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遥か彼方  作者: 犬人
4/6

期待と別れ

クリスマス。


またの名を聖夜、キリストの誕生日。


恋人達が巡り逢う夜…



小さい頃、俺はサンタがいると信じていた。

クリスマスイブの夜には、サンタへの手紙を書いて、枕元に置いてから寝た。


その中身は『サンタさんご苦労様』から始まって、『〜が欲しい』で終わる、今の自分から見れば夢が溢れんばかりに詰まった内容だった。


そして朝を迎え、目が覚めるといつの間にか手紙はなくなっていた。


その代わり、『ユウ君へ、サンタより』と書かれた紙と、キレイに包装された箱がチョコンと置いてあった。


そのことに幼かった自分が、ものすごく喜んでいたのを憶えている。


毎年クリスマスの季節になると、俺は必ず手紙を書いた。


そして、サンタからのプレゼントに飛び跳ねた。



けどその年は違った。

ふと好奇心から、サンタを一度でいいから見てみたいと思ったんだ。



クリスマスイブ当日。夜になり、傍らに手紙を置いて布団に潜り込む。


毛布の優しい温もりに、何度も寝そうになるのを耐えながら、その時を待った。


そして真夜中


彼はやって来た。


ドアをゆっくりと開けて、俺が寝ているはずの布団にそーっと近付いてくる。



――今考えると、何でこんなに必死でサンタに会いたいと願ったのだろうか。



俺は気付かれないように、ほんの少し目を開くと



そこに居たのは――



「メリークリスマス、ユウ君」



そのなんとも言えない煙草くさい匂い、その存在感ある雰囲気、その聞きなれた少ししゃがれた声。



――親父だ



しばらく俺の顔を眺めた後、親父は部屋を出ていった。



明かりを点けて布団を見ると、あったはずの手紙は消えて、そこには当然のようにプレゼントと例の紙が置いてある。



『やっぱりな』と俺は思った。


幼いとはいえ、来年には小学校に入学する。


勿論、周りの友達のほとんどが『サンタさんなんていないよー』と言っていた。


正直、気づいていた。


サンタなんていない、それが当たり前――



その日を境に俺は少しづつ、冷静に“現実”を見れるようになっていった。


そして今日

俺は16回目のクリスマスイブを迎えた。






少し薄暗い部屋の中、妙に肌寒い感触を覚えて、突然目が覚めた。


見ると布団に包っていたはずの上半身が、凍える空気の中へと放り出されている。


おそらく、寝ぼけて布団を蹴りとばしたのか、もしくは自分から抜け出したかのどっちかだろう。



出てきた鼻水をすすりながら、置いてあったケータイを開く。


12月24日(日) Am8:34


それを確認すると、嫌がる体をむりやり起こして一階に降りた。




居間に入ると、そこには当前のように静けさが待っていた。


親父は出張中、お袋と兄貴は……まだ寝ているだろう。


せっかくの休み、わざわざお袋を起こすほどでもない。


とりあえずお腹が減っていたのでパンをトースターで焼く。


その間にフライパンで目玉焼きをつくり、焼きあがったトーストの上に乗せる。


そしてコップに牛乳を注げば、わずか5分で簡単な朝食の出来上がりだ。


早速トーストを頬張りつつテレビをつけると、やたら化粧の厚い女子アナがニュースを読んでいた。


『…ですので今年は例年稀に見る大雪になると…』


(大雪……かぁ)


窓越しに外を見ると、そこには一面の銀世界が広がっていた


けど広がっているだけ。


(雪、降ってないなぁ……)


しばらくの間その光景をとり憑かれたように見ていたが、やがてハッと思い出したように再び口を動かし始める。


朝食を食べ終えると、まず部屋に戻って履き慣れたジーンズとTシャツに着替え、その上に厚手のジャケットを羽織る。



次に洗面所で身だしなみを整えて、香水をワンプッシュ。

ちなみにこの香水は俺の誕生日にハルがくれた物だ。


時計を見る。時間は…大丈夫、余裕で間に合う。


「行ってきます」


プレゼントが入ったバッグを持って、俺は家を出た。


待ち合わせは

Am11:00駅前にある『喫茶おらんだ』にて――



* * * * * * * *



「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」



店内を軽く見渡すが、ハルの姿はない。

張り切って約束の時間より40分も早く来たのだから、まぁ当然なんだけど。


「後からもう一人来るんですけど」


「ではこちらへどうぞ。」


そう言うとウェイターは奥にあるテーブルへ案内した。



俺は椅子に座り、とりあえずアップルジュースを注文する。


ちなみにコーヒーは無理。あんな苦いものをどうして人は好むのか。


小さい頃、疑問に思っていたがそれは今でも変わらない。



ウェイターは『少々お待ちください』と言うと、店の奥に入っていった。




* * * * * * * *



グラスの中の氷は溶けて、底に水が溜まってきた。


現在の時刻は10:49。


ハルは待ち合わせにはいつも10分程はやく来る。

そろそろ声が聞けるだろう。

俺の名前を呼ぶ声が。


その時店内には音楽が流れていた。

某歌手の甘ったるいクリスマスバラード。


とめどなく溢れるメロディーが、突然ケータイの着信音によって切り裂かれた。


(危ね……マナーモードにしとくの忘れてた)


少し電話越しの相手に感謝した。ハルと話してるときに鳴ったら、正直気まずい。


さて、誰からだろうと思ってディスプレイを映す。

名前が書いてあった。

《ハル》


「え……」


思わず声を漏らしてしまった。

何で?まさか来れなくなったとか?


不安を抱きながら、通話ボタンを押した。


「ハル……?」


「あっユウ、えっと……ごめん」


彼女の声は心なしか慌てていた。


「待ってたよね?本当にごめんね実は寝坊しちゃって」


とりあえず最悪の結果は免れたらしい。しかしハルが寝坊だなんて珍しいな。


「珍しいなハルが寝坊だなんて。何かに夢中で寝れなかった?」


「え、ユウってもしかしてエスパー?」


はい?


「なんで?」


「ん、いや何でもない。」


「そう?」


「うん。本当にごめんね?30分には着くから」


あと30分。たったこれだけの時間で君に会える。


でもきっと彼女は、20分には俺の目の前で笑顔を見せているだろう


屈託のない、笑顔を。


会話を終えて、ケータイを閉じる。いつの間にか流れている曲は変わっていた。熱い、コーヒーみたいなメロディー。


恋人たちの声は止まることを知らない。

喧騒の渦中でグラスの氷がカラン、と音を立てた。







ハルの声を聞いたのはこれが最後だった。


17歳の冬の出来事だった。

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