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雨の日。

作者: 朝見融理
掲載日:2026/06/21

ハイパー短編その2。

「ねえ、舞菜ちゃん」

 右隣にいる横浜花奈絵が、左隣にいる藤坂舞菜を呼ぶ。担任が明日の予定と提出物について、黒板に書き込んでいく。白いチョークのココココという音が、窓の外側を打ち付ける雨音に紛れて、聞こえにくい。

「ん? なあに、花奈絵ちゃん」

 担任がぶつくさ何かを言っているが、それを気にすることもなく、花奈絵は予定をメモする様子も見せずに、椅子の背もたれへのけぞり返る。舞菜は担任の言葉を一言一言拾おうとするが、雨音が激しいため、細目になりながら鉛筆を動かす。

「折り畳み傘、忘れちった」

「ん、それは私もだよ。雨なんて降るとは思わなかった」

 今日の天気予報は、晴れ。しかし五時間目の授業が終わった途端、生徒の下校を意図的に邪魔するかの如く、天の神様は怒り始めた。轟々という勢いで、グラウンドの芝生が雨水を吸収していく。

「舞菜ちゃん、何かしようよ」

 花奈絵は担任の目になかなかつかない席であることを利用して、全くもって聞く耳を持っていない。舞菜は右隣の花奈絵の言葉と、担任の諸連絡を聞き取るというハイブリッドをこなしながら、

「何か? 何かしようよ?」

 と、花奈絵の言葉を繰り返した。

「うん。何か。何かを、しよう」

「何か……何か、ね。雨が降り終わるまでってこと?」

「とりあえず、何かしようよ。退屈だよ、こんなご時世」

「ご時世丸ごと退屈なんだ……」

「舞菜ちゃん、この世界って、《何かしよう構文》でできているって、知ってる?」

 花奈絵が、また訳のわからないことを言ってきた。仲良くなった当初は、花奈絵の突飛かつ意味不明な言動に手を焼いた舞菜だが、今ではちょっぴり受け流せるくらいには成長した……と思う。

「《何かしよう構文》? それって何? 《何かしよう構文》って何?」

「いやほらさ、《何か》も《する》も万事に当てはまる語句っていうかさ、活用し放題、代入し放題の語句ってことさ」

「活用……? 代入……?」

 国語と数学で扱う用語がダブルで登場した。舞菜は軽く、しかめっ面だ。

「だって、《何か》のところには、ご飯とか、テレビとか、名詞がなんでも入るでしょ。《する》のところには動詞が入り放題ってわけ。食べるとか、見るとか」

「ああ、そういうこと」

 わかったようで、わかっていない舞菜だった。鉛筆を動かしながらの相槌であるため、七割くらいは適当に受け流していたからだ。

 それよりも、担任はいつになったら、明日の連絡事項を書き終えるつもりだろうか。

「で、何が言いたいの、花奈絵ちゃん」

「いやあ、雨が降り終わるまで退屈だからさ、何かしようよって話」

「んー、じゃあ、《テスト勉強》《やる》のはどう? 《課題》《進める》のでもいいよ」

「何言ってんの? 舞菜ちゃん」

 理解不能、とでも言いたげな目で、花奈絵は舞菜を見てくる。

「いや、もしかしたら、来週のテストのために、私たちに勉強しなさいって、神様は言っているのかもしれないよ。わざと放課後付近に雨を降らせて私たちの下校を妨げる。そして、私たちに勉強しなさいと促す効果をもたらすの」

「ふぅん」

 花奈絵は、納得しかねている様子だ。

「それに、花奈絵ちゃんは毎週課題を出さないから、神様が見かねているのかもしれないね。家でやらない分、学校でやりなさいって」

「舞菜ちゃんって結構辛辣キャラだっけ?」

 やれやれ、と両手を広げる花奈絵。やれやれと言いたいのは舞菜の方だ。毎日のように、課題提出をするよう言っているはずなのに、花奈絵は一向に言うことを聞かないのである。

「あのね、舞菜ちゃん。あたしは、このAI時代に警鐘を鳴らしているんだよ」

「警鐘を鳴らす?」

「これだって《何かしよう構文》だよ。《警鐘》《鳴らす》ってね。あたしは日々を退屈だと思っているけれど、日頃から欠かせないルーティンは、警鐘を鳴らすことなんだよ」

 おそらく、十割出鱈目なので、舞菜は相槌を打つことを諦めた。

「舞菜ちゃんだって知ってるでしょ? AIの進化の凄まじさを。そう、AIは日々急速に進化している。ダーウィンの進化論だって驚きだよ。こんな二十数年ほどで、インターネット、AIは普及しちゃったんだから。ネアンデルタール人とかクロマニョン人とか、アウストラロピテクスも、ここまでは予想だにしなかっただろうよ。何百万年単位から、二十数年単位への劇的な変化。これは参ったね。あたしたちはそんな時代の狭間に生きてるんだ。進化のテンポがどんどん高まっていくこの時代にね」

 舞菜は、もはや聞く耳を持つことすら、諦めた。

「ま、つまり言うとね、あたしはAIに教師という職業が乗っ取られてしまわないように、人間の教師にしかできない役目を残存させていくために、日々尽力しているんだよ。《何かしよう構文》で言えば、《日々》《尽力する》んだよ」

 花奈絵は実に得意げだ。舞菜は何となく、花奈絵の意図が汲めていたので、

「何に尽力しているの?」

 と、聞いてあげた。

「フッフン」

 花奈絵は誇らしげに鼻を鳴らす。

「あたしはね、怒られ役を買ってでていてあげているんだよ。AIには感情もクソもないからね。アンガーマネジメントとかなんてできっこないんだから、AIは。感情のカケラが一ミリもないAIが唯一できない仕事、それは感情を扱う仕事さ。今の時代、その気になれば、授業のスライドだってAIが作ってくれる、指導要領だってAIが作ってくれる、朝礼とか全校集会で話す内容もAIが考えてくれる。けれどAIは、真心を込めて、生徒を叱ることはできないんだ。あたしは日々、教師が職を失わないために力を注いでるんだよ。教師だってお金を稼がないと生活できっこないからね」

 花奈絵のドヤ顔を、舞菜は視界の隅でチラリと見遣るだけに留めておくことにした。雨音が窓ガラスを打ち付けるスピードは時間を追うごとに増していき、ダダダダダと小太鼓を連打するかの如く、ガラスと雨水のぶつかる音が鳴り響く。

「花奈絵ちゃん、それは単純に課題をやりたくないだけだよね?」

「うん」

《何かしよう構文》って、なんなんだろう。

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