お前はやろうと思えばあのままタイラントを抑える事が出来た筈だ」


 カイトがツッコミを入れる。

 ウィリアム曰く、コピーしたイルマは対象の能力まで使用できるらしい。記憶や筋力もコピーしてしまう以上、彼女がタイラントを相手にして負けるとは思えない。少なくとも、あの場にいた全員がタイラントに攻撃を仕掛ければ、レオパルド部隊を倒す事も夢ではなかった。

 ネックだったブレイカーの大群も、ゼッペルと鬼によって壊滅させることが出来たように思える。


「レオパルド部隊を逃がしたのは何故だ。約束を破ったのは向こうだぞ」


 いや、そもそも。

 なんだってまた休戦を提案し、王国内に浸透していないとはいえリバーラもそれを受諾したのだろう。

 無言で送られた疑問は、イルマによって丁寧に解剖されていった。


「理由はいくつかあります。1つは、鬼がまだ試作品であること」

「試作品!? あれが!」


 興奮を抑えきれぬ様子で食いつくスバル。

 客観的に見て、一方的に攻撃を仕掛ける機体が試作品だとは思えない。


「武装は3割も満たせていません。鬼はゼッペルと同じく、一点特化で強化されたブレイカーであることがコンセプトなのです」


 そんな未完成の鬼を何時までも戦場に出しておくと、どんな手痛いしっぺ返しをくらうか分からない。

 それが一つの理由だった。


「もう一つは、新人類王国と協力して、人類の敵と戦う必要があるからです」

「人類の敵ぃ?」


 新生物のことではないのか、と誰もが首を傾げる。

 実際、イルマ達がトラセットへと出向いた目的は新生物の駆除であった。だが新生物は既にスバルとマリリスの二人によって蒸発してしまった。

 居ない奴を相手に戦うことなど、できはしない。


「新生物は、キッカケに過ぎません」


 イルマは淡々と呟き、モニターの電源を消した。

 これ以上見せる必要がないと判断した結果であった。


「私が皆さんを迎えに来たのは、安全の確保ともう一つ。共に戦っていただきたいからです」

「あのゴキブリ魔人以外の、人類の脅威に?」

「はい」


 つい先程戦ったばかりの、新生物の姿が彼らの脳裏にフラッシュバックする。

 これまでの戦いの中でも、一番の強敵であるとスバルは確信していた。

 なんといっても、マリリスがいなければ全員殺されていたのだ。そんな新生物がただのキッカケでしかなく、まだとんでもない化物がこの地球のどこかにいる。

 考えただけで、貧血を起こしそうになった。


「ソイツの正体は」

「それはウィリアム様の口から直接語っていただくことになっています。そちらの方は、まだ時間に猶予がありますので」


 それより、と言ってからイルマは振り返る。

 彼女は僅かに上を向き、時計を確認した。時刻は夕方。もうそろそろ外も暗くなるころである。


「皆様、新生物との戦いでお疲れでしょう。お部屋へと案内しますので、どうぞおくつろぎください」


 こうして、スバル達の激動の1日は終わりを告げた。

 

 かに見えた。

 新生物を撃破したこの日の晩。まさしく悪夢ともいえる出来事がスバルに襲い掛かろうなど、この時は誰も予想できなかった。

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