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追放された夫が遺した手紙には私が知らない真実が記されていた  作者: 渚月(なづき)


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第七話 王の薬膳

国王の病について調べ始めたのは、フェリクスの一言がきっかけだった。


その調査が、すべてを変えることになる。



エレノアが魔法局のつてを使い、国王の主治医の処方記録を入手した。



「この処方に使われている薬草——クラーゼンの根は、少量なら解熱剤ですが、長期投与すると衰弱を招きます」



「つまり、治療のふりをして弱らせている?」



「可能性があります。ただし証拠としては、処方記録だけでは弱い。主治医の意図を証明できない」



フェリクスが言った。



「主治医は誰だ」



「ホルスト・ヴァイス。王宮の医務官長です」



「ヴァイスか。その人物の背景は」



「王太子の推薦で就任しています」



三人の目が合った。


同じ結論に辿り着いている。



「リーゼ。これは——想像以上に根が深い」



フェリクスの声が低い。



「王太子は父親を弱らせて権力を握っている。国王が健在なら、違法採掘も外交官の暗殺もできなかった」



「つまり、すべての不正の起点が——国王の病」



「ええ。国王が回復すれば、王太子の権力基盤が崩れる」



エレノアが腕を組んだ。



「問題は、国王の病が本物かどうかを確かめる方法です。主治医は王太子の息がかかっている。外部の医師を入れることは——」



「外部は無理だ。けれど、薬の成分を分析できれば——」



「処方薬の現物が要ります」



「王太子が推薦した医師が、王太子に都合の良い処方をしている」



「状況証拠だけでは足りません。薬の成分を第三者に分析してもらう必要がある」



「誰に頼む」



エレノアが答えた。



「魔法局の薬学部門に、信頼できる人間がいます。けれど、分析には国王の処方薬の現物が必要です」



「王宮から薬を持ち出すのか」



「危険です。でも——方法がないわけではない」





計画は、驚くほど単純だった。



私がヴァレンシュタイン伯爵夫人として、国王への見舞いを申し出る。


伯爵家は代々王家に仕えてきた家柄。見舞いを断る理由はない。



見舞いの際に、国王の薬膳の器に残った薬の残滓を——エレノアが用意した特殊な布で拭き取る。



「布に付着した成分で分析が可能です。微量でも十分」



「見舞い中に器に触れる機会があるかどうか」



「作ります。茶を運ぶ係を買って出れば自然です。マルタに手伝ってもらいましょう」



マルタ——屋敷の古参の使用人。クラウスの乳母でもある。



マルタに事情を話した。


老いた使用人は、しばらく黙っていた。


しわの深い顔に、複雑な感情が去来するのが分かった。



「坊ちゃんのために——いえ、クラウス様のために。何でもいたします」



「危険なことをお願いしているのは分かっています。マルタさんにまで巻き込んで——」



「奥様。私はこの屋敷で五十年働いてきました。先代の旦那様が追放されたときも、クラウス様が生まれたときも、この手で世話をしました」



マルタの目には涙があった。



「この家の男たちが背負ってきたものを、私は見てきました。今度は奥様が背負おうとしている。ならば——私も一緒に背負います」



「マルタさん——」



「それと、お茶は後で淹れますから。オーレンドルフ様にも」



マルタは微笑んで去った。


フェリクスが小さく言った。



「いい人だ。あの使用人」



「ええ。この屋敷の柱のような人です」



フェリクスは窓の外を見た。



「クラウスはいい環境で育ったんだな。こういう人たちに囲まれて」



「ええ。だからこそ——真実のために戦えたのだと思います」



「リーゼもだ。この屋敷の人間に支えられている」


老いた使用人は、しばらく黙っていた。



「坊ちゃんのために——いえ、クラウス様のために。何でもいたします」



マルタの目には涙があった。けれど、声はしっかりしていた。



見舞いの日。


王宮の奥の間に通された。



国王は寝台に横たわっていた。


かつて壮健だった体は痩せ細り、顔色は紙のように白い。



「陛下。ヴァレンシュタイン伯爵家のリーゼロッテでございます」



国王は薄く目を開けた。



「ああ……クラウスの妻か。来てくれたのか」



声が弱い。けれど、意識ははっきりしている。



「クラウスは——よい男だった。あの子が先に逝くとは——」



国王の目に涙が浮かんだ。



「陛下。お茶をお持ちしました」



マルタが器を運んだ。


その際に、薬膳の器がそっと私の手元に引き寄せられた。



布で器の内側を拭く。一瞬の動作。


フェリクスから教わった通りに。



器を元に戻す。



「陛下。どうぞお体をお大事に」



「ありがとう。リーゼロッテ——クラウスの分まで、幸せに生きなさい」



(……陛下は、何も知らないのかもしれない。自分の息子に毒を盛られていることも。)



胸が締めつけられた。



王宮を出た。



布をエレノアに渡した。



「よくやりました。これで分析できます」



「国王陛下は——とてもお弱りでした」



「お話はできましたか」



「少しだけ。クラウスのことを覚えていて——『良い男だった』と」



「国王陛下は、クラウスを信頼していたのです。だからこそ王太子は——」



「口を塞いだ」



エレノアは頷いた。



フェリクスが窓辺に立っていた。



「リーゼ。今日は休め。顔色が悪い」



「大丈夫です」



「大丈夫じゃない顔をしている」



「……少し、疲れただけです」



「なら休め。証拠の分析は三日かかる。その間は動けない」



「でも——」



「三日間でできることがある。体を休めることだ」



フェリクスの言い方はぶっきらぼうだった。


けれど、目は真剣だった。



「分かりました。休みます」



「よし。明日、茶を持ってくる」



「また淹れるんですか」



「前より上手くなった」



「前が低すぎたのでは」



「……うるさい」



少しだけ笑えた。



「三日で結果が出ます」



三日後。



「クラーゼンの根の長期投与成分が検出されました。それと——もう一つ。微量の眠り草の抽出物が」



「眠り草?」



「判断力を鈍らせる効果があります。長期投与すれば——」



「国王が政治的な判断をできなくなる」



「はい」



王太子は、国王を病人にし続けることで権力を握っていた。



怒りで手が震えた。


けれど——これは感情で動く場面ではない。



証拠が、また一つ増えた。



「フェリクス。告発先はまだ見つかりませんか」



「一つだけある。宰相だ」



「シュトラウス公爵? 夜会の主催者の」



「宰相は王太子の配下ではない。独立した権限を持つ。そして——国王の代理として裁定を行う権限がある」



「宰相が味方になるかどうか分からないのでは」



「だから——証拠を見せるしかない。すべてを揃えて。反論の余地がないほどに」



フェリクスの目が鋭い。



「リーゼ。覚悟はいいか」



「ずっと覚悟はできています」



「なら——次が最後の準備だ」



窓の外は夜だった。


けれど、薔薇の蕾が——一つだけ、開き始めていた。



フェリクスが帰り際に言った。



「リーゼ。あの薔薇——クラウスが植えたのか」



「ええ。深紅の品種です」



「いい色だ。咲いたら見に来てもいいか」



「……いつでもどうぞ」



「じゃあ——全部終わったら、改めて」



何気ない言葉だった。


けれど「全部終わったら」という前提が——約束のように響いた。



約束を——守りたいと思った。



薔薇が咲く日を、一緒に見られますように。



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