ト店長
池袋の裏通りにある精力剤専門店「王風」の店長の、本当の年齢を私は知らない。70歳にも見えるし38歳くらいにも思える。精力だけは凄まじくて、18歳の少年くらいの勢いがある。
商売上の必要から、店長は常に精力剤を試飲している。だからなのか、24時間、その下腹部にある鉄のように硬い塊は、ずっと屹立している。それは斜め下方に向かって長く伸びている。
その店長の姿は、横から見るとカタカナの「ト」に見えるから、「ト店長」と呼ばれている。誰も本名を知らない。香港と鹿児島県のハーフらしい。今、国籍は日本なのか中国なのか、誰も知らない。
店のキングコブラの水槽の前に立つ店長。薄暗い店内。別の水槽の中ではナマズと赤マムシが蠢く。漢方薬と甘い香りの何かが混ざったような匂いの中で、横から見た店長のシルエットは、くっきりと「ト」の字だ。
彼には家がない。彼自身が経営する上野のラブホテル「アーハーン」に泊まり、西日暮里にある、彼がオーナーのスナック「ウーフーン」で朝まで飲んで始発を待ち、池袋の精力剤専門店「王風」に戻ると、店の奥の部屋の煎餅蒲団で眠る。
アーハーンからウーフーン、そしてオーフォーンへ。それが彼のルーティーン。「ア」「ウ」「オ」の毎日。「イ」と「エ」は無い。つまり、彼の世界に「家」は無いのだ。家も、家族も、彼には無い。
私が精力剤の効能チェックの実験台として、ト店長に協力し始めたのは、お金のためだったか、好奇心だったか、もう覚えていない。気づけば彼のルーティーンの一部になっていた。
煎餅蒲団、天井の染み、水槽のモーター音。それがト店長と私の実験室だ。
彼は無口だ。でも丁寧だ。実験が終わったあと、必ずクコの実をくれる。「体にいい」と言って、自分も食べる。その横顔も「ト」だった。
ある日、店で売っている食用の鳩が2羽、鳥かごから抜け出して空中に舞い上がった。羽ばたきで漢方薬の粉が飛び、驚いた赤マムシが水槽の中で爆ぜた。
店長は冷静に、鳩が好きな餌を手にのせて、鳩を落ち着かせようとする。2羽の鳩が、店長の前方斜め上で店長の顔を見つめる。その瞬間、そのシルエットは「ト」に付く濁点になり、「ド」に見えた。
私は仰向けに寝転んで、それを眺めていた。「ト」が「ド」になった瞬間、私は両膝を立て、脚を開く。両脚と股間は「M」の字に見えるはずだ。
店の水槽のガラスに「ド」と「M」が並んで、鏡文字になって映った。その水槽が部屋の鏡に映り、逆文字が正文字に戻り、「ドM」という文字になって私の視線に届いた。
「ドMか、ふふ」
私は一人で嗤った。ト店長は気づかない。
ト店長は今日も店で雷魚に餌をやり、私にも食料をくれ、自分は新しい精力剤を試飲し、勃ち、私で実験する。
雷魚は売り物じゃない。一番効果が強い、ト店長専用の究極の精力剤なのだそうだ。




