daylight daydream-かげろう-
大体四年ほど前の話だったっけ。
お前がこのガソリンスタンドに来る前の話なんだけどさ。
そうそう。オレがまだヒラだった時の話。
あのさ、変なお客さんがいてさ。
平井利松さん、っていうボロボロの軽四乗ったジイさんなんだけど、オレ、その人が初めてウチの店に来た日に接客したわけ。
んで、会員カード作って、普通に接客してたんだけど、どういう訳かその平井さん、『気に入ったからこれから毎日来るわ』っつてさ。
オレその時、冗談だと思って本気にしなかったんだよ。
だって普通ありえねーだろ。
でもさ、次の日ホントに来るんだよ平井さん。
次の日もまた次の日も来るんだよ。
ホント馬鹿みたいに毎日欠かさずにウチに来んの。
んで、気が付いたらいつの間にかオレ達もさ、『今日も平井さん来んのかなー』とか言っちゃってるわけ。
もう名物ジイさんだよ。
ほら、ウチってさ、正月の三が日以外毎日店開けてるだろ? 盆も大晦日もさ。
平井さん一回元旦にも来たらしくてさ、三が日過ぎて店開けたらいきなし『何でやってないんだ』って怒こってくんの。
はは、可笑しいだろ。正月くらい休みくれよ、って感じ。
それ以外は毎日来てたんだよ。
ウチでガソリン入れるの、もうあのジイさんの日課になっちまってたんだろうな。
決まってレギュラー5リッターしか入れてかねえし、オイル交換とか勧めても交換しないから、店的にはあんまし美味しいお客じゃなかったんだけどさ、オレは結構平井さんが嫌いじゃなかった。
この店で平井さんの事知ってんのはもうオレしかいねーけどさ、その頃入ってたみんなもそうだったと思うよ。
なんつーか上手い事言えねーけどさ、平井さんっつーお客はさ、不思議な感じのジイさんだったんだよ。
初めてウチに来てから二年くらいだったかな。ずっとそんな感じで毎日顔見せに来てたんだけどさ。
ところがさ、ある日突然さ、ブッツリと平井さん来なくなっちまったんだよな。
そうそう。『死んだ』って思った。
みんなもさ、『最近平井さん来ねーけど、死んだんじゃね?』って言ってたくらい。
もう大分年だったしな。
いつお迎えが来てもおかしくなかったから、オレも絶対平井さん死んだって思ってた。
んで、そっから半年ぐらい経ってさ。
もう誰も平井さんの事なんか口にしなかったし、オレ自身そんなジイさんの事なんかすっかり忘れちまってたんだけどさ。
ああ、その日の事、忘れらんねえな。スッゲエよく覚えてるよ。
今日みたいにさ。五月なのにメチャクチャ暑い日でさ。
水まいても水まいてもすぐ乾くような日だったんだよ。
スタンドの前の道路がさ、ゆらゆら陽炎がたってんの。マジありえねーくらい暑かった。
その日スゲー暇でさ、前の道に車全然通んねーの。オレら暑かったし、ホースで水まきながら遊んでたんだけどさ、そん時、見覚えあるボロい軽四が入ってきたんだよな。
そ。平井さん。
半年ぶりくらいに平井さんが来たんだよ。
オレ、「久し振りっすね。今日も5リッターっすか」って聞いたらさ、平井さん首振って、『満タン』って言うんだよ。
今までそんな事なかったからさ、「どっか遠くにでも行くんすか」って聞いたら、『ちょっと遠くに行く事になったから』って。
『久し振りに家族に会いに行く』って言うんだよな。オレ「家族に会いに行くんすか。良いっすね」ってガソリン満タンにしてさ、伝票渡す時に、平井さん、『あんがとよアンちゃん』ってオレに言ったんだ。
そん時に思ったよ。
ああ、もう平井さん来ないんだな、って。
なんでそう思ったか分かんないんだけど、とにかく直感的にそう思ったんだ。
なんかさ、日差しがやたら眩しくてさ。道路に反射して真っ白だった。
平井さんの車が陽炎に消えていくような気がしてさ。
普通さ、オレら「ありがとうございました。またお願いします」って見送るじゃん。
だけどさ、よく分かんねーけど、オレらそん時だけ大声で、「ありがとうございました! お気をつけて!」って見送ったな。
みんなも直感でオレと同じ事思ったんだと思う。
んで、その次の日だよ。
松田って奴――ああ、お前松田知ってんのか。そうそう、あの松田。ソイツがさ、青い顔してオレんトコに新聞持ってくるんだよな。
ほら、新聞ってさ、死んだ人のお知らせ、みたいの載ってんじゃん。
そこにさ、昨日の日付でさ、平井さんの名前があるんだよな。
オレらスゲービックリしてさ。
しかもさ、平井さんが死んだ時間ってさ、昨日平井さんがウチの店に来た時間なんだよな。もう大騒ぎだよ。
じゃあ、昨日来た平井さんは何だったんだーってさ。
オレさ、そん時にやっと悲しくなってきてさ。突然来なくなった日とかはそんなんじゃなかったんだけど、やっぱ現実突きつけられると違うわ。
平井さん知ってる奴はみんななんだけど、なんか知らねーけど泣いちまった。
ああ、平井さん死んじまったんだーって。
もう平井さん来ねーんだ、って。
平井さんさ、きっと天国逝く前にウチに寄ってガソリン満タンにして逝ったんだろうな。
もっと他に寄るとこイッパイあるだろうにさ。最後にウチに来てくれたんだよな。
はは。あんなボロい軽四じゃ天国着く前にエンストしてJAF呼ばなきゃダメだろうけどな。
ああ、なんか脳溢血って書いてあったな死因。
これ別のお客さんに、後から聞いた話なんだけど、平井さんさ、家族を亡くしててさ、天涯孤独みたいな感じだったんだって。
んで、半年くらい前に倒れて、そのまま病院に入院してたんだってさ。
きっと平井さん、ウチに来て毎日、オレらの顔見るのが楽しみだったんだろうな。
今日みたいに暑くて陽炎がたつ日はイヤでも平井さんの事思い出しちまうよ。
ん? ああ、気にすんなよ。言うほどそんなにイヤな事でもないから。
ちょっと長い話だったな。
さあ、仕事に戻ろうぜ。
Daylight daydream ― end.
私がバイト中に店長から聞いた話を元に作った作品です。
スタンドでアルバイト中、実際に、特に用もないのに毎日来るお客さんがいました。
懐かしいですね。
五年以上前に書いた作品ですが……。
ははは……私も年をとりました。
モデルとなったガソリンスタンドは潰れて現在は畑になったそうです。




